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霧の夜にご用心11

时间: 2018-09-28    进入日语论坛
核心提示:霧の中の追跡 あんなにも待ちこがれた霧《きり》だったが、何もよりによって、こんなときに出なくたって良さそうなもんだ。 も
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 霧の中の追跡
 
 あんなにも待ちこがれた霧《きり》だったが、何もよりによって、こんなときに出なくたって良さそうなもんだ。
 もっとも、霧のほうに言わせれば、いちいち人間の都《つ》合《ごう》を考えて出ていられるか、ということになるだろう。
 六時にはなっているかもしれない。しかし、ともかく妙子の姿《すがた》を見失わないようにするので必死で、いちいち時間を確かめてはいられないのだ。
 霧の中で、数人の人《ひと》影《かげ》が行き交うと、もう誰《だれ》が誰やら分らなくなる。見当で追っていくと、それが妙子だと分ってホッとする。そのくり返しだった。
 それにしても、妙子は一体どこへ行く気なのだろう?
 家へ帰る道ではない。といって、帰りに買物して帰ろうという女性が通るにしては、デパートやショッピング街とは方向が違う。それでいて、どことなく見覚えがある——というより、何となく、知っているような気がする道なのだった。
 ただ、霧が濃くなって来ているので、あたりの様子が良く分らないのである。
 「少しゆっくり歩いてくれよ」
 と私はグチを言った。
 若《わか》いせいか、妙子の足取りはやけに早い。そして、迷うとか、立ち止るということが、まるでないのだから、追っているこちらとしては、くたびれるばかりだ。何しろ、もう若くないのだから……。
 山口を尾《び》行《こう》したときはまだ楽だった。何といっても向うはこっちより年上だったのだから。
 「——待てよ」
 と私は呟《つぶや》いた。
 そうか!——来たことのある道だと思ったのだ。
 小浜一美が最初身を隠《かく》していたビジネスホテル。山口課長が殺された、あのホテルへの道なのである。
 そのつもりで気を付けて見ると、確かに、あのホテルまで、もう少しの道と分った。
 妙子はあのホテルへ行くつもりなのだ。しかし何の用だろう?
 妙子を尾行している目的は、まず妙子を、あの見知らぬ殺人者の手から守ることにあったのだが、こうなると興味も湧《わ》いて来る。
 何といっても、殺された桜田の姪《めい》だとはいえ、それ以上のことは何も分らないのだ。まあ——一つベッドで寝ているのだから、何《ヽ》も《ヽ》分らないとも言えないが、しかし、何のつもりで彼女が私の如《ごと》く、パッとしない男に身を任せたのか、その辺の疑《ぎ》問《もん》は、もてない男として、当然心の中に残っているのである。
 妙子は至って気持の良い女性ではあるが、何かを探《さぐ》ろうとして、私に近付いただけなのかもしれない。
 現にこうして、殺人現場となったビジネスホテルへと向っているではないか。
 ふと気が付くと、目の前から、妙子の姿がかき消すようになくなっていた。私は青くなって足を早めた。——しかし、見えなくなったのは当然で、そこはもう、あのホテルだった。
 フロントに、妙子が立って、ベルを鳴らしている。私は、山口課長の後をつけて来たときのことを思い出して、何となく落ち着かなかった。
 出て来たのは、五十歳《さい》ぐらいの苦虫をかみ潰《つぶ》したような顔の男だった。——そうだ、この前、山口が鳴らしたベルに応《こた》えて出て来た老人は、殺されたのだった。
 「何か用かね」
 と、その男はぶっきら棒《ぼう》に言った。
 「ここはホテルでしょ」
 と妙子が言うのが聞こえる。
