日曜日、上天気。爽《さわ》やかな気候。
これだけの条件が揃《そろ》って、混雑しない遊園地があったとしたら、即《そく》日《じつ》、倒《とう》産《さん》しているに違《ちが》いない。
この日曜日、〈××ランド〉は、今年一番の人出で溢《あふ》れるようだった。
「無茶だ」
と、隆《たか》志《し》は言った。
「じゃ、他《ほか》にどういう方法があるっていうの?」
詩《し》織《おり》が訊《き》き返す。
このパターンの対話が、朝九時の開園以来、すでに三十回以上もくり返されていた。何しろもう昼の十二時を過ぎているのだ。
しかし、入園口前の売店のおばさんも、首をかしげていたに違いない。朝、開園と同時に入って来る客というのは、まず、一番人気のあるジェットコースター(三回転ひねりというやつ)にワッと駆《か》けつけるか、でなければ、アベック同士のんびり肩《かた》を組んで、散歩を始めるか、である。
それが、入園して来るなり、売店に来て、
「ミルクセーキ!」
と注文するというのは珍《めずら》しい。
しかも、店の前のベンチに二人で座《すわ》ったきり、お昼まで動かないというのは、もっと珍しい……。
隆志がうんざりするのも当然だが、詩織の方は、もっとうんざりしていたのだ。ただ、啓子と、ここで会う約《やく》束《そく》をしながら、時間も場所も決めていなかったので、こうして一日中、閉《へい》園《えん》まで入口にいれば必ず会えるに違《ちが》いないという、至って論理的な理由で、こうして座《すわ》り続けているのだった。
「俺《おれ》、腹《はら》減《へ》ったよ」
と、隆志が言った。
「ちっとも動いてないじゃないの」
「朝《あさ》飯《めし》抜《ぬ》きなんだ。——どこかで食べよう」
「ポップコーン、食べてれば?」
「そんなものじゃ、もたないよ!」
隆志の声は、すでに悲《ひ》痛《つう》ですらあった。
「もう少し待とうよ。私たちが席を立ったとたんに、啓《けい》子《こ》さんが来るかもしれないわ」
「三時間も、そうやって待ってるんだぜ」
「だからもう少し——」
と言いかけて、詩織は立ち上ると、「じゃお昼を食べに行きましょ」
「え?」
隆志がポカンとしていると、
「どうしたの? お腹《なか》空《す》いてるんでしょ?」
「う、うん。でも——いいのか? 交《こう》替《たい》とかにしなくて」
「いいから、早く!」
と、詩織がジリジリしながらせかせていると、
「やあ! いたな!」
と、懐《なつか》しい(?)声がして、花《はな》八《や》木《ぎ》刑事がノソノソ二人の方へやって来た。
「だから早く行こうって言ったのに」
「そう言えばいいじゃないか」
と、二人でもめているところへ、
「いやあ、入口を入ってすぐに会えるとは、実に運がいい!」
と、花八木が顔を割り込《こ》ませて来た。
「何ですか、一体」
と、詩織は仏《ぶつ》頂《ちよう》面《づら》で、「遊園地に来ちゃいけない、とでも?」
「そうは言わん」
花八木はニヤニヤしている。「しかし、ここで誰《だれ》かと会う予定かもしれん」
「へえ、誰と?」
「たとえば、そうだな。——マリリン・モンロー」
誰がそんな人に会うんだ! 詩織は頭に来たものの、こうなっては仕方ない。
ともかく、花八木付きの三人組は、昼食を取りに食堂へ向ったのである。
「じゃ、緑《みどり》小《こう》路《じ》さん、無事だったのね?」
と、およそおいしいとは言いかねるカレーを食べながら、詩織は言った。
「うむ」
花八木の方は、味など問題にしないのか、さっさとカレーを平らげてしまっている。
隆志の方は、カレー、プラス、スパゲッティで、さらにラーメンを追加したところだった。
「無事だ」
と、花八木は肯《うなず》いた。
「良かった! 電話口で、機《き》関《かん》銃《じゆう》の音みたいなのが聞こえたから、びっくりしちゃったのよ」
「あれは、例の三船たちが、恨《うら》んで不意を襲《おそ》ったのだ」
「まあ、卑《ひ》怯《きよう》だわ!」
と、詩織は憤《ふん》慨《がい》している。
「ただのおどしだ。本当に殺せば、地元で大変な抗《こう》争《そう》になる」
「ともかく、緑小路さんが無事で良かった。——でも、花八木のおっさん」
「何だ?」
「私たちとずっと付き合うつもり? 私たち、これから、ジェットコースターに乗りまくるのよ」
「ほう。面《おも》白《しろ》い」
と、花八木はニヤついて、「ああいうものに一度乗ってみたかったのだ」
「あ、そう」
詩織は、隆志にウインクして見せて、「ね、私たち二人とも、あの浮《ふ》遊《ゆう》感覚が大好きでね、今度は定期券を買おうかと思ってるの」
「定期券?」
「それで学校へ通おうかと思って」
ジェットコースターが、学校まで行ってるわけがない!
