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魔女たちの長い眠り08

时间: 2018-08-27    进入日语论坛
核心提示:8 古い傷 夢《ゆめ》の中で、小《こ》西《にし》は、サイレンの音を聞いていた。 それは、美しい、のどかな夢だったのだ。職
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 8 古い傷
 
 夢《ゆめ》の中で、小《こ》西《にし》は、サイレンの音を聞いていた。
 それは、美しい、のどかな夢だったのだ。職を退いて、のんびりと野山を歩き回る。——小西には、それ以上の老後は必要なかった。
 つりの趣《しゆ》味《み》もないし、盆《ぼん》栽《さい》作りも好みでない。といって、世界一周旅行に出るほどの金が、退職までに貯《た》まるわけもなかった。
 いや、もう面《めん》倒《どう》だ。ただ、時々、近所まで散歩に出る。それくらいで、充《じゆう》分《ぶん》に気晴らしができる。
 ただ、少し、田舎《 い な か》の方の、のどかな場所に家を買うか、借りるかして……。
 それぐらいの費用は、子供たちが出してくれるだろう。いや、その見《み》込《こ》みは、甘《あま》いかもしれない。
 そうなれば、退職金を大切に取っておいて、少しずつ、少しずつ、ケチに徹《てつ》して使っていく。そうすれば、何年かはもつだろう。
 侘《わび》しいもんだ。——これだけ長いこと、苦労して、報いのわずかなことと来たら……。
 いや、グチっぽい年寄りになるのはよそう、と小西は思った。いつも、文《もん》句《く》ばかり言っている老人を見る度《たび》に、ああはなりたくない、と思っていたのではなかったか。
 しかし、老人の気持は、自分が老人にならないと分らないものなのだ……。
 俺《おれ》もずいぶん老《ふ》け込んだもんだ、と小西はまどろみながら苦笑していた。まだ、そう弱っちゃいない。そうだとも。
 尾《び》行《こう》だって、張り込みだって、まだまだ若い奴《やつ》らに負けやしないんだ。もっとも——最近は、あまりそういう仕事をしなくなったのだが……。
 老け込んだのか。——そうかもしれない。しかし、それだけではない。この左足首の傷が、今も、寒くなるとうずくのである。それが、つい小西の足を鈍《にぶ》らせる。
 夢《ゆめ》がさめかけていた。そして、一つの顔がそこに現われた。
 必死で訴《うつた》えている顔、助けを求めている顔、自らの罪におののいている顔——中《なか》込《ごめ》依《より》子《こ》の顔だった。小西の左足首に切りつけた、当の本人である。
 しかし、彼《かの》女《じよ》のせいではないのだ。彼女は背後に何かを負っていた。その謎《なぞ》は、結局中込依子の死で、暗《くら》闇《やみ》の中へ閉じこめられてしまったのだが……。
 小西は、目を開いた。——完全に、目が覚めていた。
 何かあったな。
 小西は布《ふ》団《とん》に起き上った。パトカーのサイレンが、方々から聞こえて来る。その一台は、小西のいるアパートのすぐ前を、駆《か》け抜《ぬ》けて行った。
 小西は、窓の方へ歩いて行きながら、棚《たな》の上のデジタル時計に目をやっていた。午前二時八分。
 本当なら、当り前の長針短針のある時計がいいのだが、文字の大きく出るデジタル時計の方が、やはり便利なのである。
 カーテンを開けると、通りに、何人か警官の姿がある。非常警《けい》戒《かい》らしい。
 小西はためらわなかった。急いで、明りを点《つ》け、服を着た。
 妻を亡くして、小西は今、独《ひと》り暮《ぐら》しである。この小さなアパートに移ったのも、独りになってからのことだ。広い家では、やはり何かと不便なのである。
 娘《むすめ》 夫婦が、一《いつ》緒《しよ》に住んだら、とも言ってくれたが、小西の商売は、夜も昼もない。夜中に事件で叩《たた》き起されたりすれば、娘の家族にも迷《めい》惑《わく》になる。
 結局、退職まで、ということで、自ら選んだ独り暮しだった。
 ——アパートの二階から、外階段を下りて行くと、
「出ないで下さい!」
 と、若い警官が一人、やって来る。「非常警戒中です。家に入っていて下さい」
「おい! いいんだ」
