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赤いこうもり傘18

时间: 2018-07-30    进入日语论坛
核心提示:19 パーティーの夜(日曜日) 大広間には、きらびやかな、節度のある騒がしさが満ちていた。決して華美なものではなく、むしろ
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 19 パーティーの夜(日曜日)
 
 
 大広間には、きらびやかな、節度のある騒がしさが満ちていた。決して華美なものではなく、むしろ想像していたよりは簡素なパーティーであったが、それはけばけばしい豪華さよりもずっと快いものだった。必要なだけ華やかに、しかし、それ以上は悪趣味になる。その境界を、ちゃんと心得たパーティーであった。
 瞳は一人でぼんやりしていた。立食パーティーなので、みんな思い思いに談笑しているのだが、何しろ年齢のいった客ばかり。瞳の話のできそうな相手はとんと見当たらないのである。
 頼りはサー・ジョン一人だが、何しろ旧友だか何だかに会って、どこかへ行ってしまい、さっぱり戻って来ない。
 早く終わってくれないかな……。瞳は所在なさに思わず呟いた。
 広間の一隅には小さな壇が設けてあり、BBC交響楽団のメンバーが数人、室内楽をごく控え目な音量で演奏している。仕方なく、瞳はその近くに立って、演奏に耳を傾けていた。
「ヒトミ! ここにいたのか」
 サー・ジョンが人をかき分けてやって来た。
「捜してしまったよ。ウォール・フラワーじゃあるまいし、こんな所で一人で立っていてはだめじゃないか」
 ウォール・フラワー。「壁の花」——ダンスパーティーで、パートナーがいなくて、一人で壁際に寂しく立っている娘のことだ。
「でも、サー・ジョン、私、どなたも存じ上げないんですもの」
「それなら紹介してあげよう、来なさい」
「どなたに、ですの?」
「陛下に、だ」
「ちょ——ちょっと待って下さい」
 瞳はびっくりして足を止めた。
「どうした?」
「女王陛下に——ですか?」
「そうだよ」
「私……あの……とっても、そんな……」
 と、どぎまぎして尻込みする。
「何を固くなっとるんだ? 心配するな。実は、我々BBCのメンバーから君へ、お礼の品を上げたくてな」
「お礼なんて、そんな……」
「なに、君がいなかったら、あの銘器たちは、全部失われていたかもしれないんだ。いくら礼を言っても足りないほどさ」
「お気持ちだけで十分です」
「まあ、そう遠慮するな」
 サー・ジョンは瞳の肩を抱いて歩きながら、「ストラディヴァリを一台——といいたいところだが、あれは我々の貴重な財産で、そうもいかん。で、どうかね、最近アマティを手に入れたメンバーが、前に持っていたガイセンホーフを君に譲りたいと言っているんだがね」
「ガイセンホーフですって?」
 ウィーンのストラディヴァリと呼ばれるガイセンホーフの作品は、あの名門、ウィーン・フィルハーモニーなどに愛用され、練絹のような音を奏でているのだ。
「私なんかに——もったいない!」
「いや、君なら立派に使いこなせる」
 サー・ジョンが立ち止まった。「——陛下」
 瞳はその婦人の前に、慣れない動作で腰をかがめた。
「まあ、あなたですね。昨日はとてもいい演奏を聞かせてくれてありがとう」
「恐れ入ります、陛下」
「これを——」
 差し出されるヴァイオリンと弓を、瞳は恐る恐る受け取った。
「収めて下さい。BBCがぜひあなたに、ということです」
「はい……。では、遠慮なくちょうだいします」
「何か、弾いてくれませんか?」
「ここで、でしょうか?」
「ええ、ぜひ聞きたいと思います。サー・ジョン、あなたは?」
「同感です、陛下」
 周囲から拍手が起こった。——瞳は足が震えて、生きた心地もない。サー・ジョンに促されるまま、BBCのメンバーと入れ替わりに隅の壇に上がった。場内がシンと静まりかえる。
 お父さん、とんでもないことになっちゃったわよ、と瞳は内心呟いた。——間違えずに弾けますように!
