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怪盗の有給休暇06

时间: 2018-07-30    进入日语论坛
核心提示:5 招待状「お休みですか」 と、田中和子が顔を出す。「ああ。夕食は遅めにしてくれ!」 と、久野原はベッドに引っくり返った
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 5 招待状
 
 
「お休みですか」
 
 と、田中和子が顔を出す。
 
「ああ……。夕食は遅めにしてくれ!」
 
 と、久野原はベッドに引っくり返ったまま、返事をした。
 
「若い方と付合うと疲れるでしょ」
 
「こっちが年《と》齢《し》を取っただけだ」
 
 と、久野原は大きく息をついて、「あの女は?」
 
「傷は手当てしてもらいました。医者には、工事現場で落ちて来た物が当ったとか説明していたようです」
 
 と、和子は言った。「向うが信用したかどうか分りませんが、ゴタゴタに巻き込まれるのはいやでしょうし」
 
「大した傷じゃないんだな?」
 
「それにしても我慢強い人です」
 
 和子は、あの女に好感を持ったらしい。
 
「名前は?」
 
「特に訊《き》きませんでしたが」
 
 と、和子は言った。「富田美津子といって、何と——」
 
「八木春之介の秘書兼愛人」
 
「ご存知なんですか」
 
「撃った男に聞いた」
 
 和子は大してびっくりした風でもなく、
 
「よくご無事で」
 
 と、言った。「遺言に私の名を入れてから撃たれて下さいね」
 
 どこまで本気なのか……。
 
 部屋のドアをノックする音がして、
 
「久野原さん! 生きてる?」
 
 と、若い娘たちのコーラス(?)が聞こえて来た。
 
「あの連中だ。やれやれ……」
 
 と、久野原はベッドから下りると、ドアを開けに行った。
 
「——お迎えに来ました」
 
 と、木村涼子が言った。
 
「お迎え?」
 
「散々、久野原さん、引張り回しちゃったから、お詫《わ》びに下のカフェでケーキ、ごちそうします」
 
 と、関口ゆかりがウインクして、「美鈴はカフェの席を用意させてます」
 
「断るわけにもいかないな」
 
 と、久野原は言った。「しかし、本当は君たちがケーキを食べたいんじゃないか?」
 
「鋭い!」
 
 と、涼子が指先で久野原をつついた。「美鈴と二人にさせてあげますから、付合って!」
 
 ——実際、何を考えているのか分らん、と久野原は思った……。
 
 午後になって、雲が切れ、カフェには明るく日がさし込んでいた。
 
「ごちそう」されるはずの久野原はコーヒーだけにして、三人組は、日本の倍ほどもある大きなケーキを食べていた。
 
「——叔《お》母《ば》から連絡があって、明日の朝、ここへ着くそうです」
 
 と、美鈴が言った。
 
「そうか。じゃ、買物をすませておいて良かったね」
 
 大分疲れも取れて、余裕の言葉である。
 
「あ、あの女の人……」
 
 と、涼子は言った。
 
 富田美津子がカフェへ入って来る。スーツの上を袖《そで》に手を通さず、はおっていた。
 
「——先ほどはご心配をかけました」
 
 と、久野原の所へ来て礼を言うと、「私の雇い主が、ぜひお礼をと申しまして」
 
 カフェに、八木春之介が入って来る。
 
 三つ揃《ぞろ》いのスーツ姿で、白いマフラーを首にかけて垂らしていた。——白髪がつやのある光を帯びている。
 
「——こちらが久野原さんです」
 
 と、美津子が傍へ退がると、
 
「うちの秘書がお世話になりました」
 
 と、丁重に頭を下げた。
 
「久野原です」
 
「八木といいます。ここには慣れておいでらしい」
 
 と、八木は三人の女子大生を見て、「生徒を引き連れた先生とも見えないが」
 
「袖触れ合うも多生の縁、というだけのことです」
 
 久野原は、「もしよろしければ、ご一緒に?」
 
 と訊いた。
 
「商用で外出するので」
 
 と、八木は言った。「今夜のご予定はおありですか?」
 
「眠るだけです」
 
「では、その前に、ちょっとしたパーティに参加されませんか? 宝石を扱っている仲間の商人たちで、親《しん》睦《ぼく》の集りを開きます。ここから遠くない、ある屋敷で」
 
