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死体は眠らない11

时间: 2018-09-14    进入日语论坛
核心提示:11 洋服ダンスを開けよう 「妙だな」 添田刑事も、困り果てた様子で頭を振った。 もっとも困り果てているにしては、夕食にと
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 11 洋服ダンスを開けよう
 
 「妙だな」
 添田刑事も、困り果てた様子で頭を振った。
 もっとも困り果てているにしては、夕食にと取った特上の幕の内弁当を、犬や猫《ねこ》でも腹を立てるだろうと思うくらい、きれいに平らげていたが。
 家にじっとしているというのも、意外に腹が空《す》くものなのである。もちろん外で動いていても腹は空くし、家で動いていても、外でじっとしていても——結局、時間がたてば腹は空くのだ。そうでなければ、食堂は倒《とう》産《さん》してしまうに違いない。
 何の話だ?——ああ、そうだった。
 添田刑事としては頭が痛いのも当然で、何しろ美奈子の誘拐犯の手がかりは全くつかめておらず、そこへ持って来て、部下の刑事の一人が行方《ゆくえ》不明になっているのだ。
 確かに同情すべき余地はある。しかし、幕の内弁当——四千円もしたのだ!——を全部食べてしまったのは、その同情を半減させてしまったと言っていいだろう。
 「おい」
 と、添田は、池山という若い刑事を呼んだ。
 「はい、何か?」
 「もう一度訊くぞ。織田は確かに、お前にコーヒーを買いに行けと言ったんだな?」
 「そうです」
 「もしかして紅茶を買って来いと言わなかったのか?」
 「いいえ、コーヒーでした」
 「コーラじゃなかったのか?」
 「コーヒーに間《ま》違《ちが》いありません」
 他人の話に口を出すのは僕の趣味ではないのだが、このときばかりはちょっと咳《せき》払《ばら》いをして、
 「あの、添田さん」
 と言った。「余計な差し出口かもしれませんが、コーヒーか紅茶かコーラかで、何か話は変って来るんでしょうか?」
 「私は、織田の記《き》憶《おく》をチェックしているのです」
 「なるほど」
 ベテラン刑事ともなると、考えることがやはり凡《ぼん》人《じん》とは少々違うようである。
 「それで、お前はドライブ・インへ行った」
 「そうです」
 「戻って来たのは一時間後だと言ったな」
 「はい」
 「ドライブ・インまで車でどれくらいだ?」
 「五分か十分でしょう」
 添田は、ちょっと得意げに、
 「それなのに、コーヒーを買って帰って来たのが一時間後だと? そんなにかかるはずがあるか!」
 「はあ……」
 池山という若い刑事は、ちょっと後ろめたいという表情で頭をかいている。
 「そんなに長い間、お前は何をやってたんだ?」
 と添田はぐっと身を乗り出した。「隠すとためにならんぞ!」
 これじゃまるで犯人扱いだ。
 「あの——ちょっと息《いき》抜《ぬ》きをしていたのですが」
 「息抜きだと? それ以上抜いてどうするんだ?」
 「ですが——織田さんと二人でいると疲れるんです。色々口やかましい人なんで」
 そうだ、そうだ、全くだ、と僕は内心、池山刑事に拍《はく》手《しゆ》を送った。
 「先《せん》輩《ぱい》のことを口やかましいとは何だ!」
 「すみません」
 「その息抜きというのは?」
 「はあ……車の中で寝ていたんです」
 「車の中で?」
 「そうです」
 「どれくらい寝ていたんだ?」
 「三十分ぐらいだと思います」
 「それはコーヒーを買う前か後か?」
 「後です」
 「コーヒーが冷《さ》めるとは思わなかったのか?」
 「まあ、戻ってから温め直せばいいやと思いまして」
 「何ということだ!」
 と添田はやたら腹を立てて、「そういう安易な考えが失敗のもとだ。温め直したコーヒーなどまずくて飲めるものか!」
 「もともと大して旨《うま》くありませんから」
 「まずいと分っていて、お前は買ったのか? 警察官としての良心はどこへ行ったのだ?」
 警察官としての常識はどこへ行ったのだろう、と僕は思った。
 「——ともかく一時間後に戻ったとき、織田の姿はなかったのだな」
 「そうです」
 「捜さなかったのか?」
 「トイレにでも行ってるんだろうと思って、気にしなかったんです」
 「それで、お前はどうした?」
 「そのソファに座って——」
 と、池山刑事は言い渋った。
 「座ってどうした?」
 「はあ。——眠っておりました」
 「眠っただと? 誘拐犯からの電話を待っている刑事が居《い》眠《ねむ》りなどするとは、何たることだ!」
 「申し訳ありません。でも、ウトウトしていただけですから——」
 「大体、その前に車の中で眠って来たんだろう。そのくせまだ寝足りなかったのか?」
 「いえ、車の中では、寝たのでして、眠ったのではありません」
 「つまり……横になっていただけなのか?」
 「まあ……上になったり下になったり」
 「上や下?——車のか?」
 「いえ、ドライブ・インの女の子です。コーヒーを買うとき、ちょっと話をしたら、えらく気が合いまして、向うもちょうど休み時間だというので、車に乗せて、ちょっとわき道へ入って、三十分ほど……」
 添田刑事は、怒《おこ》るのも忘れて、ポカンとしていた。僕はおかしくて吹き出したくなったが、妻を誘拐されている夫としては、笑うのはまずいと思い、必死にこらえた。
 これでなかなか、犯罪者というのも、疲れる役回りなのである。
 「——全く面目ありません」
 疲れ切った様子で池山刑事を行かせると、添田は、僕に頭を下げた。「あんな奴をお宅に置いていくとは……。私の不明でした」
 「いや、若い方は仕方ありませんよ」
 僕は、笑って気持の広いところを見せた。「刑事も人間ですからね」
 「そうおっしゃっていただくと、却って心苦しくなります」
 「しかし、もう一人の方はどこへ行かれたんでしょうねえ?」
 「全く奇《き》妙《みよう》です。あの織田こそ、実直な刑事の手本のような男なのです」
 冗談じゃない! こっちの弱味につけ込んで金をゆすり取ろうとするのが、「実直な刑事」だって?
