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怪盗の有給休暇17

时间: 2018-07-30    进入日语论坛
核心提示:16 嘆きの階段 八時近くになると、博物館はすっかり静かになり、同時に暖房が切れて冷えて来た。「そろそろ八時だな。出て行こ
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 16 嘆きの階段
 
 八時近くになると、博物館はすっかり静かになり、同時に暖房が切れて冷えて来た。
 
「そろそろ八時だな。——出て行こう」
 
 と、久野原は言った。
 
 二人が棺《ひつぎ》のかげから出て、広い階段のあるロビーへ出て行くと、
 
「止って」
 
 と、アナウンスの声が響いた。「宝石は?」
 
「ここだ」
 
 と、久野原が革袋をポケットから出して見せる。
 
「階段を上って」
 
 女の声だ。——二人は、広い階段を上って行った。
 
 正面の踊り場に、横たわる裸婦の大きな彫刻がある。その上に、ちょこんと腰かけているのは、和子だった。
 
「旦《だん》那《な》様、お手数かけて」
 
「けがはないか?」
 
「大丈夫です。ブラウスを切られて、だめになりましたけど」
 
「その手前で止れ」
 
 と、アナウンスの声が響いた。「〈月のしずく〉を足下に置け」
 
 久野原は革袋を足下に置いた。
 
「——これでいいか」
 
 と、久野原は言った。「和子を連れて帰るぞ」
 
 久野原が、和子の手を取って彫刻から下ろす。
 
「座り心地が悪くて。お尻《しり》が痛くなりましたわ」
 
 と、和子が文句を言った。
 
「帰ろう」
 
 ——階段の下から、美鈴が拳《けん》銃《じゆう》を構えて、銃口が久野原を狙《ねら》っていた。
 
「ごめんなさい」
 
 と、美鈴は言った。「帰すわけにはいかないの」
 
「謝るくらいなら、やめておくんだ」
 
 久野原は言った。「君には引金が引けないよ」
 
「引けるわ」
 
「どうかな。——君には無理だ。もう一人の友だちならやれるかもしれないが」
 
 階段を下りてくる足音がした。
 
「——やあ」
 
 と、振り向いて、「ゆかり君。——元気で良かった」
 
 関口ゆかりが階段を下りて来た。
 
「——私だと分った?」
 
「アナウンスの声はすぐに分ったよ」
 
「ここのガードマンが私のボーイフレンドなの。少しの間、留守にしてもらったのよ」
 
「いくらボーイフレンドでも、死体が転ってちゃ困るんじゃないか?」
 
 と、久野原は言った。
 
「ここじゃやらないわ」
 
「君たち二人じゃ、心細いね。——沙織君、出て来たまえ」
 
 ——秋月沙織が、美鈴の後ろに姿を見せた。
 
「悲しい再会だね」
 
 と、久野原は言った。
 
「あなたが〈黒猫〉でなけりゃ、こんなことにはならなかったのよ」
 
 と、沙織は言った。
 
「三人の女子大生は、君が仕込んでいたんだな。宝石商に近付いて、宝石を偽物とすり換えるように」
 
「器用な子たちなの。——八木が、チューリヒでパーティを開くと聞いて、そんなチャンスを逃す手はないと思ったわ」
 
「八木のパーティそのものが、インチキだった。みんなが宝石を持ち寄って、停電の暗がりの間に盗まれたと届け出て、保険金をせしめる。そうだろう?」
 
「八木の手は知れ渡ってたわ」
 
 と、沙織が肯《うなず》いた。「そのパーティにこの子たちをうまく参加させた。あのとき、停電になって、テーブルの上の宝石が一斉に落とし込まれた後、この子たちがドレスの下に隠し持っていたイミテーションをテーブルにバラまいたのよ」
 
