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迷子の花嫁03

时间: 2018-08-27    进入日语论坛
核心提示:2 秘書の笑い「ここにいたの」 と、大倉有紀は言った。「散々捜したじゃないの」 大倉貞男は、ちょっと焦点の定まらない目で
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2 秘書の笑い
 
「ここにいたの」
 と、大倉有紀は言った。「散々捜したじゃないの」
 大倉貞男は、ちょっと焦点の定まらない目で妻を見上げて、
「お前か。——捜したのはそっちの勝手だろ。俺が捜してくれと頼んだわけじゃない」
「酔ってるのね」
 と、有紀はため息をついた。「みっともない! どこに知り合いがいるか分らないのよ」
 ——式場のロビーの奥。このラウンジは、盛装の男女で一杯である。
 もちろん大倉貞男も一応はスーツにシルバータイという格好ではあったが、目の周りを赤くして、少しトロンとした目つきでいるところは、あまりそのスタイルに似つかわしいとは言えなかった。
「ビールなんか飲んで」
 と、有紀は腹立たしげに言って、「ちょっと!」
 と、ウエイトレスを呼んだ。
「あのね、コーヒー、ブラックで。うんと濃くして」
「はい」
 と、ウエイトレスが興味ありげに二人を眺めて、戻って行く。
「コーヒーはだめだ。眠れなくなる。分ってるだろ」
 と、大倉は文句を言った。
「いつも眠ってるようなもんでしょ」
 と、有紀がはねつける。「少しはシャンとしてよ。親類がみんな来るっていうのに」
 大倉は苦笑して、
「みんな知ってるさ。働きのない亭主のことくらい」
「だからこそ、きちんとしてくれなきゃ! 困った人ね」
 と、有紀は怖い顔でにらんだが——本気で怒っているという風でもない。
「親父《おやじ》さんは?」
 と、大倉が訊《き》く。
「え?」
 有紀はちょっとドキッとした様子で、「父がどうかした?」
「いや——来るのかい、今日?」
「ああ……。そう、来てるわよ、もう」
「そうか。じゃ、挨拶《あいさつ》しなきゃまずいだろうな」
「でも、いいわよ、無理しなくて」
 と、有紀が少しあわてた口調で言った。
「そうか?」
 大倉は不思議そうに妻を見た。
 コーヒーが来て、大倉は気が進まない様子ながら、素直に一口飲んで顔をしかめた。
「これがコーヒーか? 苦いばっかりじゃないか」
「だから効くのよ」
 と、有紀は言った。「ね、あなた。大切な話があるの」
「何だ?」
「今はだめ。あなたがそんな様子じゃね。それにこんな人目のある所じゃ」
「じゃ、どうすりゃいい?」
「今日、終ったらちゃんと家へ帰るのよ。真直ぐね。一人でフラッと飲みに出たりしないで」
 有紀は、大倉がちょっと目をそらしたのを見て、やはりどこかへ出かける気だったのだと知った。
「——いいわね? 約束して」
「ああ、分った。ちゃんとコーヒーも飲んでるだろ。せめて砂糖だけでも入れさせてくれよ」
「いいわよ、どうぞ」
 と、有紀は言った。「もう一つ、約束してほしいことがあるの」
「はいはい。何でも約束するぜ」
「真面目に聞いてよ!」
 前田さん。いやあ、お久しぶり……。どうも、その節は……。
 ——近くのテーブルでの会話が、何となく耳に入っている。前田さん。——前田[#「前田」に傍点]さん。
「あのね」
 と、有紀は言った。「今日一日、父に一切話しかけないで[#「話しかけないで」に傍点]」
「何だって?」
 大倉がキョトンとしている。「話しかけるな?」
「そう。事情は後で説明するけど、ともかく父と話をしないで。いいわね」
「ああ……」
 いつもとは逆の有紀の「命令」に、大倉貞男は面食らっている。「しかし何だって——」
「後でゆっくり話してあげる。だから、今日はちゃんと一緒に帰るのよ。いいわね?」
「ああ……」
 じゃ、小夜子ちゃんにはまた後で。
 そうですか。たぶん小夜子のやつ、控室にいるはずですがね。女房がついてますから。
 ——小夜子[#「小夜子」に傍点]。
 前田……小夜子。
 有紀は、ぼんやりとその名を聞いていたが……。
「まさか」
 と、呟《つぶや》いて振り向く。
 少し頭の禿《は》げた、温厚な感じの中年男が、親類らしい男と挨拶を交わして、
「では後ほど」
「どうも、ご苦労様です」
 と、挨拶をくり返している。
 前田小夜子?——でも、まさか。
「おい、どうかしたのか」
 と、大倉が、妻の様子を見て言った。
「何でもないわ」
 と、有紀は首を振ったが、何でもないどころじゃないことは、顔を見れば分った。
「——あ、大倉さん」
 と、やって来たのは、キリッとした感じの細身の男だ——。
「野口さん。ごめんなさい、捜した?」
「いえ、何か用というわけじゃないんです。ただ、大倉さんがおいでになっているのを確かめられれば」
 内山広三郎の秘書は、大倉の方へ、「ごぶさたして」
 と、頭を下げた。
「いや、どうも」
 大倉は、コーヒーにドサッと砂糖を足して、
「今、酔いを覚ましているところさ。いつも女房が世話になってるね」
「何言ってるの?」
 と、有紀が眉《まゆ》をひそめて、「野口さんは父の秘書よ」
「分ってるさ。君は別の方面で女房の面倒をみてくれてるらしい。そうだろ?」
