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天使よ盗むなかれ15

时间: 2018-09-28    进入日语论坛
核心提示:15 面会の客「ここだわ」 マリは、メモを見て、それから目の前のビルを見上げた。「よくこんな殺風景な所で働けるもんだ」 と
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 15 面会の客
 
 
「ここだわ」
 マリは、メモを見て、それから目の前のビルを見上げた。
「よくこんな殺風景な所で働けるもんだ」
 と、マリの足下で言ったのは、ポチである。
「地獄《じごく》はもっと面白い所?」
「当り前さ。一杯、生首《なまくび》が飾ってあるし、うめき声のコーラスがいつも流れてるし、ヌード写真はいくらも貼ってあるし——」
「やめて」
 と、マリは手を振った。「さ、入りましょう」
 マリとポチ、加津子からハイヤーを使ってもいい、と言われて、一緒にやって来たのである。何しろ加津子も、新しい恋人、「健吾ちゃん」の頼みとなると、何でも聞いてやってしまう。
 マリとしては、つい、
「この忙しい時に、もう!」
 と、文句も出てしまうのである。
 しかも、その用事たるや……。
 三階に上ったマリは、ポチをエレベーターの所で待たせて、貿易会社の受付に行って、
「すみません」
 と、声をかけた。「結城《ゆうき》江美さん、いらっしゃいますか」
「結城さん? あら、ちょっと待ってね」
 と、受付の女性は、奥へ入って行って、すぐ戻って来ると、「今ね、他のお客さんがみえてて、地下の喫茶店に行ってるわ」
「地下ですか」
「そう。行ってみれば? きっとまだいるわよ」
「分りました。どうも」
 マリは、エレベーターの所へ戻って、「地下だって。あんた、喫茶店だから、入れないのよ」
「全く、どうして入れないんだ? 人犬[#「人犬」に傍点]問題だ」
 と、ポチがブツブツ言っている……。
 地下へ下りると、マリは、左右を見回した。
「——あれだわ、きっと」
 マリは、足早に歩いて行くと、店の入口から、中を覗《のぞ》いてみた。もちろん、結城江美の顔は分らないが、あの畑健吾によれば、
「一目で分る、可愛《かわい》い娘」
 ということだ。
 恋人のことだから、大分割引きして聞かなきゃいけないが……。
 マリは、店の中へ二、三歩進んで、奥の方へ、目をやった。
 
「もう会えないかと思ってた」
 と、江美は言った。
「すまないね、心配させて」
 と、「おじさん」こと、池上浩三《いけがみこうぞう》は微笑《ほほえ》んで、「色々《いろいろ》、ごたごたがあってね。まあ、人間、この年齢《とし》になると、厄介《やつかい》な付合いもふえて来るもんさ」
「でも、急にいなくなって、電話だけで……」
 と、江美は言いかけたが、すぐに、気を取り直したように、「だけど、また会えて、良かった」
「そう、江美ちゃんには、笑顔がよく似合うよ」
 と、池上は言った。「彼の方はどうだね?」
「何だか、有名な泥棒を捕まえるとか、張り切ってるわ」
「そうか。良かったじゃないか。うまく行くといいな」
「そうね。でも……」
 と、江美が目を伏せる。
「どうした? 心配なのかい?」
「いいえ。——もちろん、けがしないか、とか、色々心配もあるわ。だけど、それだけじゃないの」
「というと?」
 江美は、ためらいながら、言った。
