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人形たちの椅子14

时间: 2018-09-06    进入日语论坛
核心提示:宴《うたげ》の夜に え? もう終わったの? 本当に、そんな感じだった。敦子は、人のいなくなった宴会場を見回して、何だかま
(单词翻译:双击或拖选)
 宴《うたげ》の夜に
 
 
 え? もう終わったの?
 
 本当に、そんな感じだった。——敦子は、人のいなくなった宴会場を見回して、何だかまだ夢から覚めていないような気分でいたのである。
 
 まぶしいくらいに明るい照明の下で、コーヒーカップが白く光っている。妹の学校時代の友人たちのコーラスや、新郎の仕事仲間の送ったエールの声が、まだその辺を漂っているようでさえあった。
 
「敦子」
 
 と、呼ばれて、我に返る。
 
 母の千枝が、あんまりおめでたくもなさそうな顔で立っていた。
 
「どうしたの?」
 
「おじさんたち、もうお帰りだって。ご挨《あい》拶《さつ》しなさいよ」
 
「はいはい」
 
 こういう席では、何年も顔を合わせていなかった親類が集まるので、大変である。ついでに縁談を持って来たり、商売の話をして帰ろうとか、金を借りたいとか……。
 
 何だか、肝心の結婚式の方が「ついで」みたいで……。
 
 しかし、周囲はともかく当人たちにとっては、「人生最良の一日」となったろう。それならそれで結構なことだ。
 
「——寿子は?」
 
 母と一緒に式場を出ると、敦子はエレベーターでロビーに下りて行った。
 
「お友だちとワイワイやってるわ」
 
 と、母は諦《あきら》め顔。「散々、人に心配かけといて」
 
「仕方ないわよ」
 
「あんたはやめてよね、こんなこと」
 
「さあね」
 
 と、敦子はとぼけて見せた。
 
 ホテルのロビーは、若い女の子たちでにぎわっている。この辺は、東京と少しも変わりがない。
 
「やあ、どうも」
 
 と、やって来たのは、寿子の旦那、山下輝男である。「色々、ご迷惑をかけて」
 
「いいえ」
 
 と、敦子は言った。「これから妹がご迷惑をかけると思いますけど」
 
 人当たりのいい、なかなかよくできた男である。弁護士というから、妙にいばっていたり、インテリくさかったらいやだな、と思っていたのだが、そういう心配はなさそうだ。
 
 敦子も寿子の性格は分かっているし、この山下という男性にひかれたのは、分かるような気がした。
 
 もう中年ではあるが、疲れた感じはない。といって、妙に脂ぎった印象も与えない。
 
 少々照れくさそうに、タキシードの胸に花などつけているのが、微《ほほ》笑《え》ましく見えた。
 
「お姉ちゃん」
 
 と、寿子がやってくる。
 
 ピンクのカクテルドレスで、頬《ほお》が上気しているのはワインのせいか。
 
「苦しくないか、そんなに細いドレスで」
 
 と、山下が言うと、
 
「失礼ね。そんなに太ってないわよ」
 
 と、口を尖《とが》らす。
 
「明日、発《た》つんでしょ? 気を付けてね」
 
「あれ、お姉ちゃん、見送りに来てくれないの?」
 
「おみやげしだいだね」
 
 と、敦子は言ってやった。「お友だちの方はいいの?」
 
「うん。このまま恋人とデートって子もいるし」
 
「楽しそうで結構ね」
 
 と、敦子は笑った。
 
「——敦子」
 
 と、母の千枝が何やら駆けて来た。
 
「お母さん、転ぶわよ、走ったりして。どうしたの?」
 
「あの——ほら、何だか上で捜してたって。受付頼んだ人……。何てったかね」
 
「ああ、分かったわ。行くから」
 
 こういう細かいことにかけては、母は全然だめである。
 
「すみませんね」
 
 と、山下が恐縮した様子で、「本当なら、僕の方で全部やるところですが」
 
「いいえ。うちの関係の方がずっと多いんですもの。ご心配なく。じゃ、ちょっと失礼します」
 
 行きかけると、
 
「お姉ちゃん!」
 
