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長い夜11

时间: 2018-06-29    进入日语论坛
核心提示:11 苦 痛 こんなことがあるのだろうか? 三神は、何だか見も知らぬ迷宮の中へ迷い込んでしまったような気分で、ハンドルを握
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 11 苦 痛
 
 こんなことがあるのだろうか?
 三神は、何だか見も知らぬ迷宮の中へ迷い込んでしまったような気分で、ハンドルを握っていた。
 小西の娘? この女が……。
 しかし、人づてに聞いた話では、小西の娘と孫は、気の狂った夫に殺されたのだということだった。もちろん三神は、小西当人から、そんな話を聞いたわけではない。
 この女が嘘《うそ》をついているということだって、当然考えられる。
 しかし、小西が、ああも熱心にあの病院に通っているという事実は、この女の話を裏付けているようにも思えた。
 ——どっちにしても、三神の知ったことではない。三神はただの運転手である。
 小西がどこへ行こうと、誰と会おうと、三神はただ車を運転して、言われた通りにしておけばいいだけだ。
「なあ」
 と、女の方へ声をかける。「やっぱりまずいんだよ。——おい」
 車を停める。
 女は、助手席で、眠り込んでいた。
「やれやれ……」
 と、三神は呟《つぶや》いた。
 こっちが困ってるのも知らないで。いい気なもんだ。
 まあ、いい。眠っててくれりゃ、却《かえ》って楽だ。今の内に、病院まで送り返してしまおう。
 三神は、車をUターンさせて、病院への道を辿《たど》った。三十分もあれば戻れるだろう。
 ——しかし、女の眠りは、割合に浅かったようだ。
 車が小さくバウンドすると、ドキッとしたように、目を開いた。
「眠っちゃったのね」
 と、女は言った。「長く寝てた?」
「そうでもない」
 と、三神は言った。
「いくらでも眠れるわ……。あ《ヽ》の《ヽ》日《ヽ》が過ぎると」
 女は、謎《なぞ》めいた言い方をしたが……。ふと窓の外へ目をやった。
 変哲もない、林の中の道だが、どこか見《み》憶《おぼ》えがあったのだろうか。三神の方を見て、
「戻ってるの?」
 と、言った。
「——そうだ」
 ごまかしても仕方あるまい。「君はあそこの患者だろう。俺《おれ》はただの運転手だ。俺の一存で、君を小西さんの所へ連れて行くわけにはいかない」
 この前、女に飛びかかられたので、三神は用心していた。車のスピードを落とし、いつでも停まれるようにしている。
 女が怒ってわめき出すかと思ったが、意外なことに、あっさりと、
「そう」
 と、肯いた。「そうでしょうね」
「悪く思うなよ。俺は小西さんに雇われてるだけだからな」
 少しホッとして、三神は言った。
「ええ、分ってるわ」
 と、女は言った。「あなたにも、立場ってものがあるわね」
「そんなとこだ」
「でも——」
 と、女は首を振って、「私は病院へ戻りたくないの」
 何が起こったのか、三神は一瞬分らなかった。
 ガタッ、と音がしたと思うと、女の側のドアが開いて、女の姿は消えていた。
「——おい!」
 馬鹿め! 飛び下りやがった!
 車を急停止させて、三神は飛び出した。
 いくらスピードを落としていたといっても、時速四十キロぐらいは出ていたはずだ。そこから飛び下りるなんて、無茶だ!
「おい!——どこだ!」
 三神は、大声で呼んだ。
 女が飛び下りた辺りまで駆け戻って、青くなった。——ちょうど片側が、急な斜面になって、落ち込んでいる。ガードレールもない。
 飛び下りた勢いで、女がこの斜面を転がり落ちて行ったとしたら……。
 夜の暗がりの中では、その斜面の下がどうなっているか、よく見えなかったが、前に昼間走った時の記憶では、さらに急に落ち込んで、狭い流れが下にあったような気がする。
 そこまで落ちていたら……。途中、岩にでも頭をぶつけたら、命を落とすことも充分にある。
「——厄介な奴だ」
 と、息をついて、三神は一《いつ》旦《たん》車へ駆け戻ると、懐中電灯を手に、その場所へと戻って来た。
 そして、足下を照らしながら、用心深く斜面を下り始めた……。
 
 古びて、薄暗い病院だった。
 仁美は、あまり病院という所が好きでない。入院の経験もなかった。
 しかし、今はそんなことを言ってはいられない。
 父の乗って帰って来たタクシーで、やっと捜し当てた総合病院である。——あの町からは少し離れていたが、夜で、道も空いているので、二十分ほどで来た。
 その時間の長かったこと!
