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静かなる良人04

时间: 2018-08-19    进入日语论坛
核心提示:3 狭まる罠 一目、彼の顔を見て、終りだということは分った。 できるだけ目立たない、小さなコーヒーハウスを選んだのだが、
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 3 狭まる罠
 
 一目、彼の顔を見て、終りだということは分った。
 できるだけ目立たない、小さなコーヒーハウスを選んだのだが、ともかく彼は来たくなかったのだ。
 店へ入って来るなり、苛《いら》々《いら》と、唇を歪《ゆが》めながら中を見渡した。私が手を上げると、急ぎ足でやって来て、向いの席に坐《すわ》る。
「急ぐんだ」
 と、言った。「仕事の途中なんだよ」
 彼の名は久《く》保《ぼ》寺《でら》。私の恋人だ。いや、だった。
 ウエイトレスが来ると、
「何もいらない。すぐに出るから」
 と、突っけんどんに言った。「何の用だい、一体?」
 私は、怒る気にもなれず、久保寺を眺めた。
「分ってるでしょう。──主人は殺されたわ。そして私が疑われてるの」
「お気の毒だね」
「ずいぶん冷たいのね。私のアリバイを立証できるのは、あなただけよ」
「よせよ。僕の証言なんか、信じると思うか? むだだよ」
「でも、他にいないわ」
 久保寺は身を乗り出すようにして、
「いいかい、僕は女房持ちだ。子供もいる。君とのことは、あくまで遊びで、家庭はお互い大切にするという約束だったはずだ!」
 と語気を強めた。
「こんなときは──」
「どんなときでもだ!」
 と、かみつくように言った。「僕の女房は部長の娘なんだ。君とのことがばれたら、僕は終りだ」
「私が殺人容疑で捕まってもいいの?」
「自分でまいた種じゃないか」
 と久保寺は、引きつったような笑みをうかべた。「──自分で解決しろよ。僕を巻き込まないでくれ」
「つまり……証言はしてくれないのね?」
「君とのことは全部なかったことにするさ。幸い、僕らは慎重に振舞って来たからね。人目についちゃいないはずだ。もう赤の他人ということにしようじゃないか」
「道で会っても、知らん顔ってわけね」
「それがお互いのためだ。──なあ、君だってその方が得だよ」
 少し声がやわらいで、「恋人がいたなんて分ったら、君は不利になる。その時間は、デパートを歩いてたとか、何とか言えばいい。誰にも嘘《うそ》だとは言えないはずだよ。その方がいい」
 私は、ちょっと笑った。
「そのセリフ、私が電話してから、必死で考えてたの?」
 と訊《き》いてやった。
 久保寺は、店のマッチを手の中でいじり回していた。
「ともかく……たとえ、刑事が来て君とのことを訊いたとしても、僕は知らないと答えるぜ」
「お好きなように」
 私は手を振った。「行ってよ」
「じゃ──」
 と、久保寺は立ち上って行きかけ、
「悪く思うなよ」
 と言った。
 私は久保寺を冷ややかに見て言った。
「あんたはクズよ」
 久保寺が出て行くと、何だか、急に疲れたような気がして、目を閉じた。
 久保寺の立場は、むろん私も分っているから、証言を強要するつもりは、なかった。ただ、せめて、心配そうな言葉の一つも聞こうと思って、都心まで出て来たのである。
 のっけから、ああ来るとは……。
 久しぶりの外出で、少し弾んでいた心も、すっかり鉛を溶かしたようになってしまっていた。──男と女のつながりなんて、脆《もろ》いものだ。
 私は腕時計を見て、もう行かなくちゃ、と口の中で呟《つぶや》いた。
 重い腰を上げて、店を出る。──外の明るさは、まぶしいほどだった。
 ふと、刑務所から出るときも、こんな感じかしら、と思って、一瞬、身震いが出た。
 
 夫の会社は、一応九階建てのビル全部を占めていた。といっても、細長い造りのビルで、両隣が堂々たるビルなので、大分みすぼらしく見える。
 一時十五分になっていた。遅目の昼食に出たサラリーマンが、何人か連れ立って、ビルへ入って行く。一人がゴルフのクラブを振る真似をすると、たちまち左右から「論評」が加えられた。
 夫も、あんな風に同僚たちと話をしていたのだろうか、と思うと、不思議な気がした。
 あまり軽やかとは言えない足取りで、ビルの中へ入る。少し暗くて、冷え冷えとしていた。
