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魔女たちの長い眠り06

时间: 2018-08-27    进入日语论坛
核心提示:6 闇《やみ》に動く 本沢は、うんざりするくらい長い道を、一歩ごとにグチっぽく呟《つぶや》きながら、歩いていた。「散《さ
(单词翻译:双击或拖选)
 6 闇《やみ》に動く
 
 本沢は、うんざりするくらい長い道を、一歩ごとにグチっぽく呟《つぶや》きながら、歩いていた。
「散《さん》々《ざん》気をもたせやがって! 畜《ちく》生《しよう》! はっきりしやがれ!」
 このところ、こんな苛《いら》立《だ》ちに悩《なや》まされる日々が続いている。
 今夜は、何もかも忘れようと、大学のガールフレンドとデートして、ホテルへ連《つ》れ込《こ》むところまではうまく行ったのだが、結局、後がさっぱり気が乗らず、彼《かの》女《じよ》を怒《おこ》らせてしまった。
 何とも惨《みじ》めに落ち込んでいる。——これが本沢の現在の心境だった。
 しかも、悪いのは自分の方で、彼女が怒るのももっともだと分っていただけに、余計やり切れない思いが残るのである。
 もう年が明ければ卒業だというのに……。この絶え間ない苛立ちは何だろう? どこから来るのか?
 そんなことは、分り切っていた。困ったことに、そんな気分でいながら、本沢はある意味では幸福だったのだ。
 ——もう真夜中を過ぎている。
 終電に乗って、駅についたのが、もう一時近く。もちろんバスはないし、タクシー乗場にも、飲んだ帰りのサラリーマンが長《ちよう》蛇《だ》の列をなしていたので、とても並《なら》ぶ気にはなれなかった。
 歩いて三十分ほどの距《きよ》離《り》。年も暮《く》れかけて、夜風は冷たかったが、結局歩くことにした。タクシー代がもったいない、ということもあったが、寒風に身をさらしながら歩くのが、却《かえ》ってふさわしい気分でもあったのだった。
「秋世……」
 と、ハーフコートのポケットに手を突《つ》っ込《こ》んで歩きながら、本沢は呟《つぶや》いた。
 その名前は、この寒さの中でもはっきりそれと分るほどの熱で、本沢の胸をあたためた。同時に、それは苦《にが》味《み》と焦《しよう》燥《そう》と、苛《いら》立《だ》ちをも運んで来た。
 仕方ない。文《もん》句《く》は言えないのだ。そもそも、その「素《もと》」を東京へ運んで来たのは、他《ほか》ならぬ本沢自身だったのだから。
 桐山は、あまり気が乗らない様子だったのだ。あのときには……。
 秋世とだけ名乗った少女に、町で運動靴《ぐつ》を買ってやり、二人は、そば屋に入って、彼女が手を洗いに立っている間に相談した。
「やめた方がいいよ」
 と、桐山は言った。「大体、どこに置くんだ? 俺《おれ》たちのアパートに、女なんか、住まわせられないぞ」
「心配ないさ。従妹《 い と こ》が来てる、とでも言っときゃ。——可《か》哀《わい》そうじゃないか、誰《だれ》かから逃《に》げて来てるってのに、ここで放《ほう》り出《だ》すなんて」
「ごたごたに巻き込まれて、泣き言《ごと》いうなよ」
 と、桐山は渋《しぶ》い顔をした。
 でも、桐山も、そう強《きよう》硬《こう》に反対したわけではなかった。自分たちの殺風景なアパートに、可《か》愛《わい》い女の子がやって来る。——それが大学生の身にとって、いやなことであるはずもなかったのだ……。
 だが、彼《かの》女《じよ》がやって来てから、二人の生活は微《び》妙《みよう》に変ってしまっていた。
 ——背後にカタカタと音がして、本沢は振《ふ》り返《かえ》った。
 誰かが自転車でやって来る。スカートが風にはためくのが見えた。
 本沢を追い越《こ》して行ったのは、十七、八の女の子だった。ちょうど秋世ぐらいだ。
 マフラーに半分顔を埋《う》めるような格《かつ》好《こう》で、せわしなくペダルを踏《ふ》んでいる。
 本沢がその少女を目に留《と》めたのは、当然ほんの一《いつ》瞬《しゆん》のことで、たちまちその姿は前方に小さくなって、見えなくなったのだった。
 ——何の用事か知らないが、こんな時間まで、と本沢は思った。物《ぶつ》騒《そう》だなあ。
 そういえば、この付近で、若い女の子が殺されたのは、つい一週間くらい前のことだ。変質者が出るには少し季節外れだが、被《ひ》害《がい》者《しや》にしてみれば、いつ殺されたって同じことで、しかも喉《のど》を裂《さ》かれているという、凄《せい》惨《さん》な死体だったらしい。
 警察では、狂《きよう》犬《けん》など動物の被害という可能性もあると見ていたらしいが、やはり調査の結果、人間が何か刃《は》物《もの》のようなものでやったことだという結論になっていた。
 恨《うら》みか、通り魔《ま》か。——あの後、容疑者が見付かったという話も聞いていない。どうなったんだろう?
