日语童话故事 日语笑话 日语文章阅读 日语新闻 300篇精选中日文对照阅读 日语励志名言 日本作家简介 三行情书 緋色の研究(血字的研究) 四つの署名(四签名) バスカービル家の犬(巴斯克威尔的猎犬) 恐怖の谷(恐怖谷) シャーロック・ホームズの冒険(冒险史) シャーロック・ホームズの回想(回忆录) ホームズの生還 シャーロック・ホームズ(归来记) 鴨川食堂(鸭川食堂) ABC殺人事件(ABC谋杀案) 三体 失われた世界(失落的世界) 日语精彩阅读 日文函电实例 精彩日文晨读 日语阅读短文 日本名家名篇 日剧台词脚本 《论语》中日对照详解 中日对照阅读 日文古典名著 名作のあらすじ 商务日语写作模版 日本民间故事 日语误用例解 日语文章书写要点 日本中小学生作文集 中国百科(日语版) 面接官によく聞かれる33の質問 日语随笔 天声人语 宮沢賢治童話集 日语随笔集 日本語常用文例 日语泛读资料 美しい言葉 日本の昔話 日语作文范文 从日本中小学课本学日文 世界童话寓言日文版 一个日本人的趣味旅行 《孟子》中日对照 魯迅作品集(日本語) 世界の昔話 初级作文 生活场境日语 時候の挨拶 グリム童話 成語故事 日语现代诗 お手紙文例集 川柳 小川未明童話集 ハリー・ポッター 新古今和歌集 ラヴレター 情书 風が強く吹いている强风吹拂
返回首页
当前位置: 首页 »日语阅读 » 日本名家名篇 » 赤川次郎 » 正文

殺人はそよ風のように12

时间: 2018-09-06    进入日语论坛
核心提示:11 人《ひと》違《ちが》いの誘《ゆう》拐《かい》 「日本の警察って、あれで大《だい》丈《じよう》夫《ぶ》なのかしらね?」
(单词翻译:双击或拖选)
 11 人《ひと》違《ちが》いの誘《ゆう》拐《かい》
 
 「日本の警察って、あれで大《だい》丈《じよう》夫《ぶ》なのかしらね?」
 浜子は、柄《がら》にもなく憂《うれ》えて見せた。
 「本当だな」
 と、克彦が言った。
 門倉が帰ったのは、一時間後だった。克彦も夏美も、奥《おく》で聞いているだけで、いい加減に疲《つか》れてしまったのである。
 「あの調子で、朱子さんの所へ行って、私の下着の色なんて質問したら、廊《ろう》下《か》へ叩《たた》き出されちゃうわよ」
 と、夏美も苦《にが》笑《わら》い。
 「何考えてんだろう?」
 「ともかく、考えてもむだよ。訊《き》くわけにいかないんだもの」
 と、浜子は言って、「さて、さっきの話の続き——」
 「私が知りたいのは、永原さんを殺す動機のあった人がいるか、ってことなんです」
 と、夏美は言った。「もちろん、刑《けい》事《じ》さんにも訊かれたんでしょう?」
 「そうよ。もちろん、心当たりは全《まつた》くありません、って答えといたけど。——たいてい、残された妻って、そう答えるじゃない? 心当たりがあるなんて言うと、つまりは、人に恨《うら》まれる人間だった、ってことだもんね」
 なかなか面《おも》白《しろ》い発《はつ》想《そう》をする人だ、と克彦は感心した。いや、感心してちゃいられないのだ。
 「私と永原が、表面上だけの夫《ふう》婦《ふ》だったなんて、いちいち刑事に説明しても仕方ないものね」
 「ええ。——すると実際には、何か心当たりがあるんですね?」
 「そうねえ……。はっきり誰《だれ》とは言えないわよ」
 「一つは私の移《い》籍《せき》のことがあると思うんですけど」
 「そうね。それは永原からも聞いてたわ。もちろん極《ごく》秘《ひ》ってことでね。あの人も、ずいぶん慎《しん》重《ちよう》に動いてたようだった」
 「私は、なかなか永原さんと二人になることがないんです。だから、詳《くわ》しいことは聞けず終《じま》いで。——何か感《かん》触《しよく》は確かなように聞いたんですけど」
 「そうらしいわ。つい四、五日前に、結構得意そうにしてたからね」
 「そのことが、たとえば社長の松江さんや、安中さんに知れてるってことは、ありませんでしたか?」
 「なかった——と思うわよ」
