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冒険入りタイム・カプセル07

时间: 2018-08-19    进入日语论坛
核心提示:7 追いすがる影 サロンでコーヒーを味わった後、羽佐間は光江を促して、立ち上った。 「じゃ、先に休むよ」 と、倫《みち》
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 7 追いすがる影
 
 
 サロンでコーヒーを味わった後、羽佐間は光江を促して、立ち上った。
 
 「じゃ、先に休むよ」
 
 と、倫《みち》子《こ》と朝也に声をかける。
 
 「どうぞ。私はどうせ夜行性だから」
 
 「コウモリだね」
 
 と、朝也が言った。
 
 「それを言うなら、吸《きゆう》血《けつ》鬼《き》と言ってよ。ずっとカッコいいじゃない」
 
 「もう少しロマンチックなこと、言えないのかい?」
 
 「いいじゃないの。そっちの方は、お父さんとお母さんが引き受けてくれるわ」
 
 「親をからかうもんじゃない」
 
 と、羽佐間は笑って、光江と一緒にサロンから出て行った。
 
 入れ代りに、石山秀代が入って来る。羽佐間へ、
 
 「ありがとうございました」
 
 と、丁《てい》寧《ねい》に頭を下げていた。
 
 「秀代さん」
 
 と、倫子は声をかけた。「ここへお座りなさいよ」
 
 「いえ、私——」
 
 「遠慮しないで。どうせここは父のホテルなんだから」
 
 倫子は、秀代にコーヒーを取ってやった。
 
 秀代は、
 
 「どうもすみません」
 
 と、頭を下げている。
 
 よく恐《きよう》縮《しゆく》する子である。——性格なのかもしれない。
 
 「私に弟か妹ができるかしらね」
 
 と、倫子は、朝也の方に向いて、言った。
 
 「できたら、どう思う?」
 
 「楽しいじゃない。にぎやかになるし。——将来のための、練習にもなるわ」
 
 「練習?」
 
 「子育ての、よ」
 
 「まず夫捜《さが》しが先決だろ」
 
 「差し当り、ろくなのがいないもんですからね」
 
 と、倫子は言い返した。
 
 「あら」
 
 と、秀代は言った。「あの人は、どなたですか?」
 
 秀代が見ているのは、高津智子の肖像画だった。
 
 「知ってるの?」
 
 と、倫子が訊《き》いた。
 
 「顔を見たことがあって。——それも、たぶん、父のアルバムか何かで見たような気がします」
 
 「そうでしょうね」
 
 倫子は、高津智子のことを、分っている点だけ——つまり、三十年前、ちょうど、タイム・カプセルが埋められたときに殺されたのだと説明した。
 
 「そうですか」
 
 と、秀代は、改めて肖像画をじっと見つめていた。「——でも——」
 
 「え?」
 
 「いえ——何でもありません」
 
 秀代は首を振った。
 
 何か言いたげだったが、思い直して、口をつぐんだ様子だ。
 
 倫子は、ちょっと気になった。
 
 大体、倫子は言いたいことを、こらえていることのできない性格だ。いや、むしろ、言いたくないことまで言ってしまう方かもしれない。
 
 「——ねえ、秀代さん」
 
 と、倫子は言った。
 
 「はい」
 
 「ちょっと訊《き》きたいんだけど……。もし、返事をしたくなければ、いいのよ」
 
 「何ですか?」
 
 「あなたとお父さん……。どうして、あんな苦しい生活をしていたの? 父とか、色々、お友だちを頼《たよ》って、仕事ぐらい、見付けられたでしょうに」
 
 秀代は、ちょっと目を伏せた。
 
 悪いことを訊いたかな、と倫子は思った。
 
 「まあ、色々あるよな」
 
