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天使に似た人11

时间: 2018-09-20    进入日语论坛
核心提示:10 泣く時間 忙中閑あり。 水谷邦子は、事務机の椅子《いす》にかけて、ウトウトしていた。田端幸江のように大きな子は、学校
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 10 泣く時間
 
 
 忙中閑あり。
 水谷邦子は、事務机の椅子《いす》にかけて、ウトウトしていた。——田端幸江のように大きな子は、学校へ行っているし、小さな子はお昼寝の最中。
 建物の中は、至って静かだった。保母さんたちもたいていは昼寝するか、細かい雑用を片付けている。中にはせっせとおやつを食べて、「午後のエネルギーを確保している」人もいた。
 邦子は、まだ充分に若いせいもあるだろう。じっとしているのは却《かえ》って疲れるので、こんな時間にはこの周囲を散歩したりすることが多かった。しかし、今日は——いや、このところ疲れていた。
 それも個人的な事情で。もちろん、沼田悟士のことが、重く心に引っかかっているせいなのである。
 トントン。——トントン。
 誰《だれ》? ノックしているのは。
 入ってよ。あなたなんでしょ。私、ずっと待ってたのよ。あなたが私の部屋のドアをノックしてくれるのを。
 ノックしてくれたら、
「どうぞ」
 って言ってあげたのに。
 あなたは結局、他の子の[#「他の子の」に傍点]ドアを叩《たた》いたのね。
 責めるわけじゃないわ。そう。だって、恋の話はどっちもどっちだもの。私にだって責任はある。それは分ってるわ。
 でも——せめて、ドアを叩くぐらいのことはしてほしかった。強引に、力ずくで、なんていやだけど、どうしても私がほしいんだってことを、見せてほしかった……。
 トントン。
 そう。もっと。もっとノックしてちょうだい。私が目を覚ますまで。私が——。
 トントン。——トントン。
 邦子は目を開いた。トントン。
「眠っちゃってたのね……」
 顔を上げると、薄汚《うすよご》れた窓の向うに〈悟士〉の顔が覗《のぞ》いていた。
 邦子は立って行くと、
「何をしてるの?」
 と、窓越しなので、少し大きな声を出した。
 ガラッと窓が開いて、
「いや、ずっと外側を見て回ってたんです」
 と、〈悟士〉が言った。「ずいぶんガタが来てますねえ」
「そりゃ仕方ないわ。何しろお金がないんだから」
 と、邦子は笑って、「直そうとしたら、却《かえ》って壊れちゃうかもしれない」
「そうならないように用心しながらやりますよ。窓も、きっちり閉らないのがあるし。——打ちつけちゃったら困るでしょうし」
「そうね。もちろん、ここはどこからだって出られるけど。非常の時に、窓が開かないと困るわね」
「何とかしましょう。レールが錆《さ》びついてたりしてるんですよ」
「お願いね。でも、そんなに張り切ってくれなくてもいいのよ」
 と、邦子は笑顔で言った。
 すると、後ろで足音がして、
「水谷さん。どうも」
「あ、いらっしゃい。——ごめんなさい。気が付かなかったわ」
 ボサボサの髪が目立つ若者で、邦子より一つ二つ年上のはずだった。名前は工藤《くどう》。市の福祉課に勤めている青年で、およそ役人らしくない、気さくなタイプだった。
 役人としては、出世と縁のない落ちこぼれかもしれないが、人間的には大いに魅力のある青年である。
「工藤さん、何かご用?」
「ちょっと、お話があってね」
 と言いながら、工藤の目は、窓の所から顔を出している〈悟士〉の方へ向いていた。
「——ああ、この人、私のいとこなの。ここで、色々手伝ってくれてるのよ」
 と、邦子は言った。「こちら、市の福祉課の工藤さん」
「こんにちは」
 と、〈悟士〉は会釈して、「じゃ、邦子さん」
 と、窓を閉め、歩いて行った。
「とても器用でね。このオンボロな建物をあちこち直してくれてるの。助かってるのよ。——工藤さん。——工藤さん」
 何かぼんやりしている様子だった工藤は、ハッとして、
「や、すみません」