 しかし、そうも言えないので、
 「まあ、何か急用でもできたんじゃないですか」
 と言った。
 「あなたはお休みになってたわけですね、その間」
 「ええ、前の日からあまり眠っていないものですから、すっかり疲れてしまって。——妻が誘拐されているというのに、冷たい奴だと思われるかもしれませんが」
 「とんでもない! あなたの態度は、夫として、実に立派なものですよ」
 「恐れ入ります」
 僕はいささか芝《しば》居《い》じみたゼスチャー入りで礼を言った。「起きて来たのは、例の犯人からの脅《きよう》迫《はく》電話があったときです」
 「するとその間、起きておられたのは——」
 「私と吉野さんです」
 と、祐子が、お茶を出しながら言った。
 「でも、ここにはいませんでしたから、あの刑事さんがいつ、ここから出て行かれたのか、気が付きませんでした」
 「そうですか……」
 添田は心配そうに言った。「しかし、織田の奴、どこへ行ったのか……」
 「何かこの、心配する理由があるんですか?」
 と僕は訊いてみた。
 「実はこの間、織田に一万円貸してあるのですよ。踏《ふ》み倒《たお》されてはかなわないと思いまして——」
 この刑事、どこまで本気なのか、よく分らない。
 「それなら、社長の奥様のことを心配するべきじゃありません?」
 さすが祐子だ。穏《おだ》やかな表現ではあったがピシリと言ってやった。
 「いや、これは恐《おそ》れ入りました。全くその通りです。もちろん、我々としても、人質の奥さんのことを何よりも心配しておりまして、今後とも前向きに鋭《えい》意《い》努力したいと——」
 国会での首相答弁みたいになって来た。
 
 夜もふけた。
 では寝るか。——と思ったが、それでは話が進まないので、僕はしばらく起きていることにした。
 十一時を過ぎると、刑事たちも交《こう》替《たい》で眠ることになり、祐子が毛布を持って来て、刑事たちに配った。ついでに吉野にも毛布を渡した。
 要するに、お前はこの居間で寝ろ、ということである。
 「——池沢さん、どうぞおやすみになって下さい。ここは我々が引き受けます」
 と添田刑事が言った。
 「しかし、僕の妻のために、皆さんが起きていらっしゃるのに、僕が一人で寝てしまうというのは、申し訳が——」
 「いやいや、これは我々の仕事ですから」
 「そうですか、では、お言葉に甘《あま》えさせていただいて……」
 あんまり早く、じゃおやすみ、とやっては疑われるかもしれないと思ったが、何しろ、ここへ来て、また眠気がさして来て、ダウン寸前だったので、意地を張らずに、添田の言葉に従うことにした。
 僕は、居間を出ようとして、祐子の方をチラッと見た。祐子も僕の方を見て、ちょっと肯いて見せる。
 それが何の意味なのか、歯をみがいたか、という問いかけか、それとも単におやすみなさいという挨《あい》拶《さつ》なのか、僕には分らなかった。
 よくTVの刑事物なんか見ていると、刑事たちが顔を見合わせてウンと肯き合う場面があるが、あれでどうして分り合っちゃうのか、不思議である。
 たまには肯いた後、一人は犯人を追いかけ、一人はトイレに走る、といったことがあっていいのではないか。現実とは、味気ないものなのである。
 ともかく僕は二階の寝室へ上って、ベッドに入った。
 さて、これから一体どうなるのだろう? 僕はちょっと考えたが、考え出すと眠くなるという体質なので、すぐに瞼《まぶた》がくっついて来た。——ともかく、眠っている間は、何も起こらないでほしいと祈りつつ、眠りの中へ入って、カーテンを閉めたのだった……。
 誰かに揺《ゆ》り起こされたのは、少し眠ってからのことらしかった。
 目を開くと、祐子が立っている。これが吉野とか刑事だったら、こん畜《ちく》生《しよう》、とにらむところだが、
 「起こしてごめんなさい」
 と祐子が言うと、