「盗まれたことにするはずが、テーブルから宝石が消えていない。みんな、仕掛けがうまく働かなかったと思ったんだ」
 
「集まった人たち、みんなが宝石商じゃなかったから、やり直しができなかったのよ。盗まれたという目撃者が必要だったから」
 
「保険会社に怪しまれないためにね」
 
「そう。——でも、後になって、みんな精巧な偽物だと知って真青になった」
 
「八木は事実を察していた。それで、空港で〈月のしずく〉を僕に持たせて日本へ帰らせた」
 
「どうしてもそれがほしかったのよ」
 
 と、沙織は言った。「あなたには申しわけないけど」
 
「どういたしまして。——懐しかったよ」
 
 と、久野原は言った。「だが、どうして木村涼子を殺したんだ?」
 
「山倉から、本物をもらって、それも自分のものにしようとしたからよ。——欲を出したら、いつ私を八木へ売るかもしれない。仕方なかったの」
 
「山倉や山城を、あそこまで追い詰めなくても良かっただろう」
 
「勝手に身を滅したのよ。——男なんて、みんな同じだわ。あなたのような、わずかの例外は別にして」
 
「どうかな。——なあ、沙織君」
 
 久野原は、階段に置いた革袋を取り上げた。
 
「元へ戻して」
 
「中身を改めるべきだ。僕も君にイミテーションをあげたくないからね」
 
「何ですって?」
 
 久野原は、袋から〈月のしずく〉を出して、
 
「すぐに分ることさ」
 
 と言うと、それを宙へ放り投げた。
 
 放物線を描いて、その石は階段の上に落ちると——音をたてて砕け散った。
 
「ダイヤモンドは割れないよ、これぐらいではね」
 
「ガラス玉?」
 
「そう。さっき〈月のしずく〉を見せてやったとき、すり換えられたんだ。本物は、美鈴君のポケットに入っているよ」
 
 美鈴が青ざめて、
 
「撃つわよ!」
 
 と、銃口を沙織に向けた。
 
「美鈴……」
 
 沙織が愕《がく》然《ぜん》としている。「私を騙《だま》すつもりだったの?」
 
「彼女は八木の下で働いてたんだ」
 
 と、久野原は言った。「〈月のしずく〉が盗まれたと思わせるために、下手な泥棒を忍び込ませて、騒ぎを起こした。そして、八木の所で働いていた江田という若者を誘惑して、わざと駆けつけるのに手間どらせ、犯人らしいと噂《うわさ》を流して、自殺に見せかけて殺した」
 
