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霧の夜にご用心24

时间: 2018-09-28    进入日语论坛
核心提示:宣 告 男女の仲《なか》というのは微《び》妙《みよう》なものである。 特に女性たちには、どんなにうまく隠したつもりでいて
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 宣 告
 
 男女の仲《なか》というのは微《び》妙《みよう》なものである。
 特に女性たちには、どんなにうまく隠したつもりでいても、男女の間の、ちょっとした目配り一つが、目につくものらしい。
 次の日、わざわざ少し時間をずらして出社したものの、私と妙子の仲はあっさりと見破られていたらしい。
 「平田さん、おめでとう」
 と、女の子たちには声をかけられ、
 「おい、やるじゃないか」
 と、男の同僚たちにはからかわれた。
 とうてい、とぼけていられる雰《ふん》囲《い》気《き》ではなかった。
 コピー室にいると、妙子がやって来た。
 「みんなに知れ渡《わた》っちゃったみたいだな」
 と私は言った。「しゃべったんだろう」
 「あら、私、何も言わないわよ」
 と、妙子は澄《す》まして、「ただ、訊《き》かれて否定しなかっただけ」
 「それじゃ同じことだ」
 と私は笑った。
 「いいんでしょ? 私はともかくはっきりさせちゃいたいわ」
 「ここまで来ちゃ、仕方ないじゃないか」
 と私は苦笑したが、実際、内心では悪くないと思い始めていたのだ。
 もちろん、「あ《ヽ》の《ヽ》女《ヽ》」からの電話を忘《わす》れたわけではない。それに、この会社を、事実上クビになっていることも。
 しかし、それでもなお、目の前に立っている妙子の存在感は大きかった。
 「ここを辞《や》める話、どうするの?」
 と妙子が訊く。
 「考えてるけど……。言われる通りにする他ないだろう」
 「そうね。そんなに頑《がん》張《ば》ってまで、いる所じゃないわよ」
 「次の就職先を見付けるまでは、待ってもらわないとね」
 「いいじゃないの。私のほうで当ってあげる」
 「君はどうするんだ?」
 「ここはいやね。——私もどこか、探《さが》すことにするわ」
 少し間を置いて、私は言った。
 「ともかく、今度の一連の事件が片《かた》付《づ》かなくちゃ、何もできないよ」
 「それはそうね。小浜さんも行方《ゆくえ》が分らないままだし」
 ふと、私の胸《むね》が痛《いた》んだ。小浜一美がどこでどうしているのか——生きているのかすら分らないのに、自分は結《けつ》婚《こん》のことまで考えている。
 こんなことでいいのだろうか……。
 ドアが開いて、他の課の女の子が顔を出した。
 「お邪《じや》魔《ま》かしら?」
 と冷やかすように言う。
 「ええ、凄《すご》く邪魔よ」
 と、妙子が言い返した。
 「水をさすようで申し訳ないんですけど、平田さんにお客様」
 「僕に?」
 「ええ、若くてきれいな女の人——じゃなくて、お巡《まわ》りさん」
 「からかうなよ」
 と私は笑って言った。
 川上刑事が、受付の前に立っていた。
 「やあ、どうも昨夜は」
 「刑事さん、あの看《かん》護《ご》婦《ふ》と連絡はつきましたか?」
 「それがどうもね……」
 と川上刑事が渋《しぶ》い顔で首を振る。
 「というと?」
 「いや、ついに昨夜は帰らず終《じま》いだったようです。一《いつ》緒《しよ》に住んでいる男性にも訊いてみましたが、心当りはないそうで……」
 「心配ですね」
 「全くです。——実は今朝、依《い》頼《らい》して、病院の中を捜《そう》索《さく》させているんですよ」
 「つまり……どこかにいるかもしれない、と?」
 「最悪の場合、どこかで殺されているとも考えられますからね」
 「まさか!」
 「とは思いますがね。まあ、万が一を考えてのことです」
 私は、玉川正代が、昨夜電話して来たことを話そうかと思ったが、アパートを留《る》守《す》にしてしまった事情を説明するのに困《こま》るので黙《だま》っていた。——病院にいない、自宅へ戻っていないということになると、玉川正代はどこに行ってしまったのだろう?
