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冒険入りタイム・カプセル08

时间: 2018-08-19    进入日语论坛
核心提示:8 裂《さ》かれた絵 「ひどい!」 と声を上げたのは、秀代だった。 もっとも、声が出ただけ、落ちついていたのかもしれない
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 8 裂《さ》かれた絵
 
 
 「ひどい!」
 
 と声を上げたのは、秀代だった。
 
 もっとも、声が出ただけ、落ちついていたのかもしれない。
 
 他《ほか》の誰《だれ》もが、声もなかった。倫子と朝也、それに羽佐間と光江である。
 
 あのサロンに、みんなはいた。
 
 もちろん、こんな時間だから、サロンが開いているわけではない。
 
 誰もが呆《ぼう》然《ぜん》として、それを見つめていた。——高津智子の肖像画を。
 
 肖像画は、刃物で大きく切り裂かれていたのである。
 
 「——何てことだ」
 
 羽佐間が呟《つぶや》くように言った。
 
 表面は穏やかだが、かなりショックを受けていることが、倫子にはよく分った。少し、声が震《ふる》えている。
 
 「誰がこんなことを……」
 
 と、光江が言った。
 
 羽佐間が入江の方を向いて、
 
 「いつ気付いたね?」
 
 と訊《き》いた。
 
 「今です。そろそろ休もうかと思いまして、一応、中をぐるっと見回っていたのです。それが習慣でして」
 
 「それでこの部屋に入ったとき——」
 
 「はい。もうこんな風で」
 
 「誰か、逃げる者とか、廊下をうろついてた人間はいなかったかね?」
 
 入江は首を振って、
 
 「特に気付きませんでした」
 
 と言った。
 
 「ひどいことになった」
 
 羽佐間は、絵の方へ、歩み寄った。「——降ろしたまえ。このままかけておくわけにはいかない」
 
 「はい。直ちに」
 
 入江は椅《い》子《す》を運んで行って、自ら、絵をおろした。朝也が駆《か》け寄って、手伝う。
 
 「どういうことなのかしら?」
 
 と、倫子は父に言った。
 
 「分らん」
 
 羽佐間は首を振って、「あの人を憎《にく》んでいる人間がいたとは思えんが……。しかし、殺した人間がいたわけだからな」
 
 「何か関係がある?」
 
 訊《き》くだけむだというものだった。
 
 単なるいたずらの範《はん》囲《い》を越《こ》えた、明らかに悪意のあるやり方だ。
 
 「ナイフのようなもので、やったんでしょうね」
 
 と、朝也が言った。「そう簡単に、このキャンバスが切れることはありませんよ」
 
 入江はため息をついて、
 
 「私の不注意で、申し訳ありません」
 
 と、頭を下げた。
 
 「いや、君のせいじゃない」
 
 羽佐間は入江の肩を軽く叩《たた》いた。「しかし、ここに絵が急になくなると、やはり寂《さび》しい。何か、他の絵で、当面は間に合わせておいてくれ」
 
 「かしこまりました」
 
 と、入江が頭を下げた。
 
 「あら——」
 
 倫子のそばで、秀代が声を出した。
 
 「どうしたの?」
 
 「誰かがドアの外に——」
 
 「え?」
 
 倫子は、急いでドアの方へ行ってみた。
 
 しかし、外にも、人影はない。
 
 「誰もいないわよ」
 
 「そうですか。気のせいかしら」
 
 と、秀代は首をかしげた。「でも、何だか白いものがチラッと見えたような気がしたんです」
 
 白いもの?——倫子は、白いドレスの、あのピアニストを、思い出していた。
 
 「さあ、もう今日は休もう」
 
 と、羽佐間がみんなを促した。「朝になってしまう」
 
 ——部屋へ戻《もど》って、ベッドに入ったものの、倫子はなかなか寝つけなかった。
 
 「倫子さん」
 
 と、秀代が言った。
 
 「ん? 何なの?」
 
 「小池さんと婚《こん》約《やく》してるんですか?」
 
 倫子は、ちょっと面食らった。
 
 「小池君?——まさか! まだそんな年齢じゃないわよ。それに、ただのお友だちでしかないし」
 
 「そうですか」
 
 「でも、どうして?」
 
 「いえ——別に。おやすみなさい」
 
 「おやすみ……」
 
 倫子は、もしかして、秀代さん、小池君に気があるのかしら、と思った。
 
 悪くないわね。
 
 倫子は、一人でそっと笑った。
 
 
 
 夜中の騒ぎのせいか、倫子が起き出したのは、もう昼近くだった。
 
 「——おはよう」
 
 と、食堂へ入って行くと、やはり起きたばかりらしい、父と光江がテーブルについていた。
 
 「みんなお寝《ね》坊《ぼう》さんね」
 
 と、光江が言った。
 
 「私は一人で寝坊。そちらはお二人で寝坊。ちょっと事情が違《ちが》いますよ」
 
 羽佐間が笑って、
 
 「口ばかり達者になって。——さあ、何か食べたらどうだ。午後は、どこかへドライブにでも行こう」
 
 「いいわね」
 
 と、倫子は言った。
 
 父が笑って平静なのは、本音なのか、それとも、装《よそお》っているのだろうか?
 
 「秀代さん、どこにいるのかしら?」
 
 コーヒーを飲みながら、倫子は言った。
 
 「さっき、小池君と二人で、庭へ出て行ったぞ」
 
 「小池君と?」
 
 「うかうかしてると、取られちまうぞ」
 
 「構わないわ。何なら、のし紙つけて、進《しん》呈《てい》してもいいわよ」
 
 「無理してるんじゃないのか?」
 
 と、羽佐間は笑った。
 
 そこへ、
 
 「失礼します」
 
 と、声をかけて来たのは、あのピアニストだった。
 
 もちろん、今は普通のワンピース姿である。
 
 「何か?」
 
 「羽佐間さんでいらっしゃいますね」
 
 「そうです」
 
 「中《なか》山《やま》久《く》仁《に》子《こ》と申します」
 
 「ピアノを聞かせていただきましたよ。まあどうぞ」
 
 羽佐間にすすめられるままに、中山久仁子は、空いた椅《い》子《す》に腰をかけた。
 
 「もう、お支払いの分は充分に働いていただいたようですな」
 
 「恐れ入ります」
 
 「しかし、どうして、ここにいらしたんです? あれだけの腕をお持ちなのに」
 
 「このホテルが、とても居心地がいいものですから」
 
 「それは嬉《うれ》しいですね」
 
 と、羽佐間は微《ほほ》笑《え》んだ。
 
 「実は、一つお願いがあるのですけれど」
 
 「何でしょうか?」
 
 「サロンに飾《かざ》ってある、女の方の肖像画のことです」
 
 倫子は、トーストにバターを塗《ぬ》っていた手を止めた。
 
 「——あの絵がどうかしましたか」
 
 「とてもいい絵ですわ。いつもあの絵を眺《なが》めていると、心が休まるのです」
 
 「なるほど」
 
 「あの絵を、譲っていただけませんでしょうか?」
 
 倫子と光江が、ちょっと顔を見合わせた。
 
 「——もちろん、代金はお払いします。私も多少の貯《たくわ》えはありますから。どうぞ、値をおっしゃって下さい」
 
 「いや、実はですね——」
 
 と、羽佐間が言いかけたとき、食堂へ駆《か》け込《こ》んで来た者があった。
 
 朝也である。
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