 と、古顔の警官が飛んで来た。「小西警部だ。警部、起してしまったようで」
「いや、構わん。何事だ?」
 と、小西は訊《き》いた。
 外気は思いの他冷たい。吐《は》く息が白くなった。コートでも、はおって来るんだった。
「失礼しました」
 若い警官が敬礼して、駆け出して行く。
「若くていいな」
 と、小西は微《ほほ》笑《え》んで、それから、真《ま》顔《がお》になった。「かなり大がかりだな」
「ええ。また女の子が……」
 小西の顔がこわばった。
「またか! いつだ?」
「二十分ほど前です。幸い未《み》遂《すい》でしたが、ちょうど、パトロール中の警官が見付けて」
「じゃ、女の子は無事だったんだな」
 小西は、息を吐《は》き出した。
「しかし、けがをしていまして。その子の方に手間取って、犯人を逃《にが》してしまったらしいです」
「二十分か」
 小西は付近の家《や》並《な》みを眺《なが》め回した。「現場は?」
「ここから、歩いて十五分ほどの所です。もう手配は終っているはずですが」
「間に合ったかどうか。ぎりぎりのところだな」
「ええ」
 小西は、通りに出た。もちろん時間が時間だ。地方の小都市では、通る車など多くない。
 だが、犯人が車を使っているかどうか、小西には疑問だった。
「——いくつの子だ?」
 と、小西は訊《き》いた。
「八歳《さい》とか……。窓を破って入ったようです」
 小西は肯《うなず》いた。——この三か月ほどの間に、七、八歳の女の子が、五人、殺されていた。この小さな都市にとっては、大事件である。
 町は、一時ほとんどパニック状態に陥《おちい》っていた。この数週間は何事もなく、やっと少し落ちつきが見えて来ていたのだが……。
「これでまた大《おお》騒《さわ》ぎですな」
 と、警官の方が顔をしかめて、「我々が肩《かた》身《み》の狭《せま》い思いをしなきゃならんわけで」
「しっかりしろ」
 と、小西は、穏《おだ》やかな口調ながら、きっぱりと言った。「それは警察官の宿命だ。——いくら我々が肩身の狭い思いをしたって、子供を殺された母親ほど辛《つら》くはないぞ」
「はあ」
 と、少しきまり悪そうに、頭をかく。
「行ってくれ。私はもう少しこの辺にいるつもりだ」
「かしこまりました」
 警官が走り出して行く。
 小西は、一《いつ》旦《たん》、アパートへ戻《もど》ろうかと思った。じっと立っているには、少し寒さが厳《きび》しいのだ。
 しかし、少女殺し、と分ったせいもあって、何となく、その場を動く気になれない。ちょっと持ち場を離《はな》れている間に、犯人が通り過ぎるかもしれないと思ってしまうのである。
 まあいい。——どうしても我《が》慢《まん》できないというほどの寒さでもない。
 殺された女の子の身になってみれば……。
 初めの二人は、外でやられていた。
 もう、大分陽《ひ》の落ちるのが早くなった。その二人は、暗くなってからも外で遊んでいて、襲《おそ》われたのだった。一《いつ》緒《しよ》に、ではない。
 その二つの事件は、一週間あけて、起っていた。
 実は、二人目までの時点では、それが人《じん》為《い》的な犯行かどうか、はっきりしなかったのだ。二人とも、喉《のど》を、かみ切られるようにして殺されていたからである。
 野犬がやったのかもしれない、という発表を、警察がしたくらいだった。
 全市を恐《きよう》怖《ふ》の中へ叩《たた》き込《こ》んだのは、その半月後に、三人目の子が犠《ぎ》牲《せい》になってからだったのだ。三人、しかも同じような年《ねん》齢《れい》の女の子ばかり、というのは、偶《ぐう》然《ぜん》とは到《とう》底《てい》考えられなかった。しかも、今度も喉をかみ切られているのだが、検死の結果、はっきりと、人間の唾《だ》液《えき》が検出されたのである。
 この発表が、パニックを巻き起した。
 それぐらいの年齢の女の子を持つ母親たちは、子供たちだけでは外へ出さなくなった。子供同士で遊ぶときも、親が交《こう》替《たい》で、必ずそばについているようになったのである。
 もちろん、警察は、県警をあげて、大《だい》捜《そう》査《さ》陣《じん》を敷《し》いた。あらゆる捜査が、あらゆる方面で続けられた。