「どうしたの? 幽霊でも見たような顔しちゃって」
 と、邦子は言った。
「そう。——いや、そうかもしれない[#「そうかもしれない」に傍点]と思ったんですよ」
 と、工藤が真顔で言った。
「何ですって?」
「水谷さんのいとこですか、あの人」
「ええ、そうよ」
「じゃ、お名前は——」
「同じ水谷。水谷悟士というの。どうして?」
「じゃ、他人の空似というやつですね。しかし、ギョッとしたな、見た時には」
「誰《だれ》かに似てるの?」
「〈歩く死体〉」
「歩く……死体[#「死体」に傍点]と言ったの?」
 と、邦子は訊《き》き返した。
「知らないんですか? あんなにTVや新聞で大騒ぎしてるのに」
「TVも新聞も見る暇ないわ。ご存知でしょ?」
 と、邦子は苦笑した。
「そっくりの双子の兄弟がね、死んだんですよ。それが死体置場から歩いて逃げ出したっていうんです」
「——まさか」
「いや、どうやら本当らしいんです」
 工藤は、新聞やTVでのニュースをかいつまんで話して聞かせた。邦子は唖然《あぜん》として聞き入っていたが、
「そんなことって……。信じられない話ね」
「全くです。僕はね、その弟の方に会ったことがあるんですよ。福祉の仕事をしてたんですから。その世界では結構有名な人でした。頭の下るくらいに、骨身を惜しまない人でしてね」
「じゃ……その人が——」
「ええ、今の人とそっくりでね。いや、もちろん水谷さんのいとこ、ってことなら、身許《みもと》ははっきりしてるわけだし。——しかし、それにしても似てるなあ」
 工藤は首を振って言った。それから、ポンと頭を叩《たた》いて、
「いけない、いけない。肝心の用件を忘れていた。——実はね、福祉課にやって来た男が、子供、女の子なんですが、ここにいるので、連れて行きたい、って言うんですよ」
「ここに? 誰《だれ》のことかしら?」
「名前は幸江[#「幸江」に傍点]というんだそうです。今年八つの女の子。——該当《がいとう》する子はいますか」
 邦子は、固い表情になって、少し間を置いてから、
「いることはいるわ」
 と、肯《うなず》いた。「田端幸江。八歳よ」
「その男は今井というんです。田端っていう姓は——」
「田端駅に置き去りにされたの。そのことは知ってた?」
「いや、どこかへ置いて来たのは妻の方だった、と言ってましたね」
「あてにならないわね」
「そうなんです。話していても、何となく妙な感じでね。どうも怪しいな、と思ったんです」
「身許《みもと》とか、よく調べてみないと」
「もちろんです。ただ『幸江』という名前は知っていましたよ」
「そんなの、この施設を一日中見てれば、一度や二度は耳に入るわ。なかなか可愛《かわい》い子だし、変な男が目をつけてもおかしくない」
「要注意ですね。ただ——『幸江』って名は、捨てられた時に着ていたシャツに赤い糸で縫い込んであったというんですが」
 邦子は少し考えている様子だったが、
「そうじゃなかったと思うわ。前の施設に訊《き》かないと、はっきり分らないけど、確かかぶっていた帽子に書いてあったんだと思う」
「それならお話にならないな」
 と、工藤は肩をすくめて、「はっきりした身分を証明するものとか、提出するように求めましょう」
「お願いね。チェックは慎重にして」
 邦子は、じっと工藤の目を見つめながら言った。
「分ってますよ、水谷さんの気持は。——それじゃ、お忙しいのに、失礼しました」
「いいえ……」
 邦子が、玄関まで出て、工藤を見送る。工藤が通りへ出て行くまで、突っ立って見ていると、
「——あら邦子さん、今の、工藤さんじゃない?」
 と、同僚の子が欠伸《あくび》をしながら言った。
「ええ、そう。私に用事ってことじゃなくて、寄ってみたんですって」
「そう。——工藤さんって、結構すてきじゃない」
「そうかしら」
 と、邦子は玄関から上って、「そろそろ、お昼寝から目を覚ますころじゃない?」
「早いなあ、こういう時間のたつのは」
「本当ね」
「ね、邦子さんのこと、好きなんじゃないかなあ、工藤さん」
「——また! 人のこと、からかわないで!」
 と、邦子は赤くなりながら言った。「さ、仕事、仕事」
