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殺し屋志願01

时间: 2018-09-06    进入日语论坛
核心提示:プロローグ 苦悩を通って歓喜へ! ──と来ればベートーヴェンだが、「地獄に乗って天国へ」という光景なら、楽聖ならぬ学生が
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 プロローグ
 
 苦悩を通って歓喜へ!
 ──と来ればベートーヴェンだが、「地獄に乗って天国へ」という光景なら、楽聖ならぬ学生が、毎朝経験しているところである。
 もちろん、これには異論もあるだろう。ラッシュの電車が「地獄」なのは分るとしても、どうして学校が「天国」だ、と。
 もちろん、学校が「地獄」としか思えない学生たちも少なくあるまいが、しかし、たとえば十年たち、二十年たって、ほとんどの人は学生時代のことを、
「あのころは良かったなあ……」
 と、思い返すのである。
 新谷みゆきも、その一人──いや、彼女の場合は、まだ現役の高校生だ。しかし、彼女にとって、学校は決していやなところではなかった。
 例えば(テストのときとか、体力測定でボールを投げたりしなきゃいけないときとか……)今日は行きたくない、なんて思うこともあったが、それでもちゃんとさぼらずに行ったし、行けば行ったで、友だちとワーワーキャーキャーやっているのである。
 だから学校は、新谷みゆきにとって、十年後には、
「あのころは良かったわ」
 と、思い返す場所となるに違いなかったのだ。
「かなわねえな、畜生!」
 また駅に着いて、どっと混み合って来た。
 ──そのセリフは、みゆきが発したのではない。いくらみゆきが少々男っぽい女の子でも、こんな口はきかない。
 耳元で聞こえたその声は、ごくありふれたサラリーマンのものだった。ありふれた、という言い方は至って曖《あい》昧《まい》だが、実際、そうとしか言えない男だったのだ。
 みゆきは、その男と向い合って、ギュッと体を押し付けていた。恋人同士だって、こんな風に、ギュウギュウ押し合うことはあるまい。
 恥ずかしいとか、不愉快とか言っていられるほどの余裕は、朝の通勤通学電車には存在しないのである。
 みゆきは、一七歳としては少し小柄ではあるが、胸のふくらみは人並以上だったから、そのありふれたサラリーマン氏の胸の少し下辺りにギュウッと押し付けられて、思わず目を白黒させてしまった。
「あ……」
「いや、どうも──」
 つい、目が合ってしまったのだ。二人は、何だかわけの分らぬ挨《あい》拶《さつ》を交わし、何となく笑顔になった。
 ありふれた、とはいっても、なかなか見た目は素敵な人だった。──もちろん、これはみゆきの判断によるのだが。
 年齢は三十代の半ばくらいだろうか。スポーツマン風に引きしまった感じの体つきで、背広がよく合っていた。目つきが優しく、妙な下心を感じさせない爽《さわ》やかさがある。
 みゆきは中学一年から、ずっとこの線で通っているので、かの「痴漢」という奴にも、いやというほど出くわしているのだった。
 しかし、今、目の前に(本当に、十センチぐらいの所に顔がある!)いる男性は、そんな感じではなかった。
「すまないね」
 と、その男が言った。「下手に動くと、もっと苦しくなりそうだ」
「いいです。慣れてますから」
 と、みゆきは言った。
「いつも……この電車?」
 と、男が訊《き》いた。
 途中で「……」が入ったのは、少し電車がカーブして、ワッと一方へ重心が偏ったからだ。このギュウ詰めの状態で、まだ偏るだけの余地があるというのが不思議だった。
「ええ、中一から」
「よくいやにならないね」
「慣れです」
「そんなもんかね」
「あんまり、こういう電車には?」
「めったにね。こんなひどいのは、初めてだよ」
「いつもよりは、ましなほうですよ」
 男は、大げさに天井を仰いで、
「尊敬するね、この乗客たちを」
 ──男と、みゆきとの対話は、ごく低い声で囁《ささや》くように交わされていた。お互いの顔が接近しているので、それで充分に聞き取れたのである。
「君はいくつ?」
 と、男が訊いた。
「一七です。高二」
「一七か。──僕にはもう二十年も昔だ」
 と、男が微笑《ほほえ》んだ。
 なかなかいい笑顔だわ、とみゆきは思った。