「どうも固苦しいものは嫌いで」
 
「いやいや、気軽な格好でおいで下さい。何しろ、商売人ばかりでは少しもパーティが面白くない。この美津子ぐらいしか、若い女はいないのでね」
 
「秘書がイヴニングドレスというわけには参りません」
 
 と、美津子が言って、「——こちらのお嬢さん方に出ていただいてはいかがですか」
 
「それはいい。——夕食をタダで食べて、宝石のサンプルを見られる。よければぜひ」
 
「私たち、ヒマです!」
 
 と、木村涼子がすかさず言った。
 
「では決った」
 
 と、八木は口もとに笑みを浮かべて、「この美津子が、すべて手配します。——夜八時から。七時過ぎにロビーで美津子がお待ちしとりますよ」
 
 では、と八木は会釈して、美津子を連れてカフェを出て行く。
 
「——やれやれ。君たち、いいのか、本当に?」
 
「だって、面白いじゃない!」
 
 と、涼子は言ってから、「会費取る、なんて言わないよね?」
 
 ——美鈴が少しして、
 
「八木……春之介っていうんだわ、あの人、確か」
 
「知っているのかね」
 
 と、久野原は訊いた。
 
「叔母から、名前を聞いたことが……。やはり宝石を扱うお仕事ですか?」
 
「さあ、どうかね」
 
 と、久野原はコーヒーを飲み干すと、「では、どこかでタキシードを調達して来よう」
 
 と、立上った。
 
「タキシード? 普通の格好って……」
 
「礼儀というものだよ」
 
 とたんに、涼子とゆかりが目を輝かせた。
 
「じゃ、私たちも、大胆に胸の抉《えぐ》れたドレスだ!」
 
 と、ゆかりが言うと、
 
「そんなもの、どこにあるのよ」
 
 と、美鈴が苦笑いする。
 
「なに、こちらではそういうドレスを着る機会も少なくない。衣《い》裳《しよう》を貸している所があるだろう」
 
 と、久野原は言った。「君たちのような若い人たちなら、充分着こなせると思うよ」
 
「でも、まさか——」
 
 と、美鈴がためらっていると、
 
「着てみて、似合わなかったら、やめりゃいいじゃない!」
 
 と、涼子が発言し、
 
「そうよ!」
 
 と、ゆかりも同調して、「じゃ、美鈴だけセーラー服ででも出たら?」
 
「あのね……」
 
 美鈴もムッとした様子で、「久野原さん、そういうお店に連れてって下さいね!」
 
 と、ほとんど命令するように言ったのだった……。
 
 
 
 確かに、三人が目立ったのは事実だった。
 
 パーティはそう華やかではなかったが、集まった日本人のビジネスマンの多くは夫人同伴で、ただ、どうしても中年の和服の女性が多い中、赤、青、紫のドレスを着た三人の娘たちは、目立ったし、またパーティらしい雰囲気を作るのにも役に立っていた。
 
