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泥棒物語17

时间: 2018-09-06    进入日语论坛
核心提示:冷たい火 「社長」 久野は、会《かい》議《ぎ》が終ると、脇元の前に立って、言った。 「何だ?」 脇元は顔を上げた。 もう
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 冷たい火
 
 「社長——」
 久野は、会《かい》議《ぎ》が終ると、脇元の前に立って、言った。
 「何だ?」
 脇元は顔を上げた。
 もう、会議室には、脇元と久野の二人《ふたり》しか残っていない。脇元は時間をむだにはしない男だった。会議も、至《いた》って手短かに済《す》ませてしまう。
 「お願いがございまして」
 「ほう。珍《めずら》しいな、君がお願いとは」
 脇元が微《ほほ》笑《え》んだ。「言ってみろ」
 「実《じつ》は、これから三時間ほど外出して来たいのですが」
 「そんなことか」
 脇元は笑って、「また、改まって、何を言い出すのかと思ったぞ」
 「構《かま》いませんでしょうか」
 「もちろん構わんさ。私もこの後は用事もない。——ああ、今日《きよう》は原《はら》宿《じゆく》に泊《とま》るよ」
 「かしこまりました」
 「このところ、麻《あざ》布《ぶ》が多かったもんだから、後の二人《ふたり》がうるさくてな。取りあえず、今日は原宿だ」
 脇元は立ち上がると、「君も女の所にでも行くのか?」
 と言った。
 「そういう色っぽい話とは縁《えん》がありませんので」
 「少し、その手のことも憶《おぼ》えておいた方がいいぞ。秘《ひ》書《しよ》というのは、何でも心得ていなくてはならん」
 「機会さえありましたら」
 久野は、いつも通りに、無《む》表《ひよう》情《じよう》な調子で言った。
 ——会《かい》議《ぎ》の後の雑《ざつ》用《よう》を片付けると、久野は社を出て、タクシーを拾《ひろ》った。
 女の所にでも、か……。
 久野は、脇元の言《こと》葉《ば》を思い出して、苦《く》笑《しよう》していた。ある意味では、その通りだったからだ。
 ——タクシーを降りて少し歩くと、ホテル街の一《いつ》角《かく》に道を辿《たど》る。午後、まだ陽《ひ》は高いが、結《けつ》構《こう》それらしいアベックがすれ違《ちが》う。
 久野は、そのホテルの一つへと入って行った。予《あらかじ》め、部《へ》屋《や》は取ってある。
 「先にみえてますよ」
 フロントの男が、ぶっきら棒《ぼう》な口《く》調《ちよう》で言った。
 久野は、その部屋のドアを軽《かる》く叩《たた》いた。妙《みよう》に胸《むな》苦《ぐる》しい。——本当に彼女《かのじよ》が来ているのだろうか。
 いや、電話では、行きますと答えたのだが、頼《たよ》りない声だった。来るかどうか、確《かく》率《りつ》は半々、と久野は見ていた。
 もう一度ドアを叩《たた》くと、人の気《け》配《はい》がしてドアが開いた。
 「やあ」
 久野は、素《す》早《ばや》く中へ入って、津村華子に笑《わら》いかけた。
 「私、そんなにゆっくりしていられないんです」
 と、華子は、久野から目をそらしたまま、言った。「帰りにお買物をしなきゃいけないし、夕ご飯《はん》の仕《し》度《たく》も……。主人は帰りが早いですから」
 「大《だい》丈《じよう》夫《ぶ》」
 久野は、部《へ》屋《や》の中を見回しながら、椅《い》子《す》に腰《こし》をおろした。「それにしたって、一時間やそこらは時間がある。——まあ、かけなさいよ」
 華子は、相《あい》変《かわ》らず久野から目をそらしたまま、少し離《はな》れた椅子に、浅く腰《こし》をかけた。
 それきり、二人はしばらく黙《だま》り込《こ》んだ。