 「——わざわざ知らせていただいて、どうも」
 私は、川上刑事をビルの出口まで送って行った。
 もちろん、私としては、あまり警《けい》察《さつ》も縁《えん》がないほうが望ましいのだが、それでも、あの川上という刑事には、何となく憎《にく》めないものを感じる。
 もちろん、外見、穏《おだ》やかではあるが、実際には腕《うで》ききなのに違いない。しかも、真《ま》面《じ》目《め》で、労を惜《お》しまない感じである。
 しかし、私が一番気に入っているのは、川上刑事が、決して権力をか《ヽ》さ《ヽ》にきないということである。
 大体、警察官というものは、市民の権利を守るために任命されているのに、その実態はといえば、権力者に他ならない。
 その権力は、自らが持っているものではなく、市民から与えられたものなのに、それを一《いつ》旦《たん》手にしてしまうと、まるで生れつきの権利の如《ごと》くに思い込むのだ。
 そうでない、本当の意味での警察官というのは少ないものだが(といって、私自身、そう大勢の警察官を知っているわけではないが)川上刑事は、その珍《めずら》しいほうの部類に属している。
 会社へ戻ると、受付の所で、妙子が心配顔で待っていて、
 「何かあったの?」
 と私の顔を見るなり言った。
 「いや、そういうわけじゃないよ」
 私の説明でも、妙子はあまり安心した様子ではなかった。
 「——その玉川って看護婦も、もしかしたら、殺されたのかしら?」
 「まだ何も分ってないんだ。そう心配しても仕方ないよ」
 と私は極力気軽に言ったが、自分自身でも信じていないことを、相手に信じさせようとしても、むだらしかった。
 「——ともかく、平田さん、気を付けてね」
 「君のほうこそ。僕は大《だい》丈《じよう》夫《ぶ》さ」
 「そう……」
 「何をそんなに、気にしてるんだい?」
 「何か起こりそうな気がして、不安なのよ」
 「いつも君のほうが僕の心配顔を笑ってるじゃないか」
 「そう……。でもね——」
 と、妙子は私の顔を見て、「本当に、心配しなきゃいけないときに心配しないのは、やっぱり馬《ば》鹿《か》よ」
 「何か具体的に、不安になる理由があるの?」
 「別にないわ」
 「それなら——」
 「口じゃ説明できないのよ」
 と、妙子は、もどかしげに言った。「何かこう……頭の芯《しん》のほうで、モゾモゾ動いてるものがあるのよ」
 「モゾモゾ?」
 「そう。地《じ》震《しん》を起こすのが大ナマズだとすると、それが動き始めたら、こんな気がするんじゃないかしら」
 妙子のた《ヽ》と《ヽ》え《ヽ》は、実にユニークである。
 「まあ心配するなよ。ともかく、会社の中は安全さ」
 私は、妙子の肩をポンと叩《たた》いた。
 いつもは彼女のほうが私を励《はげ》ましてくれるのに、今度ばかりは、逆になってしまっていた……。
 私はトイレへ入って、顔を洗《あら》った。——このところ妙子がいるので寝《ね》不足のせいか、昼間、頭がボーッとしていることがある。だから、こうしてときどき顔を洗って、目を一時的にでも覚ますのである。
 顔を洗っていると、ドアが開いて、また閉《と》じる音がした。ハンカチを出して顔を拭《ぬぐ》って見回すと、誰も入って来てはいない。
 トイレを出ようとして、その貼《はり》紙《がみ》に気がついた。
 〈今夜、あなたを殺す。切り裂きジャック〉
 と、赤いマジックで、白紙に書かれてある。
 それが、トイレのドアの内側に、セロテープで貼《は》りつけてあったのである。
 私は誰か来ない内に、急いでそれをはがして、握り潰《つぶ》しながら、廊《ろう》下《か》へ出た。
 もちろん、左右を見回しても、人っ子一人いない。——何ということだろう!
