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殺し屋志願16

时间: 2018-09-06    进入日语论坛
核心提示:15 裏側の女「今度は、うまくやれよ」 と、電話の向うの声は言った。「大丈夫です」 と、鳴海は答えたが、向うが聞いていたか
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 15 裏側の女
 
「今度は、うまくやれよ」
 と、電話の向うの声は言った。
「大丈夫です」
 と、鳴海は答えたが、向うが聞いていたかどうか。
 電話はすぐに切れた。
 ツイてない……。全く、ツイてないことばかりだ。
 寒い日だった。──電話ボックスを出ると、震え上がりそうになる。
 この一か月近く、散々つけ回し、追い回した相手が、いざ殺そうというときに、勝手に発作を起こして死んでしまったのである。──全く、「勝手に」という感じだ。
 おかげで、依頼人は当然のことながら、払ってくれない。一応、かかった経費ぐらいは出すかもしれないが、それも怪しいものだ。
 ともかく、鳴海にとっては、一か月分の仕事がタダ働きに終わってしまったのである。やり切れない気分だった。
 ボスの方は、鳴海がもっと手早くやっていれば、ちゃんと商売になったのに、と不満なのである。しかし、殺す相手がいつ発作を起こして死ぬかなんてことまで、鳴海には分からない。
「──何か食って行くか」
 この寒空に空きっ腹では、ますます惨めな気分になるばかりだ。
 鳴海は、少し若い者向けのレストランに入った。少々ムードにはなじめないが、ただ食べる分には、安くて量がある。
 セットのメニューを注文して、コートのポケットへねじ込んであったスポーツ新聞を広げ、眺めていると、明るい笑い声が耳に入った。
 もちろん、こんな店だから、女の子の笑い声が聞こえてもおかしくない。しかし、その声は、どことなく鳴海の記憶をくすぐった……。
「お母さん、これにすれば?」
 という声。
 鳴海は、まさか、という思いで、顔を上げた。──少し離れたテーブルに、田所佐知子と予史子の二人が、座っていた。
 鳴海は、少しポカンとして、その二人を眺めていた。
 どこかへ買物に出た帰りなのだろう、大きな荷物が空いた椅《い》子《す》の上にドサッと置かれている。
「ええ? 食べ過ぎよ。太っちゃう」
 と、予史子が声を上げると、
「いいじゃないの。少しぐらい太った方が、お母さん、ちょうどいいのよ」
 と、佐知子がたきつけている。「そんなに量はないんだから! ね? 頼んじゃうわよ!──ちょっと、すみません」
 佐知子はウエイターを呼んで、オーダーしている。
 もちろん、親子というには予史子が若すぎる。しかし二人の口のきき方は、仲のいい親子のものだ。
 無理がない。──まるで長い間の仲よしだったかのようだ。
「ちょっと化粧室へ行って来るわ」
 と、予史子が席を立つと、店を出て行った。
 ビルの中に入ったレストランなので、トイレは店を出た廊下にある。
 残った佐知子が、ゆっくりと店の中を見回して──鳴海に気付いた。
 が、佐知子は別にハッとするでもなく、まるで懐かしい友だちに会ったように、ニッコリと笑って見せたのである。
 鳴海の方は、ただ無表情に佐知子へ視線を返しただけだったが、佐知子はわざわざ席を立つと、鳴海のテーブルへとやって来た。
「──一人?」
 と、椅子を引きながら訊《き》く。
「ああ」
「じゃ、ちょっと失礼」
 佐知子は気軽に言って、腰をおろした。
「どうやら、うまく行ってるようじゃないか」
 と、鳴海は言ってやった。
「予史子さんと? そうよ。私たち、お互いによく理解し合ってるわ」
「だから父親を殺したのか?」
 鳴海は低い声で言った。周囲のざわめきの中では、他人に聞かれる心配はない。
「父はね、カッとなると、自分を抑えられない人なの」
 と、佐知子は真顔になった。「あなたも見たでしょ? 予史子さんを殴ったのを」
「うん」
 鳴海も、あのとき予史子が失神したのは、演技などではなかったと知っている。
「父はね、母を殴って死なせたの」
 と、佐知子は言った。
「何だって?」
「私、見ていたのよ。母が、誰か若い男と出歩いてたって、父は凄《すご》く怒って……。それが本当だったのかどうか、私は知らないけど、ともかく父は怒って母を殴ったわ。──まだ父も若くて、ずっと力があった」
「しかし──警察は?」
「事故だという父の言葉を信じてしまったの。殴られたのか、ただ階段を転がり落ちて、あちこちぶつけたのか、判定するのはむずかしいでしょ」
「君は黙ってたんだね」
「まだ十歳そこそこだったのよ。父親のことを人殺しだなんて、怖くて言えなかった。──ただ、私は母親が大好きだったから、決して父親を許さない、と思ったわ」
「なるほど」
