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天使に似た人09

时间: 2018-09-20    进入日语论坛
核心提示:8 新しい仲間 邦子は、朝から大忙しだった。 朝ご飯を作ってくれるはずの人が、急に腹痛で倒れ、てんてこまいだったのである
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 8 新しい仲間
 
 
 邦子は、朝から大忙しだった。
 朝ご飯を作ってくれるはずの人が、急に腹痛で倒れ、てんてこまいだったのである。
 四十人の子供たちには、ともかく食べさせなくてはならない。他の保母さんと、自分たちは作る途中でつまみ食いをし、ともかく学校へ行く子は学校へ出し、他の子は、いつも通りの日課をスタートさせる。
 午前十時ごろ、やっと後片付けまですんで、邦子はフーッと息をつき、調理場で座り込んでしまった。
「——お疲れさま」
 と、同僚が顔を出す。「大丈夫なの?」
「何とかね、——幸江ちゃん、学校に行った?」
「行ったわよ。どうして?」
「ゆうべ遅くまで起きてたから……」
 そう言ってから、ハッとする。あの男のことを思い出したのである。
 まだあの部屋で眠っているのだろうか? あの男のことは、誰《だれ》にも話していないので、もし見付けたら、びっくりして大騒ぎになるだろう。
「よいしょ……」
 と、息をついて、邦子は立ち上った。
「大丈夫?」
「もう年齢《とし》ね」
 と、邦子は笑って、「雨、上ったみたいね」
「あら、まだ降ってるわよ、結構」
「え? でも——あの音が聞こえないじゃないの」
 と、邦子が勝手口の方へ目をやる。
「いやだ。邦子さん、自分で頼んだんでしょ?」
「え? 何のこと?」
「朝方、少し雨が止《や》んだの。その間に、男の人が屋根に上ってね、洩《も》らないように直してくれたのよ」
「男の人が?」
「あなたに頼まれたって……。そうじゃないの?」
 あの男が? 他には考えられない。
「で、その人は?」
「今、あっちで朝ご飯を食べてもらってるの。——器用な人ね。窓のガタガタしてるのも、直してくれるって」
 ——邦子は、半ば呆気《あつけ》にとられつつ、食堂へと急いだ。
 ガランとした食堂で、ミソ汁を飲みながら食事をしているのは——確かに、ゆうべの男である。
 どこで見付けたのか、古ぼけた作業服みたいなものを着ている。
「——あ、どうも」
 邦子に気付いて、椅子《いす》から腰を浮かすと、「ゆうべはありがとうございました」
「いいえ……。あの——屋根を直して下さったの?」
「ええ。何だか、ああいうことが得意なような気がしましてね。やったら、簡単に。トタン板も、きちんと打ちつけといたので、そうひどい音はしませんよ、もう」
「ありがとう……。でも、びっくりしたわ」
 邦子は、椅子に腰をかけた。「その服、どこで?」
「ゆうべ寝かせてもらった部屋の戸棚を開けたら、出て来たんです。似合いますかね?」
 と、少し照れている。
 邦子は笑顔になって、
「とても。でも、やっぱり古いわ」
 と、言った。
 男は食事を終えると、
「いや、助かりました。——屋根の修理はゆうべのお礼です。これから窓のガタついてる所を直します」
「それは何のお礼?」
「朝食のです」
「お礼をされるほどの朝食じゃないわ。——私が作ったんですけど」
「すてきでした」
 男の言葉にはてらい[#「てらい」に傍点]がなく、わざとらしさも感じられなかった。
「ありがとう……」
 大あわてで作った、何十人分の朝食である。味は二の次、三の次だ。しかし、こうして礼を言われると、邦子は不意に胸が熱くなって来て、目に涙がともるのを感じ、あわててそっぽを向いた。
 どうしたっていうの? しっかりしてよ、全く!
