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殺人はそよ風のように16

时间: 2018-09-06    进入日语论坛
核心提示:15 暗い夜、海の底に 朱子は、そっと、仕切りの外側をまたいで隣《となり》のベランダへと入り込んだ。 入るのは簡単だった。
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 15 暗い夜、海の底に……
 
 朱子は、そっと、仕切りの外側をまたいで隣《となり》のベランダへと入り込んだ。
 入るのは簡単だった。——問題はこの後である。
 ベランダから、どうやって部《へ》屋《や》の中へ入るか。あの男に気付かれないように、だ。
 朱子は、しばらく、ベランダにしゃがみ込んで、中の様子をうかがった。
 いくらカーテンがひいてあっても、まだ外は明るい。朱子の影がカーテンに映ってしまうだろう。
 しばらく耳を澄《す》ましていたが、何の物音もしない。——このままじっとしていても始まらない。
 朱子はガラス戸に手をかけてみた。——開くはずがない、と思っていたが……案に相《そう》違《い》して、スッと動く。
 どこか抜《ぬ》けてるんだ、あの男。
 朱子は中へ入った。
 居間だ。坂東の部《へ》屋《や》らしく、というべきか、何とも悪《あく》趣《しゆ》味《み》な飾《かざ》りつけだった。
 ちょっと妙《みよう》な気がした。——どことなく、見たことのある部屋という印象なのだ。
 どうしてだろう。
 ともかく、のんびり眺《なが》めているヒマはない。朱子は、用心深く、ドアの一つをそっと開けてみた。
 大《だい》体《たい》、広さは違《ちが》うが、間取りの基本的なパターンは同じだから、どこがどうなっているかは、見当がつく。
 ここは寝《しん》室《しつ》のはずだ。——グォーッという音。
 怪《かい》獣《じゆう》でもいるのかと思ったが——まさか!
 ——あの男が、ベッドで引っくり返って眠《ねむ》っているのだった。ひどいいびきだ。
 鼻でも悪いんじゃないかしら、と、朱子はいらぬ心配をした。
 これだけグッスリ寝《ね》ていれば、まず気付かれる心配はあるまい。
 そうそう沢《たく》山《さん》部屋があるわけではないから、捜《さが》すのにも、そう手間はかからなかった。
 二つ目のドアを開けて、朱子はハッとした。一《いつ》瞬《しゆん》、夏美がいるのかと思ったのだ。
 少し小さめの寝《しん》室《しつ》で、窓のない部屋だった。
 ベッドに誰《だれ》かが寝《ね》ている。
 明りを点《つ》けると、
 「ウッ」
 という、くぐもった声。
 少女が、ベッドに寝かされていた。手足を縛《しば》られて、ベッドの柱につなぎ止められている。猿《さる》ぐつわをかまされ、声を出せないようにしてある。
 ひどいことをして!
 朱子は、駆《か》け寄って、少女の猿ぐつわを外してやった。
 「大《だい》丈《じよう》夫《ぶ》?」
 「ありがとう。——あの男は?」
 「眠《ねむ》ってるわ。あなたどうしてこんなことに——」
 朱子は、急いで縄《なわ》を解《と》きながら言った。
 「星沢夏美と間《ま》違《ちが》えられて……」
 「夏美さんと?」
 「あ。——あなた、大内朱子さんっていうんでしょ?」
 「そう。よく知ってるわね」
 「夏美さんから聞いたの。私、本堂千絵」
 「本堂……。ああ、じゃ、あなた……。ともかく、そんな話は後でいいわ。早くここから出ましょう」
 「待って……。手足がしびれて——」
 千絵は、顔をしかめて、自由になった手足を、動かそうとした。
 「いいわ、おぶってあげる」
 と、朱子は言った。
 そこへ、
 「その必要ないわよ」
 と声がした。
 隣《となり》の部《へ》屋《や》の奥《おく》さんが立っていた。
 「奥さん……」
 朱子が当《とう》惑《わく》顔《がお》で、「どうして入れたんですか?」
 「この人、ここの持主の愛人なのよ!」
