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眠りを殺した少女09

时间: 2018-08-27    进入日语论坛
核心提示:9 再び、現場に 聡子も由布子も、「空巣」としては初心者だと思い知らされることになった。 誰か来た!そう分っていても、二
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 9 再び、現場に
 
 聡子も由布子も、「空巣」としては初心者だと思い知らされることになった。
 
 誰か来た!——そう分っていても、二人ともその場から動けなかったのである。
 
 トントントンと階段を上って来る足音。
 
 そして、
 
「いやだわ……。本当にもう……」
 
 と呟《つぶや》く声が、二人のいる部屋の前を通って行った。
 
 山神の奥さんだ。何か忘れものをして、戻って来たのだろう。
 
 隣の部屋へ入ったらしい。ガチャガチャとどこかをかき回している音がして……。
 
「——良かった!」
 
 と、独り言を言うのが聞こえた。
 
 また急ぎ足で、二人のいる部屋の前を通りながら、
 
「遅れちゃうわ……」
 
 と、ブツブツ言っている。
 
 トントンと階段を下り、玄関から出て行った……。
 
 聡子と由布子は、体中で息をついた。汗をかいている。
 
「——びっくりした」
 
 と、聡子が首を振って、「心臓止るかと思った!」
 
「こっちもよ」
 
 と、由布子も苦笑する。「さ、もう少し捜《さが》そう」
 
「まだ? もういいじゃないの」
 
「どうせ入ったのよ。もう、いくら何でも戻って来やしないわ」
 
「だけど……。いいわ。でも、どこを捜すの?」
 
 由布子は少し考えて、
 
「今、奥さんは隣の部屋へ入ったわね。そこを捜してみましょ」
 
「奥さんの所?」
 
「片倉先生と何かあったとすれば、そっちにも証拠が残ってるかもしれない」
 
 二人は、山神の部屋が一応元通りに見えるのを確かめてから、隣に行ってみた。
 
「夫婦で寝室も別か」
 
 と、由布子は言った。
 
「でも——ショックだ。片倉先生と、あの奥さん?」
 
「どういう仲かはともかく」
 
 と、由布子は戸棚を開けて、「山神先生は二人の間を疑ってた。だからあんな写真があるんでしょ」
 
「それって……動機になるわね」
 
「立派な動機よ」
 
 と、由布子は肯《うなず》いて、「自分の奥さんをとられたんだから。教授のポストだけじゃなくてね」
 
「こっちはタンス。下着とブラウス……。セーター……」
 
「何かある?」
 
「何も。そっちは?」
 
「細かい物ばっかりね」
 
 結局、山神の奥さんの部屋からは大したものも出ず——もちろん隠したいものが、そう簡単に見付かったら、苦労しないが——二人は引き上げることにした。
 
 風呂場の窓から外へ出て、窓を元の通りにはめ、庭の勝手口から出る。
 
 ——表の道へ出て歩き出したとき、二人はホッと息をついて、顔を見合せた。
 
「くたびれた」
 
 と、由布子が言った。
 
「何よ。由布子は平気なんだとばっかり思ってた」
 
「まさか! こんなことするの初めてよ」
 
「そりゃそうだろうけど……」
 
 と、聡子は言った。「私、怖くて逃げ出したかった」
 
「私だって」
 
 と、由布子が言った。「聡子がやめようって言ったら、やめるつもりだったのに」
 
 聡子が唖《あ》然《ぜん》として、
 
「そんな……。そっちでしょ、やろうって言い出したのは!」
 
 ——二人は顔を見合せ、それから笑い出してしまった。
 
 聡子は、初めて小野由布子に「友情」を覚えたのだった……。
 
 
 
 智子は、雨の降っていない、あの道を歩いていた。
 
 片倉のマンションって、こんなに遠かったっけ?
 
 あの日の記憶は、何もかもが気まぐれに形を変え、時間は伸び縮みしているような気がした。
 
 やっと、そのマンションが見えたときも、それが砂漠の中の蜃《しん》気《き》楼《ろう》で、いつまでたっても着かないかもしれないという気がした……。
 
 でも——今、やっと辿《たど》り着いた。
 
 ここだ。
 
 でも、記憶の中にあるマンションに比べると、そこはいやに小さくて、古ぼけたものに感じられる。
 
 智子は、ロビーへ入ろうとして、ふと〈管理人室〉の方へ目をやった。——一応、窓口はあるのだが、いつも人がいるのではなく、〈用のある人はボタンを押して下さい〉という札があるだけ。そして、肝心のボタンがどこにあるかよく分らないのである。
 