「若く見えますよ」
 と、みゆきが言うと、男は嬉《うれ》しそうに笑った。
 電車が、スピードを落とした。
「もう降りるのかい?」
「いいえ、まだ六つ先」
「そうか。じゃ僕の方が二つ手前で降りるんだ。──今度はどっちのドアが開くのかな」
「こっちです。頑張ってないと、押し出されちゃいますよ」
 男は、一方のドアに背中をくっつけて、立っていたのだ。
「そうか。降りる客はいるかな」
「いませんよ。小さな駅だから、少し乗って来るだけ」
「じゃ、ここで踏んばってよう」
 電車がホームへ入って行く。
 乗る客は、大体、電車の後ろの方に固まっていた。この二つ先の駅で乗り換えるとき、その方が階段に近いのである。
 別に、この駅で乗る人が、みんなそこで乗り換えるというわけではない。乗り換え駅で少し空くので、後が楽なのだ。──全く、ラッシュアワーの電車というのは、幅広い知識と経験で成り立って(?)いるのである……。
 みゆきたちのいる車両は真中より少し前なので、ほとんど乗る客はいない。──だが、今日はサラリーマンが一人と、少女が一人、ホームに立っていた。
 少女は、たぶんみゆきと同じくらいの年齢だろう。ただ、学校へ行くという格好でないのが、妙だった。もしかすると、見た目よりは年齢が行っているのかもしれない。
「誰か乗りそうかい?」
 ホームの方へ背を向けている男が、みゆきに訊いた。みゆきは、男のわきの隙《すき》間《ま》から、ドアの窓越しに外を覗《のぞ》いているのだ。
「二人いるけど。──乗れるかな」
 と、みゆきが言った。
 ドアが開いた。降りる客はない。こういう駅で、たまに降りようという客がいると哀れである。
 よほどドアの近くまで来ていればともかく、奥の方にいたら、まず降りられない。
「降ります!」
 と、叫んだところで、誰もどいちゃくれないのである。
 そんなとき、みゆきは、気の毒で胸が痛む。しかし、今朝はそんなことはなかった。
 少し太り気味のサラリーマンが、頑張って乗って来た。みゆきと、向い合った男のわきへ、潜り込むようにして、ともかくも何平方センチかの自分の足場を確保すると、押し出されないように、手をドアの上の鉄板に当てて支えた。
 あの少女は? みゆきは、男のわきから、覗いて見た。──まだホームのすぐそこ、男のすぐ後ろに立っている。乗るのを諦《あきら》めたのだろう。
 ピーッと笛が鳴った。
 そのとき、みゆきと向い合っている男が、
「アッ」
 と、短く声を上げた。
 ドアがスルスルと、意外に滑らかに閉じて行く。そして電車は、いかにも重そうに、ノロノロと動き出した。
 男は、ちょっと目を閉じていた。
「大丈夫ですか」
 と、みゆきは訊いた。「気分でも……」
 男は目を開くと、大きく息をついた。そして、みゆきを見て、ちょっと首を振った。
「大丈夫。──大したことはないよ」
「でも、顔色、少し悪いですよ」
 こんな混んだ電車では、どんなに丈夫な男の人でも慣れてないと、貧血を起こしたりするものだ。
「うん。──次の駅のホームは、どっち側?」
 と、男は訊いた。
「同じです。こっち側」
「じゃ、次で降りよう」
 男はそう言って、少し顔をしかめて苦しそうにした。
「大丈夫ですか? 次の駅、すぐ近くだから、じきに着きますよ」
「ありがとう……。何とかなるよ」
 男は、また深々と呼吸した。
 みゆきは、男と胸をぐっとくっつけ合っているので、男の鼓動がずっと早くなっているのが分かっていた。どうやら、本当に具合が悪そうだ。
 次の駅へと電車が入る。──前の駅よりももっと小さな駅で、乗る客も降りる客もほとんどいない。どうしてこんな所に駅ができたのか、不思議になるような駅だ。
 たぶん、何か政治的な理由で作られた駅なのだろう。
 電車が停るまでが、ひどくゆっくりしているように感じられた。
「──心配かけたね」
 と、男が笑顔を作って、みゆきに肯《うなず》いて見せたが、かなり無理をしているのは一目で分かった。
 ドアが開くと、男は体をひねるようにしてホームへ降りた。が、そのまま二、三歩進んで、フラッとよろけ、膝《ひざ》をついてしまった。
「危い!」
 みゆきは思わず、電車から降りてしまっていた。鞄《かばん》を左手に抱え、あわてて駆け寄ると、
「しっかりして」
 と、男の腕を取った。
 男がみゆきの顔を見た。──笛が鳴る。