 受付もあるが、人の姿はない。案内のパネルを眺める。──〈庶務一課〉は、四階になっていた。
「──ご用ですか?」
 という声に振り向くと、二十四、五の、若いOLが立っている。
 夫が会社で撮った写真で、見《み》憶《おぼ》えのある事務服を着ていた。野暮ったいデザインの紺の服で、昔私が着ていたのと、よく似ている。どうして事務服というのはこうもよく似ているのかしら。
「庶務の方に──」
 と言いかけると、
「あの、失礼ですけど、河谷さんの……」
 と、こっちをまじまじと眺める。
「ええ。家内ですが」
「そうですか。私、柏木と申します。ご主人には色々お世話になりまして」
 なかなか感じのいい女性だった。「この度は本当に残念でした。あんないい方が……」
「恐れ入ります」
「どうぞ。ご案内しますわ。庶務一課にご用ですね」
 エレベーターで四階へ上る。
「以前はご主人の下で働かせていただいていたんです。去年から所属が変ってしまったんですけど。──本当にいい方でしたのに……」
 最後の方は、独白に近い言い方だった。あの無口な、人畜無害な夫も、会社では結構女の子にもてたのかしら、などと考えていた。
 四階でエレベーターを降りると、廊下を案内されて行く。向うから、同じ事務服の女の子がやって来た。
「幸《ゆき》子《こ》さん、昨日の書類、お願いね」
 と、すれ違いざまに、声をかける。
 幸子?──ちょっとギクリとした。
 夫が死に際に、呼んだのが、「ゆきこ」だった。もちろん、ゆき子という名は少なくない。
 だが、もしかして、この女性がそうなのか?──しかし、私には、夫が、会社の女の子と、こそこそラブホテルへ入って行く光景など想像もつかなかった。あの人は、そんなタイプではない。
「こちらでお待ち下さい。庶務の者を呼んで参りますので」
 と、柏木幸子という、その女性は、小さな応接室へ私を通しておいて、出て行った。
 一人になって、ソファでのんびりしていると、さっきの久保寺の態度に、改めて腹が立って来る。もちろん、一時の遊びであることは、お互い承知の上だが、それにしても、こっちにとっては生死にすらかかわる問題なのだ。もう少し、真心があってもいいのじゃないか。
 夫が聞いたら、勝手なことを言って、と笑うかもしれない。
 夫は私が浮気していたことを、知っていただろうか?──私には分らなかった。たとえ知ったとしても、態度が変るような人ではないのだ。
「お待たせしました」
 と入って来たのは、四十がらみの、メガネをかけた男で、いかにも「会社人間」というタイプだった。
 機械的に悔みの言葉を述べた後、
「ご主人の退職金の件ですが──」
 と、すぐに用件に入る。
 書類を見せながら規定を説明し、事務的に話を進めてくれるのが、却《かえ》ってありがたかった。くどくどと夫の思い出話などされるのはかなわない。
「印鑑をお持ちになりましたか? では、こことここへ──」
 話が済むと、
「では小切手でお渡ししてよろしいですか?──それじゃ、ちょっとお待ちを」
 と出て行く。
 きっと、本来の仕事が忙しいのだろう。
 そう。誰もが忙しい。──人一人の死に、いつまでもかかずらってはいられないのだ。
「失礼します」
 軽くドアをノックする音がして、さっきの柏木幸子が、お茶を運んで来てくれた。
「遅くなりまして」
 と、私の前にお茶を置く。
 そして、少し黙ったまま立っていたが、
「早く犯人が捕まるといいですね」
 と言った。
「ええ。でも、その内捕まるんじゃないかしら」
 と私は、お茶を飲みながら、言った。「私が、ね」
「まさか」
 と柏木幸子は目を丸くした。
「本当なんですよ。私がどうやら疑われているらしくて」
「馬鹿げてますわ、そんなの」
 柏木幸子の言い方は、至って素直で、ごまかしているとは見えなかった。
「会社にも聞き込みに来ませんでした?」
「警察がですか? そりゃあ──同僚の人なんかは、少し訊かれたようですけど」
 私は、何となくこの女性に好感を持った。十年くらい前の私とよく似ているような気がしたのだ。
「私と主人の間は、あんまりうまく行ってなかったんですよ。そのせいもあって……」
「ご主人、そんなこと、一言もおっしゃいませんでしたわ」
「そうですか。私は──他に恋人を作ってて。疑われても仕方ないんですけどね」
「まあ……」
 柏木幸子は、困ったような顔で立っていた。
「主人が、会社のどなたかと親しくしているという話は、ありませんでした?」
 と私は訊いた。
