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泥棒物語20

时间: 2018-09-06    进入日语论坛
核心提示:空《くう》虚《きよ》な家 一夜にして、レパートリーを使い切ってしまうのだから、明美の料《りよう》理《り》の腕《うで》も知
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 空《くう》虚《きよ》な家
 
 一夜にして、レパートリーを使い切ってしまうのだから、明美の料《りよう》理《り》の腕《うで》も知れようというものである。
 「困ったなあ」
 と、冷《れい》蔵《ぞう》庫《こ》の中を覗《のぞ》く。「何かないかしら……」
 一《いち》応《おう》、浦田京子の所に世《せ》話《わ》になっているという意識はある。だからこそ、得《とく》意《い》でもない料理をやろうと、思ってはいるのだが。
 冷蔵庫の中には、何もないわけではない。卵だの野《や》菜《さい》だの、結《けつ》構《こう》入ってはいるのである。しかし、ありあわせのもので何か作る、という器《き》用《よう》な真《ま》似《ね》は、明美にはできない。
 何か作るためには、まずその材《ざい》料《りよう》一《いつ》式《しき》を、料理の本通りに買って来なくてはならない、と信じているのだ。
 「うーん」
 と、しばし考え込《こ》んで、「何か温めて食べられるもんでも買って来るかな」
 と呟《つぶや》いた。
 あまり長く明美が居候《いそうろう》していたら、京子の出費はやたらかさんでしまうに違《ちが》いない。
 さて、どうするか……。
 考え込んでいると、電話が鳴り出した。明美は、ちょっと電話をにらみつけた。
 例の、浅倉とかいう、アメリカ帰りのおじさんじゃないだろうか。夕方に成《なり》田《た》へ着くとか言ってたし……。
 電話はしばらく鳴り続けた。明美は仕方なく受《じゆ》話《わ》器《き》を取り上げた。
 「——良かった! いたのね」
 京子の声である。
 「何だ。誰《だれ》かと思って、出ようかどうしようか、迷《まよ》ってたの」
 「ごめんなさい、突《とつ》然《ぜん》」
 「いいえ。どうかしたんですか?」
 「あのね、ちょっと急用が出来ちゃって——」
 「帰り、遅《おそ》くなるんですね」
 「ええ、それが……」
 と、京子は、ちょっとためらってから、「帰らないかもしれないの」
 「そうですか」
 「心配しないで、先に寝《やす》んでてね」
 「はい、分りました」
 「じゃあ……」
 ——明美は電話を切った。
 何となく気に入らない。急用か? それにしても、「帰らない」のでなく、「帰らないかもしれない」というのが、気になった。
 成り行き次《し》第《だい》、ということか。
 あの浅倉という男、ここへは電話して来ていない。ということは、京子の会社へ電話をして……。
 「気に入らないなあ」
 と、明美は呟《つぶや》いた。
 京子が、あれほどはっきりと、浅倉とは会わないと言っていたのを考えて、がっかりしていたのである。
 一人で腹《はら》を立てていても仕方がないので、明美は、どこか外で夕食を取ることにして、差し当りはすることもなく、畳《たたみ》の上に引っくり返った。
 エミって子が入院してるんだ、って京子さん言ってたっけ。その子に、まず浅倉は会いに行くべきだ、……とも。
 会いには行ったのかもしれない。でも、それから二人で……。
 「いいじゃないの」
 と、明美は、自分へ言い聞かせるように言った。
 これは大人《おとな》同士の問題なのだ。しかも、明美とは別に何の縁《えん》もない——多少はあるにしても——二人のことなのだ。
