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殺し屋志願03

时间: 2018-09-06    进入日语论坛
核心提示:2 奇妙な鞄 振り向いて、そこにセーラー服の少女を見た鳴海は、一瞬それが幻かと思った。 その迷いが、少し大げさに言えば、
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 2 奇妙な鞄
 
 
 振り向いて、そこにセーラー服の少女を見た鳴海は、一瞬それが幻かと思った。
 その迷いが、少し大げさに言えば、鳴海の人生を狂わせたのだった。いや──もともと、真直ぐなコースを辿《たど》っていたわけでもないのだけれど。
 いつもの鳴海なら、そんなことはなかったはずだ。殺しを見られたとなれば、ためらうことなく、その目撃者を殺した。いや、大体、すぐそばまで誰かが来ているのに気付かないということ自体、信じられないような出来事だったのだ。
 だからこそ、一瞬、そのセーラー服の少女を幻かと思って、ぼんやり眺めていたのである。
 そうでないと分かったときには、少女はクルリと鳴海の方へ背を向けて、駆け出して行った。むしろ、駆け出すのを見て、やっとそれが本物の──生身の人間だと分かったのだった。
 追わなくては──。
 鳴海は駆け出そうとして、ウッと顔をしかめた。知らない間に、足首を痛めていたらしい。
 これだけの格闘だったのだ。仕方がない。
 もう少女の姿は、木立ちの間を埋める闇《やみ》の中に、溶けていた。──憶えている。顔も、髪型も、手に下げていた鞄《かばん》と、そして何だか妙な格好をしたものを持っていた。あれも鞄の一種だろうか? それにしては妙な形をしていた。
 追ってもむだだ。鳴海は諦《あきら》めた。
 まだ、やり残したことがある。──足下に横たわる太った男を、鳴海は見下ろした。たった今、殺した男である。
 片膝をついて、鳴海はまず、相手が死んでいるのを確かめた。間違いない。
「手間を取らせやがって」
 と、鳴海は呟《つぶや》いた。
 冬の六時。夕方というより、もうほとんど夜である。空気も、乾いて冷たい。
 雑木林の中に風が踊って、木々の枝が震えた。
 鳴海は、まだ寒さを感じなかった。緊張しているというだけでなく、実際、体中で激しく息をつくほど動いたので、汗をかいていたのだ。もう少しすると寒くなるかもしれないが、今はまだ暑いくらいだった。
 男の服のポケットから、持物を全部抜き取る。大したものはなかった。財布にも、現金はほんの二、三万。カードは使えない。
 一応、自分のポケットへ全部しまい込むと、立ち上がって、上衣の内ポケットからペンシルライトを出し、その光で死体の周囲を照らす。
 不用意に落としたものはないか。足跡は残っていないか。はっきり指紋の出るようなものに触れていないか。
 ──大丈夫。鳴海は、自分を納得させるように肯《うなず》いた。
 ペンシルライトを内ポケットに戻し、鳴海は、道路の方へと歩き出した。
 見られたのだ……。
 俺としたことが。──へまをやった。
 足首は痛かったが、ゆっくり歩けば、そう苦でもない。
 まさか、相手があんなに暴れるとは、思ってもいなかった。ナイフを突きつけてやればガタガタ震えて、手も足も出なくなると思ったのだ。それが……。狂った犬みたいに、めちゃくちゃに反抗して来た。
 そうか。そのときに、木の根っこを変なふうに踏んづけて、足首を痛めたのだ。しかも、夢中で取っ組み合っていたので、あの少女がそばに来たのも気付かなかった。
 それにしても──道から三十メートル近くも雑木林の奥へ入ったのに、見られるとは、運が悪いとしか言いようがない。
 すぐに道へ出るという所まで来て、鳴海は、小さな灯が二つ三つ、揺れながら近付いて来るのを木々の間から見て、ハッと足を止めた。
 警官か? さっきの少女が呼びに行ったのだろうか。
 頭を低くして、木の陰に身を寄せる。