 と、千絵が言った。
 朱子が愕《がく》然《ぜん》とした。——あの男が、ナイフを手に、現われた。
 「また逃《に》がすところだったじゃないの!」
 「すみません」
 「お客さんが一人増えたわ。用心して、逃げられないようにね」
 と、「坂東の愛人」は言った。
 そうか。——どうも居間が見たことのある飾《かざ》りつけだったと思ったのは、隣と、よく似ていたからだ。
 朱子は、その男を突《つ》き飛ばして、逃げようかと思った。
 「下手《へた》に逃《に》げたりしないことね」
 と、女が言った。「あんたが逃げたら、この女の子の顔に、一生消えない傷《きず》が残ることになるわよ」
 朱子は、青ざめた顔で、迫《せま》って来るナイフを見つめていた……。
 
 「おかしいな」
 と、克彦は、家の中を一回りして、首をかしげた。
 夏美がいない。どこへいったんだろう? 出かけるにしても、言って行くだろうけど……。
 心配だった。まさか、夏美まで誘《ゆう》拐《かい》されたってことはないだろうが。
 「——どうしたんだい?」
 玄《げん》関《かん》で、仁科が言った。
 「あ、いけねえ! 忘れてた! どうぞ上がって下さい」
 「おいおい——」
 仁科は笑いながら、「僕《ぼく》に大切な話があると言っといて、忘れちゃった、はないだろう」
 と、上がり込《こ》んだ。
 克彦は、仁科になら、夏美のことを打ち明けてもいい、と思ったのである。仁科なら、きっと力になってくれる。
 そう思って連《つ》れて来たのだが、肝《かん》心《じん》の夏美がいないのでは、どうも話がしにくい。
 「もうすぐ戻《もど》って来ると思うんです。座って下さい」
 「誰《だれ》が? 妹さんかい?」
 「千絵の奴《やつ》、今、誘《ゆう》拐《かい》されてんです」
 「何だって?」
 仁科が目を丸くした。
 「星沢夏美と間《ま》違《ちが》えられて」
 「君の妹さんが?」
 「ええ、星沢夏美が、今、うちにいるんですよね」
 克彦の説明が悪いせいか、仁科はポカンとしている。——電話が鳴り出して、克彦が飛びついた。
 「——はい、本堂です。——夏美さん! どこにいるの?——え? 何だって?」
 克彦は仁科を手招きした。
 「——ごめんなさい。勝手に出てしまって」
 夏美の声は、落ちついていた。「でも、これ以上、あなたにご迷《めい》惑《わく》はかけられない」
 「待ってよ。ねえ、例の仁科さんって記者の人に、事情を打ち明けて、力になってもらおうと思うんだ。今ここに来てる。——ねえ、戻《もど》っておいでよ」
 仁科が、耳を寄せて、話に聞き入っていた。
 「——これは、やっぱり私一人でやらなきゃいけないことだわ。私個《ヽ》人《ヽ》の問題なの」
 「個人の……。それは、どういう意味?」
 少し間があった。——仁科が、受話器を取ると、
 「もしもし、夏美君かい? 僕《ぼく》は仁科というんだ。君は憶《おぼ》えてないだろうけど——」
 「よく憶えてます」
 と、夏美が遮《さえぎ》った。「デビュー前、永原さんが、紹《しよう》介《かい》して下さった方でしょう」
 「憶《おぼ》えててくれたの?」
 仁科がびっくりしている。
 「はい。——あなたはとてもいい人で、信用できる、って、父《ヽ》が《ヽ》いつも言っていました」
 ——仁科と克彦は顔を見合わせた。
 「夏美さん」
 克彦が言った。「今、何て言った?」
 間が空《あ》いて、静かな夏美の声がした。
 「永原さんは、私の父親なんです」
 「——何だって?」
 仁科は、愕《がく》然《ぜん》としていた。もちろん克彦だって同じことだ。
 「しかし……彼《かれ》は女性のほうはだめだと——」
 「そうなる前のことです。母は亡《な》くなって、私は、ずっと永原さんからお金を送ってもらっていました」
 「驚《おどろ》いたな! 君はつまり——父親に頼《たの》まれて——」
 「そうです。私、地方の音楽高校へ行って、声楽を勉強していました。——父が、あんなに苦しい立場にいるなんて、打ち明けられるまで知らなかったんです」