「——お茶、どう?」
 年輩の、夜勤の看護婦が、仁美に紙コップを差し出した。
「すみません」
 仁美は、手に伝わる熱さに、少し心の和《なご》むのを感じた。
「今、先生が診《み》ているから。もう少し待ってね」
「はい」
 優しい看護婦の笑顔に、仁美は救われたような気がした。——気持の上だけでも、ずいぶん違うものだ。
「——どう?」
 と、母の千代子が、トイレから戻って来る。
「まだ」
 と、仁美は首を振った。
 父は家に残って、千代子と二人で、武彦をここへ連れて来たのだ。
「傷が化《か》膿《のう》したのかしら」
 と、千代子が、仁美と並んで長《なが》椅《い》子《す》に腰をおろした。
 最近では見かけることのない、ツルツルのビニールが所々裂けた長椅子である。
「でも、一週間もたってるのよ」
 と、仁美は言った。「化膿するなら、もっと前にしていない?」
「お母さん、よく分らないけど……」
 と、千代子は首をかしげて、「確かに、治りかけてるみたいだったのにね」
「おかしいわ」
 と、仁美は言った。「武彦をあの町へ連れてったせいで……」
「落ちついて」
 と、千代子が仁美の肩を優しく抱いた。「そんなに悪いわけじゃないかもしれないでしょ」
「うん……」
 だが、確かに奇妙だった。——あの女の子が、なぜ突然武彦にかみついたのか。
 あの子は間違いなく、田所ルミだ。
 仁美は、武彦に言われて、女の子にかみつかれたのだということを、父と母には黙っていた。犬にかまれたことにしてあったのだ。
 当然、田所ルミのことも、父や母は知らない。
 しかし、これはやはり話しておくべきかもしれない、と仁美は思った。——田所ルミはどこかに入院していることになっている。しかし実際には、浮浪児のように、あの山の中に潜んでいるのだ。
 これは、あの町の「秘密」とも関係があるのかもしれない。
「——お母さん」
 と、仁美が口を開きかけた時、廊下に医師が出て来た。
 仁美と千代子は反射的に立ち上がった。
「どうも」
 と、髪の少し白くなった中年の医師は、穏やかな声で言った。「ご家族?」
「友だちです」
 と、仁美は言った。
「うちで、事情があってお預りしてるんです」
 と、千代子は付け加えて、「どんな具合でしょう?」
「妙な具合です」
 と、医師が眉《まゆ》を寄せて言ったので、仁美の顔から血の気がひいた。
「そんなに悪いんですか」
「ああ——いや、今は熱も下がって、落ちついてます」
 仁美はホッとして、体の力がぬけてしまった。
「しかし、どういう熱なのか……。傷口は化膿してもいないし、ふさがりかけている。熱も、自然に下がったんですよ」
「じゃ……一時的なものですか」
 と、千代子は言った。
「狂犬病とか、そんな心配はありません。しかし確かにここへ運ばれて来た時には、あの傷は熱を持っていた。——気になります。二、三日入院して様子を見た方がいいと思いますね」
 仁美は、母とちょっと目を見交わした。
「——今、会えますか」
 と、仁美は訊《き》いた。
「構いませんよ」
 仁美は、診察室へ入って行った。
 白い光に照らされた固いベッドの上に、武彦が横になっている。
「——お前か」
 と、仁美を見て、「もう平気だ。帰ろうか」
「待ってよ」
 と、仁美は呆《あき》れて、医師の話をくり返した。
「——入院? 冗談じゃないよ」
 と、武彦は顔をしかめて、「何のために俺《おれ》が一緒にあの町へ行ったと思ってるんだ?」
「しっ。小さな声で」
 と、仁美は言った。「傷のこと、犬にかまれたって言ったんでしょ?」
「ああ」
「お医者さん、何て?」
「かなり大きな犬だね、って。よく分らねえんだろ、ヤブだから」
「馬鹿!」
 と、仁美はコツンと武彦の頭を叩いた。
「いてえ。何すんだよ?」
「人間の歯と犬の歯よ。違いなんて、見りゃ分るんじゃない、誰だって」
「だけど——」
「ねえ、私、家庭教師に行ったでしょ、今夜」
「ああ。成績下げに行ったんだろ」
 元気になると、口の悪いこと。
「黙って聞いて!」
 田所ルミという女の子の写真が、武彦をかんだ子とそっくりだったことを話すと、
「じゃ、その子は入院してる、ってことになってんのか」
「そう。でも、まず間違いないわ。あの子よ」
「どういうことだ?」
「分らないわ。でも調べる必要があると思うの」
「じゃ、ますます帰らなきゃ」
 と、武彦がベッドから下りようとする。
「待ってよ。——ともかく、その傷を治さないと。完全に良くなるまで、ここにいてよ」
「もう大丈夫だよ」
「いいえ。治りかけてた傷が、急に熱をもったり……。やっぱりどこか変よ。少し様子を見た方がいいわ」
「だって……。こんな所に入院するのか?」
 と、情けない顔になる。
「いい先生じゃない。私もそばについててあげるから」
 武彦の顔が、急に明るくなった。
「ずっと?」
「現金ね」
 と、仁美は笑って、「——心配なのよ。武彦に何かあったら……」
「じゃ、一日だけ入院しよう」
「二日。——いい?」
「分った」
「その間にね、看護婦さんと、仲良くなっといて」
「何だって?」
 武彦は面食らって、「そんな可《か》愛《わい》いの、いるか?」
「何考えてんの?——いい? 聞いて。同じような傷の人が、この病院へ来たことがないか、訊き出すのよ」
「なるほど」
「あの町の人で、他にもあの女の子にかまれた人がいると思うわ。この辺、大きな病院ってそんなにないし……。もし、何人もかまれているとしたら、当然、ここにも一人や二人、来ていると思うの」
「分ったよ。うまく話を持ってく」
「じゃ、今、入院の手続き取るわ」
 と、仁美は言って、「明日、また来るからね」
「おい」
「え?」
「キスしろよ」
「病院よ」
「病人だぜ」
 仁美は笑って、素早く武彦にキスすると、診察室を出て行った。
 
 何の音だ?