もちろん、詩織としては、花八木を追《お》っ払《ぱら》いたいので、そんなことを言っているのである。どっちかというと、あの手のスピード感溢《あふ》れる乗物は、好きじゃない。
しかし、ここは一つ、平気な顔で乗ってやらなきゃ!
「行こう!」
と、立ち上る。「いざ!」
—— 出《しゆつ》陣《じん》、というムードで三人は、 ジェットコースターの行列に並《なら》んだ。
待つこと二十分。——これでも短い方だった。ちょうど昼食時間で、少し空《す》いて来ていたのだ。
「はい、どんどん乗って」
と係の男も汗《あせ》だく。
順番の関係で、詩織は花八木と二人で並んで乗るはめになった。
「——面《おも》白《しろ》そうだ」
と、花八木は握《にぎ》り棒《ぼう》にもつかまらず、腕《うで》組《ぐ》みをして、「昼《ひる》寝《ね》ができそうだな」
「私も楽しくて歌いたくなるの」
ゴー、ゴトゴト……。
ゆっくりと、車両が動き出した。
「——貧血を?」
と、遊園地の医務室の医者は、大して驚《おどろ》いてもいない様子だった。
「ええ。——ジェットコースターから降《お》りたらバッタリ」
「よくあるやつだよ」
固いベッドに引っくり返っているのは、隆志だった……。
「若いくせにだらしがない」
と、花八木は平然としている。
「少し寝《ね》かせときゃ、よくなるさ」
と、医者は肩《かた》をすくめた。
「じゃ、後《あと》で迎《むか》えに来ますから、よろしく」
と、詩織は言って、医務室を出た。
全くもう! 隆志ったら!
「次はどこへ行くんだ?」
と、花八木はニヤニヤしている。
「そうね」
と、詩織はちょっと考えて、「そうだ。私〈お化《ば》け屋《や》敷《しき》〉って大好きなの」
「いいな! 私も昔から、お化けのファンだった」
「そう」
「入江たか子の化《ば》け猫《ねこ》は怖《こわ》かった」
あんたの顔に比べりゃ、と詩織は言ってやりたかった。
「——あれだわ」
何とも旧式な〈お化け屋敷〉である。
「よし、入ろう」
どうやら花八木は、本当に楽しんでいるようだ。
結構子供っぽいとこあんのね、と詩織は笑いたくなってしまった。
ま、〈お化け屋敷〉ってのは、暗くてうるさい、というだけで、怖くない所が多いものだ。
ここも例外ではなかった。出て来るものが古い。
お岩《いわ》さん、一つ目小《こ》僧《ぞう》、カラ傘《かさ》のお化け……。もう少し新しいお化け(ってのもおかしいが)がないものか。
と、思って、暗い所を手《て》探《さぐ》りしながら歩いていると、突《とつ》然《ぜん》、パッと手をつかまれた。
花八木め! 暗がりだと思って、このエッチ!
と、振《ふ》り向くと、
「こっち、こっち」
と、囁《ささや》く声は、何と啓子のものだった!