 「父親を助けるために、歌手になったのかい?」
 「ええ。——でも頼《たの》まれたわけじゃありません。たまたま東京へ出て来たとき、もうプロダクションは潰《つぶ》れる寸前で、どうにもならなくなっていました」
 「それで君が進んで、歌手になろうと……」
 「だめでもともとでした。少しでも可能性があれば、と。——一時的に、声楽の発声も、音程も捨てて、アイドル歌手らしく下手《へた》に可愛《かわい》く歌うことに専念しました。まさか本当に人気が出るなんて、思いもしなくて……」
 「で、やめられなくなってしまったんだね」
 「そうです。——父は、私にいつもすまないと言っていました。私も、プロダクションがしっかりして来れば、引退するつもりでした。でも——」
 夏美は言《こと》葉《ば》を切った。
 「どうしたの?」
 「それは——また、いつかお話しします。ともかく、私は父を殺した犯人を見付けたいんです」
 「君一人じゃ危いよ」
 「これは私《ヽ》の《ヽ》問題なんです。——仁科さん」
 「何だと?」
 「もし——事件が解決して、私が無《ぶ》事《じ》だったら、このことを記事にして下さって、構いません」
 「僕《ぼく》にどうして——」
 「父があなたをいつも信じていたからです。大変な特ダネでしょ?」
 「そりゃそうだ。しかし——」
 「せめてものご恩返しです」
 「ねえ、夏美さん」
 と、克彦が言った。「ともかく、差し当たりは、犯人を見付けることだよ。僕や仁科さんが力になるから——」
 「ありがとう。でも、他《ほか》にも事情があるの」
 と、夏美は言った。
 「他に? どんなこと?」
 「もし、私の考えが正しければ、なぜ父が殺されたのか、そこから犯人が分かって来ると思うの」
 「危い真《ま》似《ね》はいけないよ!」
 「心配しないで。何があっても——自分のことは、自分で解決しなきゃ」
 「夏美さん……」
 「妹さんも、必ず無《ぶ》事《じ》に戻るようにしてみせるわ。色々ありがとう」
 「待って! ねえ——」
 電話は切れた。
 克彦と仁科は、しばし無言だった。
 「——驚《おどろ》いたな」
 と、仁科は呟《つぶや》くように言って、「どういうことなのか、初めから話してみてくれないか?」
 「ええ」
 と、克彦は肯《うなず》いた。
 そもそもの始まり——克彦が、夏美の後をつけてマンションのベランダへ忍《しの》び込《こ》み、彼《かの》女《じよ》の歌を録音したことから、病院から脱《ぬ》け出した彼女がタクシーへ飛び込んで来たこと、そして永原浜子の事件と出くわしたこと……。
 克彦の話に、、仁科は呆《あき》れ顔で聞き入っていた。
 「また無茶苦茶をやったもんだなあ!」
 「すみません」
 「いま、僕に謝《あやま》っても仕方ない。問題は君の妹さんの安全と、夏美の行《ゆく》方《え》だ」
 「不《ふ》思《し》議《ぎ》な人ですね、彼《かの》女《じよ》……」
 と、克彦は言った。「あの歌を聞いたとき、びっくりしたけど——まだ序の口だったんだなあ」
 「しかし……」
 「え?」
 「いや、彼女が、『これは自分の問題だ』とくり返してたろう? あれが気になるんだ。ただ、父親のことだけじゃないような気がする」
 「というと?」
 「父親のことを秘密にしてはいたとしても、それが彼女自身の問題とは言えないと思うんだよ。何かもっと他《ほか》にあるんじゃないか……」
 仁科は考え込《こ》んだ。「もしかすると——」
 「何か、心当たりがあるんですか?」
 仁科は、しばらく考え込んでいた。そして、ふと顔を上げると、
 「——君の録音した、その歌のテープはあるかい?」
 と言った。
 「ええ、ありますよ」
 克彦は、ウォークマンを持って来た。「でも、オペラのアリアなんだそうですよ」
 「僕はオペラファンなんだよ。君は知らないだろうけど」
 と、仁科は、ヘッドホンをかけながら言った。
 「へえ!」
 克彦はびっくりした。珍《めずら》しい動《ヽ》物《ヽ》にでも会ったような気分だった。