 私《わたし》がとやかく言うことじゃないんだわ、と明美は考えようとしたが、完全にうまく行ったとは言えなかった。
 いくらドライな明美でも、父親の浮《うわ》気《き》で、多少は傷《きず》ついているのである。
 京子は違《ちが》う。あの人は父とは違う。——明美はそう思っていた。
 だけど……。
 やはり、心の底で、裏《うら》切《ぎ》られた、という思いがあるのは、どうしようもない事実だったのだ。
 明美は、畳《たたみ》の上で寝《ね》転《ころが》っていて、そのまま眠《ねむ》り込《こ》んでしまった。
 ——目が覚《さ》めると、もうすっかり暗くなっている。
 明美は自分の財《さい》布《ふ》を持って、欠伸《あくび》をしながら、京子のアパートを出た。
 「——何を食べようかな」
 と、ブツブツ言いながら歩いて行く明美を、見送っている人《ひと》影《かげ》があった。
 一人ではない。二人——いや三人だ。
 「あれか?」
 と、一人が言った。
 「あの部《へ》屋《や》だ、間《ま》違《ちが》いねえや」
 「だけど、いやに若《わか》くないか」
 「年齢《とし》まで知るかよ。あの部屋で一人暮《ぐら》しってんだ」
 「じゃ、間違いねえな」
 「近所まで行ったんだろう。その内、戻《もど》って来る」
 「よし。——じゃ、さっきの場所で、待っていようぜ」
 三人は、そう決めると、ゆっくり歩き出した。
 どれも、あまりまともとはいえない——チンピラ風の格《かつ》好《こう》をしている。
 もちろん、そんな連中が、帰りを待ち受けていることなど、明美は知る由《よし》もないのである。
 駅の近くの中《ちゆう》華《か》料理の店に入って、明美はチャーハンを食べた。
 TVを眺《なが》めると、アメリカからの飛行機が消息を絶《た》って、墜《つい》落《らく》した模《も》様《よう》、というニュースをやっている。
 明美は、ふと、京子もこのニュースを見たのかしら、と思った。
 
 「お帰りなさい」
 と、顔を出した啓子を見て、塚原は内心ホッとしていた。
 これなら大《だい》丈《じよう》夫《ぶ》だ。
 「——明美の奴《やつ》から、何か言って来なかったか?」
 と、ネクタイを外《はず》しながら訊《き》く。
 「いいえ、全然。あなたの方にも?」
 「うん。——まあ、あいつのことだから、心配ないとは思うけどな」
 「そうね」
 と、啓子は言った。「先にお風《ふ》呂《ろ》に入ります?」
 「いや、腹が空《す》いてるんだ。風呂は後でいいよ」
 「そう? じゃ、すぐ仕《し》度《たく》します」
 啓子が台所へ行ってしまうと、塚原は、やれやれ、と胸《むね》を撫《な》でおろした。
 南千代子がここへやって来たのじゃないかと、気が気でなかったのである。
 しかし、啓子の様子からして、それは大《だい》丈《じよう》夫《ぶ》だったようだ。
 塚原は安心して夕《ゆう》刊《かん》を広げた。
 「——あなた、ご飯よ」
 「うん」
 塚原は、伸《の》びをして、食《しよく》卓《たく》についた。
 「学校の方には、一《いち》応《おう》風邪《かぜ》ということで届《とど》けてありますけどね」
 「そうだなあ。仕方あるまい」
 「あんまり長くなると……」
 「うん」
 ——食事をしながら、塚原は、娘《むすめ》の安《あん》否《ぴ》より、自分の立場を気にしている己《おの》れに、ちょっと恥《は》ずかしい思いを抱《いだ》いた。
 俺《おれ》は父親なのだ。一人の男である前《ヽ》に《ヽ》父親なのだ。
 以前は、当り前のように、そう考えていたのに、どうしたというんだろう?