「馬鹿なことを……」
 有紀がサッと赤くなる。
 野口のほうは表情一つ変えないで、
「何のお話か分りかねますね」
「分らなきゃいいんだ。酔っ払いの独り言だよ」
 と、大倉は笑った。「先に行けよ。ちゃんと後で行くから。〈内山家控室〉ってとこへ行きゃいいんだろ?」
「ええ……。じゃ、必ず来てね」
 と、有紀は立ち上った。「十分したら。いいわね。野口さん、行きましょう」
 有紀は野口を従えて、ラウンジを出た。
 出口でチラッと振り向くと、大倉がコーヒーをまずそうに飲み干している。
「払っておきました」
 と、野口が財布を内ポケットへしまうところである。
 いつの間にか、ちゃんと片付けておいてくれるのだ。野口は、その点、優秀な秘書である。
「ね、野口さん——」
 と、急いで歩きながら、「主人に何か……」
「見当もつきません」
 有紀は足を止めた。ロビーの隅で、ちょっと人気のない場所だ。
「野口さん……。この前のことは……」
 と、有紀は口ごもりながら、「一回きりのものだと思って下さいね。私も酔ってて、普通じゃなかったし……」
「よく分っています」
 野口の口もとに、やっと笑みらしいものが浮かんだ。「しかし、奥さんは美しい。一度抱いたら、忘れられるもんじゃありませんよ」
「そんなこと……」
 有紀はポッと赤くなった。「でも——今はそれどころじゃないの」
「何です? 例の方は順調ですよ。内山広三郎様は、変り者としても通っています。一人で休みたいからと言って、別室にいても、誰も不思議には思いません」
「ええ、その点は安心してるわ。あなたのお膳立《ぜんだ》てですものね。手抜かりはないでしょう。これが兄なんかにやらしてたら、とんでもないことになるわ、きっと」
 と、有紀は言った。「ただね、今、ちょっと気になったの。昨日の女の子、憶《おぼ》えてる?」
「内山さんが連れて来た子ですか?」
「ええ。名前、確か前田小夜子だったわよね?」
「そうでした」
「今聞いたの、『前田小夜子』って名を。今日、ここで式を挙げるらしいわ」
「——まさか」
 と、野口は目をみはった。「いくら何でも、そんな偶然が——」
「私も、もちろんそう思ってるわ。でも、万に一つ、ってこともある」
「分りました」
 と、野口は肯《うなず》いて、「すぐに当ってみましょう。〈前田〉って名で今日ここで式を挙げるのなら、捜すのは簡単だ」
「そうね」
「しかし、あまり気になさる必要はないと思いますよ。この混雑だし、当人が花嫁なら、他の客の顔など、見ている余裕はないでしょうしね」
「ええ、分ってるわ」
 と、有紀はホッと息をついて、「あなたにそう言ってもらうと、何となく安心するの」
「僕は精神安定剤ですか」
 と、野口は笑った。
「安定させるだけじゃなくて、乱れさせることもあるわよ」
「そうですか?」
 二人の視線は絡み合ったが、それも一瞬のことで、
「主人が気付いているとしたら、うかつなことはできないわ」
「僕はうかつ[#「うかつ」に傍点]なこともたまにはしたいですがね」
 と、野口は言ってニヤリと笑うと、「じゃ、もう行きます。——では後ほど」
 パッとみごとに「父の秘書」の顔に戻って、野口は立ち去った。
 ——有紀は、軽く息をついた。
 野口とあんなことになるとは、実際にそうなるまで、思ってもみないことだったのだ。しかし、それは一回だけのことで……。夫とひどくやり合った後、大勢の客の前で「仲むつまじい夫婦」を演じなくてはならなかった、その反動のせいだった。
 格別野口にひかれていたというわけでもないのだが。——しかし、一度でもそんなことがあれば、野口はもう単なる「秘書」ではない。
 有紀はため息をつくと、気をとり直して、広い階段を上って行った。
 ——その有紀の姿を、少し離れて眺めていたのは、夫の大倉貞男である。
 有紀と野口が出て行ってすぐ席を立ったのだ。
 二人が話をしているのを、遠くから見ていた。もちろん話は聞こえなかったが、二人の表情には「共通の秘密を持つ者」の、独特な親しさがあった……。
 野口の奴《やつ》……。とり澄ました顔をしやがって。
 しかし——有紀の様子も何となくおかしかった。
 いつもなら、父親に挨拶しろ、愛想良くしろとうるさいのに、今日は「口をきくな」だって? 妙な話だ。
 大倉は、もう酔いもすっかり覚めていた。すぐ顔には出るが、大して酔ってはいないのである。
 ちょっとネクタイをしめ直すと、有紀と同じ、広い階段を上って行く。
 途中、ウェディングドレスの花嫁とすれ違った。
 今日は、内山家の親戚筋の女の子の結婚式である。
 結婚か……。初々しい花嫁姿を見送って、大倉は、ちょっと苦い笑みを浮かべた。
 有紀の奴だって、結婚式のときは緊張し、ウェディングケーキにナイフを入れるときには、涙さえ浮かべていたものだ。
 まあ、そんな風に盛り上げる演出がしてあるとはいえ、いくらかは、厳粛な思いで、「永遠に!」と思っているはずなのである。
 その真心の、何と儚《はかな》いことか。——もちろん、今さら嘆いても仕方ないことだ……。
 大倉は階段を上って行く。
 内山広三郎氏に会いに行くかな。——なぜ有紀が会わせたがらないのか、興味があったのだ……。
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