日语童话故事 日语笑话 日语文章阅读 日语新闻 300篇精选中日文对照阅读 日语励志名言 日本作家简介 三行情书 緋色の研究(血字的研究) 四つの署名(四签名) バスカービル家の犬(巴斯克威尔的猎犬) 恐怖の谷(恐怖谷) シャーロック・ホームズの冒険(冒险史) シャーロック・ホームズの回想(回忆录) ホームズの生還 シャーロック・ホームズ(归来记) 鴨川食堂(鸭川食堂) ABC殺人事件(ABC谋杀案) 三体 失われた世界(失落的世界) 日语精彩阅读 日文函电实例 精彩日文晨读 日语阅读短文 日本名家名篇 日剧台词脚本 《论语》中日对照详解 中日对照阅读 日文古典名著 名作のあらすじ 商务日语写作模版 日本民间故事 日语误用例解 日语文章书写要点 日本中小学生作文集 中国百科(日语版) 面接官によく聞かれる33の質問 日语随笔 天声人语 宮沢賢治童話集 日语随笔集 日本語常用文例 日语泛读资料 美しい言葉 日本の昔話 日语作文范文 从日本中小学课本学日文 世界童话寓言日文版 一个日本人的趣味旅行 《孟子》中日对照 魯迅作品集(日本語) 世界の昔話 初级作文 生活场境日语 時候の挨拶 グリム童話 成語故事 日语现代诗 お手紙文例集 川柳 小川未明童話集 ハリー・ポッター 新古今和歌集 ラヴレター 情书 風が強く吹いている强风吹拂
返回首页
当前位置: 首页 »日语阅读 » 日本名家名篇 » 赤川次郎 » 正文

魔女たちの長い眠り09

时间: 2018-08-27    进入日语论坛
核心提示:9 椅《い》 子《す》 病室のドアが、ためらいがちにノックされた。 小西は、少しまどろんでいたが、すぐにノックの音に気付
(单词翻译:双击或拖选)
 9 椅《い》 子《す》
 
 病室のドアが、ためらいがちにノックされた。
 小西は、少しまどろんでいたが、すぐにノックの音に気付いて、声をかけた。
「入ってくれ」
 ドアが開くと、若い男が、顔を覗《のぞ》かせた。
「遠《えん》慮《りよ》してないで入れよ」
 小西は、気軽に言った。しかし、まだ警官になって二年目という新人にとって、小西のようなベテラン警部は、とても気軽に口をきける相手ではない。
「失礼します」
 と一礼して、病室へ入って来る。
「そんな入口の所に立ってたんじゃ、話もできん。そこの椅子を持って、ベッドのわきへ来てくれ」
「はい。では——」
 青年は、相変らず緊《きん》張《ちよう》の面《おも》持《も》ちで、言われた通り、小西のベッドの傍《そば》へ腰《こし》をおろした。
 小西は、ちょっと窓の方へ目をやった。
「もう、外は暗いか?」
「はあ。かなり薄《うす》暗《ぐら》くなっております」
「そうか。俺《おれ》の人生と同じだな」
 と、小西は、ちょっと微《ほほ》笑《え》んで見せた。
 警官も、かなり引きつってはいたが、多少は気が楽になった様子で、笑顔を見せた。
「警部殿《どの》には、まだまだ活《かつ》躍《やく》していただきませんと」
「おいおい、年寄りを慰《なぐさ》めてるつもりか? こっちはいい加減、お役ごめんにしてほしいと思ってるんだぞ」
 と、小西は笑った。
「はあ。申し訳ありません」
「謝ることはない。——水《みず》本《もと》君だったな」
「はい」
「悪いがカーテンをしめてくれ。きっちりと、だ」
 水本 巡《じゆん》査《さ》は、急いで立って行った。小西が、
「待て」
 と鋭《するど》く声をかけた。「外から君の姿が見えないように、カーテンを引け。右半分を引いたら、窓の下をくぐって——そうだ」
 水本は、言われた通りにして、カーテンを隙《すき》間《ま》なくしめると、椅子に戻《もど》った。
「この間、六人目の女の子が襲《おそ》われた夜のことを憶《おぼ》えているかね」
 と、小西は一息ついてから、言った。
「はい。警部殿《どの》が負傷されたときのことですね」
「『警部殿』はよせよ。『警部』だけでいい。『殿』がつくと、郵便の宛《あて》名《な》みたいだ」
「申し訳ありません」
「あのとき、俺《おれ》に家に入っていろと言って来たのは君だったな」
「そうです。警部殿——警部とは気付きませんで——」