 むしろ、タキシードの久野原と、地味なスーツの和子は、食べる方に専念していた。
 
「——写真、撮られまくり!」
 
 木村涼子がすっかり顔を上気させてやって来た。
 
「とてもすてきだよ」
 
 と、久野原は言った。
 
「ありがとう! こんな格好、初めてしたわ」
 
 関口ゆかりも、パーティの出席者の「おじさんたち」と喜んでカメラにおさまっている。
 
 涼子は小柄なので赤のドレスが可《か》愛《わい》い。ゆかりは、大人の雰囲気で紫のドレス。そして、美鈴は水色のドレスだったが、いかにも品のいい令嬢という印象だった。
 
「——暑いわ」
 
 と、美鈴がやって来て、息をついた。「少し酔ったのかしら」
 
「それぐらいが色っぽくていいよ」
 
 と、久野原は言った。
 
「よくこんなドレス、選んだわ」
 
 と、美鈴が苦笑する。「つい、他の二人にのせられて」
 
 一人なら、ついためらってしまう一歩も、三人で互いに煽《あお》り立てると、こうも大胆になれるというわけだ。
 
 しかし、久野原は、この美鈴が、八木の屋敷で自殺した江田邦也の部屋から出て来たことを、忘れているわけではない。
 
 この、おとなしく屈託のない表情の奥には、何か隠されているのだ。
 
「——久野原さん」
 
 と、やって来たのは、富田美津子だった。
 
「やあ、傷はどうです?」
 
「ええ、もう大したことは。痛み止めを服んでいるので、眠くて」
 
 と、美津子は微《ほほ》笑《え》んだ。
 
「あなたも、ドレスにすれば良かった」
 
「まさか。——社長が許しませんわ」
 
「八木さんのことですか」
 
「はい、もちろん」
 
「何となく、『社長』というイメージの人ではありませんね」
 
「何かにつけて、型破りな方なのですわ」
 
「確かにそのようだ」
 
 と、久野原が肯《うなず》く。
 
「でも、あの若い方たちをお連れ下さって、社長がとても喜んでいます」
 
「私が連れて来たというより、連れられて来た、と言った方が正しいでしょう」
 
 久野原は、天井の高い、おそらく何百年かたっている屋敷の大広間を眺め回して、
 
「ここはどういう場所です?」
 
「元は貴族の館だったようです。今は、こういう会合やパーティに会場を貸して、料理を出す、レストランのようなものです」
 
「なるほど、これだけの館を維持していくのは大変だろう」
 
 美津子がちょっと笑って、
 
「すみません。社長も、ここへ一歩入って、そう言っていました」
 
「年寄りの考えることは、夢がなくていけないな」
 
 と、久野原は笑った。
 
 そのとき、
 
「皆さん、お待たせしました」
 
 と、マイクを通した声が会場の大広間に響いた。
 
「社長だわ。失礼します」
 
 と、美津子が人々の間に消える。
 
「お持ち寄りいただいた宝石を、披露していただきましょう。中央のビロードを張ったテーブルの周囲へお集り下さい」
 
 広間の中央に、三メートル四方ほどのテーブルが置かれて、その黒いビロードの上に、既にいくつかの宝石が、白く、赤く光を放っていた。
 
「そこにあるのは、私のコレクションの一部です」
 
 と、八木が言った。「お持ちいただいた品物を、テーブルの上に出して下さい」
 
 各々、ポケットから、革の袋を取り出し、逆さにすると、ビロードの上に、様々な色の石が転り出た。
 
「すてき!」
 
 三人の女子大生たちは、テーブルに貼《は》りついて、その光景を眺めている。
 
 さすがに、専門にしている人たちだけあって、互いに石を手に取って、光にかざして見たり、あれこれ話を交わしている。
 
 ——久野原は少しテーブルから退がって、その光景を眺めていた。
 
「引力に引かれませんか」
 
 と、和子がいつの間にか傍にいる。
 
「場所を選ぶさ」
 
 と、久野原は言った。「それに、よほど貴重な物なら、こんな所へ持って来ない」
 
「でも、ある程度は——」
 
「もちろん、イミテーションじゃないだろうが……」
 
 背後で、グラスの割れる音がした。
 
 振り向くと、ビュッフェのテーブルに置かれた空のグラスをさげようとして、ボーイが落として割ったのである。
 
 急いで破片を片付けているそのボーイをチラッと見て、久野原はテーブルの方へ目を戻した。
 
 出されたダイヤモンドのネックレスを、涼子が首にかけてみて、歓声を上げている。
 
「若いというのは、いいことです」
 
 と、和子が言った。
 
「——今のボーイ」
 
 と、久野原は振り向いたが、もうボーイの姿はなかった。
 
「どうなさったんです?」
 
「今のボーイ、どこかで見たと思った」
 
「お心当りが?」
 
「富田美津子を撃った、弟だ」
 
 と、久野原が言ったとき、突然、広間の明りが消えた。
 
「——少々お待ちを」
 
 と、八木の声が響いた。「何分、古い屋敷なので……。暗い内に、宝石をポケットへ、などとお考えにならないように」
 
 暗い中に笑いが起った。
 
「——キャッ!」
 
 と、ゆかりの声がして、「誰か、私の胸に触った!」
 
「宝石と間違えたかな」
 
 と八木が言ったので、大笑いになる。
 
「いやいや、宝石にはない手触りだ」
 
 と、誰かの声。
 
