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禁じられた過去11

时间: 2018-08-19    进入日语论坛
核心提示:10 年月の重み「何だって?」 安西刑事の言い方があまりに鋭いので、女はちょっとびくついてしまった。 やれやれ。 そばで見
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 10 年月の重み
 
 
「何だって?」
 
 安西刑事の言い方があまりに鋭いので、女はちょっとびくついてしまった。
 
 やれやれ……。
 
 そばで見ていた村内刑事は、「口を出さない」という約束をしたので黙っていたが、あれじゃ、恐れをなして、係《かかわ》り合いたくないという気持になっちまうぜ、と思っていた。
 
「あの……ただチラッと聞いただけ」
 
 バーのホステスをしているというその女は、殺された水野智江子と同級生だったというから、二十九歳なのだろうが、肌はカサカサで、どう見ても三十代の後半に見えた。
 
 もっとも、出勤前の素顔である。これで化粧をすれば、夜のカウンターの前では、「美女」になるのかもしれない。
 
「確かに言ったんだね、『不動産屋』と」
 
 と、安西が問いかける。
 
「ええ……。言ったと思うけど……」
 
 と、口ごもると、
 
「言ったのか、言わないのか、どっちなんだ!」
 
 と、安西がピシリと叩《たた》きつけるように言った。
 
「言ったわ」
 
 女は、少しやけ気味で言った。
 
 ——もうだめだ。たとえ、他に何か知っていることがあったとしても、この女は絶対に口にしないだろう。
 
 安西はちょっと舌打ちした。
 
「畜生……。他に何か、男のことで?」
 
「知らない。それだけよ」
 
 案の定、これ以上何か言って、引張られでもしたらかなわない、という表情だ。
 
「隠すなよ。隠してると、ろくなことはないぜ」
 
「隠してどうなるのよ」
 
 と、女は言い返した。
 
「まあいい」
 
 安西がパタッと手帳を閉じる。「——用があったら、また来る」
 
「ご自由に」
 
 と、肩をすくめた。
 
「村内さん。——何か訊《き》くことは?」
 
 安西が、村内の方へ初めて顔を向ける。
 
「そう……。どの辺のバーだね」
 
「三丁目です」
 
「今、景気悪いんだろ」
 
 と、村内はおっとりと言った。
 
「ええ。——ひどいもんです」
 
 と、女は、少し気安い口調になる。「ママが凄《すご》くうるさいの」
 
「仕方ないさ。ママの方も必死だよ」
 
 と、村内は微《ほほ》笑《え》んで言った。
 
「ええ、そうね」
 
 女はホッとしたように、村内を見ている。この人は分ってくれてる。その気持が、和んだ表情に出ていた。
 
「一度行ってみよう。何て店?」
 
「あ——これ、マッチです」
 
 と、女が、タバコに火を点《つ》けた残りのマッチを差し出す。
 
「ありがとう。——君、何といった、名前は?」
 
「令子。君原令子。お店じゃ令子です」
 
「令子か。——迷惑するかね、こんなのが行ったら」
 
「いいえ、ちっとも。待ってますわ」
 
 と、明るい声になる。
 
「じゃ、あんまり絞り取らないでくれよ」
 
 と、村内は言って、マッチをポケットへ入れた。
 
 ——アパートを出ると、
 
「村内さん」
 
 と、車に乗り込みながら、安西は言った。
 
「うん?」
 
 助手席に腰をおろす。「君も行くかい、あの子の店に」
 
「とんでもない」
 
 と、にべもなく、「知ってたんじゃありませんか」
 
「何を」
 
「不動産屋のことです。あいつ——栗山っていったな。しょっぴいて、痛い目にあわせてやる!」
 
 安西は車をスタートさせた。
 
「——どうして、俺《おれ》が知ってたと?」
 
「顔の表情一つ変えなかったからですよ」
 
 村内はちょっと笑った。
 
「いちいちびっくりしてられるかい? この年《と》齢《し》になると、何があってもびっくりしなくなるものさ。たとえ、あの水野智江子の恋人が君だったと言われても、『そうかい』ですんでしまうよ」
 