 と青い顔で目をそらす。
「いいんだ。君のあのときの身のこなしが印象に残ってな。俺も君のように軽やかに動けたときがあった」
「はあ」
 水本は、訳が分らない様子で、小西を見た。
「今は非番か」
「はい。今しがた……」
「何か用事があったんじゃないのか?」
「いえ、別に。——自分はまだ独《ひと》り者ですし」
「デートじゃなかったのか」
「残念ながら、相手が……」
 水本は頭をかいた。どう見ても高級品とは言えないジャンパー姿の水本は、学生といっても通用しそうに見える。
「そうか。——警官は何かと損な商売だからな」
 小西は、ニヤリと笑って、「しかし、適当に遊べよ。無理に聖人になろうとして、おかしくならんようにな」
「はあ」
 小西は、真《ま》顔《がお》になった。
「君がここへ来ることは誰《だれ》も知らんな?」
「そういうご指示でしたので」
「同《どう》僚《りよう》や上司にも?」
「はい、一言も」
「よし」
 小西はためらっていた。彼《かれ》としては珍《めずら》しいことだ。一《いつ》旦《たん》心を決めて、わざわざこうして水本を呼びつけておきながら、まだためらっている。
 今の自分の気持に、何の根《こん》拠《きよ》もないことを小西自身、よく知っているせいだろう。おそらく、こうして焦《あせ》りと苛《いら》立《だ》ちの中で、為《な》すすべもなくただ横たわっていると、天《てん》井《じよう》の、何でもない小さな割れ目が、少しずつ広がっているように見えたりするのと同じで、特別に意味のないことが、重要なことのように思えて来るのかもしれない。
 しかし、何でもないことだと分れば、それはそれでいい。ただこうしてもやもやしたものを抱《いだ》いて寝《ね》ているよりは……。
「これからの話は——」
 と、小西は言った。「君の胸の中だけにおさめておいてくれ」
「かしこまりました」
「そうかしこまらなくてもいい」
 小西は、むしろ自分をリラックスさせるように言った。「君は、俺《おれ》がやられたとき、あの塀《へい》の合《あい》間《ま》の反対側へ回っていたんだな」
「そうです」
「俺と一《いつ》緒《しよ》にいた奴《やつ》は、死んだ。——よく知っていたか?」
「いえ、顔ぐらいです」
「そうか。——君は、あのとき、犯人が逃《に》げるのを見たのか?」
「ほんの一《いつ》瞬《しゆん》です。それも黒い影《かげ》がチラッと目に入っただけで」
「どんな奴だったかは分らないわけだな」
「はあ。残念ですが」
 と、水本は肯《うなず》いた。
「これは——漠《ばく》然《ぜん》とした訊《き》き方だがね」
 小西は、水本から目をそらして、言った。その方が、妙《みよう》なプレッシャーをかけずに済むと思ったからだ。
「その人影の動きとか——何かほんのちょっとしたことから……どこかで見たことがある、あるいは知っている奴だ、という印象を受けなかったか?」
 ——しばらく返事がなかった。小西は水本の方へ顔を向けた。
 当《とう》惑《わく》している。それは当然といえた。しかし、ただ困っているというのとは、どこか違《ちが》っているようだ。
「どうした?」
 と、小西は言った。
「いえ……」
 水本は、ためらいながら言った。「警部がそうおっしゃるとは思わなかったものですから」
「ほう」
「実は、自分も、そんな気がしておりました」
「——そうか」
 小西は、鼓《こ》動《どう》の早まるのを覚えた。この若い警官もそう思っていたのだ! 思い過しではなかったのかもしれない。
「ただ、それが誰《だれ》なのかと訊《き》かれると答えられないんですが」
 と、水本が続けた。「それに、本当にチラッと見ただけですから」
「分るよ」
 小西は安心させるように、肯《うなず》いて見せた。
「警部は、なぜそう思われたのですか?」
 水本の質問に、小西は答えなかった。
「俺《おれ》がやられた後のことだが、君はすぐ本部へ連《れん》絡《らく》を入れたな」
「もちろんです。あの一帯の緊《きん》急《きゆう》手《て》配《はい》と、それに救急車を要《よう》請《せい》しました」
「本部で無線に出たのは、三木だったか?」
