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眠りを殺した少女16

时间: 2018-08-27    进入日语论坛
核心提示:16 後 悔「私は何も知りません」 と、呟《つぶや》くように言って、「通して下さい。お願い」 顔を伏せて、TVカメラのレン
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 16 後 悔
 
「私は……何も知りません」
 
 と、呟《つぶや》くように言って、「通して下さい。——お願い」
 
 顔を伏せて、TVカメラのレンズから逃れようと空しい努力をする女。——マイクはしつこく無慈悲に、女を追いつづけて、
 
「ご主人から何か連絡は? 女子大生と関係があったというのは本当ですか?」
 
「知りません。知りません。放っておいて、お願い」
 
「奥さん!」
 
 逃げるように、古ぼけた家の玄関を開け、中へ入って行く女へ、とどめの一言が投げられる。
 
「奥さんと片倉教授の間に大人の関係があったという噂《うわさ》ですが、事実ですか! イエスかノーだけ!」
 
 ガラガラと音をたてて、玄関の戸が閉る。
 
 TVを見ていた聡子は、重苦しい気持でリモコンを手探りした。カチッと音がして、TVが消える。
 
「——智子。帰ってたの」
 
「うん」
 
 と、智子が肯《うなず》く。「今の……山神先生の奥さん?」
 
「そう」
 
 聡子は、ため息をついた。「いくら何でも、可哀そうね」
 
「ひどいね。あそこまで言わなくても……」
 
 聡子は、責任を感じていた。何といっても、山神の家へ忍び込んで、片倉とあの夫人——山神久里子というのだと、今のTVで初めて知った——の写真を見付けたのは、聡子と小野由布子である。
 
 それを警察へ送った。あの匿《とく》名《めい》の手紙に添えて。あれはやり過ぎではなかったろうか。
 
 今となっては、田代百合子の事件だけでも、充分山神が逮捕される理由があるわけで、聡子たちのやったことは、大して意味がなかったとも言える。
 
「何だか、やつれてたね」
 
 智子の言葉に、聡子は少しドキッとした。
 
「山神先生の奥さん? そうね。幸せそうじゃなかったわ」
 
「今はそうだろうけど……。もともとうまく行ってなかったのかな」
 
 智子がソファに座って言った。
 
「どうしてそう思うの?」
 
「別に。何となく」
 
 智子は、姉の方を見て、「お姉さん……何か心配してるね」
 
「私?」
 
「そんな顔してる」
 
「そう?」
 
 聡子は、立ち上った。「少しね。——二階にいるわ」
 
「うん……」
 
 聡子は居間を出た。
 
 階段を上って、自分の部屋へ入ると、ひどく疲れたような気がした。——こんな気持になろうとは。
 
 妙なものだ。いざ、望み通りにことが運ぶと、
 
「こんなはずじゃなかった」
 
 という思いがこみ上げてくる。
 
 ベッドに横になった。天井を見上げて、山神久里子の、あの哀れな姿を思い浮かべた。
 
 胸は痛んだが、思い出すべきだ、と思った。
 
 おかしい。——どこか、狂ってる。
 
 山神が片倉を殺す。もし、妻と片倉の間に本当に何かあったのなら、殺してもおかしくはない。三井良子、田代百合子。みんな山神がやった、ということにすれば楽だろうが……。
 
 しかし、一人ずつなら、分らないでもないけれども、三人並ぶと、却《かえ》って「まさか」という気持になってしまう。山神は何も「殺人狂」というわけではない。
 
 教授の地位目当てに片倉を殺したとすれば、計算ずくで、計画的にやったということになる。しかし、三井良子と田代百合子は?
 
 どっちも、「普通」の殺し方じゃない。しかも、田代百合子を殺したときは、放心状態だった、と言われている。何か薬のせいではないか、という指摘もあった。
 
 片倉殺しと、二人の女子学生殺しが、どうしても結びつかない。両方を山神一人が殺した、とするのは、無理がある。そう、これは別々の事件ではないのか。
 
 もう一つ、聡子の心に引っかかっていることがあった。
 
 山神久里子と片倉。——この二人が「恋人同士」だったということが、信じられないのである。
 
 山神久里子は、決して目立つ女ではなかった。片倉は若い女子学生に囲まれ、かつ噂《うわさ》も少なくない。つまり、もてる男性だった。
 
 その片倉が、山神の妻に手を出すだろうか?
 