「こんなこと言っちゃいけないのかもしれないけど……。彼、あの仕事には向いてないと思ってたの」
「うん。前にもそう言ってたね」
「でも、今は何だか張り切ってて……。そりゃあ、彼に失敗してほしいってわけじゃないんだけど……。ただ、このままだと、私の好きだった彼とは違う人になっちゃうような気がする。——変ね。励《はげ》ましておいて、こんなこと言うなんて」
「いや、よく分るよ」
 と、池上は肯《うなず》いた。「人は自分を催眠術《さいみんじゆつ》にかけることがあるからね」
「自分を?」
「俺はこれが好きだ、この仕事に向いてるんだ、ってね。——そうやって、自分をかり立てる。そうでもなきゃ、休みもなしに働くなんてこと、できやしないさ」
「そうね」
「彼も、そうなるかもしれない。暗示にかかったら、結構《けつこう》そう信じ込んでしまうからね」
「心配だわ」
「君がいれば大丈夫だと思うよ。本当の自分を見つめるようになる。——彼の父親は、きっと、本当に刑事って仕事が好きなんだろうね」
「父は父、子は子よね」
「そう……。父は父だ」
 池上は、何となく、独り言のように、言った。「——じゃあ、これで」
 と、立ち上る。
「もう行くの?」
「すまないけど、ちょっと行く所があってね」
 池上は、なぜか少し落ちつかない様子だった。
「でも——また、会える?」
「どうかな」
「そんなこと言わないで」
 と、江美は情ない顔で言った。
「ともかく、江美ちゃんは、こんな年寄《としよ》りに親切にしてくれたからね、忘れないよ」
 池上は、江美の肩に手を置くと、軽くつかんで、「——じゃ」
「また電話してね。いつでも——」
 江美は、言葉を切った。もう、池上は、足早に店を出て行く。
 江美は、ぼんやりと席に座っていた。何だか、胸にポカッと穴が空いたような気がする……。
 テーブルの上の伝票に目が行った。
 おじさん……。払って行かなかったんだわ。いつものおじさんなら、必ず払って行くだろう。
 何か[#「何か」に傍点]あったのだ。——でも、何が?
 ふと、気が付くと、女の子が、目の前に立っていた。
「——何かしら?」
「結城江美さんですね」
「ええ……」
 どこかで見た子だわ。そう、もしかしたら——。
「あなた、いつも黒い犬を連れてる、っていう……」
「そうです。マリっていいます」
「マリさんね。どうしてここに?」
 マリは、池上のいた席に腰をおろした。
「頼まれて来ました。畑さんって、刑事さんに」
「まあ」
 江美は、目を丸くした。「でも、あの人——」
 健吾はこの娘が、何とかいう泥棒の仲間だとか言っていた。それなのに、なぜ頼みごとをするんだろう?
「犬はいないの?」
 と、江美は訊いていた。
「外にいます。ブーブー言いながら」
 豚《ぶた》じゃねえぞ、とポチが文句を言ったかもしれない。
「私に何か——」
 と、江美が言いかけると、
「すみません」
 と、マリが遮った。「今、話してた相手の人、誰ですか?」
「え?——ああ。前、ここのビルの管理人《かんりにん》をやってくれてたおじさんよ。どうして?」
「何て名前ですか」
「池上さん。——知ってる人?」
 マリは、店の表の方へ目をやった。
 ——ポチの奴、ちゃんと言われた通りに、後を尾《つ》けてるかしら?
 もちろん、マリは腰《こし》を抜かさんばかりにびっくりしたのだ。
 江美と話している相手が、何とあの〈夜の紳士〉その人だったのだから!
