ハリーはすぐに談だん話わ室しつを出て、八階の廊下ろうかをできるだけ急いだ。途中ピーブズ以外には誰だれとも会わなかった。ピーブズは決まり事のように、チョークの欠かけらをハリーに投げつけ、ハリーの防ぼう衛えい呪じゅ文もんをかわして、高笑いしながらハリーと反対方向に飛び去った。ピーブズが消え去ったあとの廊下は、深閑しんかんとしていた。夜間外出禁止時間まであと十五分しかなかったので、大多数の生徒はもう談だん話わ室しつに戻もどっていた。
そのとき、悲鳴と衝しょう撃げき音おんが聞こえ、ハリーは足を止めて、耳を澄すませた。
「なんて――失礼な――あなた――あああああーっ!」
音は近くの廊下ろうかから聞こえてくる。ハリーは杖つえを構かまえて音に向かって駆かけ出し、飛ぶように角を曲がった。トレローニー先生が、床に大の字に倒れていた。何枚も重なったショールの一枚が顔を覆おおい、そばにはシェリー酒の瓶びんが数本転がっていた。一本は割れている。
「先生――」
ハリーは急いで駆け寄り、トレローニー先生を助け起こした。ピカピカのビーズ飾かざりが何本か、メガネに絡からまっている。トレローニー先生は大きくしゃっくりしながら、髪かみを撫なでつけ、ハリーの腕にすがって立ち上がった。
「先生、どうなさったのですか?」
「よくぞ聞いてくださったわ!」
先生が甲高かんだかい声で言った。
「あたくし、考えごとをしながら歩き回っておりましたの。あたくしがたまたま垣間かいま見た、いくつかの闇やみの前ぜん兆ちょうについてとか……」
しかし、ハリーはまともに聞いてはいなかった。いま立っている場所がどこなのかに気がついたからだ。右には踊るトロールのタペストリー、左一面は頑がん丈じょうな石壁いしかべだ。その裏うらに隠かくれているのは――。
「先生、『必要ひつようの部へ屋や�
第25章 盗聴された予見者 The Seer Overheard(5)
ハリーはすぐに談だん話わ室しつを出て、八階の廊下ろうかをできるだけ急いだ。途中ピーブズ以外には誰だれとも会わなかった。ピーブズは決まり事のように、チョークの欠かけらをハリーに投げつけ、ハリーの防ぼう衛えい呪じゅ文もんをかわして、高笑いしながらハリーと反対方向に飛び去った。ピーブズが消え去ったあとの廊下は、深閑しんかんとしていた。夜間外出禁止時間まであと十五分しかなかったので、大多数の生徒はもう談だん話わ室しつに戻もどっていた。
そのとき、悲鳴と衝しょう撃げき音おんが聞こえ、ハリーは足を止めて、耳を澄すませた。
「なんて――失礼な――あなた――あああああーっ!」
音は近くの廊下ろうかから聞こえてくる。ハリーは杖つえを構かまえて音に向かって駆かけ出し、飛ぶように角を曲がった。トレローニー先生が、床に大の字に倒れていた。何枚も重なったショールの一枚が顔を覆おおい、そばにはシェリー酒の瓶びんが数本転がっていた。一本は割れている。
「先生――」
ハリーは急いで駆け寄り、トレローニー先生を助け起こした。ピカピカのビーズ飾かざりが何本か、メガネに絡からまっている。トレローニー先生は大きくしゃっくりしながら、髪かみを撫なでつけ、ハリーの腕にすがって立ち上がった。
「先生、どうなさったのですか?」
「よくぞ聞いてくださったわ!」
先生が甲高かんだかい声で言った。
「あたくし、考えごとをしながら歩き回っておりましたの。あたくしがたまたま垣間かいま見た、いくつかの闇やみの前ぜん兆ちょうについてとか……」
しかし、ハリーはまともに聞いてはいなかった。いま立っている場所がどこなのかに気がついたからだ。右には踊るトロールのタペストリー、左一面は頑がん丈じょうな石壁いしかべだ。その裏うらに隠かくれているのは――。
「先生、『必要ひつようの部へ屋や』に入ろうとしていたのですか?」
「……あたくしに啓示けいじされた予よ兆ちょうについてとか――えっ?」
先生は急にそわそわしはじめた。
「『必要の部屋』です」
ハリーが繰くり返した。
「そこに入ろうとなさっていたのですか?」
「あたくし――あら――生徒が知っているとは、あたくし存じませんでしたわ――」