 鳴海は、ため息をついた。「──それで予史子と二人で、父親を殺したわけか」
「予史子さんは、とっても母に似てるの。あの人が父にぶたれるのを見ていると、死んだ母がぶたれてるように、辛かった。──あの人も、怖がっていたのよ。父にいつか殺されるんじゃないか、と……」
「僕を殺人犯に仕立てて、か」
「怒ってる?──それは当然ね」
「後で考えて、自分が道化にされてたんだと分かったときはカッとなったよ。──君らを殺してやろうかと思った」
「そうしたら?」
 と、佐知子は言った。「二人、一度には殺せないわよ。一人でも殺されたら、あなたのことを、残った一人が何もかも警察へしゃべるわ。もちろん父を殺したのも、あなただって」
 鳴海は苦笑した。──腹も立たない。
「とんでもない女の子と知り合ったもんだ」
 と、首を振って、「君は初めからそのつもりだったのか?」
「まさか。最初は、あなたが、どこかの男をあの林の中へ連れ込むのを見かけて、何だろうと思って覗《のぞ》きに行ったのよ。──びっくりしたわ」
「僕のことを──」
「強盗ぐらいに思ってたの。でも、あのコンサートへ来たのを見て、私の口をふさぎに来たんだな、って……。どうやったら逃げられるかしら、と必死で考えたのよ」
「一一〇番すれば良かった」
「警察は嫌い。母が死んだときも、ただ父の話を鵜《う》呑《の》みにして。信用しちゃいけない、と子供心に思ったのよ」
「で、継母を殺したい、って話を作り上げたのかい?」
「あなたが、仕事で人を殺す人だってことを確かめたかったし、そうすれば予史子さんを巻き込めるでしょ」
「彼女が僕に近付いて来たのも、計画の内か」
「そう。あなたがすぐに予史子さんを殺しちゃっても困るでしょ。父は日本にいないことも多いし。いい機会が来るまで、あなたを迷わせておかなくちゃいけなかったもの」
「あの別荘に行ったのも、もちろん分かっててのことか」
「ええ。あなたと私たち、それに父……。四人揃《そろ》って、しかも誰の目にもつかない。私と予史子さんはあの晩は二人で自宅にいたことになってるんだもの。ああいう場所でなきゃいけなかったのよ。──後はあなたが父を殺したと思わせれば……」
「捕まったら、何もかもしゃべったかもしれないじゃないか」
「あなたの話を信用する人、いないと思うけどな」
 と、佐知子はアッサリ言った。「予史子さんが遊園地で、あなたといる所を知人に見られた、って言ったのは、もちろん嘘《うそ》なのよ」
「──なるほど」
 ここまでみごとにやられると、鳴海は苦笑いするしかなかった。
「それに、私、きっとあなたのことだから、警官隊とやり合って死ぬんじゃないかと思ってたわ。うまく逃げたのね」
「運が良かったのさ」
 そう。あまり凶悪犯を扱いつけていない、田舎の警察が相手だったのが幸いしたのだ。それに、はっきりした指紋も出なかった。指紋が鮮明に出ていたら、たちまち鳴海は全国に指名手配されていただろう。
「あのとき、警察に連絡したのは誰なんだ?」
「予史子さん。うちへ別荘の父から電話がかかって、誰か怪しい人間がうろついてるようだって言って来た、と一一〇番したの。ただ、その連絡が行くのが、少し遅れたようね」
「おかげで、僕は助かったわけだ」
 鳴海は、肩をすくめた。「──もう怒っちゃいないよ。こんな仕事をしてりゃ、いつ人に騙《だま》されても文句は言えない。騙される方が悪いんだ」
「そう言われると、心苦しいわ。食事、おごりましょうか」
「結構。毒でも入れられると、怖いからね」
 と、鳴海は笑って言った。
「信用してないのね。──あ、予史子さん、戻って来た」
 と、佐知子は振り向いた。
 予史子は、佐知子の姿が見えないのに戸惑った様子で見回し、そしてすぐに鳴海に気付いた。佐知子が平然としていたのに比べ、予史子はギクリとしたようだった。
「じゃ、席へ戻るわ」
 と、佐知子は立ち上がった。「もう会うこと、ないかもしれないわね」
「たぶんね」
 鳴海は肯《うなず》いて 、「ただ、一つ忠告しておくよ」
「何を?」
「今、君らはお父さんの財産でのんびり暮らしているんだろう。しかし、いつまでもそんな生活は続かないよ」
「お説教?」
「そうじゃない。殺人ってのは、くせになるんだ。一度うまく行くと、二度目、三度目、と、どんどん気が楽になる。──気を付けることだね。ずっと無事でいたいと思えば、二度とやらないことだ」
 佐知子は、ちょっと冷ややかな目で、鳴海を見下ろすと、
「よく憶えておくわ。それじゃ」
 と会釈して、席へ戻って行った……。
 料理が運ばれて来て、鳴海は食事しながら何度か佐知子たちのテーブルへ目をやったが、二人は屈託なく笑い合って、一度も鳴海の方を見ようとしなかった。
 ──一人だから、食事もすぐに終わる。
 鳴海は先にレストランを出た。外で待っていて、後を尾《つ》けようか、とも思った。