 私は柏木幸子の表情を、じっとうかがっていたが、彼女は当惑した様子で、
「女性とですか? いえ、全然! とっても真面目《まじめ》な方でしたもの、そんなことなかったと思いますわ」
「実は、うかがいたいことがあったんですの」
 と私は言った。「告別式やお通夜に、ほとんど会社の方がみえなかったので、どうも気になって……。理由をご存じでしたら、教えていただけません?」
「それは……」
 柏木幸子は、ためらった。そして、廊下をサンダルの音が近づいて来るのを聞いて、
「よろしければ、今日の帰りに──。六時頃に、この近くのNホテルのロビーで待っていて下さい」
 と、早口に言った。
「お待たせしました」
 と、庶務課の男が、小切手を手に入って来る。
 柏木幸子は、一礼して出て行った……。
 退職金は、あれこれ合わせて、ほぼ四百万円ほどになった。生命保険が出れば、多少は助かるが、事件の解決もつかないのでは、難しいかもしれない。
 礼を言って、応接室を出た。──エレベーターの前で、待っていると、小走りの足音がして、
「あの、すみません」
 と、私服の女性がやって来た。「河谷さんの奥様でいらっしゃいますね」
「はい」
「社長秘書をしている者です。実は、社長がお目にかかりたいと申しておりまして」
 社長が?──私は、夫と同期だと言ったあの、平石という社員の言葉を思い出していた。千田社長の首がつながったのは、夫のおかげだ……。
 会ってみよう、と思った。
 
「やあ、どうも」
 大きな机の向うで立ち上った男は、およそ私の中の社長というイメージとはほど遠かった。
 尊大な態度の、太ったタイプかと思っていたのだが、見たところは温厚で、髪は白くなりかけているが、その割には長身の男である。何だか社長というより、どこかの学校の校長という印象だった。
「河谷君の奥さんですか。どうも、この度はお気の毒なことで──」
 と、大仰な手ぶりで椅子をすすめ、秘書にコーヒーを出すように言いつけた。
「いや、告別式にうちの管理職が一人も行かなかったと後で聞きましてね。何たることだ、と怒ったんですよ。いや、申し訳ありませんでした」
「はあ……」
「あの日はたまたま我が社のパーティがありましてね、そちらへみんな出ていまして。──部長に、うかがうよう言っておいたのですが、手違いで話がうまく伝わりませんでね。全くお詫びのしようもありません」
「いいえ、どうぞお気づかいなく」
 と私は言った。「主人のような平社員のことを、そんなに気にかけていただけるなんて、幸せですわ」
「いやいや、ご主人は本当に優秀な方でしたよ。来年には課長という話が決っていたんですから」
 私はびっくりした。
「でも主人は係長でもなかったんです」
「人材に気づかないというのは、よくあることですよ。私も最近は直接ご主人と話すことがありましたからね、これは今まで課長にしなかったのが間違いだったと思っておったんです。といって、すぐに、というわけにもいかないので、一応来年ということで話はしていたのですが……。全く、残念でしたな、我が社としても」
 死んだ後なら、社長にするつもりだったとでも言えるだろう。
「主人は、そんなことちっとも言っておりませんでしたわ」
「物静かで、頭のいい方でしたな」
 と千田社長は肯《うなず》いて言った。
「そんな風におっしゃっていただけると嬉《うれ》しいですわ」
 と私は言った。「主人が──社長さんのお役に立つような人だったなんて、思ってもいませんでしたから……」
「いや、どんな社員でも、役に立っているのですよ。私の、というより、会社のために、ですがね」
 千田社長は一般論にすりかえて答えた。
 どうしようか? もっと正面から、夫がこの社長とどういう関り合いを持ったのか、訊いてみるか、それとも、ここは黙って引きあげるか……。
 迷っていると、秘書が顔を出した。
「社長。販売会議のお時間です」
「そうか。──奥さん、申し訳ありませんが、ちょっと仕事がありまして」
「はい、お邪魔しまして」
「いや、とんでもない」
 千田は、立ち上ると、わざわざエレベーターの所まで送って来た。
「──何かお困りのことがあれば、ご相談に乗りますよ」
 と、千田は言った。
「ありがとうございます」
「一度、夕食を一緒にいかがです?」
 私は面食らった。
「どうも……。その内に、また」
「ご連絡しますよ。ではこれで」
 ちょうど、エレベーターが来た。
 あれはどういう意味だろう?
