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静かなる良人11

时间: 2018-08-19    进入日语论坛
核心提示:10 崩れたエリート 子供たちが目を覚ましたのは、もう暗くなりかけた頃で、ゾロゾロと知子に連れられて帰って行くのを、私は道
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 10 崩れたエリート
 
 子供たちが目を覚ましたのは、もう暗くなりかけた頃で、ゾロゾロと知子に連れられて帰って行くのを、私は道に出て、手を振って見送った。
 相変らず、夫があげたという人形を抱きしめて、亜里は最後まで振り返りながら、手を振っていた。
 家へ入ると、何だか急に疲労が押し寄せて来る。居間のソファに坐り込んで、しばらくは動けなかった。
 子供たちの叫び声が、まだ居間の中を駆けめぐって、完全には消え去っていないように思えた。──全くにぎやかなものだ。
 子供の声というのは、子供のいない私などにはやかましいだけのものでしかないはずだったし、大阪の、郁子さんのところの子供にも、たまに会うだけだったが、それでも閉口させられたものである。
 しかし、今日ばかりは、少しもやかましくなかった。むしろ、その騒がしさが、にぎやかな音楽のように響いた。
 もちろん、たまに見ているからそうなので、これが毎日となれば、そうはいかないことぐらい、私にも分っている。──毎日? まさか! 私には、あの知子ほどの奉仕精神も、体力もない。
「でも……」
 一人だけなら……。そんなこと、可能だろうか?
 私はふっと笑った。──母親って柄じゃないわよ。
 私の方を振り向いて、手を振っていた亜里の姿が、瞼《まぶた》に焼きついていた。夫が可愛がっていたせいで、よけいに、印象が強いのかもしれない……。
 少し、事件のことを考えよう、と思った。
 落合刑事が言った通り、夫がなぜ殺されたのかが分れば、犯人の見当もつくというものである。
 杉崎か? しかし、杉崎にしても、そんな研究会一つを潰すぐらいのことで、人を殺したりするだろうか?
 杉崎は、私の見たところ、人を殺せるようなタイプとは思えない。杉崎自身が殺されたのは、おそらく、杉崎が何かを知っていたためではないだろうか?
 たとえば、夫を殺した犯人を知っていたとも考えられる。
 大学で私にあのびんを投げつけたのは、おそらく杉崎だろう。つまり、私の訪問に、それほどあわてたというわけだ。
 あんな粗雑な手段を取ること自体、杉崎が冷静な殺人などできるタイプでないことを示している。
 では、会社の関係で、誰か動機のある者はいるだろうか? スト破りをしたからといって、殺されるとは思えない。
 何か、それ以外の事情があれば別であるが……。
 では、田代は?──私には、この線が一番、可能性があるような気がした。
 田代にしても、どちらかといえば杉崎に近いタイプで、あまり度胸があるとも見えないが、借金の返済を迫られて、追い詰められたときにはどうか。却って、何をするか分らない男かもしれない。
 田代が夫に金を貸してくれとせびったとしたらどうだろう? 夫に断られて、カッとなって……。
 だが、平凡なサラリーマンのところへ、金を借りに来るだろうか? たとえ借りに来たとして、夫は性格的に、そうにべもなくはねつけるということはしない。
 もちろん、ないものは貸せないが、何とか力になろうと相談ぐらいには乗るに違いない。そういう相手を殺すというのも妙な話だ。
 ああ、もうわけが分らない!
「ともかく、あなたがいい人すぎるからいけないのよ」
 と私は夫に苦情を言った。 「左翼の闘士だったり、孤児たちのサンタクロースだったり……。でも、あなたはやっぱり私の知ってるあなただわ」
 夫が一度だけ抱いた相手が、あの山田知子だというのも、いかにも夫らしい好み──といっては、夫が怒るかもしれないが──だし、あの亜里という子を、特に可愛がっていたのも、なるほどね、と思わせる。
 あなたは、やはり私の夫だった「あなた」で、まるきり別の人ではないのだ。
 それだけに、あなたが唯一、自分の意に反した行動を取った、あのスト破りの一件だけが気にかかる。千田の話がでたらめと分れば気が楽なのだが。
 一度、あの平石という同僚の男性と話してみなくてはならない、と思った。
 私は、少し外の空気が吸いたくなって、庭へ出た。
 もう大分暗くなり、街灯が自動的に点灯している。──子供たちは施設へ帰り着いただろうか?