 ——工藤が、自分のことを好きなのかどうか。差し当り、そんなことに興味は全くなかった。
 今は、頭が一杯だったのだ。とんでもないことを、工藤は話して行った。
「——そうだわ。新聞、どこにある?」
 と、邦子は足を止めた。
「新聞? たぶん……調理場じゃない? ろくに読む人もいないから、そのまま積んであるわ、きっと」
「ありがとう」
 もう時間がない。邦子は、調理場へと駆けて行った。
 もちろん、気になっていることというのは、工藤の言った、「生き返った死人」の話、そして、もう一つは、田端幸江のことである。
 邦子は、たたんで重ねたままになっている新聞を広げると、すぐに、その記事[#「その記事」に傍点]を見付けた……。
 
「はい。急いで服を着るのよ!」
 邦子は同じことを何十回かくり返した。もちろん自分でも数えてなどいない。
 四十人の子をお風呂に入れるというのは、正に重労働。入れている方が汗だくになって、服を着たままお風呂にでも入ったかのようになってしまう。
 ここでは、大きい子が小さい子の面倒をみるようになっていて、何もかも邦子たちがやるわけではないが、それでも、下着をかえてパジャマを着せ、布団に入れる、という手順を一通りこなすだけでも大変である。
「——邦子さん」
 と、同僚の子がやって来る。
「え?」
「お客様」
「客? 私に?」
 風呂から上って来た子の体をバスタオルで拭《ふ》いてやりながら、「とても今は……。誰《だれ》かしら?」
「私、代るわ。もうあっちは片付いたから」
「でも——」
「彼氏よ」
 邦子は、少しためらってから、立ち上った。行きかけて、同僚から、
「表の車で待ってる、って。急がなくていいから、って言ってくれってよ。やさしいのね」
 と、冷やかされる。
 邦子は、ちょっと笑って、玄関へと急いだ。
 サンダルを引っかけ、外へ出る。——昼間の雨の名残りか、空気はひんやりと冷たく、夜はひっそりと息をひそめている感じだった。
 低い柵《さく》を押して通りへ出ると、少し離れた場所に、白い車が見えた。いつ、あんな車を買ったんだろう?
 心に引っかかることもあり、気が重くもあったが、ともかくそんな気持とは係《かかわ》りなく、足取りが軽くなっているのは、我ながらおかしかった。
 トントン、と窓を叩《たた》くと、中で彼[#「彼」に傍点]が振り向いて、窓を下ろした。
「やあ、早かったね」
「代ってくれたの」
「乗れよ」
「ええ」
 助手席に座る。——沼田悟士は、ちょっと迷ってから、
「時間、どれくらいあるんだい?」
 と、訊《き》いた。
「少しは……。どうしたの、こんな時間に」
「うん。ちょっと、話があって」
「旅行のことなら、知ってるわ」
 と、邦子は言った。「楽しかった?」
 ——分っていた。顔を見た瞬間から。
 邦子は、別に恋に関してベテランでも何でもないが、それでも彼がいつになく優しい笑顔だったこと、いつもなら「待つ」のが嫌《きら》いで、すぐに苛々《いらいら》するのに、今夜は「急がなくてもいい」と言ったこと……。
 それは要するに、彼の方にも「ひけ目」がある、ということなのだ。
 邦子は、自分でもびっくりするくらい平静だった。ダッシュボードの時計に目をやり、もうみんな布団に入ったかしら、などと考えたくらいである。
「——で、そうなった以上はさ、責任を取らなきゃ、と思ったんだ」
 責任を取る?——邦子は笑い出しそうになった。
 二人きりで旅行に行って、「そうなった」から「責任をとる」だなんて!
 何年間も付合って来た私への責任はどうしてくれるのよ!——邦子は心の中で言ってやった。
「——おめでとう」
 と、肯《うなず》いて、「彼女と幸せにやってね」
「うん、君も……。君には、もっといい人が現われるさ。こんな気短かな奴《やつ》じゃなくて」
 邦子は、微笑《ほほえ》んだ。
「だといいけど……。もう戻らなくちゃ」
 ふっと、この場で彼を誘惑《ゆうわく》してやろうか、なんて思ったりした。いきなり座席を倒してのしかかって、服を脱いだりしたら、どうするかしら?
 抱くかもしれない。そして、「こうなったからには……」って、向う[#「向う」に傍点]へ行って言うのかしら?
