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禁じられた過去19

时间: 2018-08-19    进入日语论坛
核心提示:18 銃 弾 もう夜中、二時を回っている。 少し、また膝《ひざ》が痛んだが、我慢できないほどじゃない。村内は少し身をかがめ
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 18 銃 弾
 
 
 もう夜中、二時を回っている。
 
 少し、また膝《ひざ》が痛んだが、我慢できないほどじゃない。村内は少し身をかがめて、膝をこぶしで叩《たた》いた。痛みがあまり感じられない代り、しびれるような感覚があった。
 
 こんな日は、仕方ないな。
 
 湿り気の多い夜である。村内刑事は、駐車してある車にもたれて、少し離れたバーのネオンが消えるのを、眺めていた。
 
 閉店か。——じきに出てくるだろう。
 
 両手を、ゆっくり開いたり閉じたりしていると、血のめぐりが少し良くなるようでもある。
 
 村内は、ホッとため息をついた。
 
「俺《おれ》もやきが回ったか」
 
 TVの刑事物にでも出て来そうなセリフを呟《つぶや》いてみる。
 
 ——ゆうべ、君原令子のアパートを後にしたとき、突然の悲鳴に、安西刑事と一緒に駆け戻った。
 
 令子は階段から転り落ちて、起き上れない様子だった。
 
 二人で令子を助けて、部屋へ戻したが……。
 
 令子の様子はただごとではなかった。青ざめ、明らかに怯《おび》えていた。
 
「何があったんだ?」
 
 と、村内は訊《き》いた。「話してみろ」
 
 村内は、少なくとも令子が自分を信じてくれていると思っていた。だから、
 
「足を踏み外しただけ」
 
 という令子の答を聞いたときには、がっかりしてしまったのだ。
 
「そうじゃないだろう。誰《だれ》かに突き落とされた。——そうだろ?」
 
 やさしく訊いた。俺が守ってやる。そう言ったつもりだった。
 
 しかし、令子の返事は同じ。
 
「自分で足を踏み外したのよ」
 
 ——村内にとってはショックだった。
 
 令子とは、分り合っていると思っていたのである。単に寝た相手だからというのではなく、お互い、共通するものを持っていたのだ。
 
 しかし、それも結局、何の役にも立たなかった。
 
 そして、安西は冷ややかな笑みを浮かべて、そんな村内の傷心ぶりを眺めていたのだ……。
 
 ——今夜、令子はいつもの通り店に出ている。
 
 村内は令子が出てくるのを待っているのだった。待っていてどうするのか、自分でも良く分らない。ともかく来ないではいられなかったのである。
 
 店の明りが消え、一人、女が出て来た。目をこらしたが、令子ではない。
 
 そのとき、ふと人の気配に振り返った。
 
「君か」
 
 安西が、ポケットに両手を突っ込んで立っていたのである。
 
「こたえませんか、体に」
 
 と、安西は言った。
 
「俺の勝手さ」
 
 と、村内は肩をそびやかす。「どうしたんだ」
 
「いや、どうせ暇でね」
 
 捜査が行き詰っているのは事実である。水野智江子、栗山、と二人も死んでいるのに、手がかりらしい手がかりもない。
 
 上の方からは、大分苛《いら》立《だ》った指示も出ていた。しかし、指示が出たからといって、何が変るわけでもない。
 
「出て来ましたか」
 
「いや」
 
 と、村内は首を振って、「——俺が甘かったのかな」
 
 と、呟くように言った。
 
「分りませんよ、僕だってね」
 
 安西は、いつになく淡々としている。
 
「何かあったのか」
 
 と、村内は言った。
 
「別に何も」
 
 安西の言い方は、とらえどころがなかった。「——誰か出て来ますよ」
 
 出て来たのは、どうやら君原令子らしい。
 
「おやすみなさい」
 
 と、店の中へ声をかけている。
 
「あいつだ」
 
 と、村内は肯《うなず》いた。
 
「どうですかね。もし、あの女が突き落とされたとしたら、犯人がまた狙《ねら》ってくると思いますか」
 
「どうかな」
 
 村内も、それは考えていた。しかし、令子がそんなに重要なことを知っていたのだろうか? 村内には不思議だった。
 
「尾《つ》けましょう。せっかく見張ってたんだ」
 
「ああ、そうだな」
 
 二人はちょっと顔を見合せ、そして笑った。
 
 二人の間の「わだかまり」のようなものが、フッと消えたようだ。
 
 少し間隔を置いて、二人は令子の尾行を始めた。
 
 こんな時間の尾行は楽ではない。人ごみに紛れて見失うという危険はない代り、近付きすぎるとすぐに気付かれてしまう。
 
 令子は、足どりを速めて、帰りを急いでいるという様子だ。不安げではない。周囲を気にしているとも見えなかった。
 
 では、やはり突き落とされたのではないのだろうか?
 