「——邦子さん、でしたね」
 と、男は言った。「もし良かったら……私をここへ置いてくれませんかね。もちろん、お金なんかいりません。屋根直しや、椅子《いす》も大分ガタが来ているし、やることはいくらでもありそうで……」
「でも、あなたは……」
「もちろん、分ってます」
 と、男は肯《うなず》いた。「記憶を失って、自分がどんな人間か、見当もつきません。もしかしたら、凶悪な殺人犯かもしれない」
 邦子は、ちょっと笑った。——男は続けて、
「しかし、それが分るまでは……。どうでしょう?」
「え?」
 邦子は、男を眺めていた。——いい人だわ。そう直感した。
「それには園長の許可をとりませんとね。でも、私は強く推薦《すいせん》しておきます」
 男はホッとした様子で、
「ありがたい! いや、もちろん出て行ってくれと言われれば、すぐにも出て行きます。ご心配なく」
「心配なんかしていません」
 と、邦子は首を振った。「ずっと、ここにいて下さいな」
 邦子は、窓を直しに行く男の後ろ姿を見送っていたが、
「待って!」
 と、呼んだ。
「何です?」
「名前[#「名前」に傍点]が必要だわ。何としたらいい?」
「そうか。——そうでしたね」
 男は頭をかいた。
「じゃ、こうしましょう」
 と、邦子は言った。「私と同じ水谷[#「水谷」に傍点]。それで、遠い親戚《しんせき》ということに。それなら、あなたがここにいても、そうおかしくないわ。でなきゃ、無給でここにいるというのが不自然よ」
「分りました。じゃ——どう呼びます?」
「私のことは、『邦子さん』でいいわ。『ちゃん』って年齢じゃないし、私も。あなたは……そうね。水谷——悟士。いかが?」
「悟士、か……。その字ですね」
 と、男は、邦子が指で窓ガラスに書いた文字を見た。「いい名だ。——分りました。じゃ、あなたからは——」
「悟士君[#「悟士君」に傍点]、と呼ぶわ」
「よろしく、邦子さん」
「こちらこそ。——悟士君」
 二人はちょっと笑った。
 そこへ、邦子と同じ年齢《とし》の同僚が、何かにせかされるようにやって来るのが目に入って、
「行って下さい」
 と、低い声で言った。
「ええ、それじゃ……」
 と、〈悟士〉は行きかけて、「他に直さなきゃいけない所を、考えといて下さいね」
 と、振り返って言った。
 邦子は苦笑して、
「心配いらないわ。直す所なんて山ほどあるし、全部終ったころには、またいくらでも出て来るわよ」
〈悟士〉は、ちょっと笑って、それから一つ息をつくと、古い廊下をキィキィと踏み鳴らしながら歩いて行った。
 良かったのだろうか? あんなことをして。
 身許《みもと》も知れない男を、この中へ入れる?
 もし、本当のことを知ったら、園長は「とんでもない」と怒るだろう。
 しかし——邦子は自分の直感に賭《か》けてみる気になっていた。
 そして、なぜわざわざ、「悟士」という、彼[#「彼」に傍点]の名前をつけたりしたのだろう、と考えていた。
「——邦子さん」
 と、同僚の子がやって来ると、「ちょっといい?」
「何?」
「あの——またあの男[#「あの男」に傍点]が来てるの」
「あの男?」
 と、訊《き》き返した時には、邦子にも分っていた。「大野《おおの》ね」
「ええ……。園長は留守です、って言ったんだけど、待たせていただきます、って上り込んじゃって」
「絶対に上らせちゃだめ、って言ったじゃないの」
「分ってるんだけど……」
 邦子はため息をついた。——こういう仕事をしていると、子供の相手は得意でも、大人は苦手になってしまうのだ。特に、ひとくせもふたくせもあるような連中に対しては。
 こんな時、園長がいてくれると助かるのだが、ここの園長は他にいくつも仕事を持っている人なので、ほとんどいることはない。
「厄介な客」には、たいてい邦子が出て行った。保母仲間でも、若い方なのだが、しっかり者なので、何かと頼りにされてしまう。