 ──警官ではなさそうだった。警官なら、もっと急いでいるだろう。
 軽く、明るい笑い声が響いた。──女の子たちだ。
 鳴海は、ホッと息をついた。じっとしていると、風が冷たくなって、寒くなって来る。
 場所を選びそこなったかな。──こんな時間に、女の子が何人も通るというのでは、死体が発見されるのも早いかもしれない。
 所々、家はあるものの、まだこういう雑木林が方々に残っている新興の開発中の土地である。鳴海としては、いい場所を選んだつもりだったのだが。
「──やあだ! で、キスしたの?」
「格好だけ。義理あるじゃない、一応」
「だって、くっついたんでしょ?」
「いやらしい言い方、よしてよ!」
 甲高い笑い声が、目の前を通り過ぎて行く。
 自転車に乗った三人の女の子たち。──暗くて、よくは分からないが、セーラー服姿のようにも見える。
 さっきの、あの少女と、少なくとも年齢的には近いようだ。同じ所へ行くのか、それとも──いや、この話し方には、一種の開放感がある。おそらく、どこかの帰りではないか、と思った。
 笑い声は、やがて遠去かって、夜の闇の中へ消えて行った。
 一時間に二本というバスにやっと乗り込んで、終点まで行った。降りるころになって、体に感覚が戻って来る。
 何か熱いものでも食わなきゃ、死んじまう。
 鳴海は、バスを降りる前に、念のために鏡を出して、顔を写してみた。知らない内に、傷やら泥がついていることがあるからだ。
 今日は大丈夫らしい。手の汚れは、ハンカチでこすり取った。
 終点は駅の前で、一応、小さな店が周囲に並んでいる。バスの乗客は、五人しかいなかった。ほとんどが老人で、半分は眠っているようだった。
 さっさと先に降りると、鳴海はラーメン屋を見付けて、あそこへ入ろう、と決めた。
 飛び込みたいが、連絡が先だ。
 吹きっさらしの赤電話しか目につかない。こんな寒い所、ボックスの一つぐらい置いときゃいいんだ!
 埃《ほこり》でざらつく受話器を取って、十円玉を余分に入れ、旧式なダイヤルを回す。
「──もしもし。あ、俺です。──ええ、用は片付きました。──そうです。──ええ、特に問題なかったけど、ちょっと手こずりました。──けがはしてません。明日、そっちへ行きます。──どうも」
 もう何度も、こんな電話をかけているのだが、それでも、かける度に、ちょっと誇らしい気分になる。一つの「仕事」が、ここでやっと完全に終わるのである。
 いや、もちろん報酬は受け取らなきゃならないが、それは「仕事」ってわけじゃないし……。
 ともかく、今は、ラーメン屋の戸をガラッと開けることの方が先決だったのである。
 ラーメンをアッという間に空にして、やっと体が暖まると、鳴海は定食を追加して頼んだ。
 今日は、体力も使ったが、朝から相手の男を見張っていたので、昼食抜きだったのである。
 やれやれ……。
 時間も夕食どきのせいだろう、侘《わび》しい駅前の店にしては混み合っている。少し落ちついて、鳴海は店の中を見回した。
 ──三人の女の子が、チャーハンやら何やら、皿を三つも四つも並べて、せっせと食事の最中だ。
 あの子たちだ、と思った。──そうか。そういえば、表に自転車があった。
 畜生! そんなことにも気が付かないようじゃ、困ったもんだな。
 さっきの女の子たちに違いなかった。時折聞こえる笑い声は、さっきと同じだったから。
 三人とも、たぶん一六、七。セーラー服を着ていた。それが、さっき林の中で見た少女のものと同じかどうか、鳴海には判断できなかった。
 しかし、似た感じだということは確かである。同じ学校の子という可能性は高い。
 その三人は、四人がけのテーブルについていたが、一つ、余った椅《い》子《す》に、何やら荷物が置いてあった。マフラーを上にのせてあるが、どうやら楽器らしい。
 大きさから見て──たぶんヴァイオリンだろう、と鳴海は思った。楽器に詳しいわけでもないし、音楽もあまり聞かない方だが、チェロならもっと大きいだろうし、ギターだって、あんなに小さくあるまい。