 馬鹿《ばか》なことを考えてる、私。できもしないことを。この意気地なし。
「悪かったね、急に。でも、いつまでもぐずぐずしてるのも良くないと思って——」
 沼田は軽い口調でそう言いかけ、ハッと口をつぐんだ。——いつまでも、ぐずぐずと……。
「そうね。いつまでも、ぐずぐずしてたのが、いけなかったんだ」
「でも君の場合は仕方ないよ」
「そんなことないわ」
 邦子の頬《ほお》に涙が一粒流れた。「おやすみなさい。——気を付けて帰ってね」
「うん……」
「この車、買ったの?」
「中古だけどね。まだそんなに乗ってない」
「一度ゆっくりドライブでもしたかったわ。——じゃ」
 ドアを開けて、外へ出る。
 そのまま、振り向かずに、建物の玄関まで走った。足を止めて振り返ると、白い車がライトを点《つ》けて、夜の中へ消えて行くところだった。
 ——初めて、実感が湧《わ》いて来た。一人になった。一人に。
 手の甲で涙を拭《ふ》く。
 さあ、泣くのは、仕事がすんでから。
 そうね、十一時半から泣くことにしようかしら……。
 
 十一時半には、泣けなかった。
 つくろい物が終らなかったのである。邦子がやっと一人になって、空っぽの調理場で椅子《いす》に腰をかけて時計を見ると、もう十二時を少し回っていた。
 さあ、泣こう。——なんてね。
 張りつめていたものが一気に緩《ゆる》んで、確かに涙は出て来たが、悲しいというより、腹を立てているのに近かった。
 いくら子供たちに好かれてもね。——結婚してくれるわけじゃないんだし。
「お姉ちゃんをお嫁さんにするんだ」
 なんて、ありがたいことを言ってくれる子もいるが、高校を出て、この施設から出て行くと、やっぱり他にガールフレンドができるのである。当り前のことだが。
 邦子は、ハンカチで顔を拭《ふ》いた。
 さあ……。もう眠らないと。
 立ち上ろうとして、邦子はびっくりした。
 戸口に、彼[#「彼」に傍点]が立っていたのだ。——〈水谷悟士〉の方の彼[#「彼」に傍点]である。
「——どこかへ出かけてたの?」
 と、邦子は訊《き》いた。
「着るものとか、買いに」
 と、彼は言った。「大丈夫ですか?」
「ええ。——妙なとこ、見られちゃったわね」
 と、邦子は笑った。「時々、疲れると、センチメンタルになってね。わけもなく涙が出て来るの」
「大分前に帰ってたんです」
「あらそう? 気が付かなかったわ。もっとも、子供たちがワイワイやってたら、ゴジラが帰って来ても気が付かないかもね」
「ちょうど前に白い車が停《とま》ってて……」
「え?」
「中にあなたが……。木のかげにいたんですが。出るに出られなくて。——すみません」
 彼は中へ入って来て、邦子の前に立って、ピョコンと頭を下げた。
「じゃあ……。聞いてたの?」
「聞こえちゃったんです」
 邦子は、ちょっと肩をすくめて、
「仕方ないの。私の方はこの忙しさでしょ。彼に、ずっと待ってろとは言えないものね」
「しかし……あれは馬鹿《ばか》ですよ」
 邦子は目を丸くして、
「馬鹿?」
「あなたのことが分らないなんて、馬鹿ですよ」
 邦子は、胸が熱くなった。
「ありがとう。——お気持は嬉《うれ》しいわ。もう、寝ましょうか」
 邦子は立ち上った。
「あの——」
「え?」
「名前、変えましょうか」
「名前?」
「〈悟士〉は良くないんじゃありませんか」
 邦子は、胸をつかれた、自分が傷つくことを、こんなに心配してくれる、この男のやさしさが、胸にしみた。
「じゃあ……こうしましょう。同じ〈さとし〉で、字を変えてね」
「何にします?」
「あなたの好きでいいわ」
 二人は何となく笑った。
 その時——。
「キャーッ!」
 廊下に、女の子の悲鳴が響き渡った。
「幸江ちゃんだわ!」
 邦子が駆け出す。そして——〈さとし〉もすぐに続いて駆け出していた。
「どうしたの!」
 と、廊下を走りながら邦子は同僚の顔を見て叫んだ。
「男の人が——」