 三神は、斜面の捜索を、途中で一《いつ》旦《たん》切り上げることにした。
 頭上の道で、何か低い唸《うな》りが聞こえていたからだ。あれはまるで……。
 草をつかんだりして、充分に気を付けながら、斜面を上って行く。
「——やっぱりか」
 と、三神は呟《つぶや》いた。
 オートバイのエンジン音だ。それも、十四、五台。
 三神が置いて来たベンツの周囲に集まっている。そして、三、四人がベンツの、ロックを外そうとしている様子だ。
「おい、待て!」
 と、三神は声をかけた。
 オートバイのライトが正面から当って、三神は目を細めた。
「何をしてるんだ」
「お前の車か」
 と、一人が言った。
「そうだ。傷つけるなよ」
 と、三神は言って、歩いて行った。
「——何だ」
 と、一人が言った。「三神じゃねえか」
 三神は、まずい、と思った。
 以前、知っていた暴走族だ。もっとも、三神はこういうグループが嫌いで、加わったこともないが……。
「その格好、面白いぜ」
 リーダーの男が笑った。乱暴な男だ。
 一対一なら、三神も怖くない。しかし、十四、五人が相手では……。
「働いてるんだ。この車の運転手さ。邪魔しないでくれ」
 と、三神は言った。
「ほう。自動車泥から足を洗ったのか」
「そうだ」
「フン、根性のねえ野郎だ」
「俺《おれ》の勝手だろ。行けよ。こんな車、お前たちの好みじゃあるまい」
「まあな」
 と、リーダーの男が肩をすくめ、「お前とは古いなじみだ。こいつは諦《あきら》めるか」
「助かるよ」
 と、三神は言った。
「——よし、行くぞ」
 リーダーの男は、自分のオートバイにまたがった。
 三神も、うまく行き過ぎると思っていた。怪しい。
 いきなり、後ろからチェーンが飛んで来て、三神の後頭部を直撃した。
 思わず膝《ひざ》をついたところへ、一斉に四、五人がのしかかって来て、アッという間に押え込まれてしまう。
 数が違いすぎた。——観念した。
「おい、ポケットからキーを出せ」
 と、リーダーの男が命令した。
 ポケットの中を乱暴に探られて、キーホルダーを抜かれる。
「車はいただいて行くぜ」
 と、リーダーの男がニヤリと笑った。「ベンツは、仕立て直して、高く売れる」
「よせ」
 と、三神は言った。「俺の車ならやるが、それは違う」
「知るか」
 リーダーの男は、地べたに押えつけられた三神を冷ややかに見下ろした。「——飼犬になった気分はどうだ?」
 ブーツの先が、三神の顎《あご》をけった。唇が切れて、血が流れ出す。
「運転手か。——おい、手を押えつけろ」
 リーダーの男が、三神の右手に、ブーツを当てた。「使えないようにしてやるぜ」
 三神は、目を閉じた。——やめてくれ、と頼む気はない。
 骨を砕かれたら、もうハンドルは持てないかもしれないが、何と言っても、やめるような相手ではなかった。
「声を上げてもいいんだぜ」
 と、笑いながら、リーダーの男は足に力を入れた……。
「待って」
 ——突然、女の声がした。
 誰もが唖《あ》然《ぜん》とする。
 三神は、頭を起こして、あの女——小西の娘と言った女が、白い服を風に波立たせて立っているのを見た。
「引っ込んでろ!」
 と、三神は怒鳴った。
 女は、三神の声など耳に入らない様子で、
「その人を傷つけないで」
 と、平板な声で言った。
「何だ、お前?」
 と、リーダーの男は呆《あつ》気《け》に取られている。
「その人を助けてあげて」
 と、女はくり返した。「代りに私を好きにしていいわ」
 三神は、女が白い服を脱いで行くのを、愕《がく》然《ぜん》として見ていた。
「——やめろ! 逃げるんだ!」
 三神は叫ぶように言ったが、次の瞬間、わき腹を誰かに強くけられて、息の止るような苦痛の中、意識を失ってしまった。
 チラッ、と一瞬、あの女の白い裸身が残像のように揺らいで消えると、後はただ暗がりの中に、光の点が乱舞して、それもやがて溶けるように消えて行った。
 苦痛も、怒りも、その闇《やみ》の中へ引きずり込まれるように……。
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