 傘立て。——それは前と同様、入ったすぐわきの隅っこに置かれていた。
 
 しかし、そこには安物の、透明なビニールの傘が一本入れてあるだけだった。
 
 やっぱりね……。智子は肩をすくめた。
 
 もうこんなに時間がたっているのだ。きっと誰かが持って行ってしまったのだろう。それならそれで構わないのだが。
 
 智子は、帰ろうとした。
 
 小学生らしい女の子がタッタッと駆けて来ると、赤い傘を振り回しながら、ロビーへ入って来る。
 
 赤い傘?——智子は振り向いて、その子の持った傘へ目をやった。
 
「ねえ」
 
 と、智子は声をかけていた。
 
 女の子はピタッと足を止めると、智子のことを、「怪《あや》しい人」とでも言いたげな目つきで見た。
 
「今日は」
 
 と、智子は笑顔を作って言った。「ね、その傘、ちょっと見せてくれない?」
 
 女の子は、後ろに傘を隠した。
 
「とらないわよ」
 
 と、智子が笑って、「ただね、お姉ちゃん、それとよく似た傘をここへ忘れてったんじゃないかと思ったの。だから——」
 
「私のよ」
 
 と、じっと智子をにらむ。
 
 たぶん、小学生の二、三年生か。
 
「そう。見せてくれるだけでいいの。もし、お姉ちゃんのなら名前が書いてあるからさ。あげてもいいのよ。でも——」
 
「私の!」
 
 女の子の言い方は、敵意さえ感じさせた。智子は迷った。
 
 おそらく、間違いなくあの傘だろう。
 
 しかし——この子が自分のものにしてしまったのなら、それはそれでいい。ただ、本当に自分のものかどうか、確かめたかっただけなのである。
 
「じゃ、いいの。ごめんね」
 
 無理を言って、泣き出されでもすると面倒だ。智子は諦《あきら》めることにした。
 
 そこへ、
 
「どうしたんだ?」
 
 と、声がして、白髪の老人がスーパーの紙袋をかかえて、入って来た。「ルミ。何してるんだ」
 
 智子は、ちょっとためらって、
 
「あの——お孫さんですか」
 
 と、言った。
 
「ええ。この子が何か?」
 
 と、その老人は言って、紙袋を窓口の前に置いた。「私は管理人ですがね」
 
「あ、ここの……。そうですか。別に何でもないんです」
 
 と、智子が言うと、ルミという子が、
 
「私の傘、見せろって言ったの!」
 
 と、甲高い声を上げた。「これ、ルミのだもん!」
 
「傘?」
 
 老人は、ちょっと目を見開いて、「ああ。もしかして、あんたのですか。いや、そこの傘立てにずっと置きっ放しになってたんでね。もう誰も取りに来んだろうと思って……」
 
「忘れてたんです。あの——もういいんです。すみません」
 
 智子は早口に言った。
 
「ええと……確か、小西——何とか、と名前が入ってましたな。じゃ、ちゃんと返さにゃいかん」
 
「いいえ、いいんです」
 
 智子は早くこの場から離れたかった。「どうせ、もう使わないんで。もう大学生ですから、可愛すぎて」
 
「そうですか? しかし——」
 
「本当に……。ルミちゃんね。大事に使ってね」
 
 と、身をかがめるようにして話しかけると、女の子は、やっと警戒心を少しといた様子で、コックリ肯《うなず》いた。
 
「じゃあ……。ルミちゃんのお名前、かいとくといいわね。お姉ちゃんの名前は、きれでこすると消えるから。ね? そうしましょうね」
 
「うん」
 
「いや、申しわけないですな」
 
 と、老人が言った。
 
「いいえ。使ってもらえれば、その方が——。ちょっと近くへ来たもんですから、寄ってみたんですの」
 
「そうですか。いや、申しわけないことで」
 
 と、管理人はくり返した。
 
「いいえ。どうも失礼しました」
 
 ロビーから出ようとした智子は、入ろうとする男性と危うくぶつかりそうになった。
 
「おっと!」
 
「ごめんなさい」
 
 と言って、歩き出そうとする。
 
「あ、ちょっと」
 
「え?」
 
 振り向いて、智子は、見たことのある顔に出会った。
 
「ああ、確か君は——三井良子の家で会った子じゃないか」
 
 頭の薄くなったその男は、草刈刑事だった……。
 
「——どうも」
 
 と、智子はこわばった顔で、何とか笑顔を作った。
 
「小西……」
 
「智子です」
 
「そうそう。小西智子君だ。意外だね、こんな所で」
 