 本沢は、少し足を早めた。
 古びた家《や》並《な》みが続く。塀《へい》に挟《はさ》まれた道は、寒々として、空《くう》虚《きよ》だった。時間のせいもあるだろうが、TVの音や、人の笑い声などが一《いつ》切《さい》聞こえて来ないのは、何だか気味の悪いものである。
 秋世。——彼《かの》女《じよ》が、桐山と本沢の、至って平《へい》凡《ぼん》で退屈だった生活を、変えてしまった。
 しかし、その責任は秋世にあるわけではなかった。
 彼女は、年《ねん》齢《れい》からは信じられないくらい、しっかりした少女だった。
 従妹《 い と こ》、ということで、二人のアパートへ来てからは、掃《そう》除《じ》にしろ料理にしろ、洗《せん》濯《たく》まで、総《すべ》て一手に引き受けて、フルに働いていた。
 二週間ほどして、大《だい》分《ぶ》部《へ》屋《や》の中が片付き、男二人と女一人という変則的生活が定着して来ると、秋世は自分で、ウェイトレスのアルバイトを見付けて来た。
 朝のうちに、掃除や洗濯を済ませて働きに出て、夕方は、買物をして帰って来る。
 料理の腕《うで》だって、その辺の主婦など比べものにならないくらい、器用で、かつ、手ぎわが良かった。連日外食という二人の生活パターンは徹《てつ》底《てい》的に引っくり返されてしまい、彼女が掃除をしやすいように、二人して早起きをする習慣すら、ついてしまったのである。
 そして、秋世は、「本沢の従妹」という立場を、決してはみ出すことがなかった。常に目立たず、控《ひか》え目で、静かにしていた。
 二人が卒論の追《お》い込《こ》みで、夜遅《おそ》くまで机に向っているときは、台所の方の板の間に、布《ふ》団《とん》を敷《し》いて寝《ね》たりした。
「秋世……」
 ——本沢は呟《つぶや》いた。
 結局、三人の平《へい》穏《おん》な生活を壊《こわ》したのは、桐山と本沢の方だった。
 たまに本沢の方が一人、遅《おそ》く帰ることがあると、俺《おれ》のいない間に、桐山と秋世が——という思いに捉《とら》えられた。もちろん、桐山の方も同じだった。
 次第に、本沢と桐山の間は、ギクシャクしたものになりつつあったのである。
 秋世は、そんな二人の気持にも気付いているようだ、時折、哀《かな》しげに、
「もし、私が邪《じや》魔《ま》だったら……」
 と言い出すことがあった。
 その都《つ》度《ど》、二人は笑って打ち消すのだったが、その無理にも、限界が来ていた。
「何とかしなきゃな……」
 と、本沢は呟いた。
 今夜は桐山も遅いことになっている。しかし、実際はどうなのか。——秋世は、本当は桐山に魅《ひ》かれているのかもしれない。本沢は時々、そう思うことがあった。
 そういう目で見れば、何もかもが、その推測を裏づけているように思えるし、少し見方を変えれば、何でもないことのようにも受け取れる。
 あれこれ、臆《おく》測《そく》と臆測の間で翻《ほん》弄《ろう》されることに、本沢は疲《つか》れ切ってしまっていた。
 おそらく、桐山の方もそうだろう。
 ——もう、何とかしなくてはいけない。本沢はそう考え始めていた。いや、ずっとそう考えてはいたのだが、秋世が桐山を選ぶのが、怖《こわ》かったのである。
 ——風が、襟《えり》元《もと》を巻いて、本沢は首をすぼめた。
 そして、ふと足を止めた。
 あれは何だろう? 風の唸《うな》りか。それとも……。まるで、女の子の叫《さけ》び声のように聞こえたが。
「気のせいかな……」
 本沢は首をかしげて、また歩き出した。
 小さな神社が、左手にある。かなり古い住宅地のこの辺では、一軒《けん》の家の敷《しき》地《ち》が広いので、神社は小さく感じられるが、まあ、ごく一《いつ》般《ぱん》的な広さはあるのだろう。
 その前にさしかかって、本沢はハッとした。
 自転車が、石段に倒《たお》れている。
 追い抜《ぬ》いて行った少女のことを、思い出した。この自転車だったかどうか、はっきり記《き》憶《おく》しているわけではないが、しかし、偶《ぐう》然《ぜん》とも思えなかった。
 自転車は、そこに置いた、という格好ではなく、いかにも不自然に、ねじれた形で倒《たお》れていた。何があったのだろう?
