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冒険入りタイム・カプセル21

时间: 2018-08-19    进入日语论坛
核心提示:21 洞《どう》窟《くつ》でのラブシーン もう朝なのかしら、と倫子は思った。 いや、思った、というより、ぼんやりと感じたの
(单词翻译:双击或拖选)
 21 洞《どう》窟《くつ》でのラブシーン
 
 
 もう朝なのかしら、と倫子は思った。
 
 いや、思った、というより、ぼんやりと感じたのである。
 
 なぜといって……周囲はいやに暗くて、そのどこかから、白い光がかすかに忍《しの》び込《こ》んでいて、その様子はちょうど、朝の光が、重いカーテンの間から洩《も》れ入っているのと似ていたのだ。
 
 でもおかしい。いくら寝起きが悪いったって、こんなに頭が重く、全身がけだるくて、身動きもできないなんて……。
 
 それに——いやに寒いわ。そう。まるで、体がびっしょりと濡《ぬ》れてるみたいに。
 
 濡れて?
 
 倫子は、ハッとした。——思い出した。
 
 そうだった。水に押し流された。
 
 いや、本当はどうだったのか分らない。ともかく、水が、まるで鉄の塊か何かみたいに、凄《すご》い勢いでぶつかって来たんだ。
 
 そして、岩にしがみつこうとする倫子の力なんて、本当に、蚊がとまってたみたいなもので……。アッという間に、水に呑《の》み込まれていた。
 
 そして……。そして?
 
 もう、その後は、何も憶《おぼ》えていない。何か——体ごとミキサーの中にでも放り込まれたように、振り回され、どこかに手や足を叩《たた》きつけられ——そして、気を失ったらしい。
 
 でも、ここはどこだろう? 死の世界にしちゃ、リアルだわ。
 
 倫子は呑《のん》気《き》なことを考えていた。
 
 もちろん、倫子だって、死んだことはないから、ここが死後の世界ではないとは言い切れないのだが、それにしても、こんなに現実感覚が残っているのでは、ちょっと興《きよう》醒《ざ》めだ。
 
 生きてるんだわ、と、倫子は思った。助かったんだ。
 
 しかし、嬉《うれ》しいという意識はまだなくて、ただ、体が冷えて寒いとか、あちこちが痛いという不快感だけが先に立つ。
 
 ここはどこだろう?
 