 久野は、不安そうに、身を固くして、じっと床《ゆか》に目を落としている華子を、眺《なが》めていた。
 「あの——」
 華子が、久野を見ないまま、言った。「何のご用でしょう? 私《わたし》……」
 「それは電話で言ったでしょう」
 と、久野は言った。
 「ええ。でも——大金のことなんか、私《わたし》、知りません。夫からも聞いていません」
 「マンションまで買って?」
 「ですから、それは——」
 「タクシーで拾《ひろ》った、と。——まあ、それがでたらめなのは、この前説明した通りだ」
 「私には分りません」
 と、華子は首を振《ふ》った。
 「残りの金を、こちらとしては取り戻《もど》したいんですよ、奥《おく》さん」
 「主人にお訊《き》きになったらいかがなんですか?」
 「それに、奥さんが見たのは七千万。——残る一億三千万の行方《ゆくえ》も問題です」
 久野は、ちょっと投げやりな格《かつ》好《こう》で座《すわ》っている華子を見ながら、次《し》第《だい》に奇《き》妙《みよう》な興《こう》奮《ふん》で口の中がカラカラに乾《かわ》いて来るのを覚えていた。——こんなことは初めてだ。
 「ご主人の仲間がいるはずです。それが誰《だれ》なのか……」
 「私、存《ぞん》じません」
 華子は、苛《いら》立《だ》ったように言って、「もう帰ります」
 と、立ち上ると、ドアの方へ歩き出した。
 久野は、弾《はじ》かれたように立ち上り、華子の方へ駆《か》け寄ると、後《うし》ろから抱《だ》きしめた。
 「やめて下さい……。もう……この前で充《じゆう》分《ぶん》でしょう」
 華子が身をよじって逃《のが》れようとしたが、久野は、ますます固《かた》く、華子を抱《だ》きしめている。
 「奥《おく》さん……」
 久野は、華子の耳もとで囁《ささや》いた。「金のことなんか、本当はどうでもいいんですよ。本当はあなたに会いたかったんです」
 「私に……」
 「あなたのことが頭から離《はな》れなくてね」
 久野は、華子を振《ふ》り向かせると、荒《あら》々《あら》しく唇《くちびる》を奪《うば》った。
 「やめて下さい……」
 華子は、久野に抱きしめられて、口では弱々しく抗《こう》議《ぎ》したが、実《じつ》際《さい》には全く抵《てい》抗《こう》しなかった。
 ——もう、一度久野に身を任《まか》せているのだ。諦《あきら》めてしまうのも、早かったのである。
 もちろん、この前のときは、あの男女二人《ふたり》組に監《かん》禁《きん》され、ひどい目にあわされて、抵《てい》抗《こう》する気力も残っていなかったのだが、今回はそういうわけではない。
 別に、久野は、おとなしくしないとこの前のことを亭《てい》主《しゆ》へ教えてやるぞ、と脅《きよう》迫《はく》しているわけでもなかった。
 ともかく——よく分らないが、夫への愛情とは、まるで違《ちが》う所で、冷たい炎《ほのお》のようなものが、燃え上っているのだった。
 一つには、夫《おつと》が、あの金のことで嘘《うそ》をついていた——本当は拾《ひろ》ったのでなく、盗《ぬす》んだのだということを、自分に隠《かく》していたことへの腹立ちもある。
 しかし、その点では自分だって、似たようなものだ。あんないい加《か》減《げん》な話を信じてしまったり、気にもせずに使ってしまったり……。
 夫《おつと》のことを責《せ》められた立場ではない。それはよく分っているのだが。
 久野から、ここへ出て来るように、誘《さそ》いの電話があったとき、華子は、断《ことわ》らなくては、と思った。
 久野が、わざわざこんなホテルを選んだのは、ただ話をするだけのつもりでなかったことは当然で、それは華子とて、よく承《しよう》知《ち》していた。
 それでいて、華子は、やって来てしまったのだ……。
 私《わたし》、一《いつ》体《たい》どうしてしまったのかしら?
