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霧の夜にご用心13

时间: 2018-09-28    进入日语论坛
核心提示:尋 問 「平田さん、警《けい》察《さつ》の方が受付に」 受付の女の子がやって来て言ったとき、正直ホッとした。 朝から、仕
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 尋 問
 
 「平田さん、警《けい》察《さつ》の方が受付に……」
 受付の女の子がやって来て言ったとき、正直ホッとした。
 朝から、仕事はまるで手につかなかったのである。
 「どうせ来るなら、もっと早く来い」
 とブツブツ言いながら、受付へ行く。
 「度々どうも」
 立っていたのは、松尾という、若い刑《けい》事《じ》一人だった。
 いやな予感がした。いつもなら、川上という、穏《おだ》やかな、年《ねん》輩《ぱい》の刑事と一《いつ》緒《しよ》なのだが、この若《わか》い刑事、やたらと人をおどしつけようとするくせがある。
 TVの暴力刑事に憧《あこが》れているのかもしれない。
 「今日は一人で来たんですよ」
 こっちの心を読んでいるように、松尾は、ニヤリと笑ってそう言った。
 「何のお話ですか」
 「ちょっと署まで同行願いたいんです」
 「しかし——」
 「いやなら、無理にとは言いません」
 と松尾は、じっとこっちをにらみながら言った。「ただ、事情聴《ちよう》取《しゆ》に応じないというのは、何か理由があるからだと思われても仕方ありませんね」
 これが「任意」なのか、と私は苦笑した。
 「行きますよ」
 と私は肩《かた》をすくめて言った。
 公用にて早退という届を出し、会社を出る。
 「これは逮《たい》捕《ほ》じゃないんでしょうね」
 車へ乗りながら、私は、ちょっと冗《じよう》談《だん》のつもりで言った。
 「残念ながら、ね」
 松尾刑事の答えには、どこかハッとさせるものがあった。顔を見ると、どことなく、険悪なものを感じさせる目が、じっとこっちを見つめている。
 私は、ふっと寒気がして、あわてて目をそらした……。
 
