「何だと?」
 電話を聞いて、志村は言葉を失った。「さら……」
「さらわれちゃったの」
 と、ルミ子が言った。
「さらわれた……。皿が割れたわけじゃないんだな」
 奈々子が聞いたら怒っただろう。
 ここは志村のオフィス。——国際電話というので急いで取ったら、このニュースだ。
「で……何か手がかりは?」
「犯人が身代金でも要求して来ればともかくね。今のところ何の連絡もないの」
 と、ルミ子が言った。
「もし、金を要求して来たら、すぐに言って来い。命にはかえられん。いくらでも出すからな」
「うん。——あ、お姉さんが戻《もど》って来たわ」
「美貴に、元気を出せ、と言っといてくれよ」
「分った。また連絡する」
 ルミ子からの電話は切れた。
「——やれやれ」
 志村は、ため息をついた。「何てことだ!」
 志村としては、自分が説得して、あの奈々子を美貴に同行させたのだから、責任を感じるのも当然である。
「困ったものだ……」
 と、呟《つぶや》いて、考え込んでいると、
「——失礼します」
 と、秘書が入って来た。
「何だ?」
「お客様です」
「誰だ?」
「野田様という方ですが」
「野田……。そうか。通してくれ」
 と、志村は言った。
「——どうも」
 と、入って来たのは、野田悟である。「やあ、どうかね」
 と、志村は言った。「かけたまえ」
「すぐ失礼します」
 と、野田は軽く腰をおろして、「美貴さんが、あっちへ行かれたというのを聞いたので」
「うん、そうなんだ」
「何かつかめたようですか」
 野田の質問に、志村はすぐには答えなかった。
「——実はね」
 と、志村は言った。「もう一人、行方不明になった」
「え?」
「君も知ってたな。浅田奈々子という娘」
「ええ。喫茶店で働いてた子でしょ」
「美貴についていてもらおうと、同行してもらったら……」
「あの子が消えたんですか」
 と、野田は目をパチクリさせている。
「どうやら、誘《ゆう》拐《かい》されたらしい」
 と、志村が言うと、野田は言葉もない様子だった。
 志村は、少し考え込んでいたが、
「君——忙しいだろうね」
「僕ですか」
「うん。もしできたら、またドイツへ行ってくれないか」
「しかし……」
 と言いかけて、野田は、ちょっと肩をすくめると、「分りました」
「行ってくれるかね」
「はい。あの子のことも心配です」
「金ですむことなら、まだいいんだが……」
 志村は、そう呟《つぶや》いてから、「じゃ、仕《し》度《たく》ができ次第、出発してくれ」
 と、言った。
 ところで——誘拐された奈々子の方は、といえば……。
「一、二、一、二……」
 ハアハア息を切らしながら、体操しているのは、やはり、いざという時、あの二人をやっつけるため——かといえば、そうでもなくて……。
 ドアが開いて、大男の一人が、盆を持って入って来た。
「——もう食事?」
 奈々子は、ため息をついた。「お腹、空いてないわよ」
 何しろ日本語が通じないので、どうにもならない。
 ドカッと盆をテーブルに置いて出て行ってしまう。
「参った!」
 と、奈々子は、息を弾《はず》ませている。「ブロイラーにしようってのね!」
 ともかく、誘拐された人間が、こんなに沢山食事を与えられたことは珍しいんじゃないか、と思えるくらい。
 今も大きな皿に、ローストしたポークが山盛り。
 いくら奈々子だって、この三分の一で充分である。
 しかも、この量の食事が、三食出て来るのだ。せっせと運動しているのも、お腹を空かすためだったのである。
 しかも、食べずに残すと、あの見張りの大男が、えらく怖い顔をして怒る。仕方なく、また食べる、ということをくり返していた。
「これが新《あら》手《て》の拷《ごう》問《もん》かしら……」
 などと呟《つぶや》きながら、仕方なく食べ始めると——。
 またドアが開いた。
 神原だ。——奈々子にニヤッと笑いかけると、
「元気そうで何より」
 と、言った。
 奈々子は、「美貴らしさ」を装って、
「私にご用ですの?」
 と、訊《き》いた。
「喜んでもらいましょうか」
「というと?」
「連絡が取れましたよ、ご主人と」
「まあ」
「生きていたのは、事実だったんですな。もちろんあなたは、ご存知だったはずですが」
 知るもんですか、そんなこと。
「で、主人は何と?」
「直接話したわけではありません」
 と、神原は言った。「新聞にね、広告を出したんです」
「それで?」
「ご主人から、返事の広告がありました。——これで、あなたも無事に帰れそうだ」
「それは結構ですわね」
 奈々子は微《ほほ》笑《え》んで、「一口いかがです?」
 と、フォークで、肉を突き刺した。
「——どう思う?」
 と、ペーターが言った。
 ホテルでの、昼食の時間。
 ペーターが新聞をみんなに回していた。
「〈品物を買い戻したい〉か……」
 ルミ子は肯いて、「確かに怪しいわね」
「こういう広告は、よく誘拐事件の時、使われるんだ」
 と、ペーターは言った。
 ——すでに、奈々子が消えて四日。
 美貴など、大分食欲もなくなって来てしまっている。
「でも……私と間違えられたとしたら、その広告は?」
「誰か、あなたと係《かかわ》りのある人が出したものでしょう」
 と、ペーターは言った。
「お姉さん!」
「主人だわ」
 と、美貴は言った。「生きてたんだわ、やっぱり!」
 急に目を輝かせて、
「何とかして、その広告主を突き止めるのよ」
「落ちついて下さい」
 と、ペーターは言った。「問題はそう簡単じゃない。広告主が分っても、当然、あなたのご主人、本人ではありませんよ」
「だとしても——」
「もちろん手がかりにはなります。しかし——」
 ペーターは、ふと言葉を切った。
「どうしたんですの?」
「いかん」
 ペーターは、立ち上ると、急いでレストランを飛び出して行った。
「どうしたのかしら?」
「ほら、あんたも行きなさいよ!」
 ルミ子に怒《ど》鳴《な》られて、森田も、渋々、ペーターの後を追って出て行った。
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