 と、朝也が、取りなすように言った。
 
 「いえ、いいんです」
 
 秀代が顔を上げる。「父は、誰《だれ》かから、いつも逃げていたんです」
 
 「逃げて?」
 
 倫子と朝也は顔を見合わせた。
 
 「——それはどういう意味?」
 
 「よく分りません」
 
 と秀代は首を振った。「でも、ともかく、いつも追われていたのは事実なんです」
 
 「じゃ、あなたにも、それが誰なのかは言わなかったの?」
 
 「はい」
 
 「——お母さんは?」
 
 「死にました。——いえ、そう聞かされています」
 
 と、秀代は言い直した。
 
 「じゃ、本当のところは分らないの?」
 
 「物心ついたころには、もう私は父と二人でした。父から、母は私を生んだときに死んだと聞かされていました」
 
 倫子は、少し間を置いて、
 
 「でも、あなたは信じてないのね」
 
 と言った。
 
 「どう考えていいのか、分らないんです」
 
 秀代は首を振った。「父は、仕事を転々としていました。一つの所に、一年いることはまれでした」
 
 「どうして、そんなに仕事を変ったの?」
 
 「正確なところは分りません。でも——たぶん、誰か、父を追っている人が、近付いて来ると、父は仕事を移ったんだと思います」
 
 「じゃ、その『誰《だれ》か』は、そんなに長い間、ずっとあなたたちを追い続けてるわけ?」
 
 「だと思います」
 
 「その事情とか、お父さんは話したこと、ないの?」
 
 「ありません」
 
 「訊《き》いたことも?」
 
 「訊いたことは、何度もあります」
 
 「でも、返事はしてくれなかった」
 
 「ええ。ただ——」
 
 「ただ?」
 
 「この何か月か、なぜか父は仕事につかず、ほとんど毎日、寝る所も変えていたんです。——私、たまりかねて、父に訊きました。『何か、追われるような悪いことをしたのか』って」
 
 「それで?」
 
 「父は、じっと私を見て、『父さんを信じてくれ』と言いました。『何も悪いことはしていない』って」
 
 「よほどの事情があったのね」
 
 「たぶん……。そして、『もうすぐ、何もかもかたがつく』と言いました」
 
 「もうすぐ? それはどういう意味なのかしら?」
 
 「たぶん、このタイム・カプセルのことじゃなかったかと思うんです」
 
 なるほど。倫子は肯《うなず》いた。——秀代の言う通りだろう。
 
 「でも、そんなに長い間、逃げ回ってるって、大変なことね」
 
 「よほどのことがあったんだと思います」
 
 と、秀代は肯いて、言った。
 
 タイム・カプセル。
 
 どうやら、それはただ単に、「思い出の品」をしまい込《こ》んでいるだけではないらしい。
 
 何か、もっともっと恐《おそ》ろしいもの——何かの秘密を、納めているのだ。
 
 倫子は、ふと、視線を移した。
 
 入って来たのは、あのピアニストだった。白いドレスのままだ。
 
 倫子は、ちょっと当《とう》惑《わく》した。——ピアニストが、ほとんど迷うことなく、あの肖像画のすぐ前の椅《い》子《す》に腰をおろしたからである。
 
 「——どうしたんだい?」
 
 と、朝也が訊《き》いた。
 
 「ううん、別に……」
 
 と倫子は首を振った。
 
 気のせいだろうか? あのピアニストは、わざわざ、あの絵が正面に見える席に座ったようだった。
 
 いや、もちろん、偶《ぐう》然《ぜん》ということもありうる。
 
 しかし、普通なら、サロンへ入って来て、まず、中を見回し、どこへ座るか、考えるだろう。
 
 ところが、今、彼女は、全く迷いもためらいもしなかった。
 
 真《まつ》直《す》ぐに、あの席へ行ったのだ。
 
 なぜだろうか?
 