 と、浜子は首をひねって、「もちろん、私にもはっきりした返事はできないけどね」
 「少なくとも、永原さんは、気付かれてない、と——」
 「そう思ってたわね」
 「でも——」
 と、克彦が口を挟《はさ》んだ。「それが殺人の動機にまでなるかな?」
 「ならないとは言えないわ」
 と、浜子は言った。「カッとなれば、殺すことだってある。冷静に考えりゃ、やらないことでもね。——それに、これは莫《ばく》大《だい》なお金が絡《から》んでるわけだもの。夏美が動けば、何十億って収入がごっそりと他《ほか》のプロダクションへ入る。人一人殺すには、充《じゆう》分《ぶん》すぎる金額よ」
 そんなものかな、と克彦は思った。
 僕《ぼく》だったら、いくらお金が入るったって、人までは殺さないけど。——まあ、ゴキブリ一匹《ぴき》ぐらいなら、殺してもいいけどね。
 「他に何か、思い当たることは?」
 と、夏美が言った。
 「そうねえ。これは、私がはっきり確かめたことじゃないんだけど——」
 と、浜子はためらいがち。
 「何ですか?」
 「あの人ね——このところ、女《ヽ》性《ヽ》に《ヽ》も《ヽ》興味を持ち始めたみたいなのよ」
 夏美は意外そうに、
 「本当ですか?」
 と言った。「そんなことってあるのかしら?」
 「あるわよ、もちろん。現に、男も女も大《だい》丈《じよう》夫《ぶ》って人が沢《たく》山《さん》いるし。——もちろん私はだめなんだけど」
 「それは——つまり、永原さんに女性の恋人ができた、ってことですか?」
 「そうだと思うわ。いつだったか、いやに香《こう》水《すい》の匂《にお》いをさせながら帰って来たことがあったの。そりゃ、商売柄《がら》、そういうこともなかったわけじゃないわ。でも、冗《じよう》談《だん》半分に『あら、彼《かの》女《じよ》でも出来たの?』って訊《き》いたら、凄《すご》くどぎまぎして、『そんなはずがないじゃないか』って……。そのときのあわてぶりが、どうもおかしかったのよ」
 夏美は肯《うなず》いて、
 「相手が誰《だれ》かは分かりません?」
 「そこまではね。興味もなかったし」
 と、浜子は肩《かた》をすくめる。
 「そうですか……」
 夏美は、少し考え込《こ》んでいたが、「——永原さんの、本《ヽ》来《ヽ》の《ヽ》恋《ヽ》人《ヽ》の方は、誰なんでしょう?」
 と訊いた。
 「男の? それは知らないわ」
 「どんな男とか、何をしてるとか。——どんなことでもいいんですけど、何かありません?」
 「それだけは、お互《たが》いに秘密を尊重してたし、関心もなかったからね」
 「そうでしょうね」
 夏美は、ちょっとがっかりした様子。
 「ああ、そうか。あんたの考えたことが分かったわ。つまり、永原に女の恋人ができて、本《ヽ》来《ヽ》の《ヽ》恋人が嫉《しつ》妬《と》した、ということね」
 「あり得ると思うんです」
 「それはあるでしょうね。特にこういう世界では、独《どく》占《せん》欲《よく》とか嫉《しつ》妬《と》心《しん》が、普《ふ》通《つう》の男女の恋愛よりずっと強いものだから」
 「持物とか、遺《のこ》した物の中に、手がかりはありませんか?」
 「一応、ざっと整理はしたけど……」
 と、浜子は考えて、「それらしいものはなかったわね。大《だい》体《たい》、ここ、掃《そう》除《じ》なんかを、通《かよ》いのお手伝いさんに頼《たの》んでるでしょう? 覗《のぞ》かれて困るようなものは、何も置かないことにしてたのよ」
 「じゃ、事務所とか、そっちにあったかもしれませんね」
 「そうね。その可能性はあるわ。向こうにはまだ顔を出してないから」
 夏美は少し間を置いて、
 「——分かりました。どうもありがとう」
 と頭を下げた。
 「いいのよ。でも、大変ねえ、これからどうするの?」
 「何とか、手がかりをたぐってみます。そして犯人を……」
 「充《じゆう》分《ぶん》用心してね。あんた、かけがえのない体なんだから」
 「ありがとうございます」
 夏美は微《ほほ》笑《え》んだ。