 確かに人間の「好み」というものは理屈じゃあるまい。しかし、あの二人の関係を、聡子はどうしても想像することができなかった。
 
 ——電話が鳴り出し、聡子はギクリとして飛び起きた。智子が出たようだ。
 
「智子。誰から?」
 
 と、ドアを開けて呼ぶと、
 
「友だち」
 
 と、下から返事があり、聡子はホッとしたのである。
 
 ともかく、このまま放ってはおけない。聡子は決心していた。結果がどう出るかは別として、山神が「三人全部」を殺したわけではない、という前提で、もう一度調べ直してみよう。
 
 警察は、あの匿名の手紙を信じるだろうか?
 
 
 
「匿名の手紙?」
 
 と、智子はソファにかけて、電話を手にしていた。「どんな手紙だったんですか?」
 
 草刈刑事からの電話だったのである。姉には「友だち」と言っておいたが、まるきり嘘《うそ》というわけでもない。
 
「かなり本格的でね」
 
 と、草刈が言った。「片倉先生を殺したのが山神だ、と。しかも、中に写真が入れてあった。片倉と山神久里子の写真だ」
 
「そうですか……」
 
 それであの騒ぎになっていたのか。
 
「本当に山神先生がやったんでしょうか」
 
「どうかね。ともかく本人が見付からんことには、こっちとしても事情を聞くわけにもいかない」
 
 草刈の言葉に、智子はドキッとした。——もちろん、山神が智子の前に現われたことなど、草刈に分るはずもないが。
 
「でも……もし犯人じゃなければ、逃げることもありませんよね」
 
 と、智子は言ってみた。
 
「そう思うかね? いや、人間なんて臆病なもんだよ。もしかして犯人にされてしまうんじゃないか、と思っただけで、逃げ出したくなる。逃げたからといって、必ずしも犯人とは限らないよ」
 
 意外な言葉だった。同時に、草刈が決して「権威をかさにきた」警官でないことに、好感を持った。
 
「それよりも、興味があるのは、匿名の手紙の方でね」
 
 と、草刈はつづけた。「誰が出したのか、ということだ。しかも、片倉教授と山神夫人の写真まで入っているとなるとね」
 
「そうですね」
 
「二人の写真が入っているということは、かなり狙《ねら》いを絞って尾行していた、ということになる。つまり、初めから山神が犯人、という印象を与えることを意図していたんだろうね」
 
 聞いていて、智子はハッと息をのんだ。思わず目が天井へ向く。——二階にいる姉のことを考えたのである。
 
 姉がやったのだ。姉と、小野由布子。
 
 きっとあの二人が、「匿名の手紙」の差出人だ。智子は、直感的にそう思った。
 
「どうかしたかい?」
 
 と、草刈が言った。
 
「あ——いえ、別に」
 
「何か君の方に耳よりな情報は入ってないかね」
 
「いえ……。さっぱり。学校、休みですし」
 
「それもそうだね」
 
 と、草刈はちょっと笑って、「じゃあ、また連絡するよ」
 
「ええ。私の方も、山神先生にでも会ったら、お知らせします」
 
「よろしく頼むよ」
 
 草刈は愉《たの》しげに言って、電話を切った。
 
 智子はしばらく受話器を持ったままだった。
 
 自分の言ったことが、信じられない。——こんなことを冗談で言っている。私、どうなっちゃったんだろう?
 