「——で、私に何のご用?」
 と、江美は不思議そうな顔で訊いた。
「え? 何かご用ですか」
「いえ——だって、あなたの方が、何か用だったんじゃないの、私に?」
 マリは、すっかり、あの〈夜の紳士〉のことに気を取られていて、ここへ来た用件を、ケロリと忘れていたのである。
「あ、そうでした! すみません」
 と、マリは舌《した》を出した。「いけない。いつも天国《てんごく》で怒られてたんだ! 舌を出すのを、やめなさいって」
「天国?」
「あ、いえ、何でもないんです! ええ、本当に何でもないんです。本人がそう言うんだから、間違いありません」
 池上が行ってしまって、がっくり来ていた江美だったが、マリのあわてぶりを見ている内に、つい笑い出してしまっていた。
「あなたって、面白い子ね」
「ええ、まあ。ポチもよくそう言ってます」
「あの黒い犬のこと? そうね、あなた、何だかあの犬と話をしてるみたいですものね」
「え?——どうしてそんなこと」
 と、マリは仰天《ぎようてん》してしまった。
 この人も天使なのかしら? いや、あの刑事は確かに、「天使のような女性」と思っているだろうけど。
「昨日、見かけたのよ、あなたのこと。スーパーの前で、転んで膝《ひざ》をすりむいた子供を助けてたでしょ」
「ええ? あれを見てたんですか」
 マリは少し赤くなった。「本当は、人目につかない善行《ぜんこう》でないと、評価されないんですよね」
「評価って?」
「別に、何でもないです。あの——この手紙を、健吾ちゃんから」
「健吾ちゃん?」
「あ、すみません。畑っていう刑事さんから預かって来たんです。渡してくれって」
 と、マリは、封筒を取り出して、江美に渡した。
「まあ、ご苦労様。あの人、あなたの働いてるお家を見張ってるんでしょ?」
「今は中で[#「中で」に傍点]見張ってます」
 と、マリは言った。
「そう。——あ、何か食べたら?」
「いえ、すぐ帰らないと、今日は忙《いそが》しくて……。じゃ、アイスクリーム」
 割合にすぐ、気が変ったのだった。
 その間に、江美は、封を切って、中の手紙を取り出していた。
「手紙なんて……。珍しい。ラブレターもくれたことない人なのに。電話して来りゃいいのにね」
 と、言いながら手紙を開く。
 アイスクリームが来て、マリがせっせと食べている間に、江美はその手紙をまじまじと眺めていたが——。
「よく分らないわ」
 と、首をかしげた。
「そうですか?」
「あなた、この手紙の意味、わかる?」
 と、手渡されて、マリは手紙を見た。
〈僕の気持を察してくれ。
[#地付き]健吾〉
 と、一行だけ。
「——変ですね」
 と、マリは首をかしげた。「でも、これを渡してくれ、って——」
「電話してみたいんだけど。番号を教えてくれる?」
「ええ」
 マリが番号を教えると、江美は、喫茶店のカウンターの電話で、かけてみた。
「——はい、細川です」
「あの、結城と申します。畑刑事さん、そちらに——」
「畑刑事? ああ、健吾ちゃんのこと?」
「は?」
 江美は面食らった。「あなたは、失礼ですけど——」
「私、この家の主人です。あなた、健吾ちゃんの恋人だった娘《こ》ね?」
「恋人だった[#「だった」に傍点]んじゃありません。恋人です!」
 と、江美はムッとして言った。
「あら、マリさんが手紙を届けたでしょ」
「今、もらいました。でも——」
「それではっきり分るでしょ。健吾ちゃんは私の恋人になったの。黙っているのは、あなたを傷つけることになるっていうから、じゃ、はっきり言ってあげなさい、って、手紙を書かせたの。悪いけど、諦《あきら》めてね。健吾ちゃんは、今、今夜の警備《けいび》のことで忙しいのよ。それじゃ、あなたも、いい人を見付けてね。さよなら。お幸せに」
 早口《はやくち》にまくし立てられて、ポカンとしている内に、電話は切られてしまった。
 江美は、悪い夢でも見ているような気持で席へ戻った。
 マリが手紙を江美に返して、
「これ、きっと一枚目が抜けてるんだわ。ねえ、そう思いません? あの人、うっかりして、二枚目だけ封筒へ入れて……。どうかしました?」
 江美は、我に返って、
「え?——ああ、別に。何でもないの。ありがとう。良く分ったわ」
「そうですか。良かった! じゃ、私、これで」
「ご苦労様。いいのよ、アイスクリーム代は」
「ごちそうさま」
 マリはペコンと頭を下げて、出て行く。
 江美は、もう一度、手紙を見直した。
「健吾ちゃん?——冗談じゃないわよ!」
 やっと腹が立って来て、江美は顔を真赤にして、思わず口に出して言った。「このままにしとくもんですか!」
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