 克彦は、何となくホッとした。そこに、ブラウン管でいつも見なれた夏美の笑《え》顔《がお》があったからだ。
 
 「——いないわ」
 約束の場所へ来て、夏美は周囲を見回した。
 「あいつ、どこか場所を間《ま》違《ちが》えたんじゃないかな」
 と、克彦が言った。
 もっとも、もしこの言《こと》葉《ば》を千絵が聞いていたら、怒《おこ》るだろう。
 何しろ、どっちかといえば兄の克彦のほうが、凄《すご》い方向音《おん》痴《ち》なのだ。千絵はその点、しっかりしている。
 「でも、朱子さんもいないわ。——ね、ここにいてくれる? 私、電話をかけてみるから」
 「うん、いいよ」
 その程度なら、お安いご用だ。
 夏美は、しばらく歩いて、やっと公衆電話を見付けた。
 マンションへかけてみる。すぐに受話器が上がった。
 「朱子さん? 私よ」
 「夏美さん! ごめんなさい! 出ようとしたら、記者に捕《つか》まっちゃったの。それを振《ふ》り切って出たら、今度はぴったりと尾《つ》けられちゃって。——ついに買物して帰って来ちゃったのよ」
 「いいのよ。事情はよく分かってるわ」
 「どこか——夜になってからなら……」
 「うん。実は、そのこともあってね。あなた、事務所の鍵《かぎ》は、まだ持ってるでしょ?」
 「ええ、もちろん」
 と、朱子は不《ふ》思《し》議《ぎ》そうに、「でも、どうして?」
 「今夜、事務所へ来て。中へ入って、調べたいものがあるの」
 「いいけど……。何をするつもり?」
 「そのとき説明するわ。今夜、十二時に」
 「真夜中に?」
 「誰《だれ》もいなくなるのは、そんなものでしょ?」
 「分かった。何とかして行くわ」
 「お願いね。気を付けて」
 「私のセリフだわ」
 と、朱子は言って、ちょっと笑った。
 ——夏美は、克彦が待っている場所へと戻《もど》った。
 「何だ、そうだったのか」
 と、克彦は、話を聞いて、「じゃ、千絵の奴《やつ》、待ち呆《ぼう》けで、帰っちまったんだ、きっと」
 「悪いことしちゃったわね」
 「いいんだよ。じゃ、一《いつ》旦《たん》家へ戻る?」
 「そうね。じゃ、夜、また出かけるわ」
 「おともするよ」
 「だめよ! 夜中なのよ」
 「君のためなら、何時までだって起きてるよ」
 克彦としては、精一杯のサービスであった。
 「——おかしいな」
 家へ戻って、克彦は首をひねった。「千絵の奴《やつ》、どこをうろついてるんだろう?」
 千絵も、母親の雅子も、まだ帰っていなかったのだ。
 「いいじゃないの。きっと、どこかに寄り道してるのよ」
 と、夏美は言った。「十六か。——若いっていいわね」
 「変だよ、そんなの」
 と、克彦は笑って、「君と一つしか違《ちが》わないんだぜ、あいつ」
 「私はもうトシだわ」
 夏美は、ソファに身を沈めて、「仕《ヽ》事《ヽ》ってものを持つようになると、人間は急に一年に何歳《さい》もトシを取るのよ」
 「そんなものかなあ」
 「あなたにも、いつか分かるわ。社会へ出たときにね」
 克彦は苦《にが》笑《わら》いして、
 「年下の君に、お説教されるとは思わなかったなあ。——あ、ごめん、それがいやだって言ってんじゃないよ」
 「分かってるわ」
 夏美は微《ほほ》笑《え》んで、「子供が大人《おとな》になる。その、ちょうどむずかしい時期に、私たち、みんないるんですものね」
 と言った。
 「でも、君はずっと年上に思えるよ」
 と、克彦は真顔で言った。
 「そうでしょうね。年《ねん》齢《れい》は時間じゃなくて、経験で取っていくものなのよ。その点でいえば、私は貧《びん》乏《ぼう》もしたし、お金も稼《かせ》いだし、働いてるし、大人たちのいい面、悪い面、みんな見て来たわ。——大人になるのには充《じゆう》分《ぶん》な経験よ」
 彼《かの》女《じよ》、ずいぶん辛《つら》い思いをして来たんだなと、克彦は思った。
 TVなどで見ていると、いかにも年《ねん》齢《れい》相応に若々しいが、こうして間近になると、その素顔は、ひどく大人びている。