 変質者とみられる連中のリストが洩《も》れて、マスコミにこっぴどく叩《たた》かれたりもした。
 小西は、殊《こと》更《さら》、その点には気をつかった。もし、市民がパニック状態になったら、変質者とみなされた人間が、リンチまがいの被《ひ》害《がい》に遭《あ》うことも考えられたからだ。
 しかし、幸い、事態はそこまでは過熱しなかった。
 人々は、一方で警察の捜査が一《いつ》向《こう》に成果を上げないのに苛《いら》立《だ》ちながら、一方では、一か月も事件が起らないので、忘れかけていたのである。
 第四の犯行は、何と、深夜、子供部屋に忍《しの》び込《こ》んだ犯人によって行われた。これには、小西も唖《あ》然《ぜん》としたものだ。
 もはや家の中も安全ではない、というので、町を出る親子もいた。学校は休ませ、犯人が捕《つか》まるまで、親類の家に身を寄せる、という例も少なくなかったのである。
 再び、警察の無能が、標的になった。——誰《だれ》か、偉《えら》い政治家の息《むす》子《こ》が犯人だとか、色々な噂《うわさ》も流れた。
 県警の本部長も、今度事件が起きたら、辞職に追い込まれるだろうと言われていた。しかし、辞めても、犯人が見付かるわけではない。
 小西も、現場の責任者の一人として、クビも覚《かく》悟《ご》はしていたが、それは犯人を逮《たい》捕《ほ》してからのことだ、と思っている。逮捕の後で、それが遅《おく》れた責任を取るのが、筋だというのが、小西の考えだった。
 そして五人目——今、六人目だ。幸い、命は取り止めたというのが、救いだったが……。
 しかし、八歳《さい》の子では、意識を取《と》り戻《もど》したとしても、犯人の特《とく》徴《ちよう》などを、どこまで記《き》憶《おく》しているか、あまり期待はできないだろう。
 それにしても、大《だい》胆《たん》な犯行である。
 小西は、ふっと息をついた。また更に気温が下っているようだ。
 やっぱりコートがいるかな、と小西は思ってアパートの方へ戻《もど》りかけた。
 アパートのわきの暗がりで、誰《だれ》かの影《かげ》が動いた。
「誰だ?」
 と、小西は声をかけた。
 向うの動きが止った。そして、今度は素早く、奥《おく》へと消える。
 動きそのものが、「怪《あや》しい」と告げているのだった。
 小西は、駆《か》け出そうとして、振《ふ》り向き、
「おい! 誰か来い!」
 と、思い切り怒《ど》鳴《な》った。「早く来い!」
 警官が三人、あわてて駆けて来る。
「誰かがそこへ逃げた。——反対側へ二人。一人は俺《おれ》と来い!」
 小西は拳《けん》銃《じゆう》を握《にぎ》っていた。無意識の内に、だった。
「気を付けろよ!」
 と声をかけておいて、小西は、あの影《かげ》が消えた暗がりへと駆け込《こ》んで行った。
 アパートのわきを入ると、そこはまるきりの暗がりである。
 塀《へい》の合《あい》間《ま》で、街《がい》灯《とう》の光も届かない。昼間は、よく近道に通るものだが、夜には誰も通ることのない場所だった。
「明りを」
 と、小西は、ついて来た警官に言った。
「はい」
 警官が、懐《かい》中《ちゆう》電《でん》灯《とう》 を外して、点灯する。
 その瞬《しゆん》間《かん》だった。小西の背後で、何かが、ドサッと落ちて来た。
 明りが、一瞬にして消えた。
「ワッ!」
 という声。
 警官の声だ。小西はハッと、狭い露《ろ》地《じ》で、振り向いた。
「どうした!」
 と、声をかける。
 誰かが、そこにいた。ほんの数メートル——いや、三メートルとなかっただろう。
 小西が入って来た方向は、いくらか、光が洩《も》れている。その薄《うす》暗《ぐら》さの中に、誰《だれ》かの輪《りん》郭《かく》が浮《う》かんでいた。
「誰だ?——返事をしろ」
 と、小西は拳《けん》銃《じゆう》を構えて、言った。
 撃《う》つべきか、一瞬迷った。しかし、警官を撃ってしまう恐《おそ》れがあった。
「撃つぞ! 答えろ!」
 と、小西は言った。
 喘《あえ》ぐような息づかいが、聞こえて来た。
 小西は、何かの匂いをかいだ。これは何だろう? これは……血の匂《にお》いだ。
 ゾッとして、身《み》震《ぶる》いした。そこにいるのは、人間なのだろうか?
 撃て! 小西の頭が命令を下している。
 すぐに撃て!