 「いや、もうそろそろ起きるかな、と夢《ゆめ》の中でちょうど考えてたところだったんだよ」
 と僕は優しく微《び》笑《しよう》した。
 「お話があるの」
 と、祐子が言う。
 「何だい?」
 僕はベッドを出た。「——今何時だろう」
 「一時過ぎ。みんな眠ってるわ」
 「刑事も全部?」
 「交替で起きてるはずの人も、居《い》眠《ねむ》りしてるの。だから上って来たのよ」
 「たるんでるな、全く!」
 「ともかく、こっちへ来て」
 と、祐子はドアの方へ僕を引っ張って行く。
 「どこへ行くんだい?」
 「隣《となり》の寝室」
 と祐子は言った。「静かにね」
 「了解」
 廊下へ出てみると、確かに、階下は、静まり返っている。みんないびきもかかずにお休みらしい。
 向いのドアを開け、即《そく》製《せい》の僕の寝室に入ると、祐子はいきなり僕に抱きついて来た。こういう不意打ちは、いつでも大《だい》歓《かん》迎《げい》なのである。
 「お願い……抱いて」
 と、祐子はいつになく熱っぽく囁いた。
 「大丈夫かい、下は?」
 「平気よ、そっとやれば、分りゃしないわ」
 と祐子は言って、「——ともかく、今、ここで抱いて欲しいの!」
 可愛い女の子にこう言われて——いや、とても拒《こば》めるものではない。大体、もとから拒む気などなかったのだが。
 ——ここでしばし目をつむって、見ざる聞かざるということにしていただき、さて三十分後、ベッドの中で、僕と祐子は互いに肌《はだ》を寄せ合っていた。
 「——嬉しいわ」
 と祐子は言った。
 「そんなに?」
 「あなたが勇気を出してくれたからよ」
 「勇気を?」
 人間は、自分にないものまで、他人に与《あた》えることができるのだろうか、と僕は哲《てつ》学《がく》的《てき》なことを、一《いつ》瞬《しゆん》考えたりした。
 「でもホッとしたわ。あなたに今度こそ嫌われるんじゃないかと思ってたの」
 「どうして君を嫌うんだ?」
 「だって……分ってるじゃないの」
 こういうとき、
 「分ってないよ」
 と本当のことを言うのは勇気がいる。
 だから、僕は何も言わずに、曖《あい》昧《まい》に笑うことにした。これは実に重宝なやり方なのである。
 「明日は日曜日ね」
 「そうだ」
 「月曜日には身《みの》代《しろ》金《きん》を用意しておかないと」
 「しかし、誰《ヽ》に《ヽ》払《はら》うんだい? そこがさっぱり分らないよ」
 「吉野さんよ、決ってるわ」
 「でも、あいつ、電話がかかって来たとき、そばにいたぜ」
 「共犯者がいるのよ! 当然じゃないの」
 共犯者か! そこまでは考えなかった。さすが祐子だ、と僕は祐子を改めて見直した。
 それにしても吉野の奴、共犯者まで使うとは汚《きたな》い奴だ!
 もっとも、考えてみると、僕にも祐子という共犯者がいるのだが。
 「差し当り、死体を発見されないようにしなきゃね」
 「浮浪者の? でも僕のベッドの下まで調べやしないよ」
 「新《ヽ》し《ヽ》い《ヽ》死《ヽ》体《ヽ》のことよ」
 「何だ、新しいやつか」
 と僕は言って、しばらくしてから、訊いた。「——何だって?」
 「新しい死体」
 「新しいって……どれくらい? まだいたんでない?」
 果物か何かみたいだ。「それ……どこにあるんだい?」
 「そこよ」
 と祐子は、洋服ダンスを指さした。
 「脅《おど》かすなよ。こんなタンスの扉《とびら》を開けると死体が倒れて来るなんて、よくTVでやるじゃないか」
 僕は笑いながら、ベッドを出て、洋服ダンスの扉を気軽にヒョイと開けた。「ほら、だから何も——」
 ゆっくりと、男の死体が倒れて来た。——まるで映画のスローモーションを見るように、その動きは滑《なめ》らかだった。
 「本当だ」
 と僕は言った。
 その男は、織田刑事だった……。
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