「ほう」
と、白いスーツの男は、詩《し》織《おり》の言葉を聞いて、ちょっと意外そうに、「俺《おれ》のことを知ってるのか?」
これには、隆《たか》志《し》もびっくりした。
「本当に家具屋さんなんですか?」
家具屋というのは、普《ふ》通《つう》、家具を売ったり、作ったりするもので、家具を壊《こわ》す家具屋というのは聞いたことがない。
それとも、壊しておいて、新しいのを売り付けるという、「押《おし》売《う》り」的な家具屋なのだろうか? どっちにしても、あまり聞いたことがない。
「俺は和也というんだ。姓《せい》は三《み》船《ふね》、名は和《かず》也《や》」
和也と家具屋じゃ大分違《ちが》う。
「どうしてテーブルを壊したの?」
と、詩織がまた大《だい》胆《たん》に質問する。
「おい……」
隆志が、やめとけ、というようにウインクして見せる。
「何よ、隆志、こんなときにウインクして。愛を打ちあけるのなら、時と場所を考えなきゃ」
誰《だれ》がこんなときに愛の告白をするんだ!
「——お前の所に、種《たね》田《だ》の奴《やつ》が来たそうだな」
と、その白いスーツの三船という男は言った。
「お知り合い?」
「古い付合いだ」
「そうですか」
と、詩織の母、智《とも》子《こ》が肯《うなず》いて、「どんな人にも、友だちってあるものですのね」
「全くだ。俺《おれ》と種田は、互《たが》いに殺してやりたいくらいの仲《なか》だったんだぜ」
と、三船はニヤついた。「種田の奴《やつ》を片《かた》付《づ》けてくれたそうだな。礼を言うぜ」
「私じゃないわよ」
と、詩織は言った。
「一つ、訊《き》くぜ。それに答えてくれりゃ、この家は無事だ」
「お札《ふだ》でも貼《は》ってくれるの?」
「啓《けい》子《こ》はどこだ?」
また来た! 詩織はため息をついて、
「私、知らないわ。そりゃ一度はここにいたけど、出て行って、それきり——」
「そうか。言いたくないのか」
「知らないって……」
三船が、手にした斧《おの》を振《ふ》り上げると、今度は、ソファの一つの上に振りおろした。ガンと音がして、ソファが二つになった。しかし、とても一つに一人は座《すわ》れない。
「もう一度訊く。啓子は?」
「知らないってば!」
白のスーツの後ろに控《ひか》えていた黒のスーツの三人の内、一番の大男が、居間の壁《かべ》に寄せて置いてあるサイドボードの方へ歩み寄ると、
「ヤッ!」
とかけ声をかけ、両手で、重いサイドボードを持ち上げてしまった。
当然、上にのせてあった小物の類は、床《ゆか》へ落下する。さらに、サイドボードそのものも、
「エイッ!」
という声とともに、真逆さまに投げ落とされた。
中の人形や、高い陶器の類が、粉々に砕《くだ》ける音がした。
「今度答えねえと……」
と、三船が言った。「この家そのものが消えてなくなるぜ」
詩織は、ため息をついた。
「——分《わか》ったわ」
「ほう。というと?」
「教えるわ、啓子さんの居所を」
隆志がびっくりして、
「詩織、お前——」
「私の学校の裏《うら》手《て》に、寮《りよう》があるわ」
「そこにいるのか?」
「ええ、そこの二〇四号室に」
「よし、分った。——嘘《うそ》だったら、ただじゃおかねえぞ」
三船は、三人の子分を促《うなが》して、「行くぞ! 邪《じや》魔《ま》したな。ゆっくり寛《くつろ》いでくれ」
と言い残して、出て行った。
車の音が遠去かると、隆志は恐《おそ》る恐る、玄《げん》関《かん》の方へ出てみた。
玄関のドアが、ぶち破られ、惨《みじ》めな姿《すがた》をさらしている。
「——ひどい連中!」
と、詩織もやって来て、憤《ふん》然《ぜん》とした。
「お前、それより、啓子って子の居場所を、どうして黙《だま》ってたんだ?」
「言ってどうなるの?」
と、詩織は肩《かた》をすくめた。「私たちの家庭科の先生の部屋なんか」