 引き金を引くのが、命令から少し遅《おく》れた。といっても、おそらく一秒か二秒の差だったろう。
 それが、決定的な遅れになった。
 何かが、小西の頭を直《ちよく》撃《げき》した。殴《なぐ》られたのか、けられたのか、小西にも分らなかったが、一瞬、めまいがして、よろけた。
 引き金を引く指に力が入った。発射した火が、地面に向って尾《お》をひく。
 小西は、下腹に食《く》い込《こ》む痛みを覚えて、そのままうずくまった。
 走り出す足音。——遠去かる。遠去かって行く。
 畜《ちく》生《しよう》! もっと早く——もっと早く引き金を——。
 小西は、そのまま、地面に突《つ》っ伏《ぷ》した。
 
 意識を取り戻《もど》したのは、病院のベッドの上だった。
「心配しましたよ」
 三《み》木《き》の顔が見えた。
「お前か」
 と、小西は言って身動きした。
 ちょっと顔をしかめる。頭が痛かった。
「動かない方がいいですよ」
 三木刑《けい》事《じ》は笑顔で言った。
「楽しそうに言うな」
 と、小西は三木をにらんだ。「あいつはどうした?」
「逃《に》げたようです」
「そうか。——引き金を引くのが、遅《おそ》かったんだ」
「仕方ありませんよ。あの状《じよう》 況《きよう》では」
「言いわけにはならん」
 小西は、ふと気付いて、「一《いつ》緒《しよ》にいた警官は?」
 と訊《き》いた。
「死にました」
 小西は、青ざめた。
「——何だと?」
「頭を割られて。何か鈍《どん》器《き》で殴《なぐ》られたようです」
 小西は、思わず目を閉じた。
「俺《おれ》が殺したようなもんだ」
「警部——」
「分ってる。少し放っといてくれ」
「ええ」
 三木は肯《うなず》くと、「また報告に来ます」
 と、病室を出て行きかけた。
「おい、待て」
 と、小西は呼びかけた。
 そうだ。今は、勝手に落《お》ち込《こ》んでいるときではない。
「手がかりは?」
「色々、今回は出ましたよ。パトロールの警官がチラッとですが、犯人の姿を見ていますし、子供の部屋にも指《し》紋《もん》が残っていました」
「照合は?」
「前科はありません」
 と、三木は首を振《ふ》って、「ただ、割り出しは楽になりました」
「さぞ、警察は叩《たた》かれてるだろうな」
「いつものことですよ」
 と、三木は気軽に言った。「警部には好意的です」
「ありがたい話だ」
 小西は、苦笑した。「——すぐ退院するぞ。仕《し》度《たく》を手伝ってくれ」
「三日間は安静です」
「捜《そう》査《さ》本部で座ってるさ」
「だめです。言うことを聞いて下さい」
「俺は勝手に退院するんだ。お前の知ったことか」
 と、小西は起き上った。「こんな所で、一人で寝《ね》ちゃいられん」
 病室は、個室だった。料金もかなり高いはずである。
 そのドアが開いた。
「お父さん——目が覚めたの?」
 小西の娘《むすめ》、千《ち》枝《え》である。
「お父さんが退院すると言って、聞かないんです。止めて下さいよ」
 と、三木が千枝に言った。
「任せて下さい。父の扱《あつか》いは馴《な》れてますわ」
 と、千枝は笑顔で言った。「それに、この子もいるし」
 千枝の後ろから、女の子の顔が覗《のぞ》いた。
「何だ、学校はどうした?」
 と、小西は訊いた。
「今日は土曜日で半日。ね、千《ち》晶《あき》」
「うん」
 今年、八歳《さい》になる千晶は、母親似である。
 小西も、ふてくされてはいるものの、孫にはつい、笑顔を見せてしまう。
「じゃ、後はよろしく」
 と、三木が言った。「お嬢《じよう》ちゃん、大きくなりましたね。久しぶりだな、会うのは」
「そうですね。ほら、千晶、ご挨《あい》拶《さつ》は?」
 千晶は、しかし、そのクリッとした大きな目で、じっと三木を見つめていた。
「おやおや、そう見つめていられると、照れるな」
 と、三木は笑った。
「千晶ったら。——すみませんね」
「いいえ。じゃ、小西さんを、おとなしく、寝《ね》かせといて下さい」
 三木は、千枝に会《え》釈《しやく》して、出て行った。
「やれやれ……」
 こうなっては仕方ない。
 小西は、またベッドに身を委《ゆだ》ねた。
「どう、具合?」
 千枝が、傍《かたわら》の椅《い》子《す》に腰《こし》をおろす。
 千枝は三十一歳である。今の姓は山《やま》崎《ざき》といった。