 神社の境《けい》内《だい》の方へ目をやると、何か白い物が動いた。
 怖《こわ》くなかったわけではないが、ほとんど何も考えず、声を出していた。
「おい! 何してるんだ?」
 暗がりの中に、白い人《ひと》影《かげ》がスッと立つのが分った。もちろん、ただぼんやりと、微《かす》かに白いだけで、姿も形も、判別できないのだが。
 本沢が石段を上りかけると、その白い人影が、一《いつ》瞬《しゆん》、風のように走って、神社の奥《おく》へと消えた。
 何だ、あれは? 本沢は、やっと恐《きよう》怖《ふ》を覚えて、そこから奥へ足を入れるのをためらった。
 何でもないのかもしれない。ただ、浮《ふ》浪《ろう》者《しや》か何かが……。
 そのとき、暗がりの中から、低い呻《うめ》き声が聞こえて来て、本沢はギクリとした。
「助けて……」
 か細い、女の声が、やっと本沢の耳に届く。
 放っておくわけにはいかなかった。本沢は、膝《ひざ》が震《ふる》えるのを、何とかこらえながら、その声のした方へと、進んで行った……。
 
 本沢がアパートに戻《もど》ったのは、もう明け方近くだった。
 くたびれてはいたが、興《こう》奮《ふん》で目は冴《さ》えている。
 その神社の境《けい》内《だい》で、本沢は血にまみれて苦しんでいた少女を発見したのだった。幸い、救急車で病院に運ばれた少女は、何とか命を取り止めた。
 本沢は、今まで警察で事情を訊《き》かれていたのだ。といって、大して話すこともなかったのだが。
 鍵《かぎ》を開け、そっと中へ入ると、台所の、小さな明りだけが灯《とも》っていた。
 玄《げん》関《かん》に、桐山の靴《くつ》がない。ゆうべ、戻らなかったのだろうか?
 本沢は、できるだけ音を立てないように、上り込《こ》んだ。襖《ふすま》が少し開いている。
 そっと覗《のぞ》いて見ると、布団から、秋世の頭が出ている。向うを向いて、眠《ねむ》っているようだった。
 こちらの部屋に、桐山と本沢の布団もちゃんと敷《し》かれている。
 このまま寝《ね》てしまおう、と本沢は、服を脱《ぬ》ぎ、布団に潜《もぐ》り込んだ。
「——何か、あったんですか」
 突然、秋世の声がしたので、本沢はびっくりした。
「起しちゃったかな、ごめん」
「いえ、少し前から、目が覚めてたんです」
 襖の向うから、はっきりした声が聞こえて来る。
「ちょっと、通《とお》り魔《ま》に出くわしてね」
 と、本沢は事情を説明してやった。
「——その女の子、助かったんですか」
「うん」
 布団の中から、本沢は答えた。「でも、ひどいもんでね、喉《のど》をかみ切られてたって……。まるで猛《もう》犬《けん》だよ。幸い、太い動脈をやられてなかったんで、命は取り止めたんだ」
「良かったですね」
「うん。——ひどいことするもんだよな」
 少し間があって、秋世が言った。
「その犯人、見たんですか?」
「いや、白っぽい影《かげ》がぼんやり見えただけでね。ともかく暗かったから。——君も気を付けてくれよ」
「ええ」
 本沢は、じっと、ほの暗い天《てん》井《じよう》を見上げていた。
「桐山の奴《やつ》、帰らなかったのか」
「ええ……」
 秋世は、何か言いたそうにしたが、そのまま黙《だま》っていた。——本沢は、何となく息苦しいような空気を吸《す》い込《こ》みながら、眠ろうとして目を閉じた。
 襖《ふすま》が、音を立てた。本沢は目を開いた。
 秋世が、本沢の布団のすぐわきに、座っていた。小《こ》柄《がら》な彼《かの》女《じよ》は、子供用の、可《か》愛《わい》いパジャマを着ている。
「どうしたの?」