 久野にベッドへ押《お》し倒《たお》されながら、華子はそう問いかけていた……。
 
 「——まだ三十分はある」
 久野は、ベッドから手を伸《のば》して、腕《うで》時《ど》計《けい》を取って見た。
 もちろん、ちゃんと時計だって部《へ》屋《や》にあるのだが、自分の時計しか信じないというのが、久野らしいところである。
 「何だかよく分らない……」
 と、華子は呟《つぶや》いた。
 「こちらも同様だ」
 と、久野は言った。
 二人して、一つベッドの中で身を寄《よ》せ合っている。普《ふ》通《つう》なら、恋《こい》人《びと》同士ということで、甘《あま》い囁《ささや》きでも交《か》わすのだろうが、この場合は、何だか借《しやつ》金《きん》取《と》りと借り手が話し合いでもしているような、冷ややかなよそよそしさが漂《ただよ》っていた。
 「妙《みよう》なもんだ」
 と、久野は言った。「ちっともあなたを好きだとは思わないのに、のめり込んじまう」
 「私だって、あなたなんか大《だい》嫌《きら》いよ!」
 華子は、憎《にく》しみを込めて言った。
 
 「そうか」
 塚原は、がっくりと肩《かた》を落として、「じゃ何かあったら、また電話してくれ」
 と言うと、受話器を戻《もど》した。
 ビルの一階まで降りて来て、家に電話をしてみたのである。もちろん、明美が帰っているかと思ったのだ。
 しかし、今日一日、啓子は家から出なかったのだが、ついに明美からは電話がなかったらしい。
 啓子の方も、今日になってからは、本気で心配し始めているが、塚原は、ゆうべから、もう明美が本気で駈《か》け落ちしたと思い込んでいる。
 席に戻《もど》ると、浦田京子が、
 「係長、判《はん》をお願いします」
 と、伝《でん》票《ぴよう》を持って来る。
 「うん……」
 心ここにあらず、という様《よう》子《す》で、塚原は判を押《お》した。
 「係長——大《だい》丈《じよう》夫《ぶ》ですか?」
 京子は、低い声で訊《き》いた。
 「え? ああ。——いいとも、構《かま》わんよ」
 「何がですか?」
 「うむ?——何か言わなかったか?」
 「大丈夫ですか、とお訊きしたんです」
 「そうか。いや、だめだ」
 塚原が、しょんぼりしているのを見ると、京子は、ちょっと哀《あわ》れになった。
 まさか、明美が京子のアパートにいるとは、塚原は夢《ゆめ》にも思うまい。
 しかし、明美だって、考えがあってやっているのだ。京子の独《どく》断《だん》で、しゃべってしまうわけにはいかない。
 「あんまりご心配にならない方が……」
 と京子は慰《なぐさ》めた。
 「ありがとう。——身から出たさ《ヽ》び《ヽ》だよ」
 塚原は、また席を立つと、「ちょっと顔を洗って来る」
 と、歩いて行った。
 塚原は、エレベーターの方から歩いて来た南千代子と、バッタリ出くわした。
 「あら、係長さん!」
 南千代子は、いつも通りの、明るい声をかけて来る。「どこ行くの?」
 「うん……。ちょっと顔を洗いに」
 「そういえば、眠《ねむ》そうだわ。ゆうべ、遅《おそ》かったの?」
 「ちょっと、な……」
 塚原は力なく言った。
 「分った」
 千代子は、腕《うで》組《ぐ》みをして、塚原をにらむと、「他《ほか》の子と浮《うわ》気《き》したんでしょ?」
 「おい、やめてくれよ」
 塚原は、ため息をついた。「それどころじゃないんだ」
 「だめ。許《ゆる》してあげない」
 千代子は、塚原の耳元へ口を寄せて、「今日、帰りに、どう?」
 と、囁《ささや》いた。
 塚原は、ムッとして、南千代子に向かって、
 「君のせいで、娘《むすめ》が家出しちまったんだぞ! 何が『今日はどう』だ! もう君とは口もききたくない!」
 と、怒《ど》鳴《な》ろう——と思った。
 しかし、しょせん塚原は、女性を怒鳴りつけるなんてことのできない男である。
 「今日はとてもだめだよ」
 と、弱々しい声で言うのがせいぜいであった。
 「あら、どうして? 私が元気づけてあげるわよ」
 と、千代子の方は、至《いた》って明るい。
 「しかし——」
 「いつもの所で。ね?」
 千代子は、ちょっとウインクすると、さっさと行ってしまった。
 塚原は首を振《ふ》って、
 「参《まい》ったな……」
 と、呟《つぶや》いた。
 もちろん、それどころじゃない。今日は急いで帰らなくては。
 だが——塚原は、思った。彼女《かのじよ》との仲を、早く清《せい》算《さん》しておく必要がある。明美が、帰って来るか、あるいは連《れん》絡《らく》をして来たときに、千代子とのことを言われて、
 「もう、彼女とは別れた!」
 と、きっぱり言えるようにしておくことが必要だ。
 それなら、いっそ今日、はっきりさせておこうか。そうだ、それがいい。
 話だけなら、すぐに済《す》むのだから。
 塚原は、一人で肯《うなず》きながら、洗《せん》面《めん》所《じよ》へと歩いて行った。
 
 主婦ってのも、結《けつ》構《こう》忙《いそが》しいもんなのね。
 明美は欠伸《あくび》をしながら思った。
 もちろん、ここは京子のアパートである。ただ置いてもらうだけじゃ悪いから、掃《そう》除《じ》や洗《せん》濯《たく》はやっておいたし、夕食の買物にでも行こうかな、と考えていた。
 もちろん、TVを見たりする時間はあるのだが、しかし、結構何やかやとセールスマンが来たり、郵《ゆう》便《びん》が来たりで、じっとしてはいられないのである。
 買物ねえ。——でも、何を買って来りゃいいのかしら?