 腹を立てていないわけではなかった。しかし、たとえ佐知子や予史子を殺したところで、鳴海には一文にもならないし、危険が増えるだけだ。
 ──もう忘れよう。
 俺は殺しのプロなんだ。アマチュアを相手に本気で怒っても仕方ない。
 鳴海は肩をすくめて、冷たい風の中を歩き出した。
 
 六時を、少し回っていた。
 朝の六時だ。──殺し屋といえども、いつも夜ばかり仕事をしているわけではない。
 今日の仕事は、サラリーマン。いや、鳴海がサラリーマンをやるのではないが、殺す相手がサラリーマンで、鳴海の方も、朝の通勤電車で、目立たないように相手を見張るには、サラリーマン風のスタイルになる必要があった。
 一応、そんなときのために、背広、ネクタイ、白ワイシャツという服装は揃《そろ》えてある。あまりバラエティはないが、何日も演《や》るわけじゃないのだから、充分だろう。
 きちんとヒゲを剃《そ》り、髪もドライヤーでセットして、まずはどこから見てもサラリーマンである。
「これでいいかな……」
 と、鏡を見て呟《つぶや》いていると、電話が鳴り出した。
「──はい。──どなた?」
「鳴海か。俺だよ」
「やあ、珍しいな」
 同業の男だ。声に特徴があるので、すぐに分かる。
「朝っぱらから、すまん」
「何か用か? どうせこっちは朝の仕事だ」
「そうらしいな。ボスから聞いたよ」
「何か用でも?」
「実はな……。若い女に、お前のことを詳しく訊かれたんだ」
「若い女?」
「うん。──どうも今思うと、俺の仕事も知ってたようだ。こっちは酔ってて、ボーッとしてたんだが」
「何の話をしたんだ?」
「それがよく憶えてないんだが……。何しろ酔って、ベッドへ入ってからのことでね」
「ベッドへ……。じゃ、その女と寝たのか」
「女、というより、娘、だな。一七、八じゃないか。名前は聞かなかったけど」
 佐知子だ、と直感的に思った。他には考えられない。
「で、何を話したんだ?」
「うん……。何だかお前の仕事のこととか……。よく分からないんだ。お前、そんな女の子に思い当ること、あるのか?」
「まあね」
 と、鳴海は言った。「その女は人を殺してるんだ」
「何だって?」
 相手が仰天している。
「父親をね。お前も殺されなくて良かったじゃないか」
「本当か、おい!」
「確かだ。──俺のことを殺してくれ、とは言わなかったか?」
「そこまでは言わなかった、と──思うけどな」
「そうか。いや、分かったよ。気を付ける」
「そりゃ悪かったなあ。まさかあんな小娘が──」
「いいんだ」
 と、鳴海は微笑《ほほえ》んで 、「俺もコロリと騙《だま》された。大した娘なんだよ」
「やれやれ」
 と、向うはため息をついて、「誰も信じられない世の中だな」
 殺し屋の言葉にしちゃ妙だ、と思って、鳴海は笑った。
 ──電話を切ると、時計に目をやる。
 もう出かけた方がいい。決まった電車に乗らなくてはならないのだ。
 部屋を出て、階段を下りて行くと、三矢絹子と会った。
「あら」
 と、絹子は目を丸くして、「今日はまた──珍しいわね、その格好。誰かと思っちゃった!」
 と、オーバーに驚いて見せる。
「僕だって、背広ぐらい持ってますよ」
「ずいぶん早いじゃないの。どこかにお勤めすることになったの?」
「いや、そうじゃないんです。ただ、約束がありましてね。──じゃ」
「行ってらっしゃい。気を付けて」
 と、言って歩きかけた絹子は、「ね、鳴海さん」
「何です?」
「今夜、お食事は?」
 どうやら背広姿の鳴海が、新鮮だったらしい。
 ──鳴海は、かなり余裕を持って出たつもりだったが、毎日通勤していない者の悲しさで、道路の混雑でバスは二倍も時間がかかり、しかも駅へ着いてから急ごうにも、階段もホームも、人で一杯だった。
 かなり焦ったが、それでも何とか、目指す電車に乗ることができた。
 今度の相手は、会社をいくつも持っている金持ちなのだが、必ずこの電車で通っているのである。
 車両も、場所も決まっている。──殺すのは今日ではないが、まず相手を確かめる必要があった。
 しかし、乗ってみると、信じられないような混雑。
 鳴海は、ドアの前に立っていて、ドッと反対側のドアから乗って来た客たちの圧力を、もろに受けた。
「かなわねえな、畜生!」
 と、思わずこぼしたところへ、一七ぐらいの女学生が、ギュッと胸を押し付けて来て、ギョッとした。
「あ……」
「いや、どうも──」
 女学生というと、つい警戒してしまう。しかしその娘は、いかにも明るい素直そうな子に見えた。胸のふくらみが鳴海の胸に押し付けられて、少し恥ずかしそうに笑っている。
 爽《さわ》やかな笑いだった。──やがて鳴海は、この少女に、自分の死を見守ってもらうことになるのだが、今はそんなことを考えてもいなかった。
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