 安西はチラッと村内を見て、それきり黙って車を走らせている。
 
 ——村内も、かつては若かった。
 
 安西の、功をあせる気持が分らないではない。若いころは、多かれ少なかれ、みんなそうだ。
 
 ただ、安西は人一倍、野心家なのだ。
 
 村内は、安西が大きな犯《ホ》人《シ》を挙げるのを、結局、邪魔したことになった。もう大分前のことだ。
 
 ——薄暗くなりかけた道を、車は走って行く。
 
 村内は、そっと右の膝《ひざ》に手をやった。今は薬で抑えているが、以前はひどく痛んだものだ。
 
 若い人間には分らない。「老いる」ということの痛さが。
 
 心の中での話ではない。体を酷使した結果としての、当然の「痛み」。
 
 凶悪犯を張り込んでいた二人の前に、その犯人が姿を見せた。二人は追った。
 
 そして、その犯人が振り向いて発砲した。——弾丸は、二人のどちらにも当らなかったのだが、その瞬間に、村内は右膝を鋭い痛みに襲われ、思わず声を上げて倒れてしまったのだ。
 
 安西はてっきり村内が撃たれたと思った。そして、迷いはしたが、村内の方へ駆け戻ったのだ。
 
 何でもないから、行け!
 
 村内はそう叫んだ。安西はあわてて犯人を追って行ったが……。その何秒かの間に、すでに犯人は姿を消していた。
 
 そして——さらに悪いことに——その犯人はその日の午後、パチンコ店の中で人を殺し、警官に射殺された。もし、あのとき安西が戻っていなかったら、その凶行は防げたかもしれない。
 
 村内と安西は上司から叱《しつ》責《せき》された。もちろん村内は安西をかばったが、マスコミの攻撃の矢面に立っていた上司は不機嫌だった。
 
 安西は、それ以来、村内を恨んでいる。
 
「たかが膝の痛みくらいで」
 
 と言うわけだ。
 
 たかが……そう。誰《だれ》も分らないのだ。自分もいつか年齢をとる、という当り前のことが。
 
 安西は赤信号で車を停《と》めると、
 
「村内さん」
 
 と言った。「僕に任せて下さい。いいですね」
 
「分ってるよ」
 
 村内は逆らわなかった。
 
 いつの日か、安西がこう言われる。
 
「安西さん、僕に任せて下さい」
 
 と——。
 
 信号が変り、車が勢い良く飛び出した。安西のはやる気持、そのもののように。
 
 
 
「——もう帰る?」
 
 と、美沙が言った。
 
「君はいいのか」
 
「一郎は母の所よ」
 
 美沙は、カクテルのグラスをテーブルに置いた。「こんな所、今でもあるのね」
 
「普通のナイトクラブじゃないか」
 
「ナイトクラブ、か……。懐かしくない、その言葉?」
 
 と言って、美沙はちょっと笑った。
 
 フランス料理を食べ、ワインを飲んだので、二人とも少し酔っている。
 
 美沙は目の辺りをほんのりと赤くして、目が潤んで見えた。——危い危い。こんなときが一番危いのだ。
 
「例の彼氏は?」
 
 と、山上は言った。
 
「三神さん? そう毎晩会っちゃいられないわよ」
 
 美沙は、フーッと息をついた。「こんなに酔ったの、久しぶり」
 
「もうやめとけよ」
 
「送ってくれるんでしょ?」
 
「ああ、もちろん」
 
 山上はウーロン茶を飲んでいた。もうアルコールはやめどきだ。
 
「先生だものね。——下《へ》手《た》に女には手が出せない、か」
 
「よせよ。——今の家庭を大切にしてるだけさ」
 
「奥さん、おとなしそうな人ね」
 
「うん。あまり外へ出ない」
 
「でも、ああいう人が怖いのよ。一度燃え上ると……。あなたはまさか、と思ってるでしょうけどね」
 
「正にね」
 
「私、テニスをやってたの。もうとっくにやめたけど。——私が誘って、同じテニススクールへ通ってた奥さんがいたのよ。ともかくおとなしくて、ご主人も、『少し何かやれよ』っていつも言ってたの。学生のころ、少しテニスをしてた、っていうんで、本人、渋々入ったんだけど……。半年して、そこのコーチと駆け落ち」
 
