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忙しい花嫁23

时间: 2018-08-19    进入日语论坛
核心提示:裏《うら》切《ぎ》られた女 「分りませんわ」 と、亜由美は言った。 「何がです?」 殿永が訊《き》く。 二人は、もう夜明
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裏《うら》切《ぎ》られた女
 
 「——分りませんわ」
 と、亜由美は言った。
 「何がです?」
 殿永が訊《き》く。
 二人は、もう夜明けの近い街《まち》を車で走っていた。殿永が、亜由美を自《じ》宅《たく》まで送ることにしたのである。後ろの座《ざ》席《せき》には、ドン・ファンが、のんびりと眠《ねむ》っている。
 「淑子さんが本物だとしたら、なぜわざわざ田村さんに、別人のように思われるようなことばかりしたんでしょう?」
 殿永は、しばらく黙《だま》って車を走らせていた。そして、急にブレーキをかけて、車を停《と》めた。
 「どうかしたんですか?」
 と、亜由美は訊いた。
 「どうです? どうせなら、これから全部の謎《なぞ》を解《と》いてみますか」
 殿永は恐《おそ》ろしいほど真《しん》剣《けん》だった。こんな殿永の顔を見るのは、初めてだ。
 亜由美はゆっくり肯《うなず》いた。
 「お待ちなさい」
 殿永は車を出ると、近くの電話ボックスへ走って行き、電話をかけていたが、すぐに戻《もど》って来た。
 「では、行きましょう」
 「どこへ?」
 「あの病院へ戻ります」
 殿永は車をUターンさせた。
 「——病院へ行ってどうするんですか?」
 「彼女《かのじよ》を待つんです」
 「淑子さんを? でも——」
 「警《けい》備《び》を解《と》くように、今命令しました。淑子さんはもう一度現《あらわ》れますよ」
 「まさか!」
 「いや、きっと来ます。——ともかく待ってみましょう」
 殿永の口調は自信に満ちていた。
 「もし……現れなかったら?」
 「現れるようにします。あなたも協力していただきたいんですがね」
 亜由美は当《とう》惑《わく》顔《がお》で殿永を見た。
 