「君、乗らないと、電車が──」
 ドアが閉じた。みゆきは首を振って、
「大丈夫です。私、まだ二、三本後の電車でも、悠々間に合うの」
「そうか……。すまないね」
 男は、体を起こした。
「でも……ここ、駅員さんがいないのよね」
 利用客が少ないので、無人駅になっている。私鉄なので、そういう点ははっきりしているのである。
「いいんだ。そこのベンチへ……連れてってくれ」
 と、男は言った。
「ええ。じゃ、ここで少し休んで」
 みゆきは、男を支えるようにして、すっかりペンキのはげ落ちてしまったベンチへと連れて行った。
 男はベンチに身を任せると、息をついて、
「ありがとう。──すまないね」
 と言った。
「ううん」
 みゆきは、微笑んで、首を振った。「少し休めば、良くなるわ。──貧血?」
「まあ、貧血には違いないが」
 と、男は独り言のように言って、それからみゆきを見つめた。
 明らかに、違う目つきになっていた。優しさは同じだが、どこか哀しげな目だ。
「君……名前は?」
 と、男は言った。
「え?」
「良かったら、教えてくれないか」
「ええ。──みゆき、です。新谷みゆき」
 男は軽く肯いて、
「みゆき君か……。頼みがあるんだ」
「何ですか」
「君を遅刻させたくはないんだが……。聞いてくれるかな」
「具合、悪いんですか? 救急車か何か、呼ぶ?」
「いや、そうじゃない。──ここに、隣に座ってくれないか」
 みゆきは戸惑った。
「でも──」
「危険なことはない。ただ、ここにいてくれるだけでいい。僕が死ぬまで」
 みゆきは、目を見開いた。
「──今、『死ぬまで』って言ったの?」
「そうだ。そう何十分もかかるまい」
 みゆきは、ちょっと笑って、
「オーバーだ! そんな、満員電車で貧血を起こしたぐらいで、死にませんよ」
「貧血じゃない。刺されたんだ」
「──え?」
「背中を……。背広の後ろをめくって下を刺してるから、すぐには分らない。もう血が広がってるよ」
 みゆきは、男の足下へ目をやった。黒ずんだ水たまりが、両足の間からじわじわと広がっている。
「これは……血?」
「そうだ」
 と、男は肯いた。
 みゆきは青ざめた。
「大変! すぐお医者さんを──」
「いいんだ」
 男が手をのばして、みゆきの手を強く握った。「僕は負けたんだ。──死ぬのは構わない」
「誰にこんな……」
「お願いだ。隣に座ってくれ。──死ぬときに、誰かそばにいてほしいんだ」
 信じられない。これはきっと夢なんだわ。そう。時々見る、あまりに現実的で、却《かえ》って本当にありそうもないような夢。
 それに違いない……。
「お願いだ」
 と、男はくり返した。
 みゆきは、男の隣に腰をおろした。
「──ありがとう」
 違う。これは事実なんだ。本当に起こったことなんだ。
 刺されて死ぬ? この男の人が。──でも、なぜ?
 あまりに突拍子もない現実に、みゆきは、少しも恐怖を覚えなかった。むしろ、何とかしてこの男の人を助けられないかしら、と考えていたのである。
「ねえ……」
 と、みゆきは言った。「助かるかもしれないじゃないの。やってみれば──」
「助かったところで同じことさ、結局はね」
 と、男は言った。「怖いかい、僕が」
「いいえ。そんなことないわ」
「そうか」
 男は、嬉しそうに言った。「それならいいんだがね。──君に、無理なことをやらせたくない」
「だけど、どうしてこんな……」
「宿命さ」
 男の、一種唐突な言葉に、みゆきは戸惑った。宿命なんていう、古めかしい言葉を聞くとは思わなかったからだ。
「それ──どういうこと?」
 と、みゆきは訊いた。
「いつかは、教えられた者が教えた者を抜く、ということさ……。そうだね、こうやって、ただ君を座らしていても、気の毒だ。──なぜこんなことになったのか、簡単に話してあげよう」
 みゆきは、話なんかすれば、それだけ死を早めるのではないかと思ったが、しかし無意識に肯いていたようだった。
「もっとも……ちゃんと終わりまで話せるかどうかは分からないがね……」
 男は、穏やかな口調で言った。さっきまでの辛そうな様子は、もうなかった。
 しかし確実に、少しずつ、男は死に近付いているはずだったのだが……。
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