 南千代子のせいだ。あいつのせいで、すっかりめちゃくちゃになってしまった。
 いや……。いや、そうじゃない。
 やはり、俺がだらしなかったのだ。俺さえしっかりしていれば、こんなことにはならなかったのだ。
 「学校へ行って、先生と話してみようか」
 と、塚原は言った。
 「そうねえ……」
 啓子は、少し考えて、「その前に、お友だちの所とか、また、訊《き》いてみましょうよ」
 と言った。
 「うん……」
 「みんなに、明美が家出したと知らせることになるけど、仕方ないじゃない?」
 「そうだな。——心当りはないか、仲《なか》のいい子に当ってみよう」
 「一番仲《なか》がいいのは、大友さんでしょ。大友——由《ゆ》佳《か》ちゃんだったかしら」
 「じゃ、お前から話してみた方がいいかもしれないな」
 「ええ、そうするわ」
 と、啓子は肯《うなず》いた。
 食事の後で啓子は、大友由佳の所へ電話をしてみた。
 「——じゃ、病気じゃなかったんですか、明美」
 話を聞いて、由佳が言った。
 「そうなの。何か心当りはありません?」
 「そうですねえ……。たぶん明美のことだから、一度くらい電話して来るんじゃないかと思うけど」
 「そしたら、ともかく私《わたし》たちが話したがってる、と伝えて下さいな」
 「ええ分りました」
 と、由佳は言って、「——ただ、明美、ひどく心配してましたよ」
 「心配?」
 「ええ」
 「何のことかしら?」
 「お父《とう》さんのことで。——詳《くわ》しくは知りませんけど」
 由佳には、明美が、例の大金のことを打ちあけてある。だから、そのことを言ったのだが、啓子は、そんなこととは思いもしないので、
 「そうですか。ともかく、もし電話があったら、よろしくね」
 と頼《たの》んでおいて、電話を切った。
 「——何だって?」
 とそばにいた塚原が訊《き》く。
 啓子は、やっと、昼間やって来た、あの南千代子のことと、明美の家出を結びつけて考えた。
 明美が父親のことで心配していた、というのは——それしかあり得《え》ない!
 啓子がそう考えたのも、無理からぬことである。
 「あなた」
 と、啓子は言った。
 「何だ?」
 「今日、昼間、お客様があったの」
 「へえ。誰《だれ》だい?」
 「南千代子さんという人」
 塚原は真《ま》っ青《さお》になった。
 啓子は、ため息をついた。——いくら鈍《どん》感《かん》な啓子とはいえ、この夫《おつと》の様子を見れば、あの娘《むすめ》の話が事実だということぐらい、分る。
 「浮《うわ》気《き》してたのね」
 と、啓子は言った。
 「済《す》まん」
 と、塚原はうなだれた。
 「私《わたし》は鈍《にぶ》いから分らなかったけど、明美は知ってたかもしれないわ」
 「うん」
 と、塚原は肯《うなず》いた。「あいつは知ってたようだ」
 「あなた——それを承《しよう》知《ち》で、浮《うわ》気《き》を続けていたの?」
 啓子の頬《ほお》が紅《こう》潮《ちよう》した。
 塚原は、結《けつ》婚《こん》以来初めて、妻《つま》の顔が怒《いか》りで震《ふる》えるのを見た。
 「あなたは何てことをしたの!」
 と、啓子は凄《すご》い声を出した。
 「待ってくれ! 啓子——」
 塚原は、思わず後ずさった。
 それほど啓子の剣《けん》幕《まく》はもの凄かったのだ。
 「傷《きず》つきやすい年《とし》頃《ごろ》の娘《むすめ》に、浮気のことを知られて、しかも平気でそれを続けるなんて!」
 「いや、そういうわけじゃ——」
 「許《ゆる》しません! 私《わたし》、あなたを一生許しませんからね!」
 と、叫《さけ》ぶなり、啓子は、ワーッと声を上げて泣《な》き出した。
 それも身をよじるようにして、畳《たたみ》に伏《ふ》せて泣きじゃくったのである。
 ——塚原はただ呆《ぼう》然《ぜん》としていた。
 こんな光景が、自分の家の中で展《てん》開《かい》することがあろうとは、信じられなかったのである。
 もちろん、塚原と啓子とて、多少の口《くち》喧《げん》嘩《か》やいさかいはあったが、それは、感《かん》情《じよう》の爆《ばく》発《はつ》というところまではいかなかった。
 二人とも、生《せい》来《らい》穏《おだ》やかで、あまり騒《さわ》ぎ立てる性《せい》質《しつ》ではなかったからだろう。
 だから、塚原は、啓子がこんな風に声を上げて泣くなどということを、想《そう》像《ぞう》したこともなかったのである。
 啓子が泣きじゃくるのを、塚原はただ、じっと黙《だま》って見ているしかなかった。
 ——そして、どれくらいたっただろうか。
 啓子は、やっと泣きやむと、そろそろと顔を上げた。
 「なあ……」
 塚原は、蚊《か》の鳴くような声で言った。
 啓子は聞いていないようだった。顔を、手の甲《こう》で拭《ぬぐ》うと、思いがけないほどの素《す》早《ばや》さで立ち上り、台所の方へ行ってしまった。
 塚原は、フウッと息をついた。
 千代子の奴《やつ》……。やっぱりやって来たのか!