 目を二、三度、閉じては開けてみると、大分視界がスッキリと見えて来た。でも、結局大したものは見えなかったのだ。
 
 どうやら、倫子は、どこか、洞窟みたいな所に寝ていたらしい。
 
 そして、どこか岩の裂《さ》け目から、わずかに外の光が射《さ》し込んでいるのだ。
 
 光が見えるところをみると、どうやら、まだ陽《ひ》は沈《しず》んでいない。——ホテルへ戻《もど》らなきゃ、と思った。
 
 どれくらい時間がたったのか分らないけど、私まで行方不明になったら、それこそ、お父さんが心配しておかしくなっちゃうかもしれない。
 
 そう。どうやら命は助かったようだから、何とかしてここを出て……。
 
 倫子は、起き上ろうとして、膝《ひざ》や足首に焼けるような痛みを覚えて、思わず、
 
 「アッ!」
 
 と声を上げた。
 
 声を出したら、同時にひどくむせて、咳《せき》込《こ》んだ。水を飲んでいたのかもしれない。
 
 そこへ、突然、
 
 「おい、大丈夫か?」
 
 と声がしたので、倫子は、また、
 
 「キャアッ!」
 
 と悲鳴を上げてしまった。
 
 「僕だよ!」
 
 と、駆けつけて、倫子のそばにかがみ込んだのは——。
 
 「小池君!」
 
 倫子は、思わず胸を押えて、息を吐《は》き出した。「ああ、びっくりした!」
 
 「気が付いて良かった! 死んじまうんじゃないかと思って、気が気じゃなかったんだ」
 
 「ちっともいい気分じゃないわ」
 
 と、倫子はしかめっつらで言った。
 
 「仕方ないさ、こんな所じゃね」
 
 と、朝也は言った。
 
 「ここ——どこ?」
 
 と、倫子は上体を起こし、改めて、周囲を眺《なが》め回しながら訊《き》いた。
 
 「山の中だよ。ほら穴みたいなもんらしい」
 
 「らしい、って……」
 
 「僕も良く知らないんだ。気が付いたらここにいた。君と同じさ」
 
 「小池君、どうしてたの?」
 
 「分らないよ。ともかく、君と二手に分れて逃げ出したろ」
 
 「そこまでは分ってるけど」
 
 「そしたら、少し行って、木の根っこにつまずいちまったんだ。そして、いやというほど頭を木の幹にぶつけた」
 
 「ドジねえ、全く」
 
 「そう言うなよ。まだコブができてんだ。それで目の前に火花が散って——」
 
 「で、気が付いたら、ここ?」
 
 「いいや。いくら何でも、そんなに長く、気絶しちゃいない。それに、そのときは、追いかけられてるって気もあったせいか、完全に意識を失ってたわけじゃないんだ。やたら痛かったけどね」
 