 庭に立って、居間の方を振り返ると、ガラス戸が開いているので、カーテンが微《かす》かに風で動いている。
 ふと、夫が殺されていた、あのときのことを思い出した。──この戸は開いていて、カーテンだけが閉っていた。
 なぜだろう? この戸はなぜ開いていたのか。
 犯人が逃げたのだとしても、何もここから出ることはない。玄関から出ればいいのだ。こんな所から外へ出ようとすれば、人目につくに決っている。あのときは、まだ明るかったのだ。
 ──分らない。何でもないことなのかもしれないが、やはり気にかかる。
 そして──そう、夫が死に際《ぎわ》に残した、 「ゆきこ」という言葉。
 あれは誰のことだったのか? 柏木幸子のことかもしれないが、ちょっと納得できないところだ。
 もちろん、あの志村という男のことを任せていたほどだから、夫が柏木幸子を信頼していたことは事実だろうが、それぐらいで、死に際に名を呼ぶものかしら?
 夫と深い仲でもなかったようだし……。
 しかし、死んでしまった人のことは、分らない。死の瞬間に、何が頭をよぎるものか、それをいちいちくよくよと考えていても始まるまい。
 さて、今夜も外食ということになりそうである。──主婦としては、いささか怠慢だが、仕方あるまい。今日は何日分もの料理を作った(といってもホットケーキだけど)気分なのだ。
 外食というのも、あまり続くと飽きて来る。昨夜は千田との食事で、せっかくの料理も台なしだった。今夜は一つ、自分のお金で、一流レストランにでもくり出そうか。
 もっとも、一人じゃおいしくもないが……。
 玄関のチャイムが鳴った。誰だろう?
 インタホンで訊かずに、玄関へ降りながら、
「どなた?」
 と声をかける。
「僕だよ」
 あの声は。──私はドアを開けた。
「まあ、どうしたの?」
 久保寺が、ちょっと気まりの悪そうな顔で立っていた。
「やあ……」
「私とは口もききたくなかったんじゃないの?」
「そう言うなよ。あのときは、仕事のことで苛々してて……」
 久保寺は一つ咳《せき》払《ばら》いをして、 「どうだい、夕食でも? 誘いに来たんだ」
「そう」
 私は、ちょっと考えて肯《うなず》いた。 「いいわ。待ってて」
 夕食代節約。──タダで済むのを断ることもあるまい、と思った。
 
「──本当に悪かった。謝るよ」
 と久保寺は言った。
「もういいわよ。みんな自分の身が可愛いわ。当り前よ」
 私はワインのグラスをテーブルに置いた。
 六本木の、かなり名の知れた店である。店の中に、ギターの生演奏が流れている。中が広いので、いくぶんざわついていた。
「若い人たちが多いのね」
 と私は店の中を見回して、言った。「こんな高い店に……。今の若い人たちは、ぜいたくにできてるわ」
「君だって若いよ」
「基準が違うわ」
 と私は笑った。「──どうしたの? 今日は車でしょ。飲んでも大丈夫?」
 久保寺は、あまりアルコールに強くないので、せいぜいワインをグラスに一杯飲むくらいだ。私の方がよほど強い。
「平気さ。少し強くなったんだぜ」
 と、久保寺はぐいとグラスをあけた。
「やめときなさいよ」
 強くなったと言うわりには、すぐ顔に出て真赤になっている。特に今日は車で来ているのに。──何だか妙だ。
「どうしたの?」
 と訊くと、久保寺は、
「え? 何が?」
 と訊き返して来た。
「変よ、少し」
「そうかい? そんなことないよ」
 と久保寺は笑った。
 わざとらしい笑い方だった。──ともかく、食事は進んだ。しかし、久保寺は一向に食べない。
 いや、食べてはいるのだが、味も何も関係なしという感じで、ただ口へ入れているだけなのだ。心ここにあらず、というところ。
「奥さんにでもばれたの?」
 と私は訊いてやった。
「いいや、まだ、大丈夫だよ。分りゃしない」
「この間、刑事さんがあなたのことを言ってたわ。──心配しないで。警察だって、人の家庭をぶちこわすのが仕事じゃないんだから、ちゃんと秘密にしといてくれるわ」
「君、しゃべったの?」
「ちゃんと向うが知ってたわよ」
 久保寺は、ちょっと当惑顔で、
「ああ──そう。そうか。それじゃ──」
 と、ブツブツ呟いている。
「まだ主人を殺したのが誰か、分ってないけど、私への容疑は、多少薄れて来たようね」
「そりゃ良かったね」
