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天使は神にあらず12

时间: 2018-09-20    进入日语论坛
核心提示:12 理事長 マリはぼんやりと座っていた。 もうすぐ十一時。もちろん夜の、である。 マリが座っているのは、この教団本部の中
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 12 理事長
 
 
 マリはぼんやりと座っていた。
 もうすぐ十一時。もちろん夜の、である。
 マリが座っているのは、この教団本部の中のティールームで、仕事上の来客があった時などに使われていた。
 夜の九時までは、ウェイトレスがいるが、それを過ぎると、後は各自、勝手にポットを使って、コーヒーや紅茶をいれて飲むようになっていた。二十四時間、ずっと開いているのだ。
 今はマリが一人だった。本当なら、もう眠っておかなくては。明日の朝、出かけるのだから。
 でも——眠くなかった。
 さっきの中山の言葉が、マリの中でこだまのようにくり返し聞こえていたのだ。
「君に嫌われたくない……」
 私みたいな子供がどうだっていうの? あの人から見れば、娘——いえ、もっと若いぐらいなのに。
 大体私の方だって……。別に、中山のことを特別な気持で見ているわけじゃないわ。
「——長くいすぎたわ」
 と、マリは呟《つぶや》いた。
 もう出て行こう。この出張が終ったら、ポチを連れて、また旅に出るんだ。きっと、ポチは文句を言うだろうけど。
 居心地のいい所にずっといては、何のための研修か分らない。——ここでの仕事が何か神様の役に立つかもしれない、という気はしていたのだが、それも、自分がここにいたいばっかりに、口実にしていたのかもしれない。
 でも——マリは出て行きたくなかった。自分の気持は偽れない。確かに、こ《ヽ》こ《ヽ》に《ヽ》いたかったのだ。
 足音がした。マリは人に見られるのもいやだったので、立ち上りかけたが、
「——何だ」
 と、やって来たのは、野口だった。「あんたか」
「あら。——まだ仕事?」
 マリは野口を眺めて、「見違えたわ」
 と、首を振った。
 野口も、きちんと背広にネクタイという格好をすると、結構、勤め人に見えた。
「いや、なかなかいい気持だな」
 と、野口は少し照れたように笑って、「働くのなんて、馬鹿げてると思ってたけどさ、どうして、楽しいもんだ」
「良かったわね」
 と、マリはニッコリ笑った。「ね、こんな時間まで仕事なの?」
「いや、昨日から、事務の方じゃなくなったんだ」
「じゃ、何をやってるの?」
「それが……」
 と、少しきまり悪そうに、「偉い人の秘書をね……」
「秘書?」
「今は雑用と使い走りさ。少しずつ憶《おぼ》えていけばいい、って言われてね」
「大したもんじゃないの。おめでとう」
「いや、どうも……。あんたのおかげさ」
 と、野口は言った。「今は、理事長付きの秘書ってわけなんだ」
「理事長?」
「うん。いつもここにいるわけじゃないのさ。大体は東京にいて、たまに来てる」
「理事長って……誰なの?」
「知らないのか? 前《まえ》田《だ》洋《よう》市《いち》さんっていうんだ」
「前田……。どんな人?」
「うーん、そうだな、五十か五十五、六ってとこかな。紳士だぜ、口ひげ生やした」
 口ひげ……。すると、加奈子を教祖にしたのが、どうやら、その前田という理事長らしい。
「いま、その方はここに?」
「うん。明日、東京へ戻るって言ってたけどな」
「そう……」
 マリは、少し考え込んだ。そして、ふと思い出すと、
「そうだ。あなたに伝言があったわ」
「へえ。誰から?」
「刑事なの。浦本っていったわ」
 マリが事情を話すと、野口は顔をしかめて、
「どうもなあ……。刑事にゃ会いたくないよ、俺《おれ》」
「それはご自由に。——伝えるだけ、伝えたわよ」
 と、マリは言って、「じゃ、おやすみなさい」
「ああ。——おやすみ」
 野口が足早に行ってしまう。
 マリは、部屋へ戻ろうとして、誰かが、暗がりに立っているのに気付き、ドキンとした。
「やあ」
 と、その男が言った。「今、私の話が出ているようだったのでね。つい、声をかけそびれた」
