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冒険入りタイム・カプセル09

时间: 2018-08-19    进入日语论坛
核心提示:9 突《とつ》然《ぜん》、消える 食堂へ駆け込んで来た朝也は、息を切らして中を見回した。 倫子は、ちょっと顔をしかめると
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 9 突《とつ》然《ぜん》、消える
 
 
 食堂へ駆け込んで来た朝也は、息を切らして中を見回した。
 
 倫子は、ちょっと顔をしかめると、
 
 「小池君!」
 
 と、朝也に声をかけた。「こういう場所では静かにふるまってよ」
 
 しかし、朝也の方は、そんな言葉は耳に入らない様子で、
 
 「彼女、来なかった?」
 
 と訊《き》いた。
 
 「彼女?」
 
 「うん、彼女だよ」
 
 「——秀代さんのこと?」
 
 「そうだよ、もちろん」
 
 朝也は肩で息をしている。相当に、あわてて来たらしい。
 
 「だって——小池君、一《いつ》緒《しよ》だったんじゃないの?」
 
 「それが、突然、どこかに行っちゃったんだ!」
 
 「待って」
 
 倫子は席を立った。「お父さん、話を続けてて。構わないから」
 
 中山久仁子が、
 
 「また後でゆっくりお話ししますわ」
 
 と腰《こし》を浮《う》かすのを、
 
 「いえ、いいんです。どうぞ、そのままで——」
 
 と倫子は抑《おさ》えて、それから朝也の腕《うで》を取って、「ちょっと、こっち!」
 
 と、食堂から連れ出した。
 
 「どうしたんだい?」
 
 「それはこっちのセリフでしょ。何があったの?」
 
 「それが、さっぱり分らないんだ」
 
 と、朝也は、また息をついて、首を振《ふ》った。「ともかく、庭へ出よう」
 
 倫子は、朝也について、庭へ出て行った。
 
 もうお昼だ。——陽《ひ》は高く、快い天気だった。
 
 「僕《ぼく》はあの子と庭へ出て来た。三十分くらい前かな」
 
 と、朝也は言った。「別に僕が誘《さそ》ったってわけじゃない。よく憶《おぼ》えてないけど——たぶん、彼女《かのじよ》の方が、庭へ出てみたい、と言ったんじゃないかな」
 
 「それで?」
 
 「この芝《しば》生《ふ》をぶらついて、そのまま、林の中へ入って行った。二人で、だ」
 
 倫子と朝也は、一緒に林の中へ入った。
 
 もちろん、密林というわけじゃないから、中も充《じゆう》分《ぶん》に明るい。ただ、少し空気はひんやりとしていたが……。
 
 「ここを歩いたの?」
 
 と、倫子は訊《き》いた。
 
 「この辺、だよ。でも、どの木の間だったか、なんて分らない」
 
 「それはそうね」
 
 「——五、六分歩いたかな。そう。その辺りで一休みした」
 
 と、朝也は、少し木々の合間に開けた、草地を指さした。
 
 「まだ、五、六分も歩いてないわよ」
 
 「今は、急いで来たじゃないか。彼女とはのんびり歩いてたんだ」
 
 朝也は、足を止めた。「そう。——たぶん間《ま》違《ちが》いなく、ここだ」
 
 「それで?」
 
 「ここに腰をおろした。それから、少し話をした。彼女が、立ち上って、伸《の》びをしたんだ」
 
 朝也は、ゆっくりと、周囲を見回した。「で——それから、彼女は、何かを見付けたようだった」
 
 「見付けた?」
 
 「うん。そんな感じだった。あれっという顔をして、木々の間に入って行った」
 
 「どこの?」
 
 「その辺だと思う。——ほら、少し木が重なり合ってて、茂《しげ》みになってるだろ」
 
 「うん」
 
 「その辺に、姿を消した。——と、思うんだけど」
 
 「思う、って、何よ? 見てなかったの?」
 
 「僕は、逆の方を向いて座ってたのさ」
 
 と、朝也は肩をすくめた。「だから、彼女の姿を、ずっと目で追ってたわけじゃなかった」
 
 「じゃ、どうして、そこへ行ったと分ったの?」
 
 「音だよ。足音と、その茂みがざわつく音がしたんだ」
 
 「それで?」
 
 「それで……それっきりさ」
 
 と朝也は肩をすくめた。
 
 「どういうこと?」
 
 「彼女は、いなくなっちまったんだ」
 
 倫子は、ポカンとして、
 
 「まさか」
 
 とだけ、言った。
 
 「僕だって、そう思うよ」
 
 と、朝也は、その茂みの方へと歩いて行った。「よく見てくれよ。とても、人が隠《かく》れていられるほどの場所じゃないだろ」
 
 倫子は肯《うなず》いた。
 
 確かに、茂みといっても、小さなものだ。子供だって、しゃがみ込むか、腹《はら》這《ば》いにでもならなくては、とても姿を隠せまい。
 
 その周囲は、他と同じ、林だ。
 
 「ここから、林の奥《おく》の方へ走って行ったんじゃないの?」
 
 と、倫子は言った。
 
 「それなら足音がするよ。でも、何も聞こえなかったんだ」
 
 「そうか」
 
 と、倫子は、名《めい》探《たん》偵《てい》よろしく、考え込んだ。
 
 「ね、小池君、あなたが彼女から目を離《はな》してたのは、どれくらいの間?」
 
 「それなんだ」
 
 と、朝也は困《こん》惑《わく》した様子で、「彼女が茂みの方へ見えなくなって、僕も立ち上った。ズボンのお尻《しり》をはらって、振り向いた。——どんなにたっていても、まず十秒だな」
 
 「で、そのとき、もう——」
 
 「彼女の姿は、消えてたんだ」
 
 倫子は、もう一度周囲の林を眺《なが》め回してみた。
 
 木々の間は、かなり遠くまで見通せる。
 
 足音もたてず、たった十秒の間に、どこまで行けるだろうか?
 