 そういえば、夏美の過去——というと大げさだが、要するに、プライベートな部分は、ほとんど知られていない。
 両親が何をしていて、兄弟は何人なのか、どこに住んでいるのか、どこにも出ていない。世間では、謎《なぞ》めいた雰《ふん》囲《い》気《き》を作るために、プロダクションが、わざと隠《かく》しているのだと噂《うわさ》していた。
 しかし、こんな風に、十七歳《さい》で、大人《おとな》のような落ちつきを感じさせるのは、本当に人に明かしたくないような、辛い生活を経験したからかもしれない、と克彦は思った。
 「あの——コーヒーでも淹《い》れようか」
 「ありがとう。いただくわ」
 「じゃ、ちょっと待ってて」
 克彦は、いそいそと台所へ行って、湯を沸《わ》かした。
 ドリップで、コーヒーを落としていると、ふと、何かのメロディが、洩《も》れ聞こえて来た。
 夏美だ。ハミングしている。——そのメロディは、あのとき、克彦がベランダで録音した歌のものだった。
 あれは何の歌だろう? 克彦は、夏美に訊《き》いてみたかったが、彼《かの》女《じよ》のほうから、訊かないでくれと言われている。
 そう言われると、却《かえ》って知りたくなるのも事実だ。
 そうだ。——なぜ彼女が、わざと下手に歌っているのかは訊かず、何という歌なのかだけ訊くのは構わないんじゃないか。
 多少こじつけめいてはいたが、克彦はコーヒーカップを夏美の前に置いて、
 「それ、いい歌だね」
 と言ってみた。
 「え?」
 夏美は戸《と》惑《まど》い顔。
 「今、口ずさんでたろう? そのメロディさ。何て歌なの?」
 夏美はゆっくりとコーヒーをすすって、
 「哀《かな》しい歌なのよ。オペラのアリアなの」
 「やっぱり! そうじゃないかと思ってたんだ」
 「あら、分かるの?」
 「いや——そうでもないけど」
 「私は、好きだったわ。小さい頃《ころ》から」
 と、夏美は、少し視線を遠くへ向けて、「ただ、なかなかオペラなんて、耳にする機会がないでしょう。だから……」
 「でも——」
 と、話をつなごうとしたとき、電話が鳴り出して、克彦は内心舌打ちした。
 きっと千絵の奴《やつ》だ。どこをふらついてんだか……。
 「はい、本堂です」
 と克彦が出ると、
 「もしもし」
 と、千絵の声とは程遠い、男の声がした。
 「はい」
 「克彦ってのは?」
 「僕《ぼく》ですけど——どなたですか?」
 「俺《おれ》のことはいいんだ」
 「はあ?」
 何のことだ? 克彦はいたずら電話なのかと思って、首をひねった。
 「彼《かの》女《じよ》は俺《おれ》の所でしばらく預かるからな」
 「彼女?——彼女って?」
 「分かってるくせに、とぼけるなよ」
 「分かりませんよ。何の話ですか?」
 「よし、待ってろ。今、代ってやる」
 ——やや沈《ちん》黙《もく》。何やらガサゴソやっている気配がする。と思ったら、
 「もしもし」
 と、千絵の声だ。
 「何だお前——」
 と、克彦が言いかけるのを遮《さえぎ》って、
 「克彦さんね。私、星沢夏美よ」
 と、千絵が言った。
 「おい、千絵——」
 「私、誘《ゆう》拐《かい》されたの」
 「何だって?」
 克彦は目を丸くした。
 「でも大《だい》丈《じよう》夫《ぶ》。危害は加えられてないから。克彦さん、分かる?」
 「おい、これが悪い冗《じよう》談《だん》なら、後でぶっとばしてやるぞ」
 「克彦さん、向こうは、私がリサイタルに出られないように、閉じ込めておきたいらしいの。だから、それが過ぎれば、ちゃんと返してくれる、って約束してくれてるわ。だから、心配しないで」
 「おい……」
 どうやら、冗談じゃないらしいと分かると、克彦は青くなった。「つまり、お前が夏美さんと間《ま》違《ちが》えられて——」
 「そうなの。じゃ、よく分かったわね? 決して捜《さが》さないで」
 「おい、お前——」
 ガタゴト音がして、また男の声に代った。
 「いいか、今聞いたように、お前の大事な彼《かの》女《じよ》は、こっちが預かってる。心配にゃ及《およ》ばないぜ」
 これが心配せずにいられるか!