 「じゃあ——」
 
 「また殴《なぐ》られたのさ」
 
 「誰《だれ》に?」
 
 「分らない」
 
 と、朝也は首を振った。「足音がした、と思ったらゴツン!——で、完全に意識不明」
 
 「それでここに?」
 
 「うん。どれくらい前かなあ、気が付いたのは。——三、四時間か、五、六時間か。ともかく、もう光が射《さ》してたよ」
 
 「ここから出ましょうよ、ともかく」
 
 と、倫子は言った。
 
 「呑《のん》気《き》だなあ、君は」
 
 と、朝也は苦笑いした。「出られりゃ、僕だって出てるさ」
 
 「あ、そうか」
 
 倫子は、ゆっくりと息をついた。
 
 「ここは、どこかからつながってる地下道の一部だったみたいだよ。人工のトンネルって感じなんだ」
 
 「トンネル?」
 
 言われてみれば、倫子が寝ている所も、いやに平らだ。
 
 「じゃ、ホテルのそばの地下道みたいな?」
 
 「広い部屋というか……出来損いの部屋みたいなもんらしい。途《と》中《ちゆう》まで作って放ってあるってとこかな」
 
 「じゃ、どこかへつながってるんじゃないの?」
 
 「僕も調べたよ。でも、重い石が積み重なって、完全に道を塞《ふさ》いでるんだ」
 
 「何なのかしら、一体?」
 
 「うん……」
 
 朝也は、ちょっと間を置いて、「これ、きっと、戦争中に作られた、防《ぼう》空《くう》壕《ごう》みたいなもんじゃないかな」
 
 「防空壕ね。——その出来損い?」
 
 「うん、きっとそうだよ。ホテルのそばのあのトンネルもそんなもんじゃないか」
 
 これは妥《だ》当《とう》な説だな、と倫子は思った。
 
 「ねえ、小池君」
 
 と、倫子は、ふと気付いて、「私、それじゃ、どこからここへ入ったの?」
 
 と訊《き》いた。
 
 「あの光の入ってる隙《すき》間《ま》さ」
 
 と、朝也が指さす。
 
 「あんなに細い隙間? 私、そんなにスマートだったかしら?」
 
 「そうじゃないよ。あそこが重い蓋《ふた》みたいになってるんだ。空気を少し入れるためじゃないかな、ああしてあるのは」
 
 「じゃ、誰《だれ》かがあの蓋をどけて?」
 
 「そう。君を投げ込んだのさ」
 
 体中が痛いわけだ。倫子は、朝也をにらんで、
 
 「下で受け止めてくれりゃいいのに!」
 
 「無茶言うなよ。アッという間だったんだ」
 
 「その人間の顔を見た?」
 
 「いや、全然。突然光が射《さ》して、目がくらんじまったからね」
 
 「そうか……。ともかく、快適な状況とは言えないわね」
 
 「同感だな」
 
 と、朝也は言って、「——でも、君、どうしてそんなにズブ濡れになったんだい?」
 
 倫子は、誰か女の後をつけて山に入ったこと、渓流で、急に水かさがふえて、呑み込まれたことを説明した。
 
 「そうか。それは、もっと上流のダムの放流だよ」
 
 「ダム? ここにダムがあるの?」
 
 「小さいらしいけどね。君のお父さんに聞いたよ」
 
 「私、聞いてないわ」
 
 と、倫子はむくれた。
 
 「でも、よく助かったなあ。きっと、君をそこへ投げ込んだ奴《やつ》が、君を助け上げたんだ」
 
 「矛《む》盾《じゆん》したことをするのね。でも、ともかく——」
 
 と、倫子は朝也を見た。
 
 「何だい?」
 
 「あなたが私を助けたんじゃないことは確かね」
 
 「もう一つ確かなことがある」
 
 「何よ?」
 
 「それだけ憎《にく》まれ口がきけりゃ、もう大丈夫だってことさ」
 
 「失礼ね!」
 
 倫子はプッとふくれた。それから、二人は何となく笑い出した。
 
 大分、これで気が楽になったようだ。
 
 「寒いだろ」
 
 と、朝也は昨夜から着込んだままのボーイの制服の上《うわ》衣《ぎ》を脱いで、倫子の体にかけてやった。
 
 「小池君、風《か》邪《ぜ》ひくよ」
 
 「僕は濡れちゃいないもの」
 
 「ありがとう。それじゃ……」
 
 倫子も、いつになく、しおらしいというか、優しい気持になっていた。
 
 ごく自然に、倫子を、朝也が抱きかかえるような格好になった。
 
 「寒いかい?」
 
 「うん、少し……」
 
 二人がギュッと体を寄せ合う。
 
 「冷たいな」
 
 「あなたも濡れちゃうわよ」
 
 「いいよ。二人の体温で、そのうち乾《かわ》くさ」
 
 倫子が、朝也の方へ顔を向けた。
 
 「もう少し……体温を上げる?」
 
 ——二人の唇《くちびる》が、しばし仲良くなった。
 
 言葉を発しているとケンカになりがちであるが、「無言の対話」の際には、さすがにケンカもしないようだった。
 
 「非ロマンチックな状況ね」
 
 と、倫子はちょっと笑って言った。
 
 「こだわらないんだ、僕は」
 
 「そう?」
 
 もう一度、二人の唇が相寄った。
 
 「——ねえ」
 
 と、間を置いて、倫子が言った。
 
 「何だい?」
 
 「誰《だれ》が中山久仁子を撃ったんだと思う?」
 
 「ロマンチックじゃないなあ、君も」
 
 と言って、「中山久仁子が撃たれたのかい?」
 
 「あ、そうか。知らないんだったね」
 
 倫子は、あの後の出来事を説明してやった。
 
 「自分の持ってた拳《けん》銃《じゆう》でやられるなんて、変だなあ」
 
 「そうでしょ? だから——気になるのよ」
 
 倫子の口《く》調《ちよう》は、ぐっと沈み込んだ。
 
 「どういうことだい?」
 
 「つまりね……」
 
 倫子は、父親が、中山久仁子を撃ったのではないかという疑念を、朝也に話して聞かせた。
 
 「君のお父さんが?」
 
 朝也は、まさか、という口調で言ったが、少し考えて、
 
 「——でも、あり得ないことじゃないな」
 
 と肯いた。
 
 「そう思うの、私も」
 
 「君のお父さんも、例の高津智子を愛してた一人なんだろ?」
 
 「そこなのよ」
 
 倫子は、ため息をついた。「いくら懐《なつか》しい恋人でも、もうその人は死んでしまって、三十年もたっているっていうのに、わざわざこんな所にホテルまで建てるなんて……」
 