 「そう書いてあるだろうが」
 「だから泊《とま》りに来たのよ。そんな態度じゃ、『泊らないでくれ』って言ってるのも同じだわ」
 と妙子も負けていない。
 「ふーん。ここに泊るのかい?」
 「そうよ」
 「人殺しがあったんだよ、ここで。それを知ってるのかね?」
 「知ってるわ」
 「それでもいいのか」
 「ねえ、おっさん」
 「お、おっさん?」
 と目を丸《まる》くする。
 「このホテルは客をいちいちテストしてからでないと泊めないことになってるの?」
 「そうじゃねえけど……」
 男は肩《かた》をすくめて、「何しろ、事件以来、泊りに来る奴《やつ》なんぞありゃしねえ。全く、切り裂《さ》きジャックだか何だか知らねえが、受付の爺《じい》さんまで殺して、ついでに俺《おれ》も首をくくりゃ一人ふえらあ」
 「それはお気の毒ね。でも、別にそうがっかりしなくたっていいんじゃない?」
 「人のことだと思って——」
 「少し頭を働かせなさいよ。ここで殺人があったからって、永久に客が来ないなんてことはないわ。都会の人間がどんなに物見高いか知ってるでしょ? 逆に宣伝に利用するのよ。ホテルの名を〈切り裂きジャック・ ホテル〉か何かにして、殺人のあった部屋は、客に見物させるの。物好きが絶対にやって来るに決ってるわ」
 私は聞いて吹き出しそうになった。なるほど、妙子の考えることはユニークだが、事実かもしれない。
 フロントの男が、すっかり呑《の》まれた格《かつ》好《こう》で、
 「そうかね……。まあ……ともかく、これに記入して」
 と、宿《しゆく》泊《はく》カードを出す。
 「二人部屋よ」
 「二人? 連れは?」
 妙子は入口のほうへ目をやって、
 「表に立ってる人」
 と言った。「——ねえ、入ってらっしゃいよ!」
 気が付いていたのか! 私は、仕方なく歩いて行った。
 「——さ、これでいいわね」
 と、妙子はカードをフロントの男のほうへ押《お》しやって、「それから部屋だけど——」
 「どこでも空《あ》いてるよ。一番いい部屋を提供してあげよう」
 男も妙子の影《えい》響《きよう》を受けたのか、大分元気そうな声になった。
 「いいえ。三〇四号にして」
 「三〇四——」
 男は絶句した。「しかし、それは、殺人のあった部屋だよ!」
 「だから泊りたいのよ」
 妙子は私を見てちょっと微《ほほ》笑《え》むと、「スリルがあって楽しいわ」
 と言った。男は呆《あき》れ顔で、
 「勝手にしてくれ!」
 と〈三〇四〉のキーを放り投げた。
 「——おい、何のつもりなんだい?」
 と、私はエレベーターに乗り込むと言った。
 「あなたこそ。誰かに尾《つ》けられてると気付いたときは気持悪かったわよ」
 「これにはちょっとわけがあって——」
 「でも、それじゃ平田さんは探《たん》偵《てい》にはなれないわね。すぐに分っちゃったもの」
 私は苦笑した。——切り裂きジャックを志す者が、探偵の真《ま》似《ね》事《ごと》をしているのだ。我ながら、皮肉な話だと思った。
 「君はどうしてここへ来たんだい?」
 と私は訊《き》いた。
 「一度、現場を見ておきたかったのよ」
 エレベーターを降《お》りて、三〇四号室へ向う。
 「——本当に泊るつもりなのか?」
 「あら、怖《こわ》いの?」
 「そうじゃない。しかし明日は会社へ行かなきゃならないんだよ。ここから出勤ってわけにはいかない」
 「じゃ、調査が終ったら、あなたのアパートに行こうかしら」
 と妙子は言いながら、鍵《かぎ》を開けた。
 三〇四号室は、もちろん、他の部屋と変りなく、きれいに掃《そう》除《じ》され、片付けられていた。しかし、ここに立つと、あのときの記《き》憶《おく》がよみがえって来て、私は、どうしても足がすくむのを感じた。
 空気は何だか冷ややかで、血の匂《にお》いが、消し難く漂《ただよ》っているような気さえした……。