「分んないわよ。誰かが急にここへ来て、『河谷千草、殺人容疑で逮捕する!』なんて言って、冷たい手錠が、ガチャン、なんてね」
「よせよ、そんなこと考えるの」
 と、久保寺は、ひきつったような笑顔になった。
「失礼」
 と、そこへ声がした。「河谷さんですね」
 ヒヤリとした。あんまりタイミング良く出て来るから……。
「あら」
「どうも、その節は」
 平石である。夫の同僚だった男だ。
「一度お会いしようと思ってましたの。──お食事に?」
「接待ですよ。一流の店でも、さっぱりおいしくありません」
 と平石は言った。「昨日、社の方へみえたそうですね。私はずっと外へ出ていたものですから」
「一度、お電話さし上げてよろしいですか?」
「もちろんです。会社には朝の内ならおりますから。十時半頃まで」
「分りました」
「何か手伝えることがありましたら、言って下さい」
「どうも」
 平石は、「仕事中」のせいか、告別式に来たときより、大分他人行儀に感じられた。つい、そうなってしまうのだろう。
 サラリーマンの哀しさである。
「今のは誰?」
 と、久保寺がいやに真剣な顔で訊く。
「主人の会社の人よ。──何よ、そんな怖い顔して。やきもちやくほどの純情青年でもないくせに」
「手厳しいな」
 と、久保寺は笑った。
 時間がたつにつれて、久保寺はますます落ち着きがなくなって来て、むやみに早口でしゃべりまくったかと思うと急に黙り込み、また突然おかしくもないジョークを聞かせて、自分だけが大声で笑ったりするという具合だった。
 そして、やたらにワインを飲んで、すっかり赤くなってしまう。──私は、いい加減白けて来て、
「もう帰りましょう」
 と言った。「あなた、酔いすぎよ。タクシーで帰りなさい。私もそうするから」
「いや、だめだよ! そうはいかない」
 久保寺は首を振って、「今日はこのまま帰さない。いいだろう?」
「ホテルにでも行こうっていうの?」
「いいモーテルがあるんだ。車で三十分も乗ればいい。──ね?」
「遅くなるわよ。奥さんに怪しまれない?」
「構やしない。あんな女房、怖くもないや」
 酔うと、勢いがいい。
「結構ね。でも、私、酔っ払い運転で警察までお付合いするのはごめんよ」
「そう言うなよ。──しばらくごぶさただったし。そろそろいいだろ?」
 私はため息をついた。しつこく絡んで来れば、ますます嫌われることが分らないのだろうか?
「そんな酒くさい人に抱かれるのなんて、ごめんよ。帰るわ」
 私は立ち上って、さっさと歩き出した。
「待って──ねえ、待ってくれよ!」
 久保寺があわてて追って来る。しかし、あちらは支払いをしなくてはならない。
 私はさっさと表に出た。
「あ、そうか」
 一人でタクシーでも拾って帰ろうと思っていたのだが、コートを久保寺の車の中へ置いて来てしまった。これじゃ帰るわけに行かない。
 仕方なく、立って待っていると、久保寺が走るようにして店を出て来た。
「なんだ。待っててくれたのか」
「コートが車の中よ。出して」
「ねえ、いいじゃないか」
「ともかく今夜はいや。コートを取りに行くから、キーを貸して」
「──僕が開けるよ」
 久保寺が肩をすくめて歩き出した。駐車場は店の裏手にある。
 歩いて行くと、あまり広くもない駐車場は、いっぱいだった。──ちょうどビルに挟まれて、ちょっと穴の底という感じの場所である。
「開けて」
 と私は久保寺の車の前に立って言った。
「分った……」
 久保寺が、前のドアを開けて、中へ頭を突っ込んで、後ろのドアのロックを外した。
 私は自分でドアを開け、シートの上に投げ出してあったコートを取ろうと手を伸ばした。
 突然、私は後ろから突かれてシートの上にのめるように倒れた。後ろから、久保寺がのしかかって来る。
「何を──」
 と言いかけて、私は首に久保寺の両手がかかるのを感じた。
「死んでくれ、死んでくれよ──頼むよ」
 久保寺の声が耳に入った。首をぐいぐいと絞めつけられて、私は目の前が暗くなって行くように感じた。
 まさか、という思いが、私の抵抗を遅らせて、久保寺が本気で私を殺そうとしているのだと分ったときは、もう完全に、彼の体の下になって、身動きが取れなくなっていた。
 もがこうにも、叫ぼうにも、うつ伏せのまま押しつけられ、首を絞められていてはどうにもならない。──久保寺がなぜ?