「家庭科の先生?」
「加《か》藤《とう》啓子。もうすぐ六十のおばちゃんよ」
隆志が青ざめた。
「じゃ、お前……。それを知ったら、あの連中がどうすると思ってんだよ!」
「だって、そうでも言わなきゃ、この家を壊《こわ》しちゃいそうだったんだもん」
「言ったって、もっとひどく壊されるぞ」
「分《わか》ってるわ」
「ど、どうするんだ?」
「連中が戻《もど》って来る前に逃《に》げるのよ!」
詩織は、いきなり、居間へと駆《か》け戻って行った……。
「——こんなときに、何の役にも立たないんだから!」
と、詩織がなじると、花《はな》八《や》木《ぎ》は、
「私も人間だ!」
と、言い返した。「人間には、睡《すい》眠《みん》というものが必要なのだ!」
「あら、そう。知りませんでしたわ!」
と、詩織が言い返す。「ともかく、我《わ》が家は哀《あわ》れ、あとかたもなく……」
朝になっていた。
詩織たちの一家は、隆志の家に泊《とま》ることにしたのである。そして朝になったら、詩織を捜《さが》して、花八木刑事が隆志の家へやって来たのだった。
「——保険には入っていなかったのか?」
と、花八木は言った。
「ワン」
と、例のもと種田の犬が、吠《ほ》える。
詩織と隆志、それに花八木と犬の四人——いや三人と一《いつ》匹《ぴき》が、詩織の家がどうなったか、見に行くところである。
「そいつは、種田と対《たい》抗《こう》していた一派の幹《かん》部《ぶ》の一人だよ」
と、花八木が、三船のことを聞いて言った。
「もとは木こりなんですか? やたら斧《おの》を振《ふ》り回して——」
「いや、あれは昔TVでやった『アンタッチャブル』というギャングもので、FBIがギャングのたまり場を手入れするときに、斧でガンとやるのを見て、真《ま》似《ね》してるんだ」
「つまらないことを真似する人ね」
と、詩織は言った。「この次は、家にバズーカ砲《ほう》でも置いとかなきゃ」
「おい、詩織!」
と、隆志が言った。
詩織の家が見えた。それは哀《あわ》れな残《ざん》骸《がい》にはなっていなかった。そのままだったのである……。
「気が変ったのかもね」
と、詩織は、学校へと急ぎながら、添《そえ》子《こ》に言った。
「物《ぶつ》騒《そう》ねえ。ゆうべはいなくて良かった」
添子は、ホッと息をついて、「それにしても、啓子って子、よっぽど大物なのね」
「でもね、もしかして種田を殺したのが、あの子だとすると……。もちろん、あんな奴《やつ》、自《じ》業《ごう》自《じ》得《とく》だとは思うけど」
「あのおじさんは?」
「おじさん?」
「ほら、詩織を人質にした、桜《さくら》木《ぎ》とかって、おっさん」
「そう……そうか!」
詩織は、校門を入りながら、飛び上った。「あの人、今どうしてるのかしらね! もし保《ほ》釈《しやく》にでもなってたら、種田を殺したのも、あの人かもしれないわ」
「考えられるね」
「考えられる」
と、二人のすぐ後ろで声がした。
もちろん花八木である。
「ね、刑事さん。あの人が今どうしてるか、分らないの?」
と、詩織は振《ふ》り向いて言った。
「保釈になっとる。ちゃんと調べた」
「教えてくれりゃいいのに」
「職業上の秘《ひ》密《みつ》だ」
と、花八木がもったいぶる。「ともかく、今、行《ゆく》方《え》を……」
「人が集まってる」
と、添子が言った。「何だろうね」
「行ってみよう!」
詩織の好《こう》奇《き》心《しん》は誰《だれ》にも負けない。しかし、このときばかりは……。
行ってみて唖《あ》然《ぜん》とした。
校庭に、古ぼけた家具だの布《ふ》団《とん》だのが山になっている。詩織はそばの子に、訊《き》いた。
「どうしたの?」
「ゆうべ、何だか、学校の寮《りよう》が壊《こわ》されちゃったんだって。みんな命からがら逃《に》げ出したらしいわよ」
では——三船たちは、「寮」の方へ仕返ししたのだ!