 せいぜい二十七、八にしか見えない。若々しい美《び》貌《ぼう》のせいもあったが、どことなく子供っぽい——といってはピンと来ない、無《む》邪《じや》気《き》なところがあるのだ。
「旦《だん》那《な》は?」
「出張。明日の夜まで帰らないわ」
「そうか」
「けがは?」
「大したことはない。犯人が挙がりゃ、すぐ治る」
「無茶言ってる」
 と、千枝は笑った。「もう若くないのよ。無理しないで」
「分ってる。何もしてやせんさ。当り前の仕事をしただけだ」
「でもね——」
 と、言いかけて、千枝は笑った。「言ってもむだか」
「分ってたら、言うな」
 小西は、千枝が来たことで、大分、心が軽くなっていた。
 千枝は、生来が楽天家で、のんびり屋である。しかも、個性が強いので、周囲の人間まで、自分と同じように明るくしてしまう、不思議な力を持っていた。
「千晶も八歳《さい》か」
 と、小西は言った。「用心した方がいいんじゃないか」
「充《じゆう》分《ぶん》 用心してるわ」
 と、千枝は微《ほほ》笑《え》んだ。「心配しないで。夜は一《いつ》緒《しよ》に寝《ね》てるし、遊びに出るときもついて行くし」
「そうか」
 小西は、軽く息をついた。「もう少しだからな」
「ともかく今は、体が大切よ」
 千枝は、小西の方へかがみ込《こ》んで言った。
「——あら、千晶。何してるの?」
 孫の千晶が、窓から、じっと外を眺《なが》めている。
「何か面《おも》白《しろ》いものでも見えるんだろう」
 と、小西は言った。「今日は天気が悪いのか」
「雨が降ったりやんだりよ」
「やっぱりな」
 左足首の、古い傷が、痛む。雨のときには、決って、だった。
 妙《みよう》なものだ。——小西は、今度の一連の少女殺しが、この傷を負ったときの、中込依子の事件とだぶって見えて、ならないのである。
 あのとき、中込依子は、剃《かみ》刀《そり》で、人の喉《のど》を切り裂《さ》いていた。今度はかみ切られているのだ。しかし、人がなぜそんなことをするのだろうか?
 そこには、何か特別な事情があるはずだ。
 ただの、変質者の殺人とは、わけが違《ちが》っている。
 喉をやられていること、そして、犯行の状《じよう》 況《きよう》の異常さなど、あのときの、色々な出来事を思い出させるものが、いくつかある。
 ただの偶《ぐう》然《ぜん》かもしれないが、そうでないかもしれない。——小西には、ともかく気になっていたのである。
「千晶。少しおじいちゃんとお話ししたらどうなの?」
 と、千枝が言うと、千晶は、やっと窓から離《はな》れて、小西の方へやって来た。
「何かいいものが見えたのか?」
 と、小西が手を伸ばして、千晶の頭を撫《な》でてやる。
「今、出て行った人が歩いてった」
 と、千晶が言った。
「三木か?」
「みきっていうの?」
「そうだよ」
「変な人」
「そうか?」
 小西は笑った。「じゃ、そう言っとこう」
 千晶は、丸い顔に、大きな目をしている。可《か》愛《わい》い顔立ちだ。
 ただ、この子の目には、ちょっと独特のものがあった。
 千晶に、じっと見つめられると、小西は何だか、心の底まで見《み》透《す》かされるような気になる。大きな黒い瞳《ひとみ》は、どこか奇《き》妙《みよう》に知的な色を帯びていた。
「あんまり、大人《 お と な》のことを、『変な人』なんて言っちゃだめよ」
 と、千枝がたしなめた。
「うん」
「お父さん、何か欲しいもの、ある? 買って来るわよ」
 と、千枝が言った。
「そうだな。新聞を頼《たの》む」
「具合が悪くなるわよ」
「見たいんだ」
「分ったわ。食べるものとかは?」
「いらん。いや——何か食べようか」
「サンドイッチでも?」
「うん。適当でいい」
「じゃ、千晶は? ここにいる? いい子にしててね」
 千枝が、急いで病室を出て行くと、千晶は小西のベッドの枕《まくら》もとへ回って来た。
「ねえ、おじいちゃん」
「何だ?」
「あの、みきって人、けがでもしたの?」
「三木が? いいや。どうしてだ?」
「そうかなあ。じゃどうしてだろう?」
 と、千晶が首をひねる。
「どうしたっていうんだ?」
 と、小西は訊《き》いた。
「だって、さっきあの人を見たら、血で一《いつ》杯《ぱい》に汚《よご》れて見えたんだもの」
「血で?」
「うん。すごく沢《たく》山《さん》血をかぶったこと、あるんじゃない?」
と、千晶は訊いた。
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