 寿子が追いかけて来て、「今夜、私たち、ここに泊まるんだけど」
 
「知ってるわよ」
 
「彼が、お姉ちゃんと話したこともないし、って。夕ご飯でも少し遅めに一緒にどうですかって」
 
「あんたたち二人と?」
 
「いいじゃない。面白い人よ」
 
「お邪魔じゃないの?」
 
「邪魔なら、よばない」
 
「そうか」
 
 敦子は笑って、「じゃ、時間があれば、ってことにしましょ。ともかく、一《いつ》旦《たん》、後のことを片付けないと。——部屋へ入るんでしょ? 電話ちょうだい」
 
「うん」
 
 敦子は、エレベーターの方へ歩いて行った。忙しく、あわただしい一日だったが、敦子は楽しんでいた。
 
 自分が頼られ、忙しく駆け回る、という生活は、敦子には合っているのである。長女だから、というだけではあるまい。OLとしてのキャリアが、ものを言うのである。
 
 ホテルの宴会係の人と、最終的な精算をして、話がすむと、もう家族もみんな帰ってしまった後で、敦子は、
 
「全く、みんな人任せで」
 
 と、愚痴を言いながら、結構充実感を味わっていた。
 
 一人になって——さて、家へ帰るか、と思ったが、今日帰る家は、いつものアパートではない。寿子は、もう家を出てしまった人間なのだし、帰れば待っているのは両親と親《しん》戚《せき》の人たち……。
 
 敦子の顔を見れば、きっと、
 
「敦子ちゃん、まだ嫁に行かんのかね」
 
 ということになるに決まっている。
 
 いささかくたびれてもいたし、敦子は、帰る前にラウンジで一休みすることにした。
 
 もちろん、長女という立場もあるし、こんな時、親類に挨《あい》拶《さつ》もしないというわけにはいかないのは承知している。ただ、それだけのエネルギーを一旦蓄えないと、今の状態では、後でどっと疲れが出そうだった。
 
「コーヒー下さい」
 
 と、オーダーして、寿子が、良かったら夕食を一緒に、と言っていたことを思い出した。
 
 でも……。ここは遠慮しておいた方がよさそうだ。敦子がいないと、母の機嫌も悪くなりそうだし……。
 
 山下と会う機会は、まだいくらもあるだろう。
 
 コーヒーが来て、ゆっくり飲み始めると、
 
「——あら」
 
 敦子は、当の山下が、ラウンジでウロウロしているのに気が付いた。「山下さん」
 
 山下は、敦子に気付いて、
 
「やあ、これは」
 
 と、やって来ると、「ここにかけてもいいですか」
 
「ええ、どうぞ。寿子は?」
 
「ホテルの部屋で、何だか学校の時の友だちと騒いでます」
 
 と、山下は笑って言った。「とても、中年男の出る幕じゃないので、逃げ出して来ました」
 
「すみません、あの子も甘えん坊だから」
 
「いやいや、そこに惚《ほ》れたんですからね」
 
「独身の女性の前で、そんなにのろけないで下さい」
 
 と、敦子は言ってやった。
 
 山下もコーヒーを頼んで、やれやれ、というように息をついた。——もう若くはないのだ。くたびれただろう。
 
「そうだ、寿子がお話ししたと思いますが、今夜、よろしければ——」
 
「ええ、でも、家に大勢親《しん》戚《せき》が来ていますし、その相手をしなくちゃいけませんから」
 
「そうか。——大変ですね。僕の方はあまり親類という奴《やつ》が多くなくて。気楽と言えば、気が楽です」
 
 と、山下は微《ほほ》笑《え》んで言った。
 
 では、一緒の夕食は、ハネムーンから戻って、改めて……。
 
 一応、山下との間で、そういう話にはなったものの、考えてみれば、敦子はそんなにいつまでも休みを取れるわけではない。結局、何年も(!)先の話になってしまうことだろう。寿子だって、出産が近付けば、姉のことなんか頭から消し飛んじゃうことだろうし……。
 
「——お客様の、ナガセ様、ナガセ様」
 
 と、ラウンジを、ウエイターが呼んで回っている。「ナガセアツコ様……」
 
 どうやら、私のことみたい、と敦子は思った。でも、どうしてこんな所で呼び出されるんだろう?
 