 考えていると、電話が鳴った。ちょっと迷《まよ》ったけど、もしかしたら、京子からかもしれないと思って、出ることにした。
 「浦田です」
 と、一《いち》応《おう》言ってみる。
 「もしもし、浅倉です」
 と、男の声。「聞こえますか?」
 「はあ。あの——」
 「時《じ》差《さ》があるんで、そちらが何時かよく分らなくて。いや、いらして良かった」
 「あのどなたですか?」
 と、明美は言った。「私《わたし》、留《る》守《す》番《ばん》の者ですけど」
 しかし、明美の声は、電話の向うには、よく聞こえないようで、
 「ちょっと聞き取りにくいんですが——」
 と、言っている。「今、ニューヨークなんです」
 「ニューヨーク……」
 「明日の夕方、成田に着きます」
 「明日の夕方……」
 「お会いしたいんです。ぜひ」
 「はあ」
 「詳《くわ》しいことは、また出発前にご連《れん》絡《らく》しますから」
 「はあ」
 「お会いするのが楽しみです。——じゃ、また」
 「はあ」
 ——何だ、この電話は?
 明美は受話器を置いた。——本当に、ここへかかって来たんだろうか?
 浅倉とかいったっけ。明美は、一《いち》応《おう》メモ用紙にその名を書きとめて、それから、「明日の夕方、成田」と記した。
 もしかして、この男性、浦田さんの——?
 明美は、首を振《ふ》った。恋《こい》人《びと》がいるなんて、全《ぜん》然《ぜん》言ってなかったのに!
 「フン、いいわね」
 と、やっかみ半分、明美は言った。
 しかし、そうなると問題だ。もし、あの男が、このアパートへやって来たりすることになると、こっちは出て行かなきゃならないだろう。
 ま、いいや。浦田さんが帰ったら、よく確かめてみよう。
 明美は、近所まで買物に出ようと、財《さい》布《ふ》を手に、サンダルをひっかけて、玄《げん》関《かん》を出た。もちろん、鍵《かぎ》も、預《あず》かっているのだ。
 アパートを出て、少し歩いた所で、明美は一人の男とすれ違《ちが》った。
 少し行って、足を止める。振り返ると、男の方は、アパートの前で、足を止めて、じっと見上げている。
 どこかで見た男だ、と明美は思った。誰《だれ》だろう?
 あんまり人《にん》相《そう》は良くないが、着ているものは高そうだ。——誰だったかなあ?
 明美は首をひねりながら、また歩き出した。
 ——その男は、久野だった。
 津村華子とホテルで別れてから、ここへやって来たのである。
 浦田京子。津村が、いつか、このアパートから出て来るのを久野は目にしている。
 華子は何も知らなかったが、おそらく、浦田京子も、二億円を盗《ぬす》んだ仲間だと久野はにらんでいた。
 津村の金は、もう大分つかってしまっている。しかし、浦田京子はどうだろう?
 彼女《かのじよ》は、至《いた》って地《じ》味《み》な性格である。それに慎《しん》重《ちよう》で、頭もいい。
 ここには、まだ金が、ほとんど残っているのではないかと久野は思ったのである。
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