 それに、朝也の話も嘘《うそ》とは思えなかった。大体、そんなことで嘘をつく理由が、朝也にはない。
 
 「捜《さが》したの?」
 
 「もちろんだよ」
 
 と、朝也は肯《うなず》いた。「名前も、大声で呼んでみたし、ずっと奥まで行ってみた。でも、どこにも見えない。それで、もしや、と思って、ホテルの方へ戻《もど》って行ったんだ」
 
 倫子も戸《と》惑《まど》っていた。
 
 はっきり目的の分ったことへと突《とつ》進《しん》するのは得意なのだが、どうにもわけの分らない状《じよう》況《きよう》という奴《やつ》が、一番の苦手なのである。
 
 「でも、ともかく、何かの拍子で、気付かなかったってこともあるわ」
 
 と、自分へ言い聞かせるように言う。「一応、もう一度捜してみましょう」
 
 「うん。じゃ、手分けして捜そう。君、あっちを見てくれ」
 
 「了解」
 
 二人は、左右へ分れて、歩き出した。
 
 「秀代さん! —— 秀代さん! いたら、返事して!」  
 
 と、倫子は呼びかけながら歩いた。
 
 しかし、結局、三十分近く、林の中をうろうろと歩き回って、何も手がかりはなかった。
 
 元の草地へ戻って、倫子は座り込んだ。
 
 少しすると、朝也もやって来る。
 
 「——何かあった?」
 
 むだを承知で、倫子は訊《き》いた。
 
 「全然。そっちも?」
 
 「ありゃ、言うわよ、訊かれなくたって」
 
 二人は、少し間を置いて、顔を見合わせた。
 
 「どうなってるの?」
 
 倫子は、ため息とともに言った。「これだけ捜《さが》して、ホテルに戻《もど》ったら、部屋で寝《ね》てたなんてことになったら、小池君、あなたを二階の窓から放り出してやるからね!」
 
 「そうなったら、自分で飛び降りるよ」
 
 と、朝也は言った。
 
 
 
 「——妙《みよう》な話だ」
 
 羽佐間は、眉《まゆ》を寄せて、言った。
 
 「そう。妙だわ」
 
 倫子は父の前に立っていた。
 
 結局、倫子は朝也を二階から放り出しはしなかったのである。つまり、石山秀代は行《ゆく》方《え》をくらましてしまっていたのだった。
 
 「どうしたらいいのかしら」
 
 と、光江がそばで、心配そうに言った。
 
 羽佐間と光江が泊《とま》っているスイートルームである。
 
 「ともかく、石山の娘だ。放ってはおけないよ」
 
 と、羽佐間は言った。
 
 「でも、どこを捜すの?」
 
 と、倫子は訊いた。
 
 「林の中でいなくなったんだろう」
 
 と、羽佐間は立ち上って、「それなら林の中を捜すしかない」
 
 「でも、私たちが、散々捜したわ」
 
 「あなた」
 
 と、光江が言った。「警察へ届けたら?」
 
 「それはできん」
 
 羽佐間が、はね返すように答えた。
 
 「どうして?」
 
 羽佐間は、問われて、少し迷った。
 
 「いや——届けていけないことはない。しかし、果してそんな話を信じてくれるかどうか……」
 
 「やってみなきゃ、分らないじゃないの」
 
 「そうだな」
 
 羽佐間は、なおも少し考えていたが、「——よし。ここは入江に任せて、私は警察へ行って話してみよう」
 
 と言った。
 
 ——倫子は、父の態度に、どことなく、すっきりしないものを感じた。
 
 光江が、警察のことを言ったとき、ほとんど考えもせずに否定した。
 
 なぜだろう?
 
 その後の、「信じてくれるかどうか」は、言いわけめいて聞こえた。
 
 何か、警察へ届けたくない理由があるのかもしれない……。
 
 羽佐間は、入江を呼んで、事情を説明した。
 
 「では、すぐに人手を集めて、捜《そう》索《さく》させましょう」
 
 入江と羽佐間が、話をしながら、一緒に一階へ降りて行く。その後から、倫子と朝也。少し遅《おく》れて、光江……。
 
 「君はどうするんだ?」
 
 と、朝也が言った。
 
 「父について行くわ」
 
 倫子は、迷うことなく言った。「小池君はここに残って。捜索のとき、必要だわ」
 
 「分ったよ」
 
 ——ホテルを出ようとするところへ、
 
 「あの——」
 
 と、声をかけて来たのは、ピアニストの、中山久仁子だった。「いなくなった方、見付かりまして?」
 
 「いや、これからまた捜してみます」
 
 と、羽佐間が言った。
 
 「そうですか。私も、何かお手伝いできることがあれば、いたしますわ」
 
 「お気持だけで充分です。ありがとう」
 
 羽佐間は微《ほほ》笑《え》んだ。
 
 ——車で、警察署へと向う途《と》中《ちゆう》、倫子は言った。
 
 「ねえ、お父さん」
 
 「何だ?」
 
 「あの絵のことを、ピアニストの女性に話したの?」
 
 羽佐間はチラッと倫子を見た。
 
 「どうして?」
 
 「興味があったの」
 
 「——説明したよ。ありのままをな」
 
 「どんな様子だった、彼女?」
 
 羽佐間は肩《かた》をすくめた。
 
 「びっくりしてたが、それは当り前だろう」
 
 「そう……」
 
 倫子は、ちょっと不満だった。
 
 あのピアニストが、もっとドラマチックな反応を見せたのではないか、とひそかに期待していたのだ。
 
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