「あの、永瀬ですが」
 
 と、近くへ来たウエイターに声をかけると、
 
「お電話が入っております」
 
 敦子が腰を浮かしかけると、「今、お持ちしますので」
 
 と、止められる。
 
 待っていると、ワイヤレスの、短いアンテナのついた電話を持って来てくれる。
 
「どうも」
 
 しかし、人と会ってる時に、聞かれて困るような電話がかかって来たら、これも却《かえ》って不便かもしれない。
 
「もしもし」
 
 と、呼びかけると、向こうからは何の返事もない。「——もしもし。——永瀬です」
 
「あ、もしもし!」
 
 と、息をきらして、「僕だよ」
 
「なんだ、どうしたの?」
 
 有田である。もちろん東京からかけているはずだ。
 
「いや、ごめん。お宅の方へかけたら、たぶんまだホテルの方にいる、ってことだったから……」
 
「やっと片付いて、一休みしてたの。何なの?」
 
「実はね……」
 
 有田は、言いにくそうに、「TV局が来たんだ、今日」
 
「TV局?」
 
「会社へ、突然ね」
 
「どういうこと?」
 
「例の事件だよ。君がアパートに置いてた、竹永って子……」
 
「あの子がどうかしたの?」
 
 敦子は一瞬青ざめた。智恵子の身に何かあったのかと思ったのだ。
 
「いや、そうじゃないんだ。あの子の父親が行方不明になっただろう? そのことをね、TV局の奴《やつ》が、調べてるらしい。課長と、僕に話を聞きたい、って。それと君にも」
 
 敦子は、思いもかけない有田の話に、戸惑った。
 
 TV局の人間が、敦子の所へ来るというのは分かる。しかし、敦子は大西の名前を出してはいないし、ましてや有田のことなど、知るわけもないのだ。
 
「ともかく、君は故郷へ帰ってる、と言ったら、分かったと言ってたけどね」
 
 と、有田が続けた。
 
「今、どこからかけてるの?」
 
 と、敦子は訊《き》いた。
 
「会社だよ。会議室だ」
 
「他に誰かいる?」
 
「いや、一人だよ」
 
「そう」
 
 敦子は、目の前に座った山下の方へ、チラッと目をやった。山下はすぐに察して、席を立つと、自分のコーヒーカップを手に、離れたテーブルに移って行った。
 
「もしもし。——ごめんなさい。ちょっと他の人と一緒だったものだから。もう大丈夫」
 
「しかし……。参ったよ」
 
 有田の声だけで、敦子にはおよそ察しがついた。
 
「大西さん、私がしゃべったと思ってるわね、きっと」
 
「うん……。まあね」
 
「話したの? あの子が私のアパートにいたってこと」
 
「とんでもない。言いやしないよ」
 
 と、有田は強い調子で言った。
 
「でも、今になってどうして……。向こうは何て言ってるの?」
 
「よく分からない。ともかく課長がピリピリしててさ、話すことはない、と言って、押し通したんだ。だから、向こうの話も聞けずじまいさ」
 
「大西さんとあなたの名前を出して、会いたい、と言って来たの?」
 
「うん。だからきっと君が何かしゃべったんだろうって、課長が……」
 
「何も言ってないわよ、私」
 
「分かってるさ。君……いつ帰る?」
 
 敦子は迷った。明日一日休暇にしてあるし、明後日は休日。本当は明後日の夕方辺りの便で東京へ戻るつもりだった。
 
「一旦は引き上げたの、TV局の人?」
 
「うん。でも、また来る、と言ってたよ。もしかすると、僕の家にも来るかもしれないな」
 
「私のアパートにもね」
 
「一切、返事をするな、っていうのが課長の命令さ。その内には諦《あきら》める、って」
 
 それはそうかもしれない。しかし……これだけの期間を置いて、またTV局がやって来たというのは、何かつかんだからではないだろうか。敦子にはそう思えた。
 
「——あの女の子のことは、何か言うか訊《き》くか、してた?」
 
 と、敦子は言った。
 
「いや、話には出なかったよ」
 
 正直なところ、敦子はもう竹永のことは忘れてしまおうと思っていた。
 
 竹永智恵子が突然姿を消してしまったことは、小さからぬショックだった。——別に、敦子としては智恵子をアパートに置いていたことで、恩を売るつもりではない。しかし、一緒に暮らしていて、時には妹のようにすら感じていた智恵子が、一片の置き手紙だけで、わけも言わずに出て行ってしまったのだ。
 
 敦子としては、どうしても裏切られた、という気持ちになるのも、無理からぬことだろう。もちろん、それはそれとして、智恵子の父親の消息を知りたいという思いはあったが、事実上、敦子には、これ以上踏み込むことは不可能な状態だったのである。
 