 みんなが楽器を持っているというのは……。
 そうか。──鳴海は、さっきの少女が手に下げていた、奇妙な鞄のことを思い出して、肯いた。あれもきっと、何か楽器が入っていたのだ。
 すると、やはりこの女の子たちと一緒だったのか。──ただ、あんなに暗い道で、なぜ一人で歩いていたのか、そして、どうして雑木林の奥へ入って来たのか……。
 定食が運ばれて来て、鳴海は食べ始めた。女の子たちの話は、この席からでは遠すぎて聞こえない。分かっていれば、近くの席を取ったのだが。
 まさか、理由もなく、
「どこの学校?」
 などと訊《き》くわけにもいかない……。
 鳴海は、十分ほどで定食を食べ終えた。長居は無用だ。店にいる誰かが、顔を憶えていたら、死体が早く発見されたときには危険なことにもなりかねない。可能性は低いとしても、やはり危ないことは避けた方が賢明である。
 鳴海は、立ち上がって、伝票を手にレジの方へ歩いて行った。
 料金を払って、おつりを取っていると、
「ねえ」
 と、肩に触る手があって、ギクリとする。
 もちろん、刑事でないことは分かっているが、それでも反射的に身を固くしてしまうのである。
 振り向くと、あの三人の女の子の一人である。
「何だい?」
 と、鳴海は訊いた。
「あのね──」
 女の子は、笑いをこらえている感じで、「ズボンのお尻《しり》が、ほころびてます」
 呆《あき》れている鳴海を尻目に、クックッと笑いながら、テーブルへ駆け戻る。他の二人は、大笑いしていた。
 鳴海のことを笑っているのではなく、わざわざ教えに行ったことが、おかしくてたまらないらしい。──そっと手をやると、たしかに、お尻の辺がほころびている。
 いくら汚れに気を配っても、ここまでは気が付かなかった! つりをもらうと、鳴海は、急いで店を出た。
 きっと、中では、またあの三人が大笑いしていることだろう。
「寒いや、畜生……」
 と、鳴海は首をすぼめて歩き出したが、ふと思い付いて、三人の乗って来た自転車の方へと歩いて行った。
 そうだ。自転車には、盗まれたり、紛失したりしたときのために、名前や電話が書いてあるものだ。
 その一つの名前と電話番号を、頭へ入れ、鳴海は駅へと歩き出した。切符を買って中へ入ると、急いで手帳を取り出し、名前と電話番号をメモする。
 こういう記憶はどうも苦手なのだ。書きとめておかないと、すぐ忘れてしまう。
 手帳をポケットへ入れたときには、確かに、その記憶はもう鳴海の頭から消えてなくなっていた……。
 
「あら、お帰りなさい」
 アパートの玄関を入って、並んだ郵便受を覗《のぞ》いていると、パタパタとサンダルの音がした。見なくても、鳴海には分かる。
 このアパートの一階、一〇四号室に住んでいる三矢絹子である。
「今晩は」
 と、鳴海は言った。「寒いですね」
「本当ね。今夜は早いじゃないの」
 と、三矢絹子は、微笑《ほほえ》んだ。
「仕事が割合に早く終わりましてね」
 と、鳴海は言った。
「風が強い? 髪が乱れているわ」
 四十を少し過ぎたこの三矢絹子、アパートの住人にとっては、悩みの種である。いい意味でも悪い意味でも。
 世話好きではある。夫と、二人の子供がいるが、その忙しい家事の合間に、アパートの独身男性たちに、お菓子を作ってやったり、相談にのってやったりしているのだから。
 ただ、その「相談にのる」というのが、時として行き過ぎることもあった。
 四二歳。──女盛りというのか、少し太めの豊かな肉付きの体からは、「女の匂《にお》い」を辺り一杯に発散させている。
「ねえ、鳴海さん」
 と、絹子が独特の、ちょっと鼻にかかった、甘ったれたような声を出す。
「はあ」
 鳴海の部屋は二階である。階段の方へ歩きかけていた足を止めて、振り返ると、
「お食事は? すまして来たの?」
 と、訊いて来る。
「ええ、食べて来ました」
「あら、そう。主人がね、急な出張になって、夕食のおかずが、余っちゃったものだから。──残念ね」
「そうですね」
 鳴海は、少々素気なく言った。