「分ったわ、どこにいるの?」
「応接に……」
「行くわ」
 邦子は歩き出して、「お茶出すことないわよ」
 と、言った。
 応接、といっても独立した部屋があるわけではない。玄関を上ってわきの少し引っ込んだ一画に、中古の古ぼけた応接セットが置いてあるだけだ。
「ああ、水谷先生」
 大野は、邦子の顔を見るなり言った。「お忙しいところ、お邪魔して恐縮です」
 水谷邦子という名を、最初やって来た時から、この初老の、メガネをかけてほっそりとした男は、知っていた。いや、ここに働いている保母全部のことを、調べてから、やって来たのである。
 きちんと膝《ひざ》を合せて座っているところは、生れついての商人という印象で、口もとにいつも笑みを浮かべている。それは相手の心を和ませる笑みではなく、苛立《いらだ》たせ、ひるませる冷ややかな温度を持っていた。
「忙しいのをご存知でしたら、お引き取り下さい」
 と、邦子は立ったまま言った。「あなたのお相手をしている余裕のある人間は、ここには一人もいないんです」
「どうぞお構いなく」
 と、大野は会釈《えしやく》して、「園長さんのお帰りを待たせていただいておりますので」
「園長は今日こちらへ参るかどうか分りませんよ」
「でしたら、またうかがうまでです」
 大野は一向に動じる気配がない。「ご心配なく。私は、相手にされないことに慣れておりますのでね」
 グレーの背広、濃い紺《こん》のネクタイ。——そのままお葬式にも出られそうな格好のこの男は、不動産屋である。
 こういう似た施設同土には交流があり、保母同士、情報の交換をする。その際に、邦子はこの大野のことを聞いていた。
 どの施設も経営は苦しく、寄付や奉仕でまかなう部分が多いのだが、その土地を狙《ねら》って、「地上げ」して来るのが大野の仕事なのである。
 物腰はソフト、言葉はていねいだが、蛇のように静かに攻めて来る。しつこく、諦《あきら》めるということを知らない。
 もちろん、どの施設も、大野の言葉に乗せられはしないのだが、土地を好意で安く貸してくれている地主や、毎年決った額の寄付をしている篤志家《とくしか》の方へ手を回し、じわじわとロープを締めて来るのだ。
「大野さん。——はっきり申し上げますと」
 邦子は、向い合った椅子《いす》に腰をおろすと、
「ここがなくなったら、ここで暮している四十人の子供たちは、行き場がなくなるんです。あなたにはそんなこと、どうでもいいことなんですか?」
「私は、子供を追い出したいわけではありませんよ」
 と、気味の悪い猫なで声で言う。「ただ、この土地がほしいだけです。それが私の仕事ですから。あなたは子供の面倒を見るのが仕事。私はここを去っていただくように努力するのが仕事です」
「売るわけがありません。ここは園長ご自身の土地ですよ」
「もちろん承知しておりますとも」
 大野は肯《うなず》いた。「だからといって、お話もせず諦《あきら》めるのでは、私も仕事の手抜きをしたことになります」
「園長ご自身、お断りしたはずです」
「人間は気が変るということもありますよ、水谷先生」
「あなたに『先生』と呼ばれる理由はありません」
 邦子は、ムッとして言った。挑発に乗ってはいけないと思うのだが、大野の話し方そのものが、人の神経を逆なでするのだ。
「『先生』と呼ばれて気を悪くされるとは、珍しいお方だ」
 と、大野はちょっと笑った。「まあ、男心と秋の空とか申しますからね」
「何の話ですか」
「いや、人の気持は変る、と申し上げているだけです。たとえば——沼田悟士さん[#「沼田悟士さん」に傍点]のようにですね」
 邦子は耳を疑った。
「——今、何とおっしゃいました?」
 声がかすれていた。
「いやいや、お気になさらずに」
 自分の言葉が上げた効果に満足したらしく、大野はいかにも嬉《うれ》しげな笑みを浮かべた。
「あなたは——」