「いいえ。誰だったかよく分りません」
「三木は知ってるな」
 小西は、さり気なく本題へと入って行った。
「もちろんです」
「三木の声なら、聞けば分るか」
「分ると思います。それにあのときは——」
 と、言いかけて、水本は言葉を切った。
「どうした?」
「いえ……。三木さんは、少し遅《おく》れてみえました。現場へ」
「そうか。どれぐらいしてからだ?」
「たぶん一時間は……。大分捜《さが》し回った後でしたから。そうです。それに、ご自分で、そうおっしゃってました。『ちょっと帰ってる間に出て来るんだからな』と。今、思い出しましたが」
「そうか」
「たぶん一《ひと》風《ふ》呂《ろ》浴びて来られたんだと思いました」
 小西は、ちょっとハッとした。
「一風呂だって? どうしてそう思ったんだ?」
「いえ——別に——ただ、何となく」
 水本はどぎまぎして、「たぶん……そうです。石《せつ》ケンの匂《にお》いがしたんだ。そうでした。近くに立ったとき、そんな匂いがして、ふっとお風呂へ入ったんだな、と思ったんです」
 話しているうちに、水本の声が高くなる。
 そして、唐《とう》突《とつ》に、水本は言葉を切った。
 二人の間に、沈《ちん》黙《もく》があった。徐《じよ》々《じよ》に、何かがしみ込《こ》み、広がって行くような沈黙だった。
 どれくらい、二人は黙《だま》り込んでいたのだろう。——おそらく、ほんの一分間ぐらいのことでしかなかったのだろうが、小西には、いや、おそらく水本にも、途《と》方《ほう》もなく長い時間のように思えた。
 ドア越《ご》しに、廊《ろう》下《か》から、お食事ですよ、という声がして、水本は腰《こし》を浮《う》かしかけた。
「いいんだ」
 と、小西は手を上げて、「ここじゃない。あんな病人用の食事じゃあ、犯人と格《かく》闘《とう》もできんからな。勝手に食べることにしてる。大体、早過ぎるんだ、時間が」
「そうですね」
「後で、娘《むすめ》が運んで来てくれる。まだ時間はある」
 関係のない話をしたことで、重苦しさが多少は取り除かれたようだった。小西は、ゆっくりと息をつくと、胸の上で両手を組んだ。
「こんなことを考えるのは、気が重いもんだ」
「そうですね」
 と、水本はくり返した。「しかし——本当に、三木さんが……」
「分らん。だが、もしそうだと分っても、俺《おれ》はそんなに驚《おどろ》かない」
 水本は、ちょっと考えてから、言った。
「自分は何をすれば……」
「『自分』ってのもよせよ。軍隊みたいで好《す》かん。『僕《ぼく》』でも『俺』でもいい」
「申し訳ありません」
「色々うるさく言って済まんな」
 と、小西はちょっと笑った。「しかし、年《と》齢《し》を取るとこういう風になるもんさ」
「警部。——僕は、何をすれば……」
「これまでの事件が起ったときの、三木のアリバイを調べてくれ」
「かしこまりました」
 水本は、具体的な命令が出てホッとしたようだった。「でも、あまりおおっぴらに訊《き》いて回るわけにもいきませんね」
「もちろんだ。三木に気付かれてはならんし、そんな噂《うわさ》が立つのもまずい」
「分りました。では、さり気《げ》なく話をしてみます」
「頼《たの》むぞ。俺が自分でやれるといいが、この体では難《むずか》しい」
「ご心配なく。簡単にはいかないと思いますが、やってみます」
「ああ、よろしくな」
 小西は肯《うなず》いた。「それから、この前、犯人が子供部屋へ忍《しの》び込《こ》んだとき、指《し》紋《もん》を残したと言ったな」
「そのようです。前科はなかったようですが……。では、三木さんの指紋と合わせてみますか?」
「それが一番確実だろう。三木の指紋なら、採《と》れないことはあるまい」
「分りました。では、それを第一にやってみます」
「鑑識の人間から話が洩《も》れないようにしてくれよ。——何といっても、慎《しん》重《ちよう》の上にも慎重にやる必要がある」
「承知しています」
 水本は、しっかりと肯いた。「しかし、警部、もし三木さんが犯人だとしたら、犯人の指紋というのも、すり換《か》えられているかもしれません」