「分かったわ」
 
 と、敦子は言った。「何とか明日の便で帰るようにする」
 
「でも、無理して——」
 
「大丈夫。こっちに長くいたら、お見合いでもさせられそう」
 
「じゃ、すぐ帰って来いよ」
 
 と、有田があわてて言ったので、敦子は思わず笑ってしまった。
 
「——だけど、尾を引くわね」
 
 と、敦子は言った。
 
「そうだね。でも、仕方ないさ、これ以上」
 
「そうね。——私のこと、クビにするとか、言ってなかった?」
 
「まさか。そしたら、ちょうどいいじゃないか。僕と結婚する口実ができる」
 
「それはそうね」
 
 と、敦子は有田に合わせた。「じゃ、帰ったら電話するわ」
 
「うん。——悪かったね、せっかくのんびりしてる所へ」
 
「声が聞けて良かったわ」
 
 敦子はそう言って、電話を終えた。
 
 山下が、席に戻って来ると、
 
「何か厄介事でも?」
 
 と、訊《き》いた。
 
「会社で、ちょっと。大したことじゃないんですけど」
 
「もし、必要ならいつでも東京の親しい弁護士を紹介しますよ」
 
 そうだった。山下は専門家である。
 
「そんなことにはならないと思いますけど……。その節はよろしく」
 
 と、敦子は微《ほほ》笑《え》んだ。
 
 むしろ、今気が重いのは、明日東京へ戻ることを、母にどう言うか、であった。きっと、ブツブツ言うことだろう。
 
 寿子が勝手に結婚したと思ったら、お前も何だかんだと言って、また行っちゃうし。少しは親の気持ちも考えてみたら?
 
 ——母のセリフは大体想像がつく。
 
「山下さん」
 
 と、敦子は言った。「親の叱《こ》言《ごと》をうまくかわす方法、教えていただけません?」
 
 
 
 山下と別れて、敦子は家へ帰った。
 
 想像した通り、家には、まだ親《しん》戚《せき》たちが四人上がり込んでいて、父と飲んでいた。
 
「——お父さん」
 
 と、敦子は、真っ赤な顔の父をにらんで、「お酒は控えて、って言われてるんじゃないの?」
 
「敦子か。いつ帰ったんだ?」
 
 もう完全に「出来上がった」様子の父は、トロンとした目で娘を眺めて、「ちゃんと寿子の式に出てやらなきゃいかんぞ。お前は長女なんだぞ」
 
「何言ってんのよ」
 
 と、敦子はため息をついて、「もうお酒はそれだけよ。——すみません、もう父は寝かさないと」
 
 急いで、奥へ行って着替えていると、
 
「敦子」
 
 と、母の千枝が入って来た。
 
「何であんなに飲ませるのよ。倒れたって知らないよ」
 
「しょうがないでしょ。こんな時だもの」
 
「もう寝かせないと。——みんな、帰ってくれないかなあ」
 
「大きな声で……」
 
 と、千枝は顔をしかめた。「聞こえるじゃない」
 
「聞こえたからって、帰るような、おとなしい親戚、うちにはいないでしょ。中《なか》洲《す》のおじさんなんて、何か持ってくかもしれないわよ。気を付けた方がいいわ」
 
 敦子も、ものの言い方ははっきりしている方だ。「中洲のおじさん」というのは、父の従兄《いとこ》である。中洲というのは、もちろん博《はか》多《た》の繁華街の名だ。
 
 バーをやったり、パチンコ屋を開いたり、思い付きで商売を始めては潰《つぶ》して借金を重ねている。こんな時でもなければ、およそ会うことのない人だった。
 
 あらゆる親《しん》戚《せき》から金を借りて、全然返していないから、向こうも会いたくないはずだ。しかし、おめでたい席なら、みんな遠慮して借金の催促はしない、と分かっているから、やって来るのである。
 
「お茶いれるの、手伝ってよ」
 
 と、千枝が言った。
 
「もういいじゃない。帰ってもらえば?」
 
「今、お寿《す》司《し》が来るのよ」
 
「呆《あき》れた! あのおじさんでしょ、言い出したのは」
 
「今日はそうケチもできないじゃないか」
 
 と、千枝は愚痴っぽく言って、「お前、いつまで居られるの?」
 
「明日、帰るわ。急な仕事が入ったの」
 
 と、投げるような調子で言って、「じゃお茶いれるわね」
 
 母に文句を言う隙《すき》も与えずに、敦子は台所へとエプロンをつけながら、入って行った……。
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