 私は、その紙をくずかごへ放り込み、席に戻った。いつの間にか、鼓《こ》動《どう》が早まっている。
 あのとき、やろうと思えばやれたはずだ。私は顔を洗っていて、何も見えなかったのだから。
 しかし、相手は、予告だけを残して、姿を消した。何という大《だい》胆《たん》さだろう。
 会社へ連絡するといっていたが、当然電話がかかるものと思っていた私のほうが甘《あま》かったのだ。
 相手は、会社までやって来た。
 もちろん、トイレは廊下にあるのだから、外部から来た人間でも、入ることはできる。しかし、年中会社の人間が出入りしているというのに……。
 全く何という女だ!
 あの女の狙いは何だろう? ただ私を殺すことでないのは確かだ。それなら、さっきやっていただろうから。
 すると他に何か目的があるということになる……。
 「——どうしたの?」
 昼食のとき、妙子が言った。
 「え?」
 「何だか変よ。考え込んで」
 私たちは、会社の近くの喫茶店で、サンドイッチの昼食の最中だった。
 「そうかい? 君の心配がうつったんじゃないかな」
 わざと冗《じよう》談《だん》めかして言ってみるが、我ながら、役者にはなれない、と思った。
 しかし、妙子は特にそれ以上、訊いては来なかった。自分のほうの考え事に気を取られていたのかもしれない。
 「お二人さん!」
 と、会社の女の子たちが冷やかしの声をかけて行く。「熱そうね!」
 「おかげさまでね!」
 と、妙子が笑って言い返した。
 これで少し、二人の気分がほぐれて来たようだ。
 「少し希望のあることを考えましょうか」
 と、妙子は言った。「結婚のこととか、新居のこととか……」
 「新居?」
 「そう、今のアパート、特別気に入ってるの?」
 「全然。行く所がないから、あそこにいるのさ」
 「じゃあ、どこかへ引っ越しましょうよ」
 「どこへ?」
 妙子の気軽な言い方に、私はびっくりさせられた。
 「捜《さが》すわ」
 「そう簡《かん》単《たん》に見付かるかい?」
 「マンションなら、今、あちこち売れ残ってるわ」
 「安くないぜ」
 「それに、あなたはクビだったわね」
 「そうさ。あのアパートからだって追い出されるかもしれない」
 「まさか」
 と妙子は笑って、「ちゃんと仕事、捜して来るわよ」
 「楽で、休みが多くて、給料のいい会社がいいね」
 「そんな所があったら、私のほうが行っちゃうわ」
 と妙子は言った。「——でも、本当に構わない?」
 「何が?」
 「私が見付けて来た仕事でも」
 「いいとも。そんな無茶苦茶な仕事は押しつけないと信じてるよ」
 「じゃ、任せて」
 と妙子は肯《うなず》いた。
 その様子では、どうやら、もう心当りがあるようだった。
 「ついでにマンションも捜してみるからね」
 「買えやしないのに」
 「分らないわよ、そんなこと」
 妙子はニヤニヤ笑っている。
 「おい、まさか……もう用意してあるっていうんじゃないだろうな」
 「いい場所よ。値段も手《て》頃《ごろ》。いかがですか、ご主人は?」
 と、妙子は楽しげに言った。
 「しかし……払《はら》う金がないよ」
 「払わなくてい《ヽ》い《ヽ》の」
 「——どういうことだい?」
 「うちで買ってくれるんですって」
 「ねえ、君——」
 「待って。買わせたわけじゃないの。でも、どうしても買いたいって言うんだもの」
 大分無理な言い方に聞こえた。
 「ねえ、気にしなくたっていいのよ。これも親孝行だわ」
 都《つ》合《ごう》のいいことを言って、妙子は、自分でも照れくさそうに笑った。
 「しかしねえ……」
 私はためらっていた。
 別に、男の体面がどう、とか言うわけではない。
 ただ、それが私に何かの意味で負《ふ》担《たん》になるのを避《さ》けたかったのである。
 しかし、妙子のほうは、もうすっかり決めている様子で、
 「今日の帰りに、見に行きましょうよ、ね?」
 と言い出した。
 
 「これか」
 まだ建設中のマンションは、外側が八割《わり》方出来上がって、おおよその姿《すがた》を見せていた。