 ——停電は、長く感じたが、一分足らずだったろう。
 
 シャンデリアが点《つ》いて、再び広間は明るい光に溢《あふ》れた。
 
「失礼しました」
 
 と、八木は言った。
 
「改めて、宝石を眺めながら、ゆっくりとワインや料理を味わっていただきたい」
 
「和子、帰ろう」
 
 と、久野原は言った。
 
「ご気分でも?」
 
「少し疲れた」
 
 久野原は、美津子を捜した。
 
 広間へ入って来た美津子へ、
 
「私は、いささかくたびれたので、お先に失礼します」
 
 と、声をかけた。
 
「まあ、そうですか。じゃ、社長に……」
 
「いや、私は飛び入りの客だ。どうぞお構いなく」
 
 と、久野原は丁重に言って、「ただ、あの三人の娘たちを、ホテルまで連れ帰ってやって下さい」
 
「かしこまりました。必ず」
 
「ではよろしく」
 
 久野原と和子が広間を出て、クロークでコートを受け取っていると、
 
「お帰りですか?」
 
 と、美鈴がやって来た。
 
「今日は、昼間もよく歩いたし、いささかくたびれてね」
 
 と、久野原は言った。「君たちは、ゆっくりしていきなさい」
 
「私、あんまりこういう人の大勢いる所って、好きじゃないんです」
 
 と、美鈴は言った。「でも、一人だけ先に帰るわけにもいかないし」
 
「また、ホテルで」
 
 と、久野原は肯《うなず》いて、和子を促すと、広い玄関ホールへと歩いて行った。
 
 ——八木は客の帰りのために、マイクロバスと、タクシーを何台か、用意してくれていた。
 
 美津子が二人を追いかけるように出て来て、
 
「今、お車を」
 
 と言った。「タクシーを使って下さい。料金はお払いいただかなくて結構ですから」
 
「そりゃどうも。——ではお言葉に甘えることにしよう」
 
 高台なので風が強く、冷たい。
 
 久野原は首をすぼめて、和子と二人でタクシーに乗り込んだ。
 
「では、お気を付けて」
 
 と、美津子がていねいに挨《あい》拶《さつ》して見送った。
 
「——どうなさったんですか?」
 
 と、和子が訊《き》く。
 
 久野原は難しい顔をしてじっと下りのカーブが続く道を見つめている。
 
「何か——」
 
「今の停電だ。あれが偶然だと思うか」
 
「まさか旦《だん》那《な》様が仕掛けたのでは?」
 
「いくら何でも、こんな所まで来て仕事はしない」
 
 と、久野原は言った。「しかし、あれは偶然ではなかった」
 
「でも、何のために?」
 
「もちろん、あのビロードのテーブルの上の宝石のためさ」
 
「でも、旦那様もおっしゃったじゃありませんか。そんな大した物は持って来ていないだろうと」
 
「うん、そうだと思う。しかし、あの暗がりの中で気配があったんだ」
 
 久野原は、彼ならではの敏感な耳で、あの闇《やみ》の中、人の動く気配、そしてテーブルの上で宝石がかき集められているような音を聞いていた。
 
「あんな暗い中で、人にぶつからずにそんなことができますか?」
 
「ぶつかったかもしれない。あの女の子が『胸に誰か触った!』と騒いでいただろう」
 
「じゃあ、あれが——」
 
「しかし、いずれにしても、あの短時間ですり換えてしまうためには、暗視装置が必要だろう。そうなると、よほど計画的に違いない」
 
 和子が心配そうに、
 
「旦那様を招《よ》んだのは、たまたまでしょうか?」
 
「分らん」
 
 と、久野原は首を振った。「しかし、こんな所で濡《ぬ》れ衣を着せられちゃかなわんよ」
 
「どうなさいます?」
 
「急用で、日本へ帰る」
 
 と、久野原は言った。
 
「明朝一番でですか」
 
「今夜中だ」
 
 久野原は窓の外に広がる、チューリヒの夜景を見ながら、そう言った……。
 
 
 
 ホテルのロビーへ入って行くと、久野原はフロントの係を呼んだ。
 
 すぐに、日本語を達者に話すコンシェルジュがやって来た。
 
「実はね、急な用事ができて、急いで発ちたい」
 
 と、久野原は言った。「部屋代は取ってもらっていい」
 
「さようですか」
 
 と、コンシェルジュは大して驚いた様子もない。
 
 大体、金持というのは変っているものなのだ。
 
「久野原僚様でございましたね?」
 
「うん、そうだ」
 
「メッセージが届いております」
 
 と、すぐに封筒を持ってくる。
 
 久野原は中のメッセージを一目見て、一瞬、目を見開いた。そして、
 
「分った。明朝一番早い直行便で日本へ発つから、二人分、手配してくれ」
 
「かしこまりました」
 
「よろしく」
 
 久野原と一緒にエレベーターへ向いながら、
 
「今夜、発たれるんじゃないんですか?」
 
 と、和子は訊《き》いた。
 
「気が変った。いかにも逃げているみたいで却《かえ》って怪しまれるだろう」
 
 久野原はメッセージの封筒を、タキシードのポケットへ押し込んだ。
 
「では明朝は……」
 
「直行便の時間を知らせてくる。それで逆算して起こしてくれ」
 
「分りました」
 
 あの〈メッセージ〉には、何か久野原の気を変えてしまうものがあったのだ。
 
 和子は、ちゃんと承知していた。
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