 美沙は、ちょっと笑った。「みんな唖《あ》然《ぜん》としたわよ。三人も子供がいたのにね。——結局、一か月して戻って来て、離婚。それからどうしたのか、誰も知らない」
 
「——凄い話だ」
 
「あら、こんなこと、今はざらにあるのよ。男どもが知らないだけ」
 
「そうかね」
 
「そうよ……。でも、今も忘れられない。一か月たって戻って来た、彼女の顔」
 
「どうして?」
 
「別人のようだったわ。疲れてもいたし、悩んだせいか、目の下にくまもあった。でも、輝いてたわ。引き締って、強くて……。以前の彼女には決して見られない顔だった……」
 
 美沙は、いつしか独り言のように、語っている。
 
「——しかし、今の君は独りだ。誰と恋をしてもいいわけじゃないか」
 
「一回り年下でもね」
 
 と、美沙は笑った。「よくやるよ、って思ってる?」
 
「まあね」
 
「悩むことはあるわ。十年たって、私は五十二歳。彼は四十……。二十年たつと——」
 
「そんな計算は君らしくない」
 
「そう。——そうよね」
 
 美沙は突然不安げな様子で、山上の方へ身をもたせかけて来た。
 
「倉林君——」
 
「黙って。——あなたを浮気に誘おうと思っちゃいないわ。心配しないで。ただ……」
 
「何だい?」
 
「いいの。このまま——しばらくこうしていたい……」
 
 美沙は、眠ってしまいそうに見えた。
 
 山上は、こうしてかつての「恋人」を身近に感じながら、同時にひどく遠くに見ていた。
 
 歳月は人を変えて行く。——この年月の間に、何があったか、互いに知りはしない。知り尽くせるものでもない。
 
 山上は、指先で、そっと美沙の額にかかった髪を上げてやった。
 
 
 
「——お帰りなさい」
 
 秀子が、居間から出て来た。
 
「何だ、起きてたのか」
 
 と、山上は言った。「先に寝てても良かったんだぞ」
 
「そう遅い時間じゃないわ」
 
 と、秀子はちょっと笑った。「うちへ電話した?」
 
「いいや、どうして?」
 
「お友だちと長電話してたから」
 
「エリがか」
 
「私が」
 
 秀子は、そう言って、照れたように笑った。「カルチャーセンターで知り合った人なの」
 
「男じゃあるまいな」
 
 と、山上はおどけて言った。
 
「女の人よ、馬鹿ね」
 
 秀子は、ちょっと山上の上着に顔を近付けた。
 
「何だ?」
 
「匂《にお》い。——香水でしょ」
 
「ああ。ちょっとクラブに寄って来たからな。付合いだ」
 
「怪しいもんだわ」
 
 秀子が、いつになくはしゃいだ感じでいるので、山上は少々面食らっていた。
 
「ねえ、あなた」
 
「うん?」
 
「お風《ふ》呂《ろ》、一緒に入りましょうか」
 
 山上がびっくりしていると、秀子は頬《ほお》を染めて、
 
「昔は入ってたわ」
 
 と言った。
 
「そうだな。確かに」
 
 と、山上は肯《うなず》いた。「——入るか」
 
「ええ」
 
 嬉《うれ》しそうに、秀子が腕を絡めてくる。——山上が初めて見る妻の「新しい笑顔」だった。
 
「あ、パパ、帰ったの」
 
 と、エリが下りて来る。
 
「まだ起きてたの? もう寝なさい」
 
「まだ早いよ」
 
「それじゃ、邪魔するなよ。父さんと母さんは十何年ぶりかで、一緒に風呂へ入るんだ」
 
「——あ、そ」
 
 エリは、ポカンとして、そう言ったのだった……。
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