 ともかく、ここは謝《あやま》るしかない。
 千代子とはもう別れる、と誓《ちか》って、啓子に許《ゆる》してもらうしかない。
 「参ったな」
 と、塚原は呟《つぶや》いた。
 しばらく、啓子は戻《もど》って来なかった。
 様子を見に行こうかと思っても、また泣《な》き出されたら、と思うと動くに動けず、塚原は、ただボケッと座《すわ》っているだけだった。
 ——こんなときの男くらい、何の役にも立たず、無《ぶ》器《き》用《よう》な生きものもあるまい。
 若《わか》い千代子を抱《だ》いたときのファイトも、頑《がん》張《ば》りも、嘘《うそ》のように消えて、ただ、今はしょげ返った子《こ》供《ども》のような男がいるだけなのだ。
 何やら、ゴトゴトやっている音がして、塚原はホッとした。
 ともかく、啓子が何かやり出したので、安心したのである。
 そう。——あいつも、これだけ永《なが》く俺《おれ》と連れ添《そ》って来たんだ。
 一度ぐらいの浮《うわ》気《き》は、時間さえたてば許してくれるだろう……。
 まだしばらく、啓子はガタゴトやっていた。
 塚原も、やっとショックから立ち直って楽観的に考えるようになっていたのである。
 「そろそろ風《ふ》呂《ろ》にでも入るか……」
 と、独《ひと》り言《ごと》を言って、腰《こし》を浮《う》かしかけたとき、啓子が戻って来た。
 塚原は、またペタンと座り込《こ》んでしまった。
 啓子は、よそ行きのスーツを着《き》込《こ》んでいた。そして、大型のスーツケースを下げていたのだ。
 「啓子……」
 啓子は、スーツケースを置くと、塚原の前に座《すわ》った。
 「なあ、啓子——」
 と塚原が言いかけるのを、遮《さえぎ》って、
 「私《わたし》、家を出て行きます」
 と、啓子は言った。
 「出て……行くって?」
 塚原は、ポカンとして訊《き》き返した。
 「出て行きます」
 啓子はくり返した。
 「しかし……どこへ?」
 「私にもお友だちぐらいありますわ」
 「それにしたって——」
 「あなたと違《ちが》って、浮《うわ》気《き》の相手はいませんけど」
 啓子は、少しも皮肉っぽくない口調で言い返した。
 「啓子。——悪かったよ。この通りだ」
 と、塚原は頭を下げた。
 「やめて下さい」
 と啓子は言った。「ともかく、今は何を言われても、出て行きます」
 「だけど——」
 「明美のことは心配です。ですから連《れん》絡《らく》は取れるようにしておきます」
 啓子は、立ち上った。
 「おい、本当に出て行くのか?」
 「ええ」
 「あの娘《むすめ》とは別れる。本当だ」
 「そのことだけを言ってるんじゃありませんわ」
 「じゃ、何だ?」
 「ともかく——今はここにいたくないんです!」
 啓子はスーツケースを手に、出て行った。
 塚原は、立とうとしたが、足に力が入らなかった。
 ——玄《げん》関《かん》が開き、閉《しま》る音。
 かすかな足音も、すぐに聞こえなくなった。
 塚原は、ぼんやりと、家の中に一人で座《すわ》っているのだった。
 何てことだ。——明美も、そして啓子も、出て行ってしまった。
 塚原は、そっと家の中を見回した。まるで知らない家のように思える。
 こんなに静かで、こんなに寂《さび》しくて……。そうだ。ここは俺《おれ》の家じゃない。
 塚原は、ひどく疲《つか》れ切った気分だった。
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