「ゆかりさん!」
明るい声がして、ゆかりは足を止めた。
「ゆかりさん! こっちこっち」
──赤いポルシェ。その窓から手を振っているのは、真田だった。
「あのプレイボーイ、まだこりないのね」
と、亜由美が言った。
亜由美とゆかり、それに(勝手について来た)ドン・ファンの三人で、青山の通りを歩いているところだった。
「真田さん」
と、ゆかりは、ポルシェの方へ歩いて行って、 「この車は?」
「今度は大丈夫! ね、ドライブしないか? 他の二人はいなくなったし、僕との婚約を復活させる相談でもしようよ」
真田は以前の通りの、調子のいい二枚目に戻っている。
「悪いけど──」
と、ゆかりは首を振った。 「当分、婚約は見合せることにしてるの」
「そう……。しかし、デートぐらい、いいんだろ? 最近オープンしたばっかりのね、洒落《しやれ》たレストランがあるんだ。ぜひ連れて行ってあげたいんだ」
「そう」
ゆかりは、亜由美の方へ手を振って、 「ねえ! 食事をごちそうしてくれるんですって!」
「そう!」
亜由美とドン・ファンがやって来るのを見て、真田、
「あ──いや──」
と、口ごもっている。
「今度からね、私のデートには、必ず亜由美に付き添ってもらうことにしてるの。いいでしょ?」
「付き添いつきのデート?」
「文句あるの?」
と、亜由美が凄んだ。
「いえ……。どうぞどうぞ」
「じゃ、失礼」
亜由美とゆかりが後ろの席に、助手席にはドン・ファンが座った。
「私がしっかり採点するからね」
と、亜由美が言った。 「何してんの? 早く車を出したら?」
「はい……」
真田が情ない顔でポルシェをスタートさせた。
「運転、下手ね。六十点」
と、亜由美がメモする。
「ワン!」
と、ドン・ファンが同意するように一声、鳴いたのだった……。