 病室は、まだ暗かった。
 外は空が白み始めているが、カーテンが引かれて病室の中は、まだ夜の闇《やみ》に満たされている。
 田村は、ちょっと苦しげに息をして、身動きした。
 ——目が開く。
 まだ眠《ねむ》っているのかと思うような、暗がり。しかし、しばらくその暗がりを見つめていると、少しずつ物の形が判《はん》別《べつ》できて来る。
 田村は、鎮《ちん》静《せい》剤《ざい》の効《こう》果《か》がまだ残っているのか、多少、夢《ゆめ》うつつの状《じよう》態《たい》だった。
 ドアのノブが回る音がした。ドアが静かに開いて来る。
 看《かん》護《ご》婦《ふ》か、と田村は思った。ずいぶん早いな。——いや、本当はもう朝になっているのかもしれない。
 女のシルエットが、一《いつ》瞬《しゆん》チラッと目に映《うつ》った。中へ入って来ると、その女はドアを、細く開けたまま、ベッドの方へ進んで来た。
 白っぽい服だけが分る。やはり看護婦だろう。
 「早いね」
 と、田村は、いくらかもつれる口調で言った。——そして、目を見《み》張《は》った。
 看護婦ではない。
 白いのは、白衣でなく、コートだった。手に握《にぎ》ったナイフが見える。見上げると、女はマスクで顔を隠《かく》していた。
 田村は叫《さけ》ぼうとした。しかし、声にならない。
 女がナイフを振《ふ》りかざして近付いて来る。
 「やめてくれ……」
 押《お》し出すような声が洩《も》れた。手をのばそうとするが、薬のせいだろうか、手が持ち上らないのだ。
 「許《ゆる》してくれ……」
 田村は言った。ナイフは、彼《かれ》の心《しん》臓《ぞう》をめがけて、振《ふ》り降《お》ろされようとしていた。
 「助けてくれ!——君を——君を殺す気はなかったんだ!」
 田村は必死で体をずらそうとした。「僕《ぼく》は——僕は——あいつの言いなりに動いていただけだ! 本当だ!」
 ズルズルと滑《すべ》って、田村は床《ゆか》へ落ちていた。床を這《は》って、逃《に》げようとする。
 「君を——愛していた。本当だ! でも——でも、僕は——金が欲《ほ》しかったんだ。それだけなんだ!」
 女はベッドの傍《かたわ》らに立って動かなかった。田村は、ドアへ向かって四つん這いになって進んで行くと、体ごとぶつかるようにしてドアを開けた。
 「どうも」
 頭の上で声がした。——殿永が、田村を見下ろしている。
 「あなたは……」
 「殿永刑《けい》事《じ》です。そして——あなたの良くご存《ぞん》知《じ》の方ですよ」
 田村は振《ふ》り向いた。廊《ろう》下《か》の明りに照らされて、女が立っている。マスクを外《はず》した。
 「塚川君!」
 田村の口から、震《ふる》えるような声が洩《も》れた。
 「田村さん」
 亜由美はコートを脱《ぬ》いでその場に落とすと、
 「あなたは……淑子さんを殺そうとしたんですね!」
 田村は、床《ゆか》に座《すわ》り込んだまま、うなだれていた。殿永は、亜由美の手から、ナイフを受け取った。
 「田村さんのようなタイプの人は、おそらく大学に残って研究生活を送っていれば良かったんでしょうね」
 田村は深々と息をついた。
 「僕《ぼく》だって——そうしたかったよ。しかし、とてもそんな経《けい》済《ざい》的《てき》余《よ》裕《ゆう》はなかった」
 「あなたのようなタイプの人に、会社勤《づと》めは辛《つら》かったでしょう」
 「辛いなんてものじゃなかったよ」
 田村は苦々しい笑《わら》いを浮《う》かべた。「あんな上役連中に頭を下げ、心にもないお世辞を言うなんて——堪《た》えられなかった!」
 「それでお金目当てに、淑子さんに近付いたんですか」
 「それだけじゃない。——僕には恋《こい》人《びと》ができた。子《こ》供《ども》も生まれる。だが、僕は恐《おそ》ろしかったんだ。そのために、一生、あの惨《みじ》めな生活を送るのかと思うとね。だが……あるパーティで、たまたま知り合った淑子が、増口の娘《むすめ》だと知って、あんな女と結《けつ》婚《こん》したら、さぞ楽《らく》な暮《くら》しができるだろうと思った。——でも、僕には恋人がいたし、本気でそんなこと考えたわけじゃなかった……」
 「それじゃどうして——」
 「ちょうどそのパーティに、あ《ヽ》い《ヽ》つ《ヽ》も来ていたんだ。そして僕を見付けると、飲みに誘《さそ》って来た。僕は酔《よ》って、何もかも、そいつにぶちまけた……」
 「で、彼《かれ》が、あなたに、その計画を吹《ふ》き込《こ》んだわけですね」
 「そう……。こっちは最初本気にしてなかった。でも、あいつは、根っからの悪《あく》党《とう》だった」
 田村は、少し間を置いて続けた。「あいつの計画が、僕の耳の中で、毎日毎日、鳴り渡《わた》った。鐘《かね》の音みたいにね。——やれるだろうか? やれるかもしれない。いや、きっと大《だい》丈《じよう》夫《ぶ》だ。——そう思うようになるのに、時間はそうかからなかった……」
 「恋《こい》人《びと》にはどう言ったんです?」
 「彼女《かのじよ》は僕《ぼく》をいさめるどころか、たきつけたよ。それで僕も決心した。——淑子と出会う段《だん》取《ど》りは、あいつがつけてくれた。信じられないくらいだったが、淑子は僕にすっかりのぼせ上っていたんだ。たぶん、こういうタイプが珍《めずら》しかったんだろうな」
 「淑子さんと結《けつ》婚《こん》しておいて、彼女を殺す。——財《ざい》産《さん》は手に入るが、夫が疑《うたが》われるのは避《さ》けられない。あなた方の計画は、まず淑子さんが、偽《にせ》物《もの》で、本当の淑子さんを殺してすり替《かわ》っていると他人に思わせた上で、あたかも彼女が自ら逃《に》げたように見せて、殺す、という手順ですね」
 「そう……。巧《うま》くできてるだろう? こっちは被《ひ》害《がい》者《しや》でいられるんだ。疑われることもない。——ところが、肝《かん》心《じん》のところでしくじったんだ」
 「運転手の神岡を買《ばい》収《しゆう》して、淑子さんをさらったものの、神岡を殺している間に、淑子さんが逃げてしまった」
 「そうなんだ。淑子は、真相を知って、僕に仕返しに来た。まあ、殺されたって文《もん》句《く》は言えないがね」
 田村は笑った。
 それは、亜由美の見たことのない、田村の姿《すがた》だった。
 「田村さん。その計画を立てた『あいつ』って、誰《だれ》なんですか?」
 と亜由美は訊《き》いた。
 「何だ、知らないのか?」
 田村は笑いながら、立ち上がった。
 「君が知らないとはね……」
 「誰なんですか?」
 田村は口を開きかけた。——一《いつ》瞬《しゆん》の出来事だった。  田村の背《はい》後《ご》に、突《とつ》然《ぜん》、コートがひるがえった。
 「危《あぶ》ない!」
 と、殿永が叫《さけ》んだ。
 同時に、ナイフが田村の背に深々と呑《の》み込《こ》まれていた。
 田村は、目を大きく見開いて、
 「淑子……」
 と呟《つぶや》くと、その場に崩《くず》れ落ちた。
 淑子が立っていた。その表《ひよう》情《じよう》は、むしろ晴れやかでさえあった。
 「死ぬときに私の名なんか呼《よ》んで……」
 と、淑子は独《ひと》り言《ごと》のように言った。
 「恋《こい》人《びと》の名を呼んで死ねば、まだ尊《そん》敬《けい》してあげたのに……」
 殿永が、田村の上にかがみ込む。——しかし、とても助からないことは、亜由美にも分っていた。
 亜由美は淑子を見た。淑子の頬《ほお》に涙《なみだ》が落ちていた。  「彼《かれ》を罰《ばつ》するのは我《われ》々《われ》に任《まか》せて下されば良かったのに」
 「いいえ」
 淑子は首を振《ふ》った。「この人は——私が、生《しよう》涯《がい》で初めて、心から信じた人なんです。それなのに……。許《ゆる》せなかったんです。私自身の手で、罰してやらなくては、と……」
 いつも疎《そ》外《がい》されて生きて来た娘《むすめ》。——その気持は、亜由美にも、分るような気がした。
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