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忙しい花嫁17

时间: 2018-08-19    进入日语论坛
核心提示:消えた淑子 「参ったよ」 武居が言った。 ホテルのロビーである。 記者会見した成田のホテルではなく、武居のホテルへ戻《も
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 消えた淑子
 
 「参ったよ……」
 武居が言った。
 ホテルのロビーである。
 記者会見した成田のホテルではなく、武居のホテルへ戻《もど》って来ていた。
 もう夜になっている。武居は、大きくため息をついて、亜由美を見た。
 「——どうだい、お腹《なか》空《す》かない?」
 「そう言われてみれば、多少……」
 「一《いつ》緒《しよ》に食べよう。こっちも今日は食事どころじゃなかったものな」
 全く、その点は、亜由美も同感だった。
 二人は、フランス料理の店に入って、奥《おく》まった席に着いた。
 「いいか、ここに電話があっても、絶《ぜつ》対《たい》に俺《おれ》はいないからと言えよ」
 武居はウエイターに言った。「たとえ友人だと言ってもだ」
 「分りました」
 武居はメニューを広げて、
 「記者だというと出てくれないから、大学のときの友人で、とか言うんだよね。全く、大した連中だ」
 亜由美が軽《かる》目《め》に魚料理を頼《たの》んだのに対して、武居は、ステーキを注文して、
 「苛《いら》々《いら》してると腹《はら》が減《へ》るんだ」
 と言った。
 真《ま》面《じ》目《め》な顔で言うのがおかしくて、亜由美はつい笑《わら》ってしまった。武居もつられたのか、一《いつ》緒《しよ》に笑った。
 「——田村さん、どこへ行ったんですか?」
 「都《と》内《ない》某《ぼう》所《しよ》さ」
 「私にも教えてくれないんですか」
 と、亜由美は武居をにらんだ。
 「まあ勘《かん》弁《べん》してくれ。彼《かれ》はまだ入院治《ち》療《りよう》が必要な患《かん》者《じや》なんだ。話ができるまでに回《かい》復《ふく》したら、必ず会わせてあげるよ」
 「信用しますわ」
 「ありがとう。——さ、ワインが来た。乾《かん》杯《ぱい》といくか!」
 景気をつけるように、武居は大げさな声を上げた。
 「肝《かん》心《じん》の淑子さんはどこにいるんでしょう?」
 「さあね。何しろ、別《べつ》荘《そう》はあちこちにあるし、しかも僕《ぼく》なんかの知らないのもいくつかあるはずだ」
 「増口さんはご存《ぞん》知《じ》なんですか?」
 「知らないと思うよ。知ってれば言うだろうからね」
 「でも妙《みよう》な話ですね。娘《むすめ》がどこにいるのか分らない。しかも、偽《にせ》物《もの》かもしれないっていうのに、気にもしないなんて」
 「あれが増口さん流の子育てなのかもしれないよ」
 「それにしても——」
 亜由美は、スープが来たので、言葉を切った。今は事《じ》件《けん》より、食《しよく》欲《よく》の方が重要であった……。
 メインの料理が来て、ナイフを入れていると、ウエイターがやって来た。
 「お電話でございます」
 「おい、いないと言えって——」
 と武居が言いかけると、
 「いえ、こちらの方にでございます」
 と、ウエイターは、亜由美の方へ微《ほほ》笑《え》みかけた。
 「私に?——誰《だれ》かしら?」
 「邦代、と言ってくれれば分る、と……」
 「まあ、邦代さん?」
 亜由美は急いで席を立った。
 「もしもし、塚川亜由美です」
 「あ、邦代です」
 「何か?」
 「お嬢《じよう》様《さま》が、ここへみえたようなんです」
 「淑子さんが?」
 「ええ、多分。お屋《や》敷《しき》の方から、至《し》急《きゆう》来るようにって電話があったんです。それで行ってみると、呼《よ》んでなんかいないって」
 「じゃ、偽《にせ》の電話だったのね」
 「そうらしいです。で、さっき、別《べつ》荘《そう》の方へ戻《もど》ってきたんですけど——」
  「ご覧《らん》の通りです」
 と、邦代は言った。
 亜由美は、淑子の部屋の中を見回した。
 洋服ダンスの扉《とびら》は開いて、中には一着の服もない。引出しも全部引出されて、空になっている。
 「徹《てつ》底《てい》的《てき》ねえ」
 と、亜由美は感心して言った。
 「頭に来ちゃいますわ、私」
 と、邦代はプンプン怒《おこ》りながら、「少し古い服をもらおうと思ってたのに」
 そこへ、武居も上って来た。
 「やあ、こりゃひどい」
 「お宅《たく》の方では?」
 「いや、何も知らないと言ってる。もちろん、ここのお手伝いさんたちを呼《よ》んだこともないそうだ」
 「じゃ、やっぱり淑子さんが——」