 村内は、微妙に揺れる気持のまま、令子の足どりに合せるのに苦労していた。
 
 膝が痛む。何とかこらえてはいたが、足どりが速くなると、少し辛《つら》い。
 
「大丈夫ですか」
 
 と、安西が言った。「僕一人で行きましょうか」
 
「いや、平気だよ。いつもの付合いだ。そういう痛みとは、付合い方ってもんがある」
 
 村内は自分へ言い聞かせるように言った。
 
 道は暗い。あまり離れると、見失ってしまいそうだ。
 
「少し間をつめよう」
 
 と、村内が言ったときだった。
 
 バン、と短く、乾いた音が響いて、令子がよろけた。——一瞬、村内と安西は棒立ちになった。
 
「撃たれた!」
 
「畜生!」
 
 暗がりの奥に、タッタッと足音が聞こえた。二人が一斉に駆け出す。
 
 村内の膝に「一撃」が来た。銃弾を撃ち込まれたかと思うほどの痛さ。思わず声を上げてよろめく。
 
「村内さん! その女を!」
 
 安西が振り向いて叫んだ。「僕が追います!」
 
「気を付けろ!」
 
 と、村内は安西の背中へ向けて怒鳴ったが、聞こえていたかどうか。
 
 村内は、痛む足を引きずるようにして、うずくまっている令子の方へと急いだ。
 
「おい、大丈夫か!」
 
 と、声をかける。
 
「あ……。痛い……」
 
 と、うめくように言って、令子は村内を見上げた。「血が……」
 
「どこだ?」
 
 抱き起すようにして、令子の傷を見る。「腕だ。大丈夫。死にやしない」
 
「死ななきゃいいの? 痛いのよ!」
 
 と、令子は泣きべそをかいている。
 
「待ってろ。すぐ救急車を呼ぶ」
 
 ハンカチをとり出し、令子の腕のつけ根をきつく縛った。
 
「乱暴にしないでよ……」
 
 と、令子が文句を言った。
 
「文句を言う元気がありゃ大丈夫」
 
 そこへ足音がして、
 
「まあ、令子ちゃん、どうしたの?」
 
 あのバーのマダムである。
 
「良かった。救急車を呼んでくれ」
 
 と、村内は言った。「撃たれたんだ」
 
「ええ? 大変! じゃ——お店に戻ってかけるわ。その方が——」
 
「頼む。急いでくれ」
 
 マダムが駆け戻って行く。
 
「立てるか?」
 
「痛い……」
 
「よし、じっとしてろ。ここへ来てもらおう」
 
 村内はホッとしていた。
 
 いや、撃たれた令子の方はホッとするどころではないだろうが、ともかく命には別状なかったのだ。もし、これが心臓でもやられていたら……。改めて村内はゾッとした。
 
 そのとき——銃声がした。
 
 大分離れてはいたが、反射的に頭を下げようとする。そうだ、安西の奴《やつ》!
 
 令子を残して行くのもためらわれて、迷っていると、あのマダムが戻って来た。
 
「今、救急車が来ます」
 
 と、息を弾ませて、「令子ちゃん、大丈夫?」
 
「ちょっと見ててくれ。もう一人が犯人を追いかけてるんだ」
 
 村内はそう言って安西の後を追った。すると、
 
「気を付けて!」
 
 と、令子が声をかけてくれたのである。
 
 その一言が、痛む膝のことを、束《つか》の間《ま》忘れさせてくれた。
 
 しかし——数メートル行った所で、村内は足を止めた。安西がフラッと戻って来たのだ。
 
「おい、どうした? 銃声がしたぞ」
 
「ええ」
 
 安西は、何だか少し酔ってでもいるような歩き方をしていた。
 
「逃げられたのか」
 
「そう……。待ってやがったんですよ。畜生! 暗くてよく見えなかった……」
 
「安西——」
 
 村内は自分の目を疑った。安西が——あの頑丈そのもののような体が——フワッと紙きれか何かのように倒れたのだ。
 
「おい。——安西。大丈夫か」
 
 大丈夫でないことぐらい、分っていた。しかし、そう思いたくなかったのである。
 
 やめてくれ! やめてくれ! こんなことが……。こんなことがあるはずはない。
 
 村内は、痛む膝をかばいつつ、かがみ込んで、安西の手を取った。
 
 うつ伏せに倒れた安西の体の下に、血だまりが広がって行く。
 
 もう、脈拍も感じられなかった。
 
「こんな……。馬鹿げてる」
 
 と、呟くと、村内は立ち上った。
 
 膝の痛みは消えていなかったが、それは誰か全く別の人間のもののようだ。
 
 道に座り込んでいる君原令子が、戻って来る村内を見て、
 
「どうしたの、あの刑事さん?」
 
 と、弱々しい声で言った。「けがでもした?」
 
「死んだ」
 
 ポカンとした、間。
 
「——嘘《うそ》でしょ」
 
「俺よりずっと若かったのに……。俺の膝が——。畜生! 俺の膝が……」
 
 村内は、よろけて、電柱にぶつかった。そして電柱を拳《こぶし》で殴りつけた。
 
「ねえ。——やめて!」
 
 と、令子が叫ぶ。「お願いよ。やめて!」
 
 村内は殴りつづけた。拳は焼けるように痛んだが、それがむしろ救いのように感じられていたのだ。
 
「やめて……。やめてよ」
 
 令子が泣き出した。
 
 遠くから、救急車のサイレンが聞こえて来る……。
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