「あれは自殺だったのよ! あんなことになるなんて、思ってもいなかったわ。私は、自殺じゃないように見せようとして、靴下をはかせたのよ。でも——」
 
「あなたが……江田を?」
 
 沙織が真青になったと思うと、いきなり美鈴に飛びかかった。
 
「よせ!」
 
 と、久野原が階段を駆け下りる。
 
 女二人がもつれ合って転ると——銃声が響いた。
 
「——沙織君!」
 
 久野原が息をのんだ。
 
 フラッと立ち上がったのは、沙織だった。
 
 美鈴が血に染った腹部を押えて呻《うめ》いている。
 
「和子! 救急車を呼べ!」
 
 と、久野原は叫んだ。
 
 和子が駆けて行く。
 
「——沙織、君は——」
 
「江田は、私の息子だったのよ」
 
 と、沙織が言った。「真面目に宝石の勉強をしたいと言い出して、私は反対したのに、八木の所へ……。私は、八木があの子を死なせたと思ってたの。だから……」
 
「知らなかったわ!」
 
 美鈴が苦しげに言った。「私——本当に江田さんが好きだった!」
 
「しゃべるな」
 
 久野原は、美鈴のそばに膝《ひざ》をついて、拳銃を拾い上げた。
 
「私——逃げるわよ」
 
 と、青くなったゆかりが駆け出して行ったが、
 
「やっ!」
 
 と、一声、出会いばな、和子の拳《こぶし》の一撃でのびてしまった。
 
「——すぐ救急車とパトカーが来ます」
 
「そうか」
 
 久野原は、沙織を見て、「君はどうする。——行くなら止めない」
 
「いいえ……」
 
 沙織は、首を振った。「逃げるわけにはいかないわ」
 
「久野原さん……」
 
 美鈴が苦しげに手をさしのべた。
 
「じっとして。出血がひどくなる」
 
「お願い。信じて下さい。私、江田さんを殺してはいないわ。あの泥棒に毒をのませたけど。八木に言われて……」
 
「分った。今ごろ八木が白状しているだろう」
 
「旦《だん》那《な》様」
 
 と、和子が言った。「私がここにおります。旦那様は姿を消された方が」
 
「そうだわ」
 
 と、沙織が言った。「あなたは行って。——〈黒猫〉のことは、決して口にしない」
 
久野原は、少しの間考えていたが、
 
「分った」
 
 と肯いて、美鈴のポケットから、革袋を取り出した。「さあ、これが本物だ」
 
 沙織は手の上に、〈月のしずく〉を出して、
 
「——ただの石じゃない」
 
 と、言って笑った。
 
 それから沙織は、
 
「じゃあ……」
 
 と、久野原を抱き寄せて、キスすると、「和子さんも行って。——私が、うまく話をします」
 
「待って……」
 
 美鈴が手を伸して、「私にもキスして行って!」
 
 と言った……。
 
 
 
 ——パトカーと救急車がN博物館の前に停り、警官など大勢が中へ駆け込んで行く。
 
「悲しい結末だ」
 
 と、久野原は車からその光景を見て言った。
 
「あの人たちはまだ、やり直せますわ」
 
 と、和子は言った。
 
「そうだな……」
 
 久野原は、ふとポケットに手を入れて、「——見ろよ」
 
〈月のしずく〉が、久野原の手にのっていた。
 
「別れぎわに、沙織がポケットへ入れたんだ」
 
「あの方からのプレゼントですわ。——受け取っておかれるとよろしいですわ」
 
 と和子が言った。
 
「——そうしよう」
 
 久野原は、車を夜の中へと走らせて行った。
 
    エピローグ
 
 
 
 八木が、手錠をかけられて、パトカーから降りてくる。
 
 カメラのフラッシュが一斉に光り、八木は、ジロリとそっちをにらみつけた。
 
 悪びれた様子もなく、刑事に挟まれて歩いて行く八木に向って、報道陣の間から、一人の若者が飛び出そうとした。
 
「よせ!」
 
 その手を、がっしりと押え込んだのは、久野原だった。
 
「あんた……」
 
「チューリヒの教会で会ったろう」
 
 富田和彦は、息をついて、
 
「邪魔しやがって!」
 
 と、にらんだ。
 
「姉さんの敵討ちか」
 
「当り前だろ。——散々、オモチャにしやがって!」
 
「気持は分る。——一緒に来い」
 
 久野原は、和彦を引張って、自分の車へ押し込んだ。
 
「——八木は、殺人罪だ。一生刑務所さ」
 
 と、久野原は言った。「そんな奴を殺して、どうする」
 
「だけど……」
 
「黙ってついて来い」
 
 と、久野原は言った。
 
 
 
「——入れ」
 
 久野原が病室のドアを押すと、中で車《くるま》椅《い》子《す》の女性が振り返った。
 
「どなた?」
 
「久野原だ。——お客を連れて来たよ」
 
 両目を包帯でふさがれた美津子は、
 
「あら……。どなたかしら」
 
 と言った。
 
 和彦が呆《ぼう》然《ぜん》としている。
 
「両目とも失明したが、命はとり止めたんだ」
 
 久野原が、和彦の肩を叩《たた》いて、「これから、お前がずっと面倒をみるんだぞ」
 
 そう言うと、久野原は病室を出てドアを閉めた。
 
 和子が立っていた。
 
「帰りに食料を買い出しに」
 
「分った。付合うよ」
 
 久野原たちが歩き出すと、病室の中から凄《すご》い泣き声が聞こえて来て、廊下中に響き渡ったのだった……。
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