 邦子が思わず立ち上り、青ざめて身を震わせながら、口を開いた時だった。
 天井で、ドン、ドン、という大きな音がしたと思うと、座っている大野の頭上の天井板が外れ、どっと埃《ほこり》が降って来た。
「何だ!」
 大野があわてて立ち上る。薄くなった頭の上に何か黒い物がドタッと落ちてのっかった。
「こいつ——」
 と、手で払い落とすと、足下に落ちたのは、——大きなネズミの死骸《しがい》だった。
「ワッ!」
 真青になって、大野は飛び上った。
「や、失礼」
 天井から顔を出したのは、何と頭に手ぬぐいをかぶり、大きなマスクをした、〈悟士〉だったのだ。「人がいるとは思わなかったもんでね」
「——これは、どういうことです!」
 大野はすっかり取り乱していた。「そっちがそのつもりなら、こっちにも考えがありますよ!」
 大野が興奮しているのを見て、逆に邦子は落ちついて来た。
「代名詞ばかりでは、何をおっしゃりたいのか分りませんわ」
 と、邦子は言ってやった。「国語の時間、さぼってらしたのね」
 大野はハンカチを出すと、神経質に肩や頭の埃《ほこり》を払い落とし、
「これで諦《あきら》めやしませんからね。——こんな真似《まね》をして、後悔せんことですな」
 と言い捨てると、玄関の戸を荒々しく開けて、出て行った。
「——出すぎたことをして、すみません」
〈悟士〉が、天井から下りて来た。「天井でネズミの走ってる音がしたので、先に片付けようと……。つい、お話が耳に入ってしまって」
「いいのよ。あれぐらいしなきゃ、いつまでも居座るわ」
「たち[#「たち」に傍点]の悪そうな男だ」
「ええ……。どうしても土地を売らない、と頑張《がんば》ってた保育園がね、不審火で全焼したの」
〈悟士〉が邦子を見た。邦子は首を振って、
「もちろん、確証はないわ。園児が遠足に出て、ほとんど人はいなかったの。——原因は不明のまま。でも、建て直すお金はどうしても工面できず、結局、その土地には今、マンションが建ってる」
「物騒《ぶつそう》だな。ここも古い木造だ」
「用心しましょ。——さあ、仕事仕事」
 行きかけて、邦子は振り返り、「どうもありがとう」
 と、言った。
 そして——〈悟士〉が、「沼田悟士」という名を聞いたのだろうか、と思った……。
 
「畜生!」
 大野は、ほとんど駆け出すような勢いで通りへ出て来た。
 あんな目にあったことで怒っているというよりは、自分の武器である冷静さの仮面を、つい投げ捨ててしまったことで怒っているのだった。
「おっと!」
 大野は危うく誰《だれ》かにぶつかりそうになった。「——何してるんだ。ぼんやり突っ立って」
 と、文句を言ってやったが……。
 相手は四十がらみのやせた男で、一応背広姿ではあったが、勤め人とは思えなかった。歩いていて大野とぶつかりそうになったわけではなく、道に突っ立って、今大野の出て来た施設の方を眺めていたのだ。
「どうも失礼しました」
 男は平板な声で言うと、「ここに娘がいるもんですからね。姿が見えないかと思って、見ていたんです」
「娘が? しかし——ここにいるのは親がいない子ですよ」
「ええ。——私もね、娘を手離したんです。昔ね。でも、いつも忘れたことはなかった。本当なんですよ……」
 男の声音には、まともでないところがあった。大野は、肩をすくめて行きかけたが……。
 ふと、何を思い付いたのか、その男の所へ戻ると、
「娘さんに会いたいですか」
 と、言った。
 男が、何だか焦点のはっきりしない目で大野を見ると、
「もちろんですよ。でも……」
「何かお力になれるかもしれませんよ。一緒に来ませんか」
 大野は、いつもの抜け目ない笑顔を見せながら、その男の肩に手をかけて、促す。
 男は素直に、大野と一緒に歩き出した。
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