 本沢は訊《き》いた。
「布団に入っていいですか」
 秋世は、ほとんど囁《ささや》くような声で言った。
 ——それから、どれくらいの時間がたったろう。
 ともかく、もう朝になっていた。アパートの他の部屋では、人の起き出る気配があった。
 本沢と秋世は、布団の下で、肌《はだ》の温《ぬくも》りを感じながら、まどろんでいた。
 どっちが先だったのか——桐山が帰った音で、本沢が目を覚ましたのか、それとも、目が覚めて顔を上げると、ちょうど桐山が玄《げん》関《かん》から入って来たのか、本沢自身、はっきり分らない。
 ともかく、気が付くと、桐山が、青ざめた顔で、玄関に立って、じっと本沢を見つめていたのである。
 桐山は、そのまま出て行った。そうするしかなかっただろう。
 おそらく、本沢が、逆の立場に置かれたとしても、そうしたに違《ちが》いない。
 本沢が、秋世の方へ視線を戻《もど》すと、彼女も目を開いていた。哀《かな》しげな目だった。
 本沢は、秋世の頭を両手で抱《だ》き寄せた。秋世も黙《だま》って本沢の胸に、頬《ほお》を押しつけていた……。
 ——二人が、起き出して、朝食を摂《と》ったのは、もう昼近くだった。
「桐山さん、どこへ行ってるんでしょう」
 と、秋世は言った。
「さあな」
 本沢は首を振った。「きっと大学には顔を出してると思うよ」
 秋世はやや顔を伏《ふ》せがちにして、
「どうしたらいいかしら」
 と言った。
「ともかく——これまで通りにはやって行けないよ。桐山と相談してみる。大《だい》丈《じよう》夫《ぶ》さ」
 秋世は、不安そうな目で、本沢を見た。
「やって行けない、って……。じゃ、どうするんですか?」
「それは——」
 と、本沢も、ちょっと詰《つ》まって、「ここから、桐山が出て行くか、でなきゃ、僕《ぼく》と君が出て行くか、だ」
「私——あなた方の友情を、壊《こわ》してしまったんですね」
「それはどうかな。こういうことは、どっちが悪いとか、誰《だれ》のせいだ、ってものじゃないだろう」
「でも、私が無理にここへ置いてもらわなかったら——」
「今さら言っても仕方ないよ」
 本沢は、秋世に微《ほほ》笑《え》みかけた。「僕らのことを考えよう」
 しかし、秋世は、ただ寂《さび》しげに、うつ向いただけだった。
 
 捜《さが》すまでもなく、桐山は、本沢を待っていたようだった。
 大学のキャンパスへ入って行くと、桐山が足早にやって来るのが見えた。
「やあ」
 本沢は、ぎこちない笑顔を見せた。
「部室へ行こう。今なら誰もいない」
 桐山は、真《しん》剣《けん》な顔で言った。
 殴《なぐ》るつもりかな、と本沢は思った。それなら、甘《あま》んじて殴られよう。
 雪でも降りそうな、灰色の空だった。風もひどく冷たい。
 無人の部室も、冷たいほどに寒かったが、風がないだけ、楽だった。
「桐山」
 と、本沢は言った。「殴ってもいいぜ」
 桐山は、ちょっとガタつく椅《い》子《す》に腰《こし》をかけると、
「そんなことでここへ連れて来たんじゃないぞ。俺《おれ》を見《み》損《そこ》なうなよ」
「済まん。でも——言いたいことは分るだろう?」
「分ってる。俺だって、あの子が好きだった。でもな、あの子は、最初からお前にだけ惚《ほ》れてたんだ」
「そんなことは——」
「いや、そうだとも。それが分らなかったのは、お前くらいのもんだ」
 と、桐山は言って、ブリキの灰《はい》皿《ざら》を引き寄せると、タバコを出して、火を点《つ》けた。
「そうかな……」
「そうだとも」
 桐山は肯《うなず》いて、「だから、俺はあの子に一《いつ》切《さい》、手を出さなかった」