「男?」
「幸江ちゃんをかかえて逃げたの! そっちへ——」
「分った」
〈さとし〉が駆け出した。調理場の勝手口から入って来て、またそこから逃げようとしているのに違いない。
「邦子姉ちゃん!」
 と、幸江の声がした。
「今行くわよ!」
 と、邦子が〈さとし〉の後から走りながら叫んだ。
 何といっても、幸江はもう八つで、体も大きい。かかえて逃げるといっても、本人が暴れたら、とても無理なのである。
 調理場から、幸江がパジャマ姿で飛び出して来た。
「お姉ちゃん!」
 と、邦子の腕の中へ飛び込んで行く。
「幸江! 待ってくれ」
 調理場から、男が出て来た。「お父さんと一緒に行くんだよ!」
「待て!」
〈さとし〉が、その男の胸板をドンと突いた。男はあっけなく尻《しり》もちをついて、
「何するんだ……。乱暴する気か」
 と、集まって来る保母たちを見回したが、怒っているというよりは、一体何を騒いでいるのか、と戸惑《とまど》っている様子だ。
「警察を呼んだわ」
 と、保母の一人が息を弾ませてやって来る。
「ここは大丈夫」
 と、邦子が言った。「他の子が騒いでるでしょ。何でもないから、ってなだめて寝かしつけてちょうだい」
「僕が見ています」
 と、〈さとし〉が言った。
 邦子は、チラッと〈さとし〉の方へ目をやってから、床に座り込んだままの男の方へ、
「こっそり忍び込んで、女の子をさらって行こうとしたのよ。誘拐《ゆうかい》は重罪だわ」
 と、言ってやった。
「誘拐なんかじゃない。僕はただ、自分の子供を連れて行こうとしただけだ。それがどうしていけないんだよ!」
 と、口を尖《とが》らしている。
 どう見ても四十近い男でありながら、その怒り方は、駄々っ子のそれだった。
「今井っていうのね、あなた」
 と、邦子は言って、怯《おび》えて抱きついて来る幸江をしっかり抱きしめた。「話は聞いてるわ」
「じゃ、分るだろう。その子は僕の娘だ」
「何の証拠もなしで、いい加減なこと言わないで」
「証拠だって? 親子なんだ。見りゃ分るさ。——幸江。お父さんを見てごらん。ね、憶《おぼ》えてるだろう」
「ともかく、夜中に侵入してかっさらうなんて、親だって許されることじゃない」
 と、〈さとし〉が言った。
「僕は親だぞ。子供を連れてって何が悪い!」
 と、今井という男は食ってかかるように言った。
「親なら子供をどうしても構わないっていうの! 勝手に捨てたり拾ったりできるとでも? ふざけないで!」
 邦子は顔を紅潮させて怒鳴《どな》りつけた。
「何だと! こんなヒステリーの女のとこに、娘を置いとけるか。幸江——行くんだよ。お父さんと」
 今井は立ち上って、幸江の腕をつかもうとした。
「やめろ!」
〈さとし〉の拳《こぶし》が今井の顎《あご》に当った。今井はよろけて、また尻《しり》もちをつくと、
「痛いじゃないか! 訴えてやる! けがさせやがって!」
 と、金切り声を上げた。
 その時、サイレンが近付いて来るのが聞こえた。
「やあ、パトカーだ。留置場へでも入って、少し頭を冷やせ」
 邦子は、〈さとし〉を見ると、
「ね、あなた、幸江ちゃんを部屋へ連れて行って」
 と、言った。
「え? しかし——」
「大丈夫。こんな男、私だってノックアウトできるわよ。幸江ちゃん、お部屋へ行って。もう大丈夫だから」
「しかし、邦子さん……」
「警察の人へ説明するには私でないと。ね、幸江ちゃんをお願い」
「分りました。——幸江ちゃん、行こうか」
「うん」
 幸江は、〈さとし〉に手を引かれて歩いて行く。やっと落ちついた様子だった。
「幸江!」
 と、尻《しり》もちをついたまま、今井が呼びかけた。「必ず迎えに来るからね! 待ってるんだよ!」
 幸江が不安げに今井の方を振り返り、そして、廊下を足早に歩いて行った……。
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