「じゃ、他の人にでも訊いてみるわ。──おやすみなさい」
「おやすみなさい」
 鳴海は、階段を上がって行った。
 部屋は二〇五。二階の一番奥である。
 警察にいつ追われるかもしれない身としては、廊下の行き止まりの部屋というのは、あまり向いていないかもしれないが、仕方ない。
 外国のギャング物や、ハードボイルド小説に出て来るクールな殺し屋みたいに、高級マンションに一人で住んで、外国製のスポーツカーを乗り回す、ってわけにはいかないのである。日本では殺し屋も「中小企業」でしかない。いや、正確には「下請け」とでもいうのか。
 鍵《かぎ》を開けて中へ入ると、明りをつけた。
 部屋は冷え切っている。ここ二日間、帰っていなかったから、当然だろう。
 鳴海は、六畳間の隅に置いた、中古の石油ストーブの目盛りを見た。石油は半分くらい入っている。これなら、夜一杯もつだろう。
 念のために、点火する前にトントンと叩《たた》いてみる。時々、目盛の針が、何かに引っかかっていて動かないことがあるからだ。一杯入っていると思ってたいていると、スーッと消えてしまうことがある。
 そんなときはトンと叩くと、針がガクンとゼロの所まで行ってしまって、がっかりするのだ。今夜のところは、大丈夫らしい。
 少しストーブを揺らしてみると、針もそれにつれてユラユラと動く。
 点火しておいて、鳴海は窓を開けた。寒いが、初めの何分間かは、開けておかないと、油煙と匂いで、頭痛がして来るのである。
 寒さよりも、鳴海は匂いの方が苦手だった。
 ストーブから少し離れて、畳の上に座り、立てた膝《ひざ》に両手をかける。──ストーブが少しずつ熱されて来て、炎が赤く、白く、輝き始める。
 女か。──鳴海は肩をすくめた。
 確かに、三矢絹子も、いい女には違いない。若くもないし、初々しくもないが、「女の匂い」は正に圧倒的なものがある。
 変った夫婦で、亭主の方も、妻が浮気していることを──それも、アパートの独身男性とは一人残らず、何度か寝ていることを、よく知っているのだ。
 それでいて、一向に腹を立てるでもなく、いつもニコニコしている。出張にもよく出るのだが、たいてい、鳴海たちに、おみやげを買って帰ってくる。
 その留守中、妻の方は、誰かと必ず一度は浮気しているというのに……。
 だから、却《かえ》って気味が悪い。亭主の方にマゾっ気があるんじゃないか、などと他の独身仲間と話したりするのだが、実際のところはどうなのか……。
 今夜も、あの絹子が誘いをかけて来たのだ。夕食のおかずが余った、などというのは、もちろん口実である。
 しかし──鳴海は、今夜はとてもそんな気になれない。
「もういいかな」
 と呟《つぶや》いて、立ち上がると、鳴海は窓を閉めた。
 カーテンを引き、少し部屋が暖まるのを待って、着替えをする。
 そうか。ズボンのお尻がほころびてたんだっけ。
 明日にしよう。人を殺した夜は、やはり何もしないで、考えないで眠りたい。
 これぐらいは、禁欲的でニヒルな、スクリーンの殺し屋を真似てもいいじゃないか。
 自分でコーヒーを淹《い》れる。
 鳴海は、アルコールを、まるでやらないわけではないが、そう好きではない。といって、別に酔って警戒心が薄れるのが怖いからではなかった。そんなに四六時中、周囲に気を配っていたら、ノイローゼで入院ということになってしまう。
 昔、十代のころ、働いていた店で先輩たちに無理に酒を飲まされ、ぶっ倒れて危うく命を落としかけた。それ以来、あまり飲み過ぎると自然に頭痛がして来て、黄色の信号の如く、頭の中で点滅して知らせてくれるのである。
 風《ふ》呂《ろ》はもう少し後でいい。──コーヒーが入ると、ブラックのままカップに注いで、鳴海はTVをつけ、その前にカップを持って座った。
 別に何を見るというわけではない。ただ、TVでも点いていないと、部屋の中が殺風景でいけないのだ。
 ゆっくりとコーヒーを飲む。ホッとする時間だ。一つの仕事が終わって……。
 ──終わって?