 「ちょっとまともじゃないね」
 
 「でしょう? そりゃ、父は頑《がん》固《こ》だし、変り者ってところもあるけど、あんなホテルを一つ、採算を度外視して建てるなんてことをするのは、どうも父らしくないと思うの」
 
 「つまり——」
 
 「父には確かにロマンチストってところがあるけど、何といっても事業家よ。およそ商売にならないことを、ただ思い出のためにするのは、不自然だって気がするのよ」
 
 「もしかすると、この辺を一大観光地にするつもりなのかもしれないぜ」
 
 「まさか」
 
 倫子は笑って、「この事件は一体どうなってるんだろ?」
 
 と首を振った。
 
 「そうだなあ。——そもそもが、あの地下街での殺人から始まってるわけだ」
 
 「石山さんが殺されたことね」
 
 「犯人は間《ま》違《ちが》いなく、あそこにいた。つまり——」
 
 「石山さんが、父に会いに来たのを、知っていた、ってことだわ」
 
 「どうして知ったんだろう?」
 
 「そうね」
 
 倫子も、その点は、考えたことがなかった。大体、考えることより駆け回る方が得意という、ミステリーに不向きの(?)名《めい》探《たん》偵《てい》なのである。
 
 「君のお父さんは、石山が会いに来るのを、知らなかったんだろ?」
 
 「たぶんね。知ってれば、私と食事に出ないと思うわ。それに、あのとき、あのラーメン屋へ入ろうって言ったのは、私の方なんだもの」
 
 「そうすると、石山の方が君のお父さんを捜していたことになる。犯人は、あの人目の多い場所で石山を刺したんだから、よほど必要に迫《せま》られたんだ」
 
 「危険だものね」
 
 「もちろんだよ。誰《だれ》が見ているか分らない。とっさの決断だったんだ、きっと」
 
 「石山さんの後をずっとつけていて、あの人が父を見付けたのに気付いた……」
 
 「よほど、君のお父さんに会わせたくなかったんだな」
 
 「どうしてかしら?」
 
 倫子は首をかしげた。「ただ久しぶりに会ったというだけなら……。三十年前のタイム・カプセルのことを思い出したくないというのなら、殺すほどのこともないでしょうね」
 
 「つまり、石山は、何かを知ってたんだよ。そして君のお父さんに伝えようとした」
 
 「それで殺された。——そうね。そうとしか考えられない」
 
 「でも、彼女は何も聞いてなかったみたいだな」
 
 「彼女って?」
 
 「石山秀代さ、もちろん」
 
 「ああ、そうか」
 
 倫子は頭を振った。まだ少しぼけてるのかな……。でも——そう言えば——。
 
 「秀代さんのことを、私たちどれくらい知ってる?」
 
 と、倫子は思い付いて言った。
 
 「どういう意味だい?」
 
 「私たち、あの親子が一緒のところを見たわけじゃないわ。そうでしょ?」
 
 「うん……」
 
 「あの人が石山さんの娘《むすめ》だって証《しよう》拠《こ》は、彼女自身の話以外何もないのよ」
 
 朝也は目を丸くして、
 
 「じゃ、彼女が嘘《うそ》をついてる、って言うのかい?」
 
 「そうじゃないわ。でも、本当だって証拠はないのよ。私たちも、あの人の身《み》許《もと》を確かめたわけじゃないんだし」
 
 「うん……。まあ、そりゃそうだけどね」
 
 「突然姿を消したのも、妙じゃない? もちろん、連れ去られたっていう可能性もあるけど」
 
 「分らないなあ」
 
 朝也は、ため息をついた。「それを言えば、中山久仁子も一体何者なのか分らない」
 
 「そう。なぜ拳《けん》銃《じゆう》なんて持ってたのか、ね」
 
 「分らないことばっかりだ!」
 
 朝也は、立ち上って、腰をウーンと伸《の》ばした。
 
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