 秀代の、「追われつづけた話」、そしてあのピアニストの、肖像を見る席……。
 
 ——何かあるのだ、という思いで、倫子の好奇心は赤熱していた。
 
 
 
 「——どうしたの?」
 
 という声で、倫子は目を覚ました。
 
 いや、きっと眠《ねむ》っていなかったのだろう。一《いつ》旦《たん》眠ってしまえば、人の話し声くらいで、目の覚める倫子ではない。
 
 半《なか》ば、眠っていて、頭の中であれこれ空想する。その時間が、倫子は大好きなのである。
 
 それにしても、今の声は……。
 
 暗がりの中に起き上って、あっと思い出した。——石山秀代が一緒にいたのだ。
 
 「お父さん——どうしたの」
 
 また声がした。
 
 寝言を言ってるんだ。——秀代が寝返りを打つ。
 
 心配そうな声である。不安が、秀代を苦しめている。
 
 倫子は、ベッドから、そっと出て、秀代の顔を覗《のぞ》き込んだ。
 
 息づかいが早い。——汗《あせ》が額に光っている。
 
 熱でもあるのかしら。
 
 ちょっとためらったが、倫子は、そっと秀代の額に手を当てた。
 
 熱はないみたいだけど……。
 
 突然、秀代が目を見開いて、
 
 「キャッ!」
 
 と声を上げてはね起きた。
 
 これには倫子の方もびっくりして、声を上げそうになった。
 
 「——大丈夫?」
 
 「あ——すみません」
 
 秀代は肩で息をしていた。
 
 「ずいぶんうなされてたみたい」
 
 秀代は、頭を振って、
 
 「変ですね。父はもう死んでしまったのに、父が殺される夢を見るんです」
 
 「殺される?」
 
 「ええ。——二人で逃げてると、いつも誰《だれ》とも知れない影が追いかけて来て……。その内、父が、私に逃げろと言うんです。そして——父がその影に立ち向って——倒れるんです」
 
 秀代は、そっと額の汗を拭《ぬぐ》った。「汗をかいちゃった……」
 
 「シャワーでも浴びたら? さっぱりするわよ」
 
 「ええ。——じゃ、そうします」
 
 秀代はベッドから出て、バスルームへ入って行った。
 
 倫子は、枕《まくら》もとの明りを点《つ》けた。
 
 午前二時だ。
 
 喉《のど》が乾《かわ》いたな、と思った。——秀代も、シャワーを浴びたら、何か冷たいものがほしいかもしれない。
 
 倫子は、パジャマの上にガウンをはおってフロントに電話を入れてみた。
 
 こんな時間なのに、すぐ受話器が上った。
 
 「すみませんけど、何か冷たいものをいただけます?」
 
 「かしこまりました。何がよろしいでしょうか?」
 
 さすがに父の造ったホテルである。
 
 「そうね。冷たい紅茶でも——」
 
 「かしこまりました」
 
 都心のホテルだって、この時間ではなかなかこうはいかないものだ。
 
 明りを点けて、ソファに座っていると、秀代が体にバスタオルを巻きつけて出て来た。
 
 「あら。——明りが点いてると思わなかったんで」
 
 と、顔を赤らめる。
 
 「いいじゃないの。でも、もうすぐ飲みものが来るわ」
 
 「じゃ、服を着ます」
 
 秀代はあわてて、バスルームへ戻《もど》って行った。
 
 「結構大人だなあ」
 
 と、倫子は呟《つぶや》いた。
 
 弱々しく見える秀代だが、バスタオル一つになっていると、なかなか女らしい体つきなのだ。——ちょっと、倫子は、差をつけられた感じだった。
 
 ドアをノックする音。
 
 「はい」
 
 と、倫子は返事をした。
 
 「お飲物をお持ちしました」
 
 あら、あの声は……。
 
 倫子がドアを開けると、朝也が盆《ぼん》を手に立っている。
 
 「小池君! いつからここで働いてるの?」
 
 「よせやい。ちょうどこの前で、運んで来る人に出会ったんだ」
 
 「何やってるの、こんな時間に?」
 
 「君に追い出されたおかげで、一人で退《たい》屈《くつ》なのさ」
 
 「じゃ、一緒にお茶でも飲む?」
 
 「いいね!」
 
 と、朝也がニヤリとした。
 
 そのとき、支配人の入江が廊《ろう》下《か》を走って来るのが、倫子の目に入った。
 
 何だか、ひどくあわてている。
 
 「どうしたのかしら?」
 
 見ていると、入江は羽佐間の部屋のドアを叩《たた》いていた。
 
 「こんな時間に。——何かあったんだわ、きっと」
 
 と、倫子は言った。
 
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