 ゆっくりと進み出てきたのは、五十代の半ばくらいと見える紳士で、口ひげが良く似合った。
 この人が……。
「私は前田洋市だ」
 と、その男は言った。「君がマリ、という子だね」
「そうです。あの——」
「中山から、君のことは聞いている」
 と、前田は言った。「もし良かったら、ここでコーヒー一《いつ》杯《ぱい》分、付合ってくれるかね?」
 マリも、この人と話したい、と思った。何か、知りたかったことを教えてくれるかもしれない。
「じゃ、今、コーヒーを」
 と、マリが行きかけると、
「ああ、いいよ。気にしないでくれ」
 と、前田はさっさと先に立ってポットの所へ行き、マリの分までコーヒーを作ってくれた。
「私がやらなきゃいけないのに……」
「そんなことはない。君は私の下で働いてるわけじゃないからね。これは私が君をさそっているんだ」
 二人は、椅《い》子《す》に腰をおろした。
「——君がとてもよくやっている、と中山が喜んでいたよ」
「本当ですか」
 マリは少し胸が弾んだ。単純だけど、これは事実だ。中山が喜んでくれれば、マリは嬉《うれ》しいのである。
「あの——教祖様からうかがいました」
 と、マリは言った。「今の教祖様を見付けられたのは、前田さんなんですね」
「うん、そうなんだ」
 と、前田は肯《うなず》いて、「ピンと来るものがあってね。全く、何の根《こん》拠《きよ》もなかったが、この娘は立派に教祖になれる、と信じたんだよ」
「とても立派にやってらっしゃいますわ」
「まあね」
 と、前田はなぜか少し曖《あい》昧《まい》な言い方をした。「実際、信者はふえ続けている。私など、少し恐ろしくなるくらいだよ」
「でも、すばらしい」
 と、マリが言うと、前田は興味を持った様子で、
「どういうところがすばらしいと思うのかね?」
 と、訊《き》いた。
「だって、この宗教は『信じると、何かが治る』とか『お金持になれる』とか言わないでしょ。私、そういうのって大《だい》嫌《きら》い。得をするから信じるなんて、間違ってると思います」
「なるほど。しかし、信者からの寄付は拒んでいないよ。現に、こんな本山の建物を作ってしまったんだしね」
「ええ。——正直に言って、ここはちょっと立派すぎるって気もします。でも、ここが見すぼらしい工場みたいな殺風景な建物だったら、やっぱり信者の方たちも、ここへ来てがっかりしてしまうでしょう」
「それはその通りだね」
 と、前田は微《ほほ》笑《え》んだ。
「私——一つ、うかがいたいことがあるんですけど」
 と、マリは思い付いて言った。
「何だね?」
「訊いちゃいけないことなのかもしれませんけど……。前の教祖様は、どんな方だったんでしょうか」
 前田は、初めて口を開くのをためらった。やはり、その話はタブーなのだろうか。
「あの——どうしてもってわけじゃないんです。気にしないで下さい」
「いや、君なら話して構わないような気がする」
 と、前田は言った。「名前はあかせないが、前の教祖とは、この教団が発足してから、ずっと一緒にやって来た。立派な人だったよ、確かに」
「亡くなったんですか?」
「うん。しかしね、その前に、ここを出てしまったんだ」
 前田は、額にしわを寄せ、辛《つら》そうに言った。
「方針の違い、というかね。——信者の数がふえるにつれて、私は近代的な、コンピューターまで導入しての管理を進めた。そのためにも、この建物は必要だったんだよ。ところが教祖はもっと直接的なやり方——つまり、各地に小さな教会を建てて、そこを教祖が巡って歩くというやり方にしたかったんだ」
 マリは肯いた。
「——この総本山が完成した時、教祖は怒ってね。『こんなものは馬鹿げた力の誇示にすぎん!』というわけだ。しかし私は譲らなかった。これ以上の信者の獲得のためには、教祖が一年中どこかを回っているのでは不可能だ、と言ったんだ。人々に訴えるには、テレビやビデオ、カセットテープ……。色々な手段がある、とね。——教祖も、頭では私の考えの正しさを知っていたと思う。しかし、本来の宗教とは、こんなものじゃない、という思いが、どうしても消えなかったんだろう。ある日、ここから姿を消してしまった」
「出て行かれたんですか?」