 ビルを出ながら、私は考えていた。──なぜ千田が、わざわざ食事に誘ったりするのか。気まぐれからの言葉とは思えない。
 いや、エレベーターの前まで、わざわざ送って来て、ああ言ったのは、おそらく秘書にも、それを聞かれたくなかったからだろう。──つまり、千田は本気で私を誘っているのだということになる。
 私は腕時計を見た。二時を回ったところだった。
 柏木幸子は六時にNホテルで、と言った。行ってみよう。どんな話が聞けるのか、見当もつかないが。
 それまで、大分時間がある。──私は実家へ足をのばしてみることにした。
 
「あら、千草なの」
 母が出て来て、びっくりしたように言った。「突然来るなんて……。さあ、上りなさい」
「時間が空いたから」
「夕ご飯は?──食べて行かないの?──本当にせわしない子ね、全く」
 母にかかっては、三十三の未亡人も子供扱いだ。
「会社に行って、退職金、もらって来たのよ」
「そう。まだ色々、面倒なことが残ってるのかい?」
「大体は片付いたけど……。ああ、いいのよ、構わないで」
「そんなこと言っても、お茶ぐらい飲む時間はあるんだろ」
 と母の姿が台所へ消える。
 一人じゃないって、いいことだな、と思った。──そろそろ帰って来てもいいかな。
 私は一人っ子なので、誰に気がねもいらない。あの近所も住みにくくなって来るかもしれないし、もう実家へ落ち着いても、逃げ出したとは思われないだろう……。
 居間の電話が鳴った。だが、何だか妙な音だ。見回すと、電話がクッションの下になっている。クッションをのけて受話器を取る。
「はい──」
 つい、河谷です、と言いそうになる。実家の姓は、清原というのだ。
「もしもし」
 男の声だった。ちょっと妙にくぐもった声である。
「どなたですか?」
「あんたの娘は亭主を殺したんだ」
「何ですって?」
「死んでお詫《わ》びをしろ。人殺しの親なんだからな」
「あなたは──」
 と言いかけたとき、電話が切れた。
 私は、しばらく呆《ぼう》然《ぜん》として、受話器を手にしていた。そして、ふと気が付くと、母が立っている。
「お母さん……」
「世の中にゃ、変なのがいるんだよ。気にしない方がいいよ」
 母が、私の手から、受話器を取って、フックへ戻すと、クッションをのせた。「夜中にもかかって来るから、こうしてるのさ」
「いつから?」
「そうね……。この二、三日かしら」
「もう、何回も?」
「いろんな人からね、お節介な人がいるもんだね、本当に」
「お父さんも知ってるの?」
「そりゃ、夜にもかかって来るからね。でも気にしちゃいないよ」
 私は、目を閉じて息を吐き出した。こんなことになっているとは、夢にも思わなかったのだ。
「気にしなくていいんだよ。笑ってやりゃいいのさ」
「お母さん。私じゃないのよ。私、あの人を殺したりしないわ!」
「分ってるよ、そんなこと。──さあ、今、お茶を淹《い》れて来るからね。玉露だよ、味わって飲んでね」
 母が出て行くと、私は考え込んだ。
 いくら身に覚えがなくとも、世間が有罪を宣告してしまうことがある。このままではいけない。何とかしなくては……。
 しかし、私に何ができるだろう? 警察も、私を疑っているとしたら、他に犯人を捜そうとは努力しないかもしれない。
 といって、この私に、犯人を見付けることができるだろうか?
「さあ、お茶でも飲んで、元気をお出し」
 母が盆を手に、入って来た。
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