 なかなか頭の回る男だ。小西は、自分の目に狂《くる》いはなかった、と思ってニヤリとした。
「そいつは俺《おれ》も考えた。しかし、指紋のような重要 証《しよう》拠《こ》だ。いくら三木でも、そうたやすくいじくり回すわけにはいかんと思う」
「そうですね。では、ともかくその方を、早速当ってみたいと思います」
 やっと迷いがふっ切れたという様子で、水本は早口に言って立ち上った。
「いいか。無理をするなよ」
 と、小西は指を立てて、「警官も一人死んでいる。早い方がいいのは確かだが、焦《あせ》ると君も危い」
「充《じゆう》分《ぶん》注意します」
 水本は、むしろホッとしたようで、張り切っている感じだった。
「俺は三木とは長く組んでいるんだ。——思い違《ちが》いであってくれたら、その方がありがたい」
「しかし警部——」
 と、水本は言った。「なぜ、疑いを持たれたんですか?」
「そのわけか」
 小西は、微《ほほ》笑《え》んだ。「もし、心配が本当だと知れたら、そのときに教えてやるよ」
「分りました。では、失礼します」
 水本は、病室へ入って来たときの、おどおどした様子はすっかり消えて、明日から夏休みという日の小学生のような、軽い足取りで出て行った。
 ——小西は、少し疲《つか》れを覚えていた。
 全く、俺もガタが来たもんだ。
 三日間で退院の予定が、もう一週間になる。それでも、医者の方からは、まだOKが出ないのだ。
 こうなると妙《みよう》なもので、却《かえ》って焦りのようなものはなくなる。確かに、少々無理もたたっているのだろう。フラつく足で犯人を追い回しては、却って邪《じや》魔《ま》になるばかりだ。
 ただこうしてじっと寝《ね》ているしかないのだから、頭を働かせよう、と思った。
 一《いつ》瞬《しゆん》といえども、小西は犯人と顔をつき合わせているのだ。あの何秒間かのことを、徹《てつ》底《てい》的にくり返し思い出して、何か、手がかりをつかみたい、と思った。
 長年、記《き》憶《おく》力を鍛《きた》えて来たのだ。チラリと見ただけで、相手の身長、体重、着ている物の色、柄《がら》から靴《くつ》まで見分けて、憶《おぼ》えていなくてはならない。車なら、車種から色、タイヤはどこのものだったか……。
 それが小西くらいの年《ねん》齢《れい》になれば、もうほとんど習慣になっている。あの暗がりの中でも、あれだけ近くにいたのだ。何か——何か憶えているはずだ……。
 人間よく知っている相手なら、クシャミや息づかいだって聞き分けられる。小西はあのとき、犯人の息づかいを耳にしていた。
 何度も思い出しているうちに、それが、「誰《だれ》か知っている人間のもの」だという気がして来たのだ。同時に——いや、実際はこっちが先に頭にあったのかもしれないが——孫の千《ち》晶《あき》の言葉を、それにつなげていたのである。
「血で一《いつ》杯《ぱい》に汚《よご》れて見えた」
 千晶は、三木を見て、そう言ったのだ。
「——お父さん」
 と呼ばれて、小西はハッとした。
 病室のドアが開いて、娘《むすめ》の千枝が立っている。小西は、軽く息をついた。
「お前か。——入って来たのに気付かなかったよ」
「うとうとしてたんじゃないの?」
 と、千枝は微《ほほ》笑《え》んで、「ご注文通り、ちらし寿《ず》司《し》よ」
 ベッドのわきに回って来ると、手《て》提《さ》げ袋《ぶくろ》から、紙包みを取り出す。
「済まんな」
 小西は、少し体を起した。「やれやれ、すっかり病人になっちまった」
「散《さん》々《ざん》無理してんだもの」
 と、千枝は、ちょっと父親をにらんだ。「あれだけ注意してあげたのに」
「仕方あるまい、今さら言っても——何だ、一《いつ》緒《しよ》だったのか。こっちにおいで」
 孫の千晶が、ドアの所に立って、小西を見ている。その黒い、大きな瞳《ひとみ》は、八歳《さい》の子供にしては、不思議にさめたものを湛《たた》えていた。
 千晶は、ベッドの方へ近づいて来たが、すぐそばまでは来ないで、ベッドの少し手前で足を止めると、母親が、ポットのお湯でお茶をいれるのを眺《なが》めていた。それから、千晶の目は、ベッドのわきの、空の椅《い》子《す》に移った。