 暗《くら》闇《やみ》の中から、真っ白な光が突《とつ》然《ぜん》目を覆《おお》った。
 「やめてくれ!」
 私が叫《さけ》んだ。
 「やめてほしきゃ、素直に吐《は》け!」
 松尾刑事の罵《ば》声《せい》が、耳もとで爆《ばく》発《はつ》した。その声が、まるで実体のあるもののように頭へ食い入って来て、私は、机《つくえ》の上に顔を伏《ふ》せ、両手で耳を押《おさ》えた。
 とたんに髪《かみ》の毛をつかまれ、ぐいと引っ張り上げられる。痛《いた》さに涙《なみだ》が出た。
 ——もう何時間、こうして、責め立てられているのだろう。
 全身が汗《あせ》で水を浴《あ》びたようになり、頭も重く鉛《なまり》のようで、何か言おうにも、舌がもつれて、言葉にならない。
 「水を……くれ」
 と、言った。
 もう何十回、そう言っただろう。口の中は一滴《てき》の唾《だ》液《えき》も残っていないと思えるくらい、カラカラに乾《かわ》いていた。
 「水が欲しいのか?」
 「ああ……」
 「しゃべれば、いくらでも飲ませてやるさ」
 松尾が笑《わら》った。
 ともかく、向うの話はこうだった。
 あのレストランで、小浜一美を間《かん》一髪《ぱつ》で取り逃《にが》したとき、私らしい客を、刑事の一人が見ていた。
 もちろん、それは本当に私だったのだが、それを認めろというのだ。
 「小浜一美を逃がしたな! 白状しろ!」
 というわけだ。
 しかし、こうして、認めろと責め立てるのは、はっきりした証言が得られていないということである。私にもそれくらいのことは分った。
 見た刑事も、それが私だったと証言はできないのだろう。だから、松尾はやっきになって、私を責めているのだ。
 そして昨日、大場妙子が行方《ゆくえ》不明になり、そこに私が居合わせた。大場妙子は桜田の姪《めい》である。
 この事実が松尾の耳に入った。それで、こんな強《ごう》引《いん》な方法に踏《ふ》み切ったのに違《ちが》いないのだ。
 「どうだ! 小浜一美はどこにいる!」
 「知りませんよ……」
 「貴様がかくまってる! ちゃんと分ってるんだ!」
 分ってるなら、訊《き》かなきゃいいのだ。要するに向うは当てずっぽで言っている。こっちは 「知らない」で通す他はない。
 「貴様も共犯だ! 死刑だぞ!」
 とまで言い出した。
 私はもう答えなかった。——答える元気もなかったのである。
 「この野《や》郎《ろう》!」
 突《つ》き飛ばされて、私は椅《い》子《す》ごと床《ゆか》に転がった。目が回った。
 松尾は苛《いら》立《だ》っていた。
 パッとしない、何となくおずおずとした私を見て、おそらく、ちょっといじめれば思い通りになると思っていたのに違いない。それはまるで計算違いというものだ。
 私のように、いつも、うだつの上がらない、万年平社員をつとめているような男は、いじめられたり、我《が》慢《まん》することに慣れているのである。
 むしろ、エリートコースを一直線に来て、出世したような男は、自分が大事にされないということ自体に堪《た》えられない。
 その辺を分っていないのは、松尾がやはり若いせいだろう。
 「この野郎——俺《おれ》をなめる気か!」
 胸《むな》ぐらをつかまれて、引きずるように立たされ、
 「いくらでも留置場へぶち込めるんだぞ! 素直に吐け!」
 私はめまいがして、立っていられなかった。松尾が手を放すと、よろけて机にぶつかり、そのまま床へ倒《たお》れ込《こ》んだ。
 額《ひたい》を、したたかに打った。——目から火花が出るというのはこのことだろう。
 おかげで、却《かえ》って、頭のほうははっきりした。相手は焦《あせ》っている。こっちがカッとしては思う壷《つぼ》だ。
 「おい立て!」
 と怒《ど》鳴《な》り声がした。
 私はよろけつつ立ち上がった。
 「川上って……人はどこだ?」
 私が、もつれた舌で言うと、松尾は低く笑った。
 「残念ながら出張中だ。さあ、座《すわ》れ、もう一度やるぞ」
 そうか。だから、一人で頑《がん》張《ば》っているのだ。
 逆に、川上という刑事が帰るまでに、決着をつけておかなくては、立場がまずくなるのだろう。だから必死なのだ。
 「——今夜は眠《ねむ》らせんぞ。覚《かく》悟《ご》しとけよ」
 松尾は、強《きよう》烈《れつ》な光を私の顔へ浴びせながら言った。
 もう何も見えない。
 白い光が、視界を覆いつくして、まるで頭の中まで真っ白になったようだった。
 「小浜一美と寝《ね》たんだろう」
 松尾は、さっきからそれをくり返していて、
 「いいや」
 私が首を振《ふ》る。
 「いい女だったか」
 私は黙《だま》って首を振る。
 「もう一度訊くぞ。小浜一美と寝たな?」
 その内、ついうっかりと肯《うなず》こうものなら、たちまち、「関係を認めた」という調書ができ上がるだろう。
 「——寝なかったんだな?」
 と松尾が言った。
 いいや、と言いそうになってハッとした。
 「ああ、寝なかったよ」
 松尾が歯ぎしりした。こんな風に引っかけようとするのだ。
 「——よし」
 松尾は立ち上がった。「何日でも起きてるがいいさ」
 「何日でも……」
 「認めるまで寝かせないぞ」
 私の内に激《はげ》しい怒《いか》りが湧《わ》き上がって来た。——殺《ヽ》し《ヽ》て《ヽ》や《ヽ》る《ヽ》。必ず殺してやるぞ。
 「——何だ。その目は」
 松尾が私の首をぐいとつかんだ。私はむせ返った。
 「俺を馬《ば》鹿《か》にするとどうなるか憶《おぼ》えとけ!」
 そのまま、ぐいと突き飛ばされ、私は床へ投げ出される。
 殺してやる! 私は起き上がろうともがいた。
 ドアが開いた。
 「——何をしてる」
 聞いたことのある声だった。
 沈《ちん》黙《もく》があった。
 「何の真《ま》似《ね》だ!」
 「川上さん……」
 川上刑事だ。
 「いつからこんなことがやれるほど偉《えら》くなった?」
 「ですが、こいつ、もう少しで——」
 「出て行け」
 と川上は言った。
 「間違いないんです! この野郎は、あの女と出来てたんですよ!」
 「出て行け」
 冷ややかな声だった。——松尾が足早に出て行った。
 「平田さん。——大《だい》丈《じよう》夫《ぶ》ですか?」
 という声が近付いて来る。
 「ええ、大丈夫です」
 と答えて、立ち上がった——つもりだった。
 よろけて、私はそのまま気を失ったらしかった。
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