 なかなか高級感のある造りだ。
 〈モデルルーム〉という矢《やじ》印《るし》が目に入った。
 「あっちよ。——ね、中を見てみましょ」
 妙子に引っ張られるようにして、工事現場の一《いち》隅《ぐう》に造られているモデルルームへと足を運んだ。
 中は3LDKの造り。
 今までのアパートから見れば、宮《きゆう》殿《でん》のような——というのは、オーバーかもしれないが、確かに広々として見えた。
 細かく区切った3LDKでなく、一部《へ》屋《や》がかなり広いので、もったいないような気がした。
 「いいじゃないの」
 と妙子は言った。「子供が生れたら、部屋がいるわ」
 子供が……。
 そんなことは、考えてもみなかった。——私の子供。
 改めて、妙子を見ると、不思議な想《おも》いが浮《う》かんで来た。
 今まで、妙子は、およそ妻や母のイメージとはほど遠い存在に思えた。
 しかし、今——こうして見ると、妙子が赤ん坊《ぼう》を抱《だ》いている姿が、ごく自然に浮かんで来るのだ。
 そんなものなのかもしれない。——女というのは。
 モデルルームには、他に客がいなかった。不動産会社の社員も退《たい》屈《くつ》そうで、欠伸《あくび》をくり返している。
 「——ここの部屋が、ちょっとね」
 と妙子は、畳《たたみ》の八畳《じよう》間を覗《のぞ》いて、言った。「もちろん、色々なタイプがあるから、いいけど」
 「どうして気に入らないんだ?」
 「窓がないのよ」
 と妙子は言った。
 なるほど、南北を部屋に挟《はさ》まれて、この部屋は窓が一つもないのだ。
 しかし、私は、どちらかといえば、こういう、暗い部屋のほうが好きである。
 暗がりの中にいると、まるで古い故《こ》郷《きよう》へ帰ったような安心感があるのだ。
 私はその畳の間の中央に座ってみた。
 「何してるの?」
 「座ってるのさ」
 「そりゃ分るけど」
 「ちょっと落ち着いて考えてみたいことがあるんだ」
 「モデルルームで?」
 と妙子は笑った。
 「いいじゃないか」
 「じゃ、私、表にいるわよ」
 「ああ、すぐ行く」
 「どうぞごゆっくり」
 妙子が行くと、私は、畳の上に座って、ゆっくりと部屋を眺《なが》め回した。
 自分の家を持つ……。
 そんなことを考えたのは、初めてであった。
 ——そう。何もかも夢《ゆめ》だったのかもしれない。
 〈切り裂きジャック〉のことも。
 私は、妙子と二人の生活を考えている自分に気が付いたのだった……。
 ——いつの間にか、五分近く、その部屋に座り込んでいた。
 急いで表に出てみると、妙子の姿が見えなかった。
 「——失礼」
 と、入口の所の椅《い》子《す》でウトウトしている不動産会社の社員に声をかける。
 「はあ?」
 と顔を上げ、目をショボショボさせながら、「ご用ですか?」
 「ここから連れの女性が出て行ったでしょう?」
 「ああ、さっきのね」
 「どこへ行ったか知りませんか?」
 「さあ……」
 と首をひねる。「その辺にいませんか?」
 「見当らないんです」
 「そう言われてもねえ……」
 「おかしいな。勝手にどこかへ行くはずはないんだけど」
 「じゃ、その辺をぶらついてるんじゃないですか」
 と男は、また欠伸した。
 「工事現場でですか?」
 「人は色々ですからね」
 男はやけに哲《てつ》学《がく》的なことを言い出した。
 私は表をぐるぐると歩き回った。しかし、どこにも妙子はいない。
 一体どこへ行ったのだろう?
 「——何だね」
 と、工事の男が一人、ヘルメットをかぶってやって来た。
 「実は連れを捜してて……」
 私が説明すると、
 「ああ、若い女かね」
 と肯く。
 「そうです」
 「それなら、車に乗って行ったよ」
 「車に?」
 「そう」
 「タクシーですか?」
 「いや、自家用車らしかったよ」
 どうなってるんだ?
 私は、呆《ぼう》然《ぜん》として、その場に突っ立っていた……。
 
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