 妙子は平気なもので、さっさとシャワールームのドアを開けると、中へ入って、
 「——ここに死体があったのね」
 と言った。
 「そう。シャワーのちょうど下にね。血が排《はい》水《すい》孔《こう》のほうへ流れていて——」
 私はあわてて口をつぐんだ。
 妙子が、不思議そうな顔を覗《のぞ》かせて、
 「その目で見たようなこと言うわね」
 「そりゃ——TVや新聞でね」
 私はごまかして、「もう血の痕《あと》なんか残ってないだろ?」
 と、話をそらす。
 「きれいなものよ。——つまんないの」
 ちょっと子供じみた言い方に、私はつい笑《わら》い出しそうになった。全く、呑《のん》気《き》な娘《むすめ》だ。
 そうだ。私は小浜一美をラブホテルに置きっ放しにして来ている。戻《もど》ってやらなくてはならない。
 その前に、妙子を家へ送り届ける。何しろあ《ヽ》の《ヽ》女《ヽ》が、妙子を狙《ねら》っているのだ。
 しかし、妙子が素直に帰るというかどうか、それが心配だった。
 「ねえ、山口さんって、ナイフを持っていたんでしょう?」
 「ああ、そうらしいね」
 「でも、手にもしていなかった……。なぜかしら? 襲《おそ》われかけて、ここへ逃《に》げて来たとしても……。大の男が何の抵《てい》抗《こう》もしないで殺されるなんて」
 そう言われてみれば、確かにその通りである。山口は確かに、逞《たくま》しいというタイプではない。しかし、何といっても相手は女だ。
 しかも相手が小浜一美だと思って部屋へ入り、全然違《ちが》う女がいればおかしいと疑《うたが》うのではないか。
 だが、実際に、山口は抵抗する間もなく、殺されてしまった……。
 「なぜだろう?」
 と私は言った。
 妙子は肩をすくめて、
 「私に分るわけないでしょう」
 と、シャワールームの中を、本職の探偵よろしく眺《なが》め回している。
 「大体、なぜこんなシャワールームへ入ったのかしら? 逃げるなら、廊《ろう》下《か》のドアのほうへ行くのが普通じゃない?」
 「まあ、そんなときは夢《む》中《ちゆう》だろうからね」
 「それにしても、服のままで、シャワーの下へ来て殺されるなんて……」
 私は口を出さずに、妙子が推理をめぐらすのを眺めていた。——山口は、相手が親しい女だったから、油断していたのかもしれない。そう考えれば、ナイフを持っていながら、何の抵抗もせずに殺されたのも理解できる。
 「君はずっとここにいるつもり?」
 と私は部屋のほうから声をかけた。
 「そうよ。泊らないの?」
 冗《じよう》談《だん》じゃない! こちらは人殺しのあった部屋で泊れるほど図太くはないのだ。
 それに、小浜一美を待たせたままである。
 「僕《ぼく》はいやだよ」
 「そう。じゃどうぞお先に。私、一人でここに泊る」
 「やめといたほうがいいんじゃないのか。家まで送るから」
 大体、妙子をあの謎《なぞ》の女から守るために来たのだ。ここで彼女を一人放って帰るわけにいかない。
 「私なら大丈夫よ。何を心配してるの?」
 私は何とも返事ができなかった。あ《ヽ》の《ヽ》女《ヽ》から、妙子を殺してやるという電話があったなどと言えない。
 「いや……やっぱりこの部屋は縁《えん》起《ぎ》も悪いし——」
 「やめてよ、子供じゃあるまいし」
 と、妙子は笑い飛ばした。
 仕方ない、一《いつ》旦《たん》、一美のいるホテルへ戻って、それからまたここへ来る他あるまい。
 幸い、まだ時間は早い。殺人鬼《き》が登場するには、まだ多少余《よ》裕《ゆう》があるだろう。
 「じゃ、用心してね」
 と、私は彼女へ念を押して、三〇四号室を後にした。
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