 「電話して来たのは、男? 女?」
 と、武居が邦代へ訊《き》いた。
 「男の声でしたよ」
 「すると淑子さんじゃない。一体、誰《だれ》だろう?」
 亜由美は首をひねった。——邦代がエヘンと咳《せき》払《ばら》いして、
 「あの……もう一つあるんです」
 と言い出した。
 「何が?」
 「運転手の神岡さん。あの人も、行方が分らないんです」
 「ということは——つまり、神岡さんの運転するベンツで、淑子さんはどこかへ行っちゃったというわけね」
 「そうらしいです」
 「車自体は、そうそうめったやたらと走ってるわけじゃないからね。遠からず見つかるとは思うけど——」
 「どこへ行くつもりなんでしょう?」
 「見当がつかないわ」
 「でも、失《しつ》踪《そう》にしても、変だと思いませんか?」
 「何が?」
 「これです」
 亜由美は、空っぽの戸《と》棚《だな》やタンスを手で示《しめ》して、
 「いくらひんぱんに着《き》替《か》える人でも、人目につかないように逃《に》げようというのに、何から何まで着るものを持って行こうっていうのは、おかしくありませんか」
 「なるほどね」
 「私も変だと思いましたわ」
 と、邦代が言った。「だって、夏物、冬物、構《かま》わず持ち出してるんですもの」
 「ねえ、邦代さん」
 と、亜由美がふと思い付いた様子で、
 「あなたに電話して来た男って、もしかしたら、神岡さんじゃなかった?」
 「まさか!」
 と、邦代は言った。「それなら分りますよ」
 「でも作り声とか——」
 「分りますよ。だって……」
 と言いかけて、邦代はちょっと照れたように頭をかく。
 そう言えば、彼女は神岡と「いい仲」なのだ。恋《こい》人《びと》の声なら、間《ま》違《ちが》えはしないだろう。
 「それじゃ、やっぱり別の男……」
 「一体誰《だれ》なんだ?」
 と、武居がブツクサ言って、「ともかく、彼女《かのじよ》の行方を捜《さが》さなきゃ」
 だが、亜由美の方は、なぜ淑子が、棚《たな》を空にしてまで、総《すべ》ての服を持って行ったのだろうか、という点に心が動いた。
 そう小さな荷物ではないはずだ。そんなにまでして、なぜ運んだのか。
 「——身体《からだ》に合わないのを知られないように、か」
 と、武居が言った。
 「それしか考えられませんね」
 と亜由美も肯《うなず》く。「でも、理論的に考えると、やっぱり変です」
 「何が?」
 「こんなことしたら、それこそ、自分が偽《にせ》物《もの》だと白《はく》状《じよう》してるようなもんです」
 「それはそうだけど……」
 「私、何か別のわ《ヽ》け《ヽ》があったんじゃないかと思うんです」  「まだ分りません」
 亜由美は首を振《ふ》った。「何だか頭の中がこんがらがって来て……」
 「果《はた》してあの淑子さんは本物かどうか……」
 二人が考え込んでいると、
 「へえ、面《おも》白《しろ》い話ですね」
 と邦代が言った。
 亜由美と武居がハッとして、顔を見合わせた。しゃべってはいけないことを、邦代の前で、つい口にしてしまったのだ。
 「じゃ、あのお嬢《じよう》様《さま》は、他の女なんですか?」
 武居は渋《しぶ》々《しぶ》言った。
 「かもしれないってことなんだ。——いいかい、この話は誰《だれ》にもしちゃいけない。分ったか?」
 「分りました」
 と、あっさり邦代は肯《うなず》いたが、武居はどうにも不安らしい。
 仕方なく、一万円札《さつ》を何枚《まい》か、邦代の手に押《お》し付けて、やっと安心したようだった。
 別《べつ》荘《そう》から、武居の車で送ってもらうと、亜由美が家へ着いたのは、もう夜中過《す》ぎであった。
 「じゃ、田村さんと話ができるようになったら——」
 「連《れん》絡《らく》する。約《やく》束《そく》するよ」
 「お願いします」
 車を出て、亜由美が家の方へ歩きかけると、
 「ねえ、ちょっと」
 と武居も車を出て来た。
 「何ですか?」
 振《ふ》り向いた亜由美に、武居はいきなりキスした。——とっさのことで、亜由美は何が何やら分らなかった。
 「おやすみ」
 武居は、そう言って車に戻《もど》った。
 武居の車が走って行くのを、亜由美はポカンとして見送っていた。
 家へ入ると、驚《おどろ》いたことに、母の清美がまだソファに座《すわ》っている。
 「待っててくれたの?」
 へえ、多少は母親らしいところもあるんだね、と居《い》間《ま》へ入って、つい笑《わら》ってしまった。
 清美は、ソファでいとも気持良さそうに眠《ねむ》っている。TVが、とっくに放《ほう》映《えい》を終って、白い画面になっていた。
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