 息を止められて、胸が今にも破裂しそうなほど苦しくなって来た。──死を考えた。
 いや、これで夫の所へ行けると思った、なんてドラマチックなことは考えない。ただ、殺されるのか、いやだな、といった気持である。
「死ね──死ね──死んでくれ」
 久保寺は呟《つぶや》き続けていた。その言葉は異様にはっきりと耳に届いて来る。
 久保寺は泣いていた。涙声なのだ。
 そして──急に手から力が抜けた。
 久保寺は、声を上げて泣き始めた。私の上から、急に彼の体重が消えて、私は息をついた。喉《のど》が笛のように鳴った。
 狭くなった管に無理に空気を通そうとするように、私は、体を起こして、何度も深呼吸をくり返した。少し咳込んだが、何とか呼吸できそうだと分った。
 狭い車内から、ともかく外へ出た。めまいがして、車にもたれる。──首のまわりがヒリヒリと痛んで、そっと指でさすった。
 一体何が起ったのか、理解するのに、少々手間取ったとしても仕方あるまい。
 要するに、久保寺が私を殺そうとしたのだ。──久保寺は?
 見回すと、車と車の間にうずくまって、泣いているようだった。
 怒りは感じなかった。後になればともかく、今は、死なずに済んだという感覚の方が強かったし、久保寺にしても、また襲って来るとはとても思えなかった。
 私は、車にもたれたまま、久保寺をじっと見ていた。──何分間、そうしていただろうか?
 五分か、せいぜい十分ぐらいのものだったろうが、一時間にも思えた。
 久保寺が、顔を上げて、私を見た。
「どうして?」
 と私は言った。
 久保寺は両手で顔を覆った。
「やりたくなかったんだ……本当だ」
 呻《うめ》くような声が洩《も》れた。
「私が、あなたとのことをしゃべると思ったのね。奥さんの耳にそれが入るって」
 久保寺は黙っていた。──哀れな男だ、と思った。
 幹部候補生のエリートが、未来の夢の崩壊を前にして、我を失ったとでもいうことか。──エリートなんて、空《むな》しいものだ。
 やり直す、ということを知らないのだ。
 予定された人生を失ったら、総《すべ》ては終りだと思い込む。その恐ろしさに、何でもやってしまおうとするのだ……。
「私を殺せばどうなると思うの?──必ず捕まるわ。そうなれば、それこそ終りじゃないの」
 子供にだって分るような、簡単な理屈が、一流大学を出た彼になぜ分らないのか、不思議だった。
 しかし、気の弱さが、久保寺を逆に救ったとも言える。結局、私を殺すことはできなかったのだから。
「ごめんよ」
 と、久保寺は言った。
 まるで、子供のようだ、と思った。この男に、今まで何度も抱かれたとは、自分でも信じられなかった……。
「もういいわよ」
 私は、車の床に落ちていたコートを拾い上げた。「タクシーで帰りなさい。車を運転すると危ないし」
「うん……」
 久保寺は、素直に肯いた。「──悪かったね、本当に」
「もういいから。二度と会うのはやめましょうね」
 久保寺が肯く。私は彼の肩を軽く叩いてやった。
「町で会っても、お互い知らん顔するのよ。私も、誰か他の男と一緒かもしれないわ」
 久保寺は、私の目を、やっと見つめた。そして、頼りなげに微笑んだ。
「君はいい人だ……」
「今ごろ分ったの?」
 と私は訊いてやった。「さあ、行って。私は、どこかで少し休むわ」
 久保寺は、よろけるような足取りで、店の表の方へ歩いて行った。私は、車のドアをロックして閉めると、喉をさすりながら歩き出した。
 少し風の強い夜だ。寒くはなかったが、荷物になるので、コートをはおった。
 表通りに出ると、もう久保寺の姿は見えなかった。──何となくホッとした。
 君はいい人だ、か……。
 浮気していて、夫のこともろくに知りもしなかった妻が、どうして「いい人」なのか。
 でも、私は、そうやって自分を責めてノイローゼにはならない。夫はいい人だったのだから、私が後を追って死ぬようなことは望んじゃいないはずだ、と考えるのだ。
 きっと夫も笑って、いかにも君らしいよ、と言うに違いない。
「──河谷さんの奥さん」
 と声をかけられて振り向くと、平石である。
「あら、お仕事は?」
「さっき、お客を送り出したところです。一人になって、一杯やっていたんですよ」
「やっと酔えるというわけですね」
「そんなところです」
 と、平石は笑った。「──お連れの方は?」
「気分が悪くなって、先に帰りましたの」
「そうですか」
 平石は、ちょっと考えて、「じゃ、もしよろしければ、お話を──」
「今、私もそう申し上げようと思っていましたの」
 と私は言った。
「じゃ、どこにしましょうか?」
「どこでも構いませんわ」
 と言ってから、駐車場以外ならね、と私は心の中で付け加えた……。
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