 TVに、セーラー服の女の子が出ていた。
 そうだ。終わってはいない。見られたのだから。
 自分のヘマは自分でかたをつけるしかない。──見られて、しかも取り逃した。
 こんなことを、とてもボスには言えない。怒鳴られて、報酬をくれないだろう。冗談じゃねえや。あんなに苦労したのだ。せめて少しはぜいたくのできるくらいはもらっておかないと。
「そうだ」
 経費を出さなくちゃ……。全く、やかましいのだ。いちいち、殺し屋が電車賃だのバス代だのを憶えていられるかって!
 しかし、今のボスは、そういう点、細かいのである。食べたラーメンの値段まで、メモにして出さなくちゃならない。
 手がかりが残るから、領収書までもらえとは言わないが、本当なら、ほしいところだろう。
「忘れないうちに、やるか」
 鳴海は、TVをつけっ放しにして、広告のチラシの裏にボールペンで思い出すままに並べて行った。
 バス代、電車賃、電話代、昼食三回、夕食二回……。
 トントン、とドアをノックする音。
「鳴海さん、いる?」
 三矢絹子である。
 いないわけがないじゃないか。──鳴海は、ちょっとため息をついて、
「はい」
 と、返事をした。
 ドアを開けると、絹子が、何やらアルミホイルをかけた皿を手に持っている。
「ケーキを作ったの。食べてもらおうかと思って……」
「すみません、いつも」
 と、鳴海は言った。「じゃ──ちょっと上がりませんか」
 そう言わないわけにはいかない。
 しかし、今日はだめだ。人を殺して来たんだからな。今日は……。
「じゃ、ちょっと──」
 と、絹子は、当然の如く上がり込む。
「ええと──子供さんたちは?」
「もう寝たわ。ぐっすり眠ってるから、大丈夫」
 と、ニッコリ笑う。
 目つきが、もうどこかギラついているのである。
 今夜はだめなんだ。悪いけどね……。
「じゃ、紅茶でもいれましょうか」
「コーヒー飲んでるじゃないの」
「あ、そうか」
 おかしいな、と鳴海は思った。人を殺した日は、そんな気になれないはずだったのに、どことなくうわついている。
「じゃ今、カップに──」
 と、絹子にコーヒーを出す。
 ケーキはなかなか旨《うま》かった。実際、絹子は料理の腕もいいし、子供の面倒もよくみるのだ。浮気さえしなければ、いい女房ということになるだろう。
「──何を書いてたの?」
 と、絹子がメモを覗き込む。
「仕事の経費です」
 と、鳴海は言った。
「ずいぶん細かいのね」
「ケチな会社でしてね」
 と、鳴海は言った。
「ねえ」
「何か?」
「──どう?」
 唐突なのである。それらしいムード作りとか、甘い言葉から入るのじゃなくて、直接来る。
 そりゃ、絹子ぐらいの年齢《とし》になりゃ、それでもいいのかもしれない。しかし、鳴海はまだ独身の三十代である。
 少しは恋のムードというものが必要な年代である。それに今日は、人を殺してきたのだ。
 そう。今日はだめだ。今夜はその気になれない。
「ねえ。どう?」
 と、絹子がすり寄って来る。
 ──結局、鳴海もその気になってしまったのだから、まあ、だらしのない話ではある……。
 それでも、一応は考えていた。
 あのセーラー服の少女を、何とかして見付け出さなくては、と。
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