 智子はチラッとロビーへ目をやった。あの老人がドアを開けて、傘を持った孫を、中へ入れるところだ。
 
 この刑事は、今の話を聞いていたのだろうか。
 
「ここに何の用事で?」
 
 と、草刈刑事は言った。
 
「用ってわけじゃ……」
 
 と、智子は言った。「ただ、暇だったんで、来てみたんです。姉から場所を聞いてたから」
 
「例の片倉って先生の部屋へ?」
 
「ええ。あの……殺人事件があった所って、どんなかな、と思って……。春休みで、することがなかったし」
 
「そうか」
 
 草刈刑事は、別に疑っている様子は見せなかったが、智子の説明は自分で考えても、相当に無茶だ。
 
「この事件も調べてるんですか」
 
 と、智子は訊《き》いた。
 
「三井良子殺しの方も、なかなか動機が出ないんでね。一つ、こっちとの関連から見直してみようと思ったんだよ」
 
 と、草刈は言った。「君——一緒に部屋へ入ってみるかい?」
 
 とんでもない! あんな所、二度とごめんだ!
 
 智子は、少し間を置いて、
 
「いいんですか?」
 
 と、訊いていた。
 
 
 
「よくTVなんかで見るだろう?」
 
 と、草刈は言った。「そこに死体があったんだ」
 
 白い線で描かれた、妙に丸っこい人間の形……。そう。確かに、片倉はそこで倒れていたのだ。
 
 下のカーペットを黒く汚しているのは血だ。——しかし、今はもう全く血には見えなかった。
 
 意外なほど智子は落ちついて、「殺人現場」を見回していた。
 
「君の姉さんは片倉先生のファンだったのかね」
 
 と、草刈が訊いた。
 
「え?——あ、そうですね。大勢いましたけど、ファンは」
 
「そうだろうな。なかなかの二枚目だった」
 
 と、草刈は肯く。「その二枚目が頭を殴《なぐ》られて死んだ。——どうしてだろう?」
 
「さあ……」
 
「凶器は、もうここにはないが、重い青銅の像。それが後頭部を直撃した。それでも絶命しなかったので、犯人は、大理石の灰皿で殴りつけた」
 
「そうですか……」
 
「像は相当な重さだ。大の男がやっと、というところだろうな。物とりの犯行じゃない。室内は荒らされていなかった」
 
 草刈はゆっくりと居間を歩き回って、ソファに腰をおろした。初めに、片倉が智子を押し倒したソファである。
 
「すると、恨《うら》みということになる。どうやら、女性関係では、色々あったらしいね」
 
「さあ……。私、よく知りません」
 
「そうか。君はまだ今度一年生になるんだ」
 
 と、草刈は肯いた。
 
「でも——」
 
 何か言わなくては、という気がして、智子は言った。「凶器がここにあったものだっていうことは、突発的な犯行だった、ってことですね」
 
 草刈は愉快そうに、
 
「おやおや、よく分るね。——まあ、その可能性はある。しかし犯人は、たとえカッとなってやったにしても、その後、ちゃんと凶器の指紋をふきとっている」
 
 智子は、少しの間、草刈の言葉の意味が分らなかった。
 
「——何ですって?」
 
「指紋さ。青銅の像、大理石の灰皿。どっちも、ちゃんと指紋を拭いてある」
 
 あの像に指紋がないのは当然だ。智子は触ってもいないのだから。
 
 しかし、灰皿は……。あの大理石の灰皿はしっかりつかんで立っていたのだ。
 
 あれに指紋が残っていないはずはない。
 
「——もう一つ、妙なことがある」
 
 と、草刈が言った。
 
「何ですか」
 
「片倉は確かに人気のある先生で、TVにも出ていたし、本も出している。しかし、それにしても、彼の預金通帳は、あまりに残高が多すぎるんだ」
 
「どういうことですか?」
 
「何か、かなり儲《もう》かることをやっていたんじゃないかと思える。——君、何か聞いたことはない?」
 
 智子は、首を振った。
 
「そうか。じゃ、行くか。長居したくなる所じゃない」
 
「そうですね」
 
 と、智子は言った。
 
 ——指紋が消されていた。
 
 それは一体どういうことなのだろう?
 
 智子は、混乱していた。——終ったと思っていたことが、また始まろうとしている。
 
 そんな予感が、智子を怯《おび》えさせた。
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