公園に、暖かい陽射しが降り注いでいた。
ベンチに座って、咲江は、まぶしいような春の日を見上げた。
——あれから何か月もたったとは、信じられないようだった。
事件は、決してすんなりと解決したわけではない。
自衛隊は、もちろん極《ごく》秘《ひ》裡《り》に細菌兵器の研究をしていたとは認めず、笠矢にも反論して来た。しかし、佐山が逮捕され、現実に、ビルで麻薬が使われていたこと、佐山が幹部とのつながりを自白したことで、マスコミも大いに書き立て、やっと自衛隊も渋々事実を認めたのだった。
花田あやを自殺に見せかけて殺したのはもちろん水島署長だったのだが、日記帳のことを知っていたからだけでなく、あの現金書留を盗んで埋めている水島を目撃していたせいでもあったことが分った。隣町に女を作っていた水島が、金に困ってやったことだったのだ。
その点に疑問を持ち、県警に検死を促す匿名の電話を入れたのは、あの若い巡査吹田だった。
入江と大内は、県警に戻れることになっていた。
当然、昇進もし、待遇は悪くなかった。——二人とも、昇進した翌日、辞表を出した。
咲江も賛成だった。
二人とも、柴田依子のことを考えれば、とても素直には復職できなくて当然だろう。
「やあ」
と、声がした。「ごめん」
松本が走って来る。
「いいわよ、そんなに急がなくても」
と、咲江は笑って言った。
松本と咲江は婚約者同士である。学生結婚は、やはり不安というので、卒業を待って、結婚することになっている。
「大内さんと親父さんは?」
「まだ。——どんな顔して来るかな」
と、咲江が言っていると、当の大内が、敦子を連れてやって来た。
すぐ後ろに、入江がいる。
「新しい背広か」
と、松本が言った。「似合うね」
「本当。普通のサラリーマンに見えるわよ」
大内が、汗を拭《ふ》いて、
「やれやれ。面接ってのは疲れるね」
と、言った。
「合格?」
「もちろんよ」
と、敦子が言った。「落としたら、引っかいてやる」
「怖いなあ」
と、咲江は笑った。
二人揃って、新入社員だ。もちろん、大内と入江の二人である。
「お父さん、頑張って」
と、咲江は言った。
「ああ。何でもやるさ。お茶くみでも掃除でも」
「お父さんのいれたお茶じゃ、苦そう」
と、咲江は、笑った。
「さあ」
と、大内がみんなを見回して、「じゃ、昼を食べに行こう」
「そうね。——何にする?」
「私は何でも……」
と、咲江は言って、「お父さんは?」
「うん?」
入江は、いやに落ちつかない。キョロキョロ周囲を見回している。
「どうしたの?」
「いや……。別に」
「お昼食べに行きましょ、もう死にそう」
と、父親の腕を取ると、
「いや——ちょっと、俺《おれ》は用がある」
「用事? 何なの?」
「大したことじゃないけどな」
と、入江は言った。「お前たち、行ってくれ」
「でも、警部——あ、いけね。つい、くせでね」
「みんな一緒の方が楽しいわ」
と、咲江が言って、「ねえ——」
「あれ、ルミだ」
と、松本が言った。
「——やあ!」
ルミが、相変らずの超ミニスカートで、やって来る。
「ルミさん! どうしてここに?」
と、咲江が訊くと、
「約束があってね」
「約束?」
「デートなの」
「へえ」
——少し間があった。
咲江は、赤くなってうつむいている父と、ニコニコ笑っているルミを眺めていたが……。
「まさか!」
と、言った。
「あら、まずい?」
「別に……そうじゃないけど」
「結構ね、波長が合っているの」
ルミはそう言って、「ねえ?」
と、入江の腕に手をかけた。
「まあ……ちょっと食事をすることになってるんだ」
と、入江は言って、「じゃ、またな」
ルミに引張られるように歩き出す。
唖《あ》然《ぜん》として見送っている咲江の方へ、ルミは振り向くと、
「今夜、帰らなくても、心配しないでね!」
と声をかけ、それから入江に寄り添うようにして歩いて行った。
——咲江が我に返ったのは、空いたお腹がグーッと鳴ったせいだったのである……。