「千晶にも、おいなりさんを買って来たのよ。一緒に食べるでしょ?」
「うん」
 と、千晶は肯《うなず》いた。
「椅子に座ったらどうだ?」
 と、小西が声をかけると、千晶はトコトコやって来たが——。
「おじいちゃん」
「何だい?」
「今、誰《だれ》かここに来てた?」
「ああ。——少し前だけどな」
「この椅子に座ってた?」
「うん、座ってたよ。どうしてだ?」
「男の人だったね。若い人で、ジャンパー着てた」
「千晶。やめなさい」
 と千枝が、少しきつい調子で言った。
「はあい」
 千晶が、少し口を尖《とが》らして、つまらなそうに言った。小西は、少しの間、孫を見つめていたが、
「何か飲むものがあった方がいいだろ。ジュースでも買って来るか」
「うん」
「よし、おじいちゃんも後で飲むからな、二本買って来てくれるか?」
「いいよ」
 小西が小銭を渡《わた》すと、
「廊《ろう》下《か》の突《つ》き当りに自動販《はん》売《ばい》機《き》が——」
 と、言い終らないうちに、
「知ってる!」
 と言い残して、千晶は出て行ってしまった。
「いなり寿《ず》司《し》にジュース?」
 と、千枝が苦笑しながら、「さあ、お茶」
「ありがとう。——ここにもお茶の葉はあるが、ひどいもんだ。色しか出ない。ありゃ絵の具だよ」
「ぜいたく言わないの」
 千枝は椅《い》子《す》にかけた。「——お父さん、本当に、ジャンパーを着た若い男の人が、ここに来てたの?」
「うん」
 と、小西は肯《うなず》いた。「警官だが、私服で来ていた」
「そう」
 千枝は、ちょっと首を振《ふ》った。「困ったもんだわ」
「前からか?」
「そうね、この一、二年じゃないかしら。時々、突《とつ》然《ぜん》妙《みよう》なことを言い出すの。子供のことだし、ちょっと空想癖《へき》もあるから、気にしてなかったんだけど……」
 と、千枝はためらった。
「何かあったのか」
「私のいる団地の中の駐《ちゆう》車《しや》場《じよう》 をね、あの子を連れて歩いてたの。日曜日で、いい天気だったし、ご主人たちが、車を洗ってたのよ。——その一台の前で、千晶が足を止めてね、洗うのをじっと見てたの。洗っていた人が千晶に気付いて『どうだい、きれいになっただろ?』って訊《き》いたら、あの子、『ちっとも落ちてないよ』って言うの。それから、『一杯血がついてるよ』って……。相手が真《まつ》青《さお》になったわ。私、怖《こわ》くなって、あの子を引っ張って逃《に》げ出《だ》しちゃった。その二日後に、その人、ひき逃げで捕《つか》まったの。千晶が見た前の日に、人をひいて殺してたのね」
「お前の目には、何も見えなかったわけだな?」
「全然。きれいなものだったわ……」
「あの子には、何かそういう能力があるんだ」
 と、小西は言った。
「警官がそんなことを言ってもいいの?」
 千枝は冗《じよう》談《だん》めかして言ったが、目は笑っていなかった。
「しかし、そうとしか思えんよ」
「あの子の前で、そんなことを言わないで」
 と、千枝は真顔で言った。「危険だわ。分るでしょ? そのひき逃げした人だって、もし、あの子がそれを知ってると思ったら、あの子に危害を加えようとしたかもしれないわ」
 なるほど、そこまでは小西も考えていなかった。
 しかし、三木の場合は大《だい》丈《じよう》夫《ぶ》だ。万が一、水本がしくじって、三木が、疑われていることに気付いたとしても、そのきっかけが千晶の言葉だなどと、気付くわけがない。
「きっと、子供のうちだけだわ」
 と、千枝が言って、ドアの方を見た。「大体、私もお父さんもそんな勘《かん》なんて、ちっとも持ってなかったのにね」
「亭《てい》主《しゆ》の浮《うわ》気《き》に気付く勘は持ってるんじゃないのか?」
 小西の言葉に、千枝は笑い出した。
 そのとき、廊《ろう》下《か》で突《とつ》然《ぜん》悲鳴が上った。続いて、何かが激《はげ》しく壊《こわ》れる音。
 千枝が病室から飛び出すと、小西の方もベッドからはね起きて、後を追っていた。
轻松学日语,快乐背单词(免费在线日语单词学习)---点击进入
顶一下
(0)
0%
踩一下
(0)
0%