 音を合わせてから、目を閉じて、弾き始める。曲は「ロンドン・デリー・エア」——あのアイルランド民謡。「ダニー・ボーイ」として知られた曲である。父は演奏会場ではやらなかったが、家でよくこれを弾いていた。哀愁を帯びた旋律が大広間を巡って、みんなじっと聞き入っている。
 三十分もかかるソナタを弾いたような気がした。終わると、拍手が続いた。
「よかったぞ、ヒトミ!」
 サー・ジョンが彼女を抱きしめる。瞳は息をふうっと吐き出した。胃に悪いわ、本当に!
「島中瞳様でしょうか」
 クローク係が立っていた。
「はい」
「お客様が玄関に」
「分かりました」
 ヴァイオリンをサー・ジョンヘ預けて、瞳は広間を出た。
 待っていたのは、やはり宏一であった。皮ジャンパー姿が何とも場違いで、落ち着かない様子だった。
「やあ」
 宏一は瞳を見て、「凄い格好だなあ」
「それより、あの人は?」
「出かけたよ」
「今どこに?」
「代々木だ。競技場のあたりで、誰かを待ってるみたいだったぜ」
「大して遠くないわね。——ね、連れて行って!」
「君を? それじゃ、タクシーでも拾って——」
「オートバイがあるんでしょ」
「その格好で乗るのかい!」
 と目を丸くした。
「そんなこと言ってる場合じゃないのよ!」
「分かったよ!」
 門衛が目を見張るのを尻目に、イブニングドレスの瞳を後ろに乗せて、宏一のオートバイは走り出した。
「『卒業』の真《ま》似《ね》かと思われそうね」
 瞳が呟いた。
 
 すでに夜も十時を回って、競技場のあたりには人影もなかった。
「どこにいるの?」
「さあ……さっきはあの辺に車を停めてたんだけどね」
「歩きましょう」
 オートバイを道のわきへ停め、二人はあたりを歩き回った。
「どこにもいないじゃないの」
「またどこかへ行ったのかな」
 夜風が冷たく吹き渡って、瞳はちょっと身震いした。イブニングドレスなるものは大体あまり暖かくできてはいないのだ。
 瞳はもしや芝生の上に、ジェイムスか伯爵の死体が横たわっているのではないかと、気が気ではなかった。
「あそこに車がある」
 宏一が言った。道が下りになった植え込みの陰にジェイムスのポルシェが、かすかに光って見える。
「行ってみましょう」
 瞳は先に立って車へ近付いて行った。
「何をしてる」
 突然、背後から声をかけられて瞳は飛び上がった。
「ジェイムス! びっくりさせないで」
「ここで何をしてるんだ?」
 植え込みの間から、ジェイムスが道へ出て来た。「その格好は——パーティーを抜け出して来たのか?」
「心配でたまらなかったんですもの!」
「何てことを! さ、早くパーティーヘ戻るんだ」
「だって、あなたはここで伯爵と——」
 瞳はジェイムスが手にしている物を見て口をつぐんだ。
「それは、何?」
「見た通りさ。ライフルだ」
 照準器をつけたライフルの銃身が黒光りしている。
「それで伯爵を?」
「そうだよ」
「だって——隠れて狙い撃つなんて——」
「早く行くんだ。こんな所にいてはいけない」
「ジェイムス、そんなのいけないわ! 一対一で正面からやるんだと……」
「いいか、これは個人的な闘いじゃない。任務なんだ」
「——任務?」
 瞳が問い返した。
「その通り」
「どういうことですか?」
「つまり、私が会田のことを聞いていなかったように、伯爵も聞いていないことがあるのさ」
「何を?」
「私は伯爵を殺せという命令を受けているんだ」
「——分からないわ」
「いいかね、会田を殺さねばならない。しかし、それを私に命令したら、仲間同士の殺し合いになる。引き金を引くのをためらうかもしれんし、他の部員たちの気持ちを動揺させることにもなる。だから伯爵にやらせた。そして今度は私が伯爵を殺す。他の部員から見れば、会田の仇《あだ》をとったことになる。——分かるか」
「そんな……ひどいわ……」
 瞳は愕《がく》然《ぜん》とした。「せめて……せめて、伯爵と、正々堂々と闘って! 卑《ひ》怯《きよう》じゃないの!」
「仕方ないさ。失敗は許されない。確実に殺さなくてはならないんだ」
「ジェイムス!」
 宏一が瞳の腕を取った。
「行こう。何だか分からないけど、俺や君のいるところじゃなさそうだよ」
 瞳は逆らう気力もなかった。——あまりに違う世界だった。人の命がチェスの駒《こま》のように取られ、捨てられる世界だ。瞳にはとうてい割り込むことのできない世界だった。
 瞳はゆっくりと歩き出した。
 ゆるやかな斜面の上に、人影が小さく現れた。瞳ははっとした。伯爵だ! 瞳は宏一の手を振り払って飛び出した。
「危ない!」
 瞳は叫んだ。「逃げて! 早く逃げて!」
 人影が立ち止まった。次の瞬間、乾いた銃声がして、人影がはね上がるように転倒した。
 瞳が駆け寄った時、すでに伯爵の息はなく、右手はもう拳銃を握っていた。瞳は傍にひざをついて、ぼんやりと静かな死に顔を見降ろした。
「さ、行こう」
 宏一がやって来て肩を叩く。
「あの人は?」
「行っちまったよ」
「そう……」
「早く行こう。巻き込まれると大変だ」
 促されるままに立ち上がって、瞳はゆっくり歩き出した。
「タクシーを拾ってくれる?」
「いいよ」
 しばらく待って、タクシーがつかまると、瞳は乗り込んで、
「じゃ、ありがとう」
 と微笑みかけてドアを閉めた。
 運転手に行き先を告げ、シートにもたれると、急に張りつめていた気持ちがゆるんで、涙がこみ上げて来る。……
 
 佐野邸の玄関を上がると、ヴァイオリンの音が居間から聞こえて来た。
 先生だわ。——音色がいつもの楽器とまるで違う。そうか、と思った。きっとサー・ジョンが、ガイセンホーフを届けてくれたのに違いない。
 居間へ入って行くと、佐野が気付いて、
「おお、お帰り」
「ただいま、先生」
「パーティーは楽しかったか」
「まあ……」
「途中でいなくなったそうじゃないか。気分でも悪くなったのか?」
「え——ええ、ちょっと」
「そうか。大使館から来た使いの人が心配しとったぞ」
「すみません」
「わしに謝ることはない。——疲れたろう。座ったらどうだ」
「ええ」
 瞳はソファに体を沈めた。
「いいヴァイオリンをいただいたな」
「ええ。ガイセンホーフです。いい音でしょう?」
「だろうな。まだそこに置いてある。お前のものだからな、手をつけとらんぞ」
 瞳はサイドボードの上に、ケースが乗っているのを見て、
「あら! それじゃ、先生、今弾いてらっしゃるの、何です?」
「ああ、これか」
 佐野はニヤリとして、「例のストラディヴァリだよ」
 瞳が呆《ぼう》然《ぜん》としていると、佐野は続けて、
「なに、一度手にしてしまうと、なかなか手放すのが惜しくなってな。ま、ちょっと空き巣に入られたと狂言をやっつけたんじゃ」
「先生——!」
「いや、ずっと持っとるつもりではむろんなかったさ。そろそろBBCも帰国だし、明日でも返しに行こうと思ってな、今、弾きおさめをしとったんだ。……ところで、これは何の罪に当たるのかな? 盗品を盗んだというか、拾った物を届けなかったというか……。いずれにしろ刑務所行きだな」
「先生ったら!」
 瞳は呆《あき》れて、「先生は有名なウッカリ屋ですもの。どこかへ置いて来たのを忘れてたといえば、みんな信用しますわ」
「ふむ。そうかな?」
「ええ、絶対」
「そんなにわしはウッカリ屋か?」
「それにおとしですし」
「そうだな。わしも、もう……」
 と、しばらく考え込んで、「わしは、いくつだったかな?」
「先生!」
 瞳は大声で笑い出してしまった。佐野もつられて笑った。二人の笑い声がいつまでも響いていた。
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