 「おい、待てよ! 一体あいつ——いや、夏美さんをどうする気だ!——おい!」
 電話は切れてしまった。
 克彦はポカンとしていた。——今のは本当の電話だろうか? 空《そら》耳《みみ》じゃないのか?
 「どうしたの?」
 夏美が心配そうにやって来る。
 「いや——あの——」
 「私と間《ま》違《ちが》えられたとか言ってたわね。誰《だれ》のこと?——千絵さんね?」
 克彦は肯《うなず》いた。
 「誰《だれ》かに誘《ゆう》拐《かい》されてるんだ」
 克彦の話に、夏美は、息を呑《の》んだ。
 「どうしましょう! じゃ、きっと朱子さんと待ち合わせた場所へ行ったから、てっきり私だと思われて——」
 「でも、今どき、君の顔を知らない奴《やつ》がいるのかなあ」
 「そんなこと、どうだっていいわ!」
 夏美は、居間の中をやたらと歩き回った。
 「変だわ。——私と朱子さんがあそこで待ち合わせることを、どうしてその男が知ってたのかしら?」
 「それもそうだね」
 と、克彦は言った。「その朱子さんって人は信用できるの?」
 「絶対よ」
 と、夏美は即《そく》座《ざ》に言った。「それに、彼《かの》女《じよ》とはさっき電話で話したばかりじゃないの。もし、誘《ゆう》拐《かい》に加わってるのなら、人《ひと》違《ちが》いと分かるはずよ」
 「あ、そうか」
 「そんな呑《のん》気《き》なこと言って! 妹さんが危いのに」
 「あいつなら大《だい》丈《じよう》夫《ぶ》だよ。しっかりしてるから、きっと自分で——」
 「ごめんなさい」
 夏美は、息を吐《は》いた。「——私のせいで、こんなことになっちゃったのに、偉《えら》そうな口をきいて。でも、どうすればいいかしら?」
 「うん……。困ったね」
 克彦としても、どう考えていいのか、分からないのである。
 「——その犯人は、私のリサイタルの日が過ぎたら、返してやる、と言ったのね?」
 「そうらしいよ」
 「じゃ——一週間あるわ。でも、その間に、間違いに気付くことだってあるかもしれない……」
 「そうだね」
 「そうなったら……。犯人は千絵さんをどうするかしら?」
 「返して寄こすだろ」
 克彦も、割合に呑《のん》気《き》なのである。
 「そんな!——でも、間《ま》違《ちが》いだと言ってやりたくても、向こうからは、身《みの》代《しろ》金《きん》の請《せい》求《きゆう》もないわけだし……」
 「でも、間違いと分かったら、また君が狙《ねら》われるよ」
 「妹さんが大切じゃないの! 私のことなんかどうでもいいわ」
 「そんなわけに行かないよ」
 と、克彦は言った。
 柄《がら》に似ず、頑《がん》固《こ》なところもあるのである。
 「あいつは自分から、人違いだとは言わないで、身《み》代《がわ》りになったんだ。そりゃあ——心配にはなるけど、もし君を差し出して、あいつを助けたりしたら、僕《ぼく》があいつに殺されちゃうよ」
 夏美が、じっと克彦を見つめた。厳《きび》しくて、でも暖かい——いや、ほとんど「熱い」と形容できる眼《まな》差《ざ》しだった。
 そして、いきなり夏美は克彦に抱《だ》きついた。克彦は顔を真っ赤にして、どぎまぎするばかりである。
 夢《ゆめ》の中では、何度もこういう場面があったのだが、いざ現実となると対応しきれない。それに——これは恋の抱《ほう》擁《よう》じゃない、感謝の抱擁だということが、分かってもいたからだろう。
 「——ありがとう」
 夏美は、ゆっくりと克彦から離《はな》れた。「いい人ね。あなたも千絵さんも」
 「お人好しで損ばっかりしてんだ」
 と、克彦は笑いながら言った。
 「笑ってる場合じゃないでしょ」
 「あ、そうだ」
 「——ともかく、千絵さんのほうは、調べようがないわ。でも——私がリサイタルに出られないようにするために、あんなことまでするというのは……」
 夏美は、考えこんだ。
 「それで——」
 克彦が、おずおずと言った。「今夜はどうするの?」
轻松学日语,快乐背单词(免费在线日语单词学习)---点击进入
顶一下
(0)
0%
踩一下
(0)
0%