 「テープを回して。——よく録《と》れてるじゃないか」
 「何の歌か分かりますか?」
 仁科は、じっと目を閉じて聞き入っている。
 「——戻《もど》して、もう一度かけてくれ」
 と、仁科は言った。
 克彦がもう一度かける。——仁科は、ゆっくりと肯《うなず》いた。
 「やっぱりそうか」
 「分かったんですか?」
 仁科はヘッドホンを外した。
 「ボイートという人の作曲した『メフィストーフェレ』の中のアリアだ」
 「メフィ……?」
 「ファウストの話ぐらい、君も知ってるだろう?」
 「ええ、悪《あく》魔《ま》に魂《たましい》を売り渡す学者の話でしょ?」
 「その悪魔がメフィストフェレスだ。その話をオペラにしたのが、『メフィストーフェレ』なんだよ」
 「へえ。何か意味があるんですか?」
 「かもしれない」
 仁科は、眉《まゆ》を寄せて、「半年ほど前、ある噂《うわさ》が飛んだ。——夏美に関してね。みんな色めき立ったが、確証がなかったし、松江社長が、あちこち手を回して、抑《おさ》えてしまったんだ」
 「何をですか?」
 「うん」
 仁科は少し間を置いて、「——夏美が流産した、という噂だった」
 「まさか!」
 克彦は反射的に言った。
 「しかし、担当者の間では、事実かもしれない、と囁《ささや》かれていたんだよ」
 「でも——誰《だれ》の子供を?」
 「分からない。それは見当もつかないよ」
 「それと——このアリアとどういう関係があるんですか?」
 「このアリアはね、オペラの中で、マルガレーテという女性が歌うんだ」
 「マルガレーテ……」
 「うん。『暗い夜、海《ヽ》の《ヽ》底《ヽ》に』というアリアでね。——マルガレーテは、ファウストの子を宿し、それを隠《かく》すために、母親を殺し、発《はつ》狂《きよう》して、生まれた子供まで殺してしまう。この歌は、牢《ろう》獄《ごく》につながれたマルガレーテが、母親と子供の死を歌う、悲痛なアリアなんだ」
 「子供の死……」
 と、克彦は呟《つぶや》いた。
 「本当に流産したのか、それとも中絶したのかは分からないが、彼《かの》女《じよ》にとっては、真《しん》剣《けん》な恋の結果だったろう。——遊びでそんなことをするような子じゃない」
 「そうですね」
 「生まれて来なかった子への罪の意識が、彼女にはあったんじゃないかな。この歌は、ただ、うまく歌っているだけじゃない。心がこもってるよ」
 「ええ。それは僕《ぼく》も感じました」
 「彼女が手首を切ったのも、それが原因だったかもしれない。——おそらく、彼女が、自《ヽ》分《ヽ》の《ヽ》問題だと言っているのは……」
 「父親を殺されたことが、それと何か関係あるんですね!」
 「永原さんが、彼女の父親だということは、おそらく誰《だれ》も知らなかっただろう。——至ってパッとしない、大人《おとな》しい人だったしね」
 「永原さんは、夏美さんの流産のことを——」
 「当然、知っていただろう。そしてその子供の父親が誰だったのか、夏美君に問い詰《つ》めたんじゃないかな。父親なら当然のことだ」
 「で、その相手に——」
 「たぶん、彼女は言わなかっただろう。しかし、何かの拍《ひよう》子《し》に、永原さんがそれを知った。そして相手と争いになり……」
 「刺《さ》し殺されたんだ! だから夏美さんは——」
 「父親を刺し殺したのが、かつての自分の恋人だった——いや、今でも恋人かもしれないとしたら、彼女が『自分の問題』だと言うのも、分かる」
 と、仁科は言った。
 克彦は、あの夏美の、大人びた物《もの》哀《がな》しさのある眼《まな》差《ざ》しを思い出した。
 そうだ。きっとそうなのだ。
 しかし、それは誰なのだろう? そして、夏美はどこへ行ったのか……。
 テープが回っていた。置かれたヘッドホンから、夏美の歌が、かすかに聞こえていた……。
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