 本沢は、少し間を置いて、
「——俺たち、あのアパートを出て行くよ」
 と言った。
「彼《かの》女《じよ》と、か?」
「うん」
 桐山は、軽く息をついた。
「それはだめだ」
「なぜだ?」
「俺だって、お前と彼女の結《けつ》婚《こん》披《ひ》露《ろう》宴《えん》で司会をしてやりたいと思ってるんだ。これは本気だぜ。でもな——」
 桐山は、言葉を切って、本沢を見つめた。「本沢、ゆうべ、お前、通《とお》り魔《ま》に出くわしたんだろう?」
「ああ、そうだよ」
 本沢は答えてから、「——どうして知ってる?」
 と問い返した。
「俺は見てたんだ」
「何を?」
「何もかも。——お前が救急車を呼ぶのも、パトカーに乗って行くのも」
「何だって?」
 本沢は、わけが分らなかった。
「秋世に、俺が帰らなかったか、って訊《き》いたんだろ?」
「うん」
「どう答えた?」
「帰らなかった、と言ってたさ。それが——」
「俺は帰ったんだ、ゆうべ」
「というと?」
「一時ごろだった」
「アパートに? じゃ、彼女、眠《ねむ》ってたんじゃないのか」
「いや、そうじゃない」
 桐山は首を振《ふ》った。「彼女はアパートにいなかったんだ」
 本沢は、ため息をついた。
「何が言いたいんだよ? はっきり言えよ、お前らしくないぞ」
「そうだな」
 桐山は、じっと本沢を見《み》据《す》えた。「ゆうべの通り魔はな、秋世なんだ」
 本沢が唖《あ》然《ぜん》としているうちに、桐山は続けた。
「それだけじゃない。一週間くらい前に、同じような事件があったろう。あの被《ひ》害《がい》者《しや》は死んじまった。あれも秋世がやったことだ」
「おい、まさか——」
「本気だとも! 本当でなきゃどんなにいいかと思うけど、本当なんだ」
 桐山は叱《しか》りつけるような口調で言った。「前のとき、お前は帰りが遅《おそ》かった。憶《おぼ》えてるか?」
「うん……。十二時くらいだったかな」
「俺は、十一時半ごろアパートの近くまで戻《もど》って来ていた。あの事件があったのは、ちょうどそれくらいの時間だったんだ」
「それで?」
「アパートの前で、俺《おれ》は気持が悪くなった。酔《よ》ってて、吐《は》きそうだったんだ。そのまま入って行くのは、秋世に悪い気がしたんで、寒かったけど、少し表でうずくまっていた。少しすると、楽になったんで、立ち上ろうとしてると、足音がした。走って来る、白い、フワフワしたものが見えた。何だろうと思って見ていると——女らしいのが分った。白いものは、ネグリジェみたいなもので……。ひどく暗いから、よく分らなかったんだ」
 桐山は、タバコを灰《はい》皿《ざら》へ押し潰《つぶ》した。「だが、その人《ひと》影《かげ》は、俺たちの部屋の前で、立ち止った。——おかしいな、と思ったよ。部屋は明りが点《つ》いてたんだ。じゃ、あれは誰《だれ》だろう、と思った」
「見たのか?」
「ドアを開けたとき、中の明りが、その女を照らした。秋世の横顔が見えた。——俺は、つい、物音を立てていたらしい。彼《かの》女《じよ》がこっちの方を振り向いた……」
 桐山は、ゆっくりと息をついた。「秋世には違《ちが》いなかったが……信じられないような有《あり》様《さま》だった。血が——口元から顎《あご》へ、血が溢《あふ》れるようにべったりと広がって、それが首、胸へと広がっていた。鬼《おに》のような——なんて古い言い回しだが、本当に、そうとしか言えない、凄《すご》さだったんだ」
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