 山神は「金を持って来い」と要求している。
 
 智子は、どうしたものか、困り果てていた。自分で好きに使えるお金など、大したことはない。一度渡せば、山神は「もっとよこせ」と言って来るだろう。
 
 智子は、どうしていいか分らなかった。
 
「——智子」
 
 姉の聡子が居間を覗《のぞ》いて、「ちょっと出かけてくる」
 
「そう。遅くなるの?」
 
「分らないわ。電話する」
 
「うん」
 
 姉が出て行く音を聞きながら、智子は思っていた。姉妹といっても、もうこんな年齢になると互いの考えや、やっていることも分らない。
 
 親も同様だ。——もちろん、いつまでも子供の行動を四六時中見張っているのが親の仕事ではないが、やはりある時点から、親子もまた他人になる……。
 
「——そうか」
 
 と、智子は呟《つぶや》いた。
 
 あの匿《とく》名《めい》の手紙に、片倉と山神の奥さんの写真が入れてあったということは、片倉の生きている間から、その事実を知っていたことになる。
 
 では、姉がやったことではない。姉は、片倉が死んで初めて、山神のことを調べ出したのだから。
 
 一体誰が「匿名の手紙」を出したんだろう?
 
 それに、もう一つ気になっていることがあった。あの草刈という刑事が、どうして智子にわざわざ手紙のことを知らせてくれたりするのだろう?
 
 それだけではない。智子に片倉の部屋を見せてくれたり。普通なら考えられないことである。
 
 あの刑事の狙《ねら》いは何なのだろう?
 
 ——考え込んでいて、玄関のドアが開くのにも気付かなかったらしい。
 
「おいででしたか」
 
 と、やす子が顔を出したので、智子はびっくりしてソファから飛び上った。
 
「ああ、びっくりした!」
 
「あら、そんなに驚くような顔してます?」
 
 と、やす子が笑って、「他の方は?」
 
「出かけてる」
 
 と、智子は言った。「やす子さん、まだお休みかと思ってた」
 
「そのつもりだったんだけど」
 
 と、やす子は笑顔を見せて、「皆さんが飢え死になさるといけないので」
 
 智子は笑った。——やはり、家の中をいつも駆け回っていてくれる人がいないと、落ちつかないものなのである。
 
「何を召し上ります、今夜?」
 
 と、やす子が訊《き》く。
 
「何でもいいよ。お母さん、帰るようなこと言ってたけど」
 
「当てになりませんものね」
 
「本当」
 
 二人は顔を見合せて、笑ったのだった。
 
 電話が鳴った。——とたんに、智子は現実に引き戻されている。
 
 もしかしたら、山神から?
 
「出るわ、たぶん、私」
 
 と、智子はやす子へ言って、受話器を取った。「——もしもし」
 
「君か」
 
 やはりそうだった。智子は、チラッとやす子の方へ目をやる。
 
 やす子はもう台所へと入って行っていた。
 
「——何ですか」
 
 と、智子は低い声で言った。
 
「いや、こっちのホテルを教えとこうと思ってね。メモしてくれ」
 
 智子はためらったが、言われるままにメモをとった。
 
「——さっきもらった金じゃ、何日ももたないよ。金はできるだろ?」
 
「無理言わないで下さい。学生なんですよ。うちのお金を持ち出せばすぐ分るし」
 
「何とかしてくれよ、そこを」
 
 と、山神は平然としている。「君のためでもある。そうだろ?」
 
「山神先生……。そうやって、ずっと逃げてるつもりなんですか?」
 
 と、智子は言った。「TV、見ました? 奥さんが可哀そうじゃありませんか」
 
「君に説教してもらうつもりはない」
 
 山神の口調が変った。「明日、昼までに金を持って来い。そうでなきゃ、片倉を殺したのが誰か、通報するだけだ。例の〈赤い傘〉があるからね。君は言い逃れできない。そうだろう?」
 
 智子は黙っていた。山神は、ちょっとかすれた声で笑った。
 
「まあ心配するなよ。何しろ僕と違って、君は『人殺し』だ。丁重に扱うからさ。殺されたくないからね」
 
「そんな……」
 
「ホテルへ来い。待ってるぞ」
 
 山神が電話を切った。
 
 智子は、深々と息をついて、頭をかかえてしまった。——どうしよう。
 
 耳の奥で、山神の言葉が響いている。
 
「君は『人殺し』だ」と……。
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