「そう……。もちろん、私は必死で捜し回ったよ。そして発見した時、教祖は死の寸前にあった……」
「それで——」
「もし、教祖にそれだけの元気が残っていれば、きっと次の教祖を指名していただろう。しかし、残念ながら、もう教祖にその力はなかった。困り果てていた時、ふと目に入ったのが今の教祖だったのさ」
「じゃ、前田さんがその場で決められたんですか」
「それに近いね」
 と、前田は肯いた。「というのも、ちょうど主だった信者の集まる大会が開かれることになっていてね、教祖が何としても姿を見せなくてはならなかったんだ。だから、迷っている時間はなかったのさ。他の理事もすぐに賛成してくれた」
「そうですか」
 マリは肯いて、「でも、とてもいい選択だったと思いますわ」
「ありがとう。君にそう言ってもらえると、何だかホッとするよ」
 前田は、ぬるくなったコーヒーを飲み干して、「おっと引き止めてしまったね。明日は教祖について行くんだろう?」
「はい」
「じゃ、早くやすんでくれ。——おやすみ」
「おやすみなさい」
 マリは頭を下げ、自分の部屋へと歩き出した。少し行って振り向くと、もう前田の姿はティールームから消えていた。
 前田と話をしたことで、何となく、マリの気持も落ちついていた。いや、もともと落ちつかない理由なんかないはずなのに……。
 のんびりと廊下を歩いて行って、マリは足を止めた。
 マリの部屋の前に、誰か立っている。——いや、後ろ姿だったが、すぐに分った。
 中山なのだ。
 中山は足音に振り向くと、
「どこに行ったのかと思ったよ」
 と、ホッとしたように息をついた。
「ちょっと——ティールームにいたんです」
 マリは中山の前まで来て、「何かご用だったんですか」
 と、言った。
「いや……用ってほどのことじゃないんだけどね」
 中山は言いにくそうにしていた。
「私、もうやすまないと」
「ああ、そう。——もちろん、そうだね、いや全く」
 中山は首を振って、「面目ないことをしたと思ってるよ」
「何のことですか?」
「さっきの——あの女の子のことさ」
 マリは少し表情をこわばらせた。
「それは中山さんの問題ですから……。私がどう思っても関係ないと思います」
「いや、そうじゃない」
 と、即座に言って、「——私にとっては関係があることなんだ」
 と、付け加える。
「どうして?」
「それは……さっき言った通りさ」
 中山は少し照れたように言った。「君から見りゃ馬鹿らしいだろうね。僕は君の父親か、それ以上の年齢だ」
「中山さん——」
「なあ、頼むから、そんな目で見ないでくれないか。ニッコリ笑って見せてくれよ」
 マリは、しきりに照れている中山を眺めている内、おかしくなって、フッと笑ってしまった。
「や、笑った!」
 と、中山は大げさに息をついて、「これで、やっと安心して眠れるよ」
「中山さんって、面白いですね」
 と、マリは言った。「明日は一緒に東京へ?」
「もちろんさ。どうだい? デートしないか、仕事の後で」
「いいんですか、そんなことして」
「構やしないさ。君は教祖と違う髪型にでもすれば、誰にも目はつけられっこない」
「私、教祖の代理で、中山さんとデートするんですか?」
「とんでもない、君は君さ」
「私はただの風来坊です」
「君は君。それで充分なのさ。——おやすみ」
「おやすみなさい」
 マリは頭を下げた。
 中山は行きかけて——すぐ戻って来ると、マリがアッと思う間もなく、キスしたのだった。
 そして、足早に立ち去った。
 マリは、ボーッとして突っ立っていたが……。いつの間にやら、ドアを開け、部屋の中へ入っていた。
「何だ」
 ポチが、頭を上げて、大《おお》欠伸《あくび》すると、「帰って来たのか」
 マリには、ポチの声など、耳に入らない様子。ポチが、
「おい、明日、何時に起きるんだ?」
 と訊《き》くと、マリはジロッとポチをにらんで、
「うるさいわね!」
 と、言って、バスルームへ入ってしまった。
 ポチは呆《あつ》気《け》に取られて、
「何だ……。天使もヒステリーを起すのかな?」
 と、呟《つぶや》いたのだった……。
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