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怪盗の有給休暇03

时间: 2018-07-30    进入日语论坛
核心提示:2 滝 ボートが大きく揺れる度に、歓声と笑い声が上った。 細かい霧がふきつけてくる。久野原は、目を細くして、陽光に滝のし
(单词翻译:双击或拖选)
 2 滝
 
 ボートが大きく揺れる度に、歓声と笑い声が上った。
 
 細かい霧がふきつけてくる。——久野原は、目を細くして、陽光に滝のしぶきがキラキラと輝いているのを、ビデオカメラにおさめていた。
 
 液晶の画面には、岩をかんで崩れるように落ちてくる滝が映っている。
 
「コートを持ってくるんでした」
 
 と、和子が仏頂面をしている。「おっしゃって下さらないんですもの」
 
「すぐ乾くよ」
 
 と、久野原はビデオを止めた。「今年は水量が多いようだな」
 
 ボートが滝に近付くにつれ、水音でかき消されて話し声は聞こえなくなった。
 
 腹に響く水音は、大太鼓の連打のようだ。
 
 ——ライン川が、その長い流れの中で、ただ一ケ所、滝になって落ちている、ここはシャフハウゼンという所。
 
 滝といっても、落差は二十メートルほどのもので、ナイアガラなどとは比べものにならないが、流れののろい、ゆったりとしたラインが、ここだけ白くしぶきを上げて落ちて行くのが、水量の多いこともあって、なかなか豪快な見ものになっている。
 
「冷たい!」
 
 と、甲高い声を上げているのは、日本人の若い娘である。
 
 このラインの滝は真中に大きな岩がそびえていて、その両側を滝が流れ落ちて行く。
 
 底の平たいボートで、その岩へ乗りつけて、岩の天辺まで上れるようになっているのである。
 
「足下に気を付けて!」
 
 ボートが岩につけると、乗っている二十人ほどの観光客は濡《ぬ》れた足下に用心しながら、こわごわボートを降りる。
 
 岩肌を掘って階段が作られていて、岩の上まで上ることができる。
 
「写真、写真!」
 
 と、はしゃいでいるのは、たぶん女子大生らしい、三人連れ。
 
「交替で撮ろう!」
 
 久野原が、和子と一緒に階段を上って行くと、
 
「すみません! シャッター切っていただけます?」
 
 と、女の子の一人が頼んで来た。
 
「いいとも」
 
 久野原は、自分のビデオカメラを和子へ渡し、「——じゃ、その滝のしぶきをバックに?」
 
「お願いします!」
 
 階段といっても狭いので、三人が並ぼうとすると、ギュウギュウ身を寄せ合わなければならない。
 
「——では撮るよ」
 
 久野原は、水しぶきが霧のように白く光っている中、三人の娘が顔を寄せ合って笑っているのをファインダーに見て、シャッターを切った。
 
「もう一枚、念のために」
 
 と、もう一度シャッターを切り、「OKだ」
 
「すみません!」
 
 久野原は、カメラを返して、
 
「大学生かね?」
 
「はい!」
 
「足下に気を付けて。毎年数人は滝に落ちて亡くなるんだよ」
 
「ええ?」
 
 三人が目を丸くする。
 
 久野原たちは一足先に、岩の天辺まで上った。
 
「——あんな嘘《うそ》をおっしゃって」
 
 と、和子が言った。
 
「なに、その方がスリルがあって面白い」
 
 久野原は、滝の分厚い流れを見下ろして、
 
「今年はなかなか元気がいい」
 
 と言った。「我々も記念撮影をして行くか」
 
「私がお撮りします」
 
 そこへあの三人も上って来て、
 
「あ、シャッター切ります。お二人で」
 
 一人の女の子が声をかけてきた。
 
「じゃ、お願いしよう」
 
 と、久野原は微《ほほ》笑《え》んで言った。
 
「そうですか……」
 
 和子は、大して面白くもなさそうだ。
 
「じゃ、奥様がもう少しご主人の方へ寄って……」
 
 と言われて、和子はますます仏頂面になる。
 
「少しは笑え」
 
 と、久野原が小声で言うと、和子は、虫歯でも痛いのかと思うような、引きつった笑顔を作った。
 
 シャッターが落ち、久野原は、
 
「やあ、ありがとう」
 
 と、その女の子からカメラを受け取った。
 
「いいえ、ちゃんと撮れてるといいんですけど」
 
「念のために申し上げます」
 
 と、よせばいいのに、和子が言った。「私はこの方の妻ではありません」
 
「あ……。そうですか、ずいぶんお若い奥様だと思いました。すみません」
 
「謝ることはない」
 
 と、久野原は笑って言った。
 
「てっきりご夫婦かと思いました」
 
 と、他の子たちも聞いていて、「ねえ」
 
「私もそう思った! じゃ、不倫だったんだ!」
 
 和子が目をむいて絶句している。
 
「失礼なこと言って!——すみません、どうも」
 
 と、シャッターを押してくれた女の子が言った。
 
「いやいや、そんなに色気があると思われたのなら光栄だ」
 
「ボートが出ますよ、下りましょ」
 
 と、和子が言って、さっさと下り始める。
 
「せっかちな奴だ」
 
 と、久野原は、三人連れの女の子たちに、会釈して、「ではお先に」
 
「足下、お気を付けて」
 
 久野原は岩の下のボートが着く場所へと下りて行ったが——。
 
 ふと足を止め、岩の上を見上げた。
 
 三人の女子大生たち。そのシルエットに近い姿が、青空を背景に見えている。
 
「どうなさったんですか?」
 
 と、下から和子が呼ぶ。「首が回らなくなりますよ」
 
「行くよ行くよ」
 
 どうせ同じボートで帰るのだ。
 
 戻りのボートは、それほどひどく揺れず、ホッとさせられたが……。
 
 むろん、あの三人組も同じボートの端の方に座って、『キャアキャア』やっているのである。
 
「——何をジロジロ見てらっしゃるんですか?」
 
 と、和子の咎《とが》め立てするような目に、
 
「今思い出した! 間違いない」
 
 と、久野原は言った。
 
「お金でも貸してあったんですか?」
 
「あの子——シャッターを押してくれた子は、